霧の中に悪魔がいる

full moon

夜の息づかい(6)

 「あれは違う!」

夢見心地に閃光が貫いたように男性の声がきこえ、目が覚める。

私は瞼を何度か、ぱちぱちと開閉して、覚醒を促す。

視界の違和感は無くなっていた。

徐に上体を起こす。

どのくらい寝ていたのか。

ふと時計を見ると、午後十一時を過ぎていた。

妻は娘と一緒に郷珠の近くにいる。

私が起き上がると、妻はすかさず駆け寄ってきた。

「大丈夫?」

妻は私に訊ねる。

「ならぬ! 今や、お前はすでに悪魔に感染している。近づいてはならぬ」

老婆が言う。

「ふざけないで、私の夫です! 夫を助けない妻がどこにいますか」

妻が目を尖らせて言う。

「ふん!」

老婆は顔を大きく横を向き、妻の強い口調を拒絶した。

娘も妻の元へと、たたたっと駆け寄った。

「あれは、そうだ。職場の同僚で愚痴を聞いていたんだよ、浮気なんかじゃない! なあ、や、やめてくれ!」

再び男性の声が聞こえた。

その声は、篠生だった。

篠生は寝ながら、汗をだらだらと掻いて、うなされていた。

はっと、篠生が飛び起きた。

乱れた呼吸を整えている。

「だいぶうなされていたけど大丈夫ですか?」

私が訊ねる。

「何か口に出していましたか?」

篠生はおどおどと声を曇らせて言う。

「少し寝言は言っていたかな」

私は答えた。

篠生は、「はあ」と一つ短いため息をついて話し始めた。

「当時付き合っていた恋人が自殺したんです」

私は簡単な話題では無い事をすぐに察知して、開いていた口を閉じる。

篠生は話を続ける。

「本当に、その彼女を愛していました。でも、ある時、私は一度の過ちをしてしまいました。その相手は、私の目を盗んで、私の携帯電話から彼女にメッセージを送り、ベッドに寝てる写真を送ったのです」

篠生は頭を下げ、頭を抱えて、床へ話し始めた。

「すぐに彼女は私の元を去り、風の便りでは自殺したと聞きました。それから、私は眠ると毎日のように、その彼女が夢に現れて、どうして裏切ったのと言ってくるのです」

篠生の声が小さく震えているのがわかる。

篠生はちらりとレストランの出入り口に視線を送る。

ひいっ!

篠生は、突然、体を仰け反り、長椅子の上で後ずさりしている。

私はレストランの出入り口を見た。

何も居ない。

しかし、篠生は腰を抜かして、冷や汗を滲ませている。

篠生の目は、見えていない何かを捉えている。

「はは。あれが彼女だよ。起きていても、迎えに来れるようになったんだね」

私には見えない。

「本当だったら、もう今頃、会う事ができたんだけどね。もう少し待っててね」

篠生は言う。

長椅子の背もたれにぶつかっているが後ずさりを続けている。

その時、後ずさりしている動きに、長椅子が軋み音を発した。

びくっと、篠生は体を強張らせて行動を止める。

「だめだ。この音は悪魔を呼び寄せる」

篠生は自問自答するように語る。

篠生の息は荒い。

篠生は顔を上に向ける。

「ああ、そうか。その両手は私の首を締めようとしているんだね」

篠生の目には、彼女が馬乗りになっているようだった。

「そうだね、呼吸すると、空気が気管を通る時の擦れる音が出ちゃうもんね」

篠生はそう言うと息を止め出した。

初めは苦しくなるとやめていた。

しかし、次第に、息を止める時間が長くなる。

息を止めるのを止めた時、激しく空気を取り込む。

呼吸が整う間もなく、再び息を止める。

目は血走り、体がぷるぷると震え出しても息を極限まで止める。

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