同期の御曹司様は浮気がお嫌い
3
「じゃあ寒いから俺の車で食べよう」
「いいの?」
私が優磨くんの車にまた乗ってもいいのだろうか。
「うん。助手席は波瑠専用だから」
顔を赤くした私に「先に乗ってて」と言い残して近くの自動販売機に飲み物を買いに行った。
慣れた動作で助手席に座った私は自分の分のパンを出して膝の上に置く。
戻ってきた優磨くんは缶コーヒーを差し出した。受け取る私の手が触れないように先端を持って。
「ありがとう……優磨くんのだよ」
私はパンの袋を渡した。優磨くんの手が触れないように袋の下を持ちながら。受け取る優磨くんは複雑な顔をする。
「俺子供のころから慶太さんの店でこれが一番好きなんだ。夕方行くとたまに揚げたてのコロッケになってて」
優磨くんは無邪気にコロッケパンを頬張る。
「ちゃんとご飯食べてるようで安心した」
横顔を見る限りすっかり元通りの健康な状態に戻っている。
「波瑠にちゃんとご飯食べてって言われたからね。毎日三食きちんと食べてるよ。でも、波瑠のご飯が恋しい」
私に顔を向けて色っぽい顔をする。それに慌てて目を逸らす。
「彼氏にもご飯作ってるの?」
「う、うん……」
優磨くんはずっとこの設定に食いついてくる。
「彼氏何が好きなの?」
「ハンバーグとかのお肉系かな……でも野菜料理も何でも食べる」
「へー」
「味付けに失敗しても怒らないし、何作っても美味しいって言ってくれる……」
「優しいんだ」
「うん……家事もね、苦手なのに手伝ってくれるし、些細なことも褒めてくれる。何でも好きなの買っていいよって甘やかしてくれるの」
「そいつのこと大好きなんだ?」
「そうだね……大好きかな……」
私を大事にしてくれる彼が愛しくて堪らない。
「そいつと将来を考えてる?」
「ずっと一緒に居られたらって思ったこともあったけど、いつかだめになるのが怖くて素直になれない……」
「波瑠を不安にさせるなんてバカだなそいつ……」
優磨くんは何かを堪えるようにまた唇を噛んだ。
「あのさ、もうすぐクリスマスじゃん?」
「そうだね」
「波瑠は、その……予定とかって……」
口ごもる優磨くんが言わんとしていることが分かったから「彼氏と過ごすの」と淡々と答えた。
「そう……そうだよね……」
別れる前にクリスマスの予定についてなんとなく話したことがあった。二人で過ごす初めてのイベントを優磨くんが楽しみにしていたことを思い出した。けれど私たちがクリスマスを一緒に過ごすことはなくなってしまったのだ。
「もう部屋に戻るね」
私はまだ食べ終わっていないパンをビニールに包み、車から降りようとカバンを持った。
「波瑠、明日は仕事?」
「うん」
「わかった。明日も来るね」
それにどう返事をしようか迷う。嫌がっても優磨くんは何度だって通ってきてしまう。
困っている私に優磨くんは微笑む。
「俺が勝手に会いに来るだけ。おやすみ」
私は頷くとドアを開け外に出た。
「波瑠、愛してる」
いつもの熱を込めて『愛してる』と言う優磨くんの視線に耐えられなくてすぐにドアを閉めた。今夜も車内から手を振って優磨くんは帰っていった。
その『愛してる』が変わらない保証はどこにあるの? 私はいつまでも不安になってしまうから、もうお互いがお互いを解放するべきなんじゃないの……?
