霧の中に悪魔がいる

full moon

シナモンは人を選ぶ(4)

 私は、ギターの弦を押さえ、右手をストロークする。

ぽろろんと調和のある音が鳴った。

「これがコードというものです。次のコードはこちらです」

篠生は弦を押さえる指の位置を一つ一つ移動させていく。

私と篠生はギターの練習に夢中で、老父のお話を聞き流す。

 「どこか、悪いんですか?」

私の妻が訊ねた。

私は動作を止めて妻と老夫婦を見る。

「肝臓が悪くてね」

老婦が答える。

「これも年を取ると仕方ない事だよ。最近じゃ、腎臓も良くない」

老父は言う。

それを聞いた郷珠は、顔を老夫婦に向ける。

視力は見えていないが、耳で声の方向を認知している。

「そうですか、大変ですね。シナモンティーは、お体に良いから飲み続けているのですか?」

私の妻は更に訊ねる。

「こいつが聞くって言うんだけど、どうなんだろうね」

老父が言う。

その老婦の言葉に重ねるように老婦が話し出す。

「シナモンは、肝臓に良いって効いたのよ」

老婦の言葉は僅かに早口だった。

老婦は言い終えると、一瞬、右上に目線をちらりと向けた。

「奥様が献身的なんですね、私も見習わないと」

私の妻はそう言って、私ににこっと笑みを見せる。

もうすっかり、老父の高圧的な態度が無くなった。

老婆は突然、客の皆をぎろっと見た。

「かぐわしいシナモンと水を用意せよ。これらを用いて聖なる水を作れ。すなわち香料作りの業に倣ってそれらを混ぜ合わせ、聖なる水を作る。その水を契約の証として飲み干せよ。それはすなわち聖なる者と聖別し、最も聖なる者とする。聖なる水を飲み干す者は全て聖なる者となる。その子らにも水を飲ませ聖別し、彼らを祭司として私に仕えさせよ」

老婆は淡々と語る。

「その本にそう記してあったのか?」

老父は訊ねる。

老婆は無視して、分厚い本の内容を再び見始めた。

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