同期の御曹司様は浮気がお嫌い

秋葉なな

元カレ御曹司は元カノに許されたい

◇◇◇◇◇



下田くんから脅すような連絡が来なくなって落ち着いた生活ができるようになった。私は本当に優磨くんに支えられて生きているなと思って切なくなる。

優磨くんとの別れは私の人生で大きな痛手だった。この先彼以上に愛する人ができるとは思えないけれど、いつまでも縋っていないで前に進まなければ。
と思っていた仕事帰りに私の決意は大きく揺らいだ。
マンションと駐車場を区切るように設置された植え込みのレンガの上に優磨くんが座っていた。

「おかえり波瑠」

「優磨くん!?」

薄暗い道でマンションのエントランスの明かりに照らされた優磨くんは笑顔だ。以前よりも顔色は良くなって髪はきっちり整えられている。

「どうしてここが?」

優磨くんには引っ越し先を教えていなかったのに。

「泉さんに教えてもらった。車は波瑠の部屋のとこ停めさせてもらった。ごめんね」

「ああうん。大丈夫……」

見るとすぐ横の駐車場に優磨くんの車があった。

「体調はどう?」

私は戸惑いながらも「もう平気」と答えた。今ではストレスがなくなり吐き気を感じることはない。

「よかった」

優磨くんは安心したように笑う。

「いつからここで待ってたの?」

「1時間くらい。いつ帰ってくるか分からなかったから」

「連絡くれればよかったのに」

「無視されたらと思うと辛くて……」

この言葉には呆れた。

「私の連絡は無視したのにね」

嫌みをぶつけた。自然と口調は冷たくなる。

「俺がどんなに酷いことしてたかって痛いほどわかったよ。ごめんなさい」

優磨くんはしゅんと項垂れる。

「もう会わないようにしようって言ったのに」

「納得はしてないよ。俺は嫌だって言ったでしょ」

真面目な顔をしてじっと私を見つめるから、いつまでも優磨くんを忘れられないじゃないか、と溜め息をつく。

「車の中で待ってれば寒くないよ?」

「ここなら波瑠が帰ってきたのがすぐにわかるから。それに、今夜はこれを渡しに来たんだ」

私の前に封筒を差し出した。

「下田に渡したお金を返してもらったから」

「え? 本当に? ありがとう!」

これには感激して笑顔になってしまう。

「ちゃんと返してくれたんだ」

「元々目的は金じゃなかったからね」

「そっか。離婚しないでちゃんとお父さんやれればいいんだけど……」

「大丈夫。離婚はしないだろうね。今後別の女に手を出さなければ」

「調査報告書を自宅に送ったんでしょ? 奥さん見ちゃってるかも……」

「あれは一部だけでコピーはないよ」

「へ?」

私の間抜けな声に優磨くんは笑う。

「下田の家にも送ったなんて嘘だよ。まだ波瑠にちょっかいかけてるなんて知ったら、奥さんは波瑠を不倫相手として今度こそ訴えかねないからね」

会社にバレたときは下田くんが結婚したことを黙っていたせいだと無理矢理納得して、奥さんは私を訴えることはしなかった。けれど再び下田くんと会っていると分かったら今度こそ訴えられて慰謝料を請求されていたかもしれない。

「そこまで考えてくれたの?」

「うん。波瑠が苦しまないようにすることしか考えてないよ」

顔が赤くなったのは暗いから気づかれてないといいなと思う。別れたはずなのに優磨くんは変わらず優しい。私の知らないところでずっと守ってくれていた。

「俺のところに帰ってきて」

「っ……言ったでしょ、もう私……」

「波瑠がいないとだめだ」

「………」

どうしよう。私の気持ちは優磨くんに伝わらなかったの?

「このまま離れた方がいいって……婚約者さん待ってるよ」

「そんな人はいないよ」

「え? 政略結婚の話があるって言ってたじゃない。お父様が決めた人なんじゃないの?」

「もう婚約解消したから」

目を見開いた。

「波瑠のことしか想えないのに他の女性と結婚することはできないから、直接相手の人に断った。俺は下田と違うから」

力強い言葉と目にビクッと体が震える。

「お父様怒ってるんじゃない?」

「まあね。でもこれは俺も譲れないから」

優磨くんの顔が見られなくて目を逸らす。縁談を断った理由が私ではお父様は納得しないだろう。

「最初から決まったお相手なら裏切ることもないんじゃないの?」

「ごめん本当に……俺には波瑠だけ」

「………」

「………」

お互い黙ってしまう。どんなに優磨くんが悪いと思ってくれているとしても、吐かれた言葉の重みはまだ私を押しつぶしている。

「今日はもう帰るね。お金を返すのが目的だったけど波瑠の顔が見れてよかった」

「そう……」

「明日も来るね」

「え?」

「明日も明後日も、毎日来る。俺が波瑠から離れないって信じてもらえるまで」

「無理だよ。会社も優磨くんのマンションもここから遠いもん……」

「でも波瑠に会いたいから来るよ」

戸惑う私に優磨くんは「俺は本気」と囁いた。

「私は優磨くんのこと想ってないから」

出来るだけ素っ気なく、冷たい声を出す。

「私の言葉を信じるって言ったよね。優磨くんから気持ちが離れた。私に会いに来ても無駄だよ」

「っ……」

優磨くんの瞳が揺れた。目が潤んでいるような気がする。でもここまで言わないと彼も前に進めないから。

「それでもいい」

「え?」

「気持ちが離れてもいい。また好きになってもらえるように努力する。俺が波瑠の顔を見たいから来るよ」

「でも……」

「おやすみ波瑠」

そう言って一歩近づかれると、反射的に一歩下がった。
複雑な顔をする優磨くんに私も焦る。避けたくて避けたわけじゃない。でも手を振り払われた記憶は消えない。触れた瞬間また優磨くんに拒絶されるのではと怖くなるのだ。

「波瑠を愛してる」

悲しそうな表情でそれだけ言って優磨くんは車に乗り込んだ。車内から私に手を振って駐車場から走り去る。
『愛してる』をどう受け止めようか戸惑っている私を残して。









優磨くんは本当に毎日マンションまで通ってくるようになった。
私の帰宅を待って植え込みの前に座っているときもあれば、休みで家にいるときにチャイムを押すこともあった。
優磨くんが仕事で遅い時はチャイムを鳴らさずに郵便受けに手紙を入れてくれることすらある。必ず末尾に『愛してる』と綺麗な字で書いてあるのだ。

「もう来ないでって言ったでしょ」

この日もいつも通り玄関先でそう言っても「波瑠の顔が見たいだけ」と譲らず帰ろうとしない。

「生活に不自由してない? 何かいるものある?」

ドアから中を覗こうとするので焦る。優磨くんのマンションの部屋に比べたらここは安くて狭いから恥ずかしいのだ。


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