忘却不能な恋煩い

白山小梅

嫉妬(2)

「もしご迷惑じゃなければ……いくつか聞きたいことがあるんですが……」
「構いませんよ」
「ありがとうございます!」

 何から聞いたらいいのだろう……考えがまとまらなかったが、気になっていることを一つずつ聞くことにした。

「彼は……私を探していたと言っていました。これは事実ですか?」
「えぇ、あれから何度もこの店に来店しては、あなたのことを尋ねてきましたよ。アメリカから帰国した時も、その端の席で一人で飲んでました」

 尋人以外の人から聞かされる真実。それがこんなにも胸を熱くする。

「彼は……その、私以外にもそういうことを……一夜だけのお誘いみたいなものをしたりしてましたか……?」
「私が知る限りはありませんね」

 それはこの店ではないということを意味している。それでも美琴はホッとした。

「彼は……すごく優しいんです」
「そうでしょうね」
「だから不安になるんです。好きって言われると嬉しいのに、彼が大人だから、自分が幼稚に見えて、私なんか釣り合わないって思っちゃう……」

 いつの間にか涙がポロリと涙が落ちていた。

 バーテンダーの男性は、おしぼりを差し出す。美琴はそれを受け取り、目元に当てた。

「あなたはきっと自分に自信がないのでしょうね。私たちははたから見ていて、彼がどれだけあなたを好きなのか伝わってきますよ」
「えっ……そうなんですか?」
「ええ。彼をよく知る人間からすれば、あんなに優しい尋人さんを見たことがありません」
「でもさっき……」
「肯定しました。それはあなたにだけ向ける優しさだからです。では聞きます。あなたは尋人さんが好きですか?」
「好きです」
「どこが?」
「どこって……全部好きです。口が悪くていたずらっぽいところも、優しく包んでくれるところも……」
「彼も同じですよ。あなたの全部が好きなんだと思いますよ。良いところも悪いところも、丸ごとあなたなんですから」

 美琴は安堵で肩を落とす。誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれない。尋人の言葉は嬉しいのに、未だにこれは夢なんじゃないかと信じられなくなってしまう。

「それに尋人さんは大人ぶってますが、子どもみたいな部分もたくさんありますから。あなたの方がよほど年上に見える時もこれから出てくるはずですよ。その時に愛想を尽かさないであげてくださいね」
「も、もちろんです……!」

 この店に入った時はあんなに苦しかったのに、今は真逆の気持ちになっている。

「カクテル、おかわりはいかがですか?」
「じゃあ……ホワイトレディをお願いします」

 彼をもっと信じてみよう。彼がわがまま言いやすいように、私ももっと彼に甘えてみようと思った。

* * * *

 二次会も終わり、ようやく肩の荷が降りた。これで今週の仕事も終わり。そう思った時、尋人のスマホが鳴った。

『着信 藤盛さん』

 こんな時間になんだろう? 尋人は電話に出る。

「もしもし」
『尋人さん、お疲れ様です。会食は終わりましたでしょうか?』
「ええ、ちょうど終わったところです」
『それは良かった。これからお店に立ち寄っていただくことは可能ですか?』
「それは出来ますが……何かありましたか?」
『あの……お連れ様が酔い潰れて眠ってしまったもので、お迎えに来ていただけると助かります』
「……連れ?」

 尋人ははっとする。

「今から行きます!」

 慌てて電話を切る。

「尚政! 藤盛さんの店の前に車を回してくれ!」
「はっ? えっ⁈ おいっ、どういうことだよ⁈」

 店の人間と話していた尚政に叫び、尋人はバーまで走る。ドアを開けて中に入ると、カウンターに突っ伏して眠る美琴がいた。

 藤盛はニコニコしながら、口元に人差し指を立てる。

「すみません、飲ませすぎちゃいました」

 事情が飲み込めず、とりあえず美琴の顔を覗き込む。

 なんだよ、幸せそうな顔で寝やがって……かわい過ぎだろ。

「尋人さん、もっとちゃんと言葉にしないと振られちゃいますよ」
「なんですか、それ」
「変に大人ぶるんじゃなくて、いつもの尋人さんでいいんじゃないんですか?」

 美琴が何か話したのか?

「それ、今朝尚政とも話しました」
「美琴さん、いろいろ不安があるようですよ。強引に聞き出すのはあなたの専売特許じゃないですか。ちゃんと聞いてあげてください」
「……そうですね」

 尋人は美琴の隣に座り、彼女の頭を撫でる。

 俺が美琴を不安にさせてたってことなんだろうか。

「この年になっても、恋愛は難しいですね」
「でも尋人さんと美琴さんなら大丈夫ですよ」

 藤盛さんの言葉は昔から説得力がある。尋人も背中を押してもらえたような気持ちになった。

「今日の分、俺の支払いにしておいてください」

 尋人は美琴を抱き上げると店を出た。

 外では尚政が車の前に立って待っており、尋人の姿を見つけるなり、表情がパッと明るくなる。

「ま、まさか、その子が噂の美琴ちゃん⁈」
「いいからドアを開けろよ」

 尚政は浮き足だってドアを開け、尋人と美琴が入るのを確認してドアを閉めた。

 運転席に座ると、振り返ってキラキラした目で美琴を見る。

「本物か〜! なるほど、尋人が夢中になるのもわかるな〜!」
「いいから出せ」

 尋人のドスの効いた声に反応して、美琴は体を動かすと同時に彼の首に手を回す。

「ん……尋人……」
「もうすぐ着くから寝てろ」
「うん……」

 尋人は膝の上で眠る美琴を抱きしめた。

 なるほど、ベタ惚れって訳か。尚政は運転しながら、始終ニヤニヤしていた。

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