霧の中に悪魔がいる

full moon

人とは。悪魔とは。(12)

「わかった。一緒に死のう」

私は、妻にそう言った。

ほわんと、妻は笑みを浮かべた。

久しぶりに見た、妻の笑顔。

いつもと違って、やつれているが、それでも、妻が愛くるしい。

「うん」

妻は小さく応える。

もう妻の笑顔が見れないと思うと、やるせない。

あの世で会えるだろうと、都合の良い考えで、自らを納得させる。

「すぐに行くから、待っててな」

「うん、あの子と待ってる。早く来てね」

妻は、そう言うと、目を閉じて、顎を上げた。

ほんの一日前までは、妻が目を閉じて、顎を上げる仕草は、接吻を求める時だった。

しかし、今は、絞殺を求める仕草だった。

私は、両手で、そっと妻の首に触れた。

両手に力を入れる。

妻は、私を見る。

一本一本の指の腹に伝わる、妻の柔肌。

指圧を強めると妻の首に、私の指が、ぐぐぐと食い込んでいく。

呼吸が困難になる。

見る見るうちに、妻の顔が赤く腫れていく。

目は、うるうると潤い、唾液が滴る。

これ以上、妻の苦しみに歪む表情を見たくないと、無意識に指圧が止まる。

しかし、これを越えて、私も死ねば、あの世で会えるはず。

再び、指圧を強める。

妻の全身の力が抜ける。

間もなくして、妻は、意識を失った。

私は、心に鬼を宿したように、更に首を絞め続ける。

しっかりと殺さなければ、あの世で離れ離れになってしまうから。

妻の顔に出血斑が現れる。

私は、妻を殺した。

妻にとって、私が悪魔なのではないか。

私は、両手を妻の首から離そうとした時。

思いもよらぬ光景に目を疑った。

娘が、むくっと上体を起こした。

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