忘却不能な恋煩い

白山小梅

初めてのデート(1)

 尋人は包丁の音で目を覚ます。なんて心地の良い音だろう。続いて鼻腔をかすめる味噌汁の匂いに、空腹感を覚えた。

 昨夜は布団に入るなり寝落ちしてしまった。夜更かししたのが祟ったようだ。久しぶりに動いたからなぁ……。

 隣に美琴の姿がないのは寂しかったが、家の中に彼女がきちんと存在しているのがわかるのは嬉しかった。

 ゆっくり起き上がり、リビングへ向かう。キッチンではピンクのパーカーに、同じスウェット素材のハーフパンツ姿の美琴が朝食を作っている最中だった。

 美琴は尋人を見つけるなり笑顔を向ける。すっぴんか? メイクをしている時より少し幼く見える。お団子にした髪がまたかわいかった。

「おはよう」
「おはよう。めちゃくちゃいい匂い」

 美琴は少し困ったような顔をする。

「誰かに作る朝食って初めてで、口に合うといいんだけど……」

 尋人はキッチンの中に入り、美琴の背後から抱きしめる。

「今日は和食? いいね、なんか久しぶり」

 首元に鼻を近づけて、美琴の匂いを吸い込む。彼女の体が固まり、心拍数が上がるのがわかる。

 焼き魚にお浸し、煮物に味噌汁。海外にいたこともあり、こういう朝食に出会うことが最近はなかった。

「あのね、私朝食は基本的に和食が多くて……こういうのが多くなっちゃうかも」
「別にいいよ。洋食が食べたい時は言うからさ」
「うん、そうしてもらえると助かる」

 尋人はカウンターに皿を並べながら、隣合って食べるのはどうなんだろうとふと思う。

「なぁ、ダイニングテーブルっていると思う? カウンターだと顔見て食べたり話したり出来ないよな」
「大人だけならなくてもいいと思うけど……。でも確かに顔見ながらご飯食べたり話したり出来た方がいいかなぁ」
「じゃあ食べたら買いに行くか」
「……今日?」
「もちろん」

 なるほど。この人は思い立ったらすぐに行動に移す人なんだ。三年前に私に声をかけたのも、その行動力からなのかもしれない。

 美琴は口にはするものの、なかなか行動に移せないところがあるので、リードしてもらえるのはありがたかった。

「ついでに食器とかも買うか。今も割り箸だし」
「あはは、確かに」
「じゃあ買い物デートってことで」
「了解です」

 美琴は買い物デートという響きに照れてしまい、ぶっきらぼうに返してしまう。服装や髪型もかわいくした方がいいのかな……。

 学生じゃあるまいしと思っても、やはりかわいいと思われたい欲が出てしまうのだった。

* * * *

 同じ家にいて身支度をするのは、不思議な感じがした。

 尋人が出て行った洗面所で、待たせてはいけないと思いつつも、スマホでメイクの仕方を調べてる自分がいた。

 何やってるんだろう、私……。待たせちゃいけないって思うのに、髪をヘアアイロンで巻いてるなんて……。

 だって買い物デートなんてしたことない。初彼氏が不倫だったものだから、夜に食事とホテルに行くのがデートだと思っていた。本当はそんなことないのに……。

 昨日家から持ってきた服は寝室のクローゼットにしまっていた。尋人のものは書斎のクローゼットを使っているので、ここは美琴専用にしてくれたのだ。

 どうしようかと悩んでいると、尋人がベッドに腰掛け、美琴の様子を楽しそうに見ている。

「その淡いグリーンのワンピースは? かわいいじゃん」

 シフォン素材のゆるっとしたワンピースだった。気に入って買ったのに、なかなか袖を通せずにいたものだった。

「じゃあこれにしようかな……」

 ワンピースを手に取るが、背後で尋人が見ていると思うと気まずかった。

「あの……着替えたいので出てもらえます?」

 その言葉を聞いて、尋人はニヤッと笑うと美琴の側に立つと耳元でそっと囁く。

「俺が着替えさせてやるよ」
「えっ……⁈」

 その途端、美琴はパーカーのチャックを下ろされ脱がされる。驚いている間にハーフパンツも下ろされてしまった。

 下着姿で慌てふためく美琴を見て、尋人は爆笑する。笑いが止まらない様子で美琴にワンピースを着せていく。

「もうっ! 悪ふざけしすぎですよ!」
「ごめんごめん。お前かわいいんだもん。さっ、準備出来たなら行くぞ」

 この人は……! すごく大人な人だと思っていたのに、子どもみたいな面もあって、そのギャップにドキドキしてしまう。

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