霧の中に悪魔がいる

full moon

人とは。悪魔とは。(8)

その瞬間、灯油に濡れた郷珠の体表を覆うように、放射線状に炎が走った。

一瞬で、足元まで到達し、地面に溜まる灯油の表面にも炎が点く。

郷珠の全身は炎に包まれ、火達磨になった。

火先は、ぐらぐらと不規則に揺れる。

炎の中に、郷珠の影が見える。

その影は茶褐色の焦げたような色だった。

郷珠は、合掌して座禅を組んだ姿のまま動かない。

その姿から、人智を超えた意志を感じる。

私達に何かを教えようとしている。

そう感じた。

私は、超越した光景に驚倒し、体全身に力が入り、固まっていた。

炎は収まる事なく、郷珠を焼き尽くす。

衣服はとろけて無くなり、髪の毛も溶けて、坊主になる。

郷珠の体は炭化を始め、炭のように黒くなっていく。

しかし、合掌と座禅のまま動じない。

合掌の指先に、郷珠の揺るがない精神が通う。

店内に、嗅いだ事も無い、焼け焦げた激臭が漂う。

肉を焼くような臭いに、苦みが含まれる。

その臭いは、私の鼻を通り、口の中に染みつく。

郷珠の目元がぷちゃっと破裂した。

とろけた目元は、瞬く間に黒く炭化する。

次第に、激臭は更に猛烈な臭いに変わる。

その臭いで臭覚が痺れる。

老婆は、おえっと、吐き気を催す。

店内は、人の焼ける匂いと灯油の匂いが充満する。

郷珠は、郷珠と認識出来ない程に、真っ黒な炭になっていた。

その時、ぱきっと折れるように郷珠の体勢が崩れた。

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