◇◇◇◇◇
新規オープンして間もないパン屋の店内は可愛い装飾が施されているけれど、クリスマスが近づくともっと飾りに力を入れることにした。退勤後にスタッフとして働いている大学生の男の子と同じ施設内にある雑貨屋に飾りを買いに行く。
「僕こういうセンスないから何がいいのか分かんないです」
「私も苦手……こういうのは? レジの横に置くの」
手当たり次第にサンタの置物やキラキラした飾りを手に取る。
ああでもないこうでもないと相談しながら、慶太さんがくれた予算の中でいい飾りが買えた。
雑貨屋から出ると「波瑠?」と名を呼ばれた。見ると優磨くんが不機嫌な顔をして雑貨屋の前に立っている。
「え、どうしてここに?」
家の前に来るはずじゃなかったのか。
「仕事早く終わったから迎えに来たんだけど……」
優磨くんは私の隣の男の子に不審な目を向けた。
「波瑠さんの知り合いですか?」
男の子の言葉に返事をしようとすると「恋人です」と優磨くんがぶっきらぼうに言い放った。
「ちょっと優磨くん!」
男の子は目を見開いた。それは私に恋人がいたことが意外なのではなく、優磨くんに睨まれて驚いたからだ。真っ直ぐ男の子を睨み続ける優磨くんに私の方が慌てて、「これ私がお店に置いてくるから、帰りな」と言った。
「いや、僕が置いてきますから波瑠さんが帰ってください」
「でも……」
男の子は私の耳元に顔を寄せた。
「恋人さん僕のこと超睨んでるので、このまま行ってください」
そう言って飾りの入った袋を私の手から取った。
「ごめんね、ありが……」
お礼を言い終わらないうちに優磨くんに手首を掴まれ引っ張られた。
「優磨くん!」
無言で私の手を掴む彼はとても怖い顔をしている。
「お疲れ様です」
男の子が苦笑いしながら手を振るから、申し訳ない思いで手を振り返す。すると掴まれた手首が一層強く握られた。
「痛い!」
思わず手を振り払った。それに顔を歪めた優磨くんは再び私の手首を掴む。
「放して!」
「放さない」
冷たい声が抵抗する気力を奪った。あれだけ触れるのを嫌がったのに、今は何が何でも放そうとしない。
駐車場まで手を引かれ、優磨くんの車の助手席に押し込まれた。運転席に座った優磨くんは「あいつ誰?」と低い声で詰め寄る。
「誰って、スタッフだよ」
「なんで一緒に買い物してるの?」
「お店の飾り買ってたの……」
「それだけ? 笑顔を見せて、特別親しそうだったけど」
「え? 普通だよ……」
「あんなに顔近づけて……手だって触れてたよ。俺には手を振り返してくれないのに、あいつにはするんだ」
一人で拗ねる優磨くんに呆れる。
「だからってさっきの態度は酷いよ……私、今は優磨くんの恋人じゃないよ。お店の子の前でそんな主張しないで」
優磨くんは顔をしかめた。怒りたいのは私の方だ。掴まれた手首はまだじんと痛む。さっきの男の子にだって変に思われただろうに。
「波瑠に男が近づくと気分が悪い……」
「そんなこと言う権利はないよ。私たちもう終わってるのに」
優磨くんの目の回りが赤くなったのを見た。
「私、あの子と付き合ってるの」
低い声で、でもはっきりと伝えた。優磨くんが目を見開く。
「だから彼の前で優磨くんが恋人だなんて言われたら困る」
また嘘をついた。心が痛む。だけどこれで優磨くんが諦めてくれればいいと願った。
「いいの?」
私が優磨くんの車にまた乗ってもいいのだろうか。
「うん。助手席は波瑠専用だから」
顔を赤くした私に「先に乗ってて」と言い残して近くの自動販売機に飲み物を買いに行った。
慣れた動作で助手席に座った私は自分の分のパンを出して膝の上に置く。
戻ってきた優磨くんは缶コーヒーを差し出した。受け取る私の手が触れないように先端を持って。
「ありがとう……優磨くんのだよ」
私はパンの袋を渡した。優磨くんの手が触れないように袋の下を持ちながら。受け取る優磨くんは複雑な顔をする。
「俺子供のころから慶太さんの店でこれが一番好きなんだ。夕方行くとたまに揚げたてのコロッケになってて」
優磨くんは無邪気にコロッケパンを頬張る。
「ちゃんとご飯食べてるようで安心した」
横顔を見る限りすっかり元通りの健康な状態に戻っている。
「波瑠にちゃんとご飯食べてって言われたからね。毎日三食きちんと食べてるよ。でも、波瑠のご飯が恋しい」
私に顔を向けて色っぽい顔をする。それに慌てて目を逸らす。
「彼氏にもご飯作ってるの?」
「う、うん……」
優磨くんはずっとこの設定に食いついてくる。
「彼氏何が好きなの?」
「ハンバーグとかのお肉系かな……でも野菜料理も何でも食べる」
「へー」
「味付けに失敗しても怒らないし、何作っても美味しいって言ってくれる……」
「優しいんだ」
「うん……家事もね、苦手なのに手伝ってくれるし、些細なことも褒めてくれる。何でも好きなの買っていいよって甘やかしてくれるの」
「そいつのこと大好きなんだ?」
「そうだね……大好きかな……」
私を大事にしてくれる彼が愛しくて堪らない。
「そいつと将来を考えてる?」
「ずっと一緒に居られたらって思ったこともあったけど、いつかだめになるのが怖くて素直になれない……」
「波瑠を不安にさせるなんてバカだなそいつ……」
優磨くんは何かを堪えるようにまた唇を噛んだ。
「あのさ、もうすぐクリスマスじゃん?」
「そうだね」
「波瑠は、その……予定とかって……」
口ごもる優磨くんが言わんとしていることが分かったから「彼氏と過ごすの」と淡々と答えた。
「そう……そうだよね……」
別れる前にクリスマスの予定についてなんとなく話したことがあった。二人で過ごす初めてのイベントを優磨くんが楽しみにしていたことを思い出した。けれど私たちがクリスマスを一緒に過ごすことはなくなってしまったのだ。
「もう部屋に戻るね」
私はまだ食べ終わっていないパンをビニールに包み、車から降りようとカバンを持った。
「波瑠、明日は仕事?」
「うん」
「わかった。明日も来るね」
それにどう返事をしようか迷う。嫌がっても優磨くんは何度だって通ってきてしまう。
困っている私に優磨くんは微笑む。
「俺が勝手に会いに来るだけ。おやすみ」
私は頷くとドアを開け外に出た。
「波瑠、愛してる」
いつもの熱を込めて『愛してる』と言う優磨くんの視線に耐えられなくてすぐにドアを閉めた。今夜も車内から手を振って優磨くんは帰っていった。
その『愛してる』が変わらない保証はどこにあるの? 私はいつまでも不安になってしまうから、もうお互いがお互いを解放するべきなんじゃないの……?
