忘却不能な恋煩い

白山小梅

待ち伏せ(3)

 マンションの駐車場に車を停車させると、尋人はエンジンは切らずにしばらくそのままでいた。

「……ちょっと落ち着いた?」

 美琴は怯えた表情のまま首を横に振る。

 仕方ない、もう少しこのままにしておくか……。

 尋人が病院前に着いた時、美琴はあの男に腕を掴まれ動けずにいた。美琴の力じゃ抵抗するのは難しかっただろうな。

「あの男、待ち伏せしてたのか」

 美琴は頷く。

「病院を出たら、急に後ろから声をかけられて……」
「そうか……」

 狙っていた自然消滅は無理みたいだな。あの男の方が美琴に執着してる。あの最後の目、まるで俺の物に触るなと言っているかのようだった。

 美琴はポロポロと涙をこぼす。

「尋人、ごめんなさい……尋人の予想通り、私言えなかった……」
「大丈夫だよ。あの雰囲気で言えたら逆にすごい」

 美琴が吹き出した。そうだ、俺は美琴を安心させてやるんだ。

「山脇さんが現れても、気持ちは全然傾かなかったよ。あの人の言葉が嘘だってちゃんとわかったもの」
「そりゃあ俺の愛の方が強いしな。毎日美琴に囁いてるし」
「うふふ……ありがとう、尋人。あの時来てくれて救われたの……。本当にありがとう」

 私には尋人がついてると思うだけで、すごく心強くなれる。

 尋人はハンドルに頬杖をつき、美琴の頭を優しく撫でる。

「今週末さ、旅行に行かない? 付き合って一カ月記念ってことで」
「……日帰り?」
「いや、一泊。部屋風呂とかついたところでゆっくり……いや、イチャイチャ? したくない?」

 先ほどまで泣いていた美琴が、満面の笑みになる。
「行きたい……」
「よし、決定! 行きたい所あれば優先するから言って。お任せも大歓迎だけど」
「尋人の運転で行きたいって言ったら嫌?」
「……途中でいろんな休憩が入るかもよ」
「何それ」
「冗談です。じゃあ車で行ける範囲でお任せってことでいい?」
「うん!」
「あと、しばらくは俺に送り迎えさせてくれない? こんなことがあった後じゃ、やっぱり心配だからさ」
「うん、ありがとう……」

 自分のこともちゃんと解決出来ていないのに、彼にこんなに優しくされて、こんなに甘えていいのかな……。

 引っかかることはまだある。それでも初めての旅行を楽しみにせずにはいられなかった。

* * * *

「いや〜っ! 初めまして〜! 尋人の秘書兼親友の千葉尚政で〜す! やっと美琴ちゃんとお話しできるよ〜!」

 朝からあまりのテンションの高さに、美琴は笑顔のまま固まった。

 ここ最近、乗るのは高級車ばかりで緊張する。

「あっ、初めまして、大崎美琴です。よろしくお願いします!」
「静かにしろよ、美琴がびっくりしてるだろ」
「へいへい。じゃあ美琴ちゃん、出発するからね〜!」
「よ、よろしくお願いします!」

 昨日のこともあり、今日から送迎をしてもらうことになっていた。

 ただ尋人は自身の立場が美琴の負担になることを警戒し、尚政に送迎を頼んだ。

 昨日は暗かったから顔まではバレてないと思うが、それを理由に脅されたりすることを警戒したのだった。

「美琴ちゃん、尋人との生活はどう? 楽しい?」

 運転席の尚政に聞かれ、美琴は尋人の顔を見る。尋人は美琴と出勤出来ることが嬉しいらしく、ニコニコしながらずっと美琴の手を握っていた。

 いつもは二人きりだから、人がいるとなんだか照れ臭い。

「すごく楽しいです」
「そっか〜! いやいや、なんかもう俺の方が照れちゃうね!」
「うるせー……」
「わっ、失礼な! 美琴ちゃん、こんな口悪いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」

 尋人と尚政の掛け合いが面白くて、美琴はクスクス笑う。

「二人は仲良しなんですね」
「腐れ縁だよ」
「そんなこと言っちゃって〜! 三年前に落ち込んでる尋人を励ましてやったじゃないか〜。まぁ今報われたみたいで良かったけどさ」
「黙れ」

 尋人は一喝した後、窓の外に目をやる。ただ美琴には、ガラス越しに映った尋人の恥ずかしそうな顔が見えた。

 それって私とのことだよね? そう伝えるかのように、手をギュッと握る。

 握り返した尋人の手が熱く感じた。

 病院が近付くと、入口から少し離れた所で下ろしてもらう。

「出る時にまた連絡して。何かあったらすぐに言えよ」

 美琴は頷くと、二人に手を振って人混みに消えていった。

「忘却不能な恋煩い」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く