霧の中に悪魔がいる

full moon

夜の息づかい(27)

 鮮やかに思い出される一つの記憶。

私が妻にプロポーズをした時だった。

プロポーズの言葉を今でも覚えている。

私は、結婚指輪の入ったリングケースを開けて、妻に見せて、言ったんだ。

「あなたの無邪気な笑顔をいつまでも守りたい。私と結婚してください」

強い緊張から、息が詰まり、声も途切れ途切れになりながらも言った。

妻は、結婚指輪を見た後、私の顔を見て、「はい」と答えた。

妻は、今にも泣きそうな表情だった。

目はキラキラと潤い、顔は赤く熱っている。

私は、妻の細い薬指に、すうっと結婚指輪を付ける。

その時、誓ったんだ。

何があっても、妻を守っていこうと。

しかし、今、妻は、私の手で苦しんでいる。

妻は目を閉じて、苦痛に顔を歪ませている。

顔は赤く腫れて、閉じる目尻から一筋の涙が流れる。

その涙が私の手首に滴る。

妻の涙が温かく感じる。

はっとして、思わず、妻の首から、両手を離す。

妻は、大きくむせている。

息をぜいぜいとして取り込み、呼吸を整える。

「やはり、私には出来ない」

私の両手は強く緊張して震えていた。

妻は、娘の髪を撫でる。

まるで、まだ生きているかのように、さらさらとした髪。

妻は、娘の乱れた髪を手ぐしで整えていく。

私は、妻の腰に腕を回して、そっと抱き寄せる。

コメント

コメントを書く

「ホラー」の人気作品

書籍化作品