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新規オープンして間もないパン屋の店内は可愛い装飾が施されているけれど、クリスマスが近づくともっと飾りに力を入れることにした。退勤後にスタッフとして働いている大学生の男の子と同じ施設内にある雑貨屋に飾りを買いに行く。
「僕こういうセンスないから何がいいのか分かんないです」
「私も苦手……こういうのは? レジの横に置くの」
手当たり次第にサンタの置物やキラキラした飾りを手に取る。
ああでもないこうでもないと相談しながら、慶太さんがくれた予算の中でいい飾りが買えた。
雑貨屋から出ると「波瑠?」と名を呼ばれた。見ると優磨くんが不機嫌な顔をして雑貨屋の前に立っている。
「え、どうしてここに?」
家の前に来るはずじゃなかったのか。
「仕事早く終わったから迎えに来たんだけど……」
優磨くんは私の隣の男の子に不審な目を向けた。
「波瑠さんの知り合いですか?」
男の子の言葉に返事をしようとすると「恋人です」と優磨くんがぶっきらぼうに言い放った。
「ちょっと優磨くん!」
男の子は目を見開いた。それは私に恋人がいたことが意外なのではなく、優磨くんに睨まれて驚いたからだ。真っ直ぐ男の子を睨み続ける優磨くんに私の方が慌てて、「これ私がお店に置いてくるから、帰りな」と言った。
「いや、僕が置いてきますから波瑠さんが帰ってください」
「でも……」
男の子は私の耳元に顔を寄せた。
「恋人さん僕のこと超睨んでるので、このまま行ってください」
そう言って飾りの入った袋を私の手から取った。
「ごめんね、ありが……」
お礼を言い終わらないうちに優磨くんに手首を掴まれ引っ張られた。
「優磨くん!」
無言で私の手を掴む彼はとても怖い顔をしている。
「お疲れ様です」
男の子が苦笑いしながら手を振るから、申し訳ない思いで手を振り返す。すると掴まれた手首が一層強く握られた。
「痛い!」
思わず手を振り払った。それに顔を歪めた優磨くんは再び私の手首を掴む。
「放して!」
「放さない」
冷たい声が抵抗する気力を奪った。あれだけ触れるのを嫌がったのに、今は何が何でも放そうとしない。
駐車場まで手を引かれ、優磨くんの車の助手席に押し込まれた。運転席に座った優磨くんは「あいつ誰?」と低い声で詰め寄る。
「誰って、スタッフだよ」
「なんで一緒に買い物してるの?」
「お店の飾り買ってたの……」
「それだけ? 笑顔を見せて、特別親しそうだったけど」
「え? 普通だよ……」
「あんなに顔近づけて……手だって触れてたよ。俺には手を振り返してくれないのに、あいつにはするんだ」
一人で拗ねる優磨くんに呆れる。
「だからってさっきの態度は酷いよ……私、今は優磨くんの恋人じゃないよ。お店の子の前でそんな主張しないで」
優磨くんは顔をしかめた。怒りたいのは私の方だ。掴まれた手首はまだじんと痛む。さっきの男の子にだって変に思われただろうに。
「波瑠に男が近づくと気分が悪い……」
「そんなこと言う権利はないよ。私たちもう終わってるのに」
優磨くんの目の回りが赤くなったのを見た。
「私、あの子と付き合ってるの」
低い声で、でもはっきりと伝えた。優磨くんが目を見開く。
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