同期の御曹司様は浮気がお嫌い

秋葉なな

◇◇◇◇◇



下田くんからは毎日連絡がくる。
それを確認する度に気持ちが沈み、削除しても毎日送られてくるので胃がムカムカしてくる。
優磨くんに見られたらいけないとトイレにも洗面所にもスマートフォンを持ち込むようになった。

「波瑠、毎日スマホ持ってるね」

「え!? あ、いや……実家から頻繁に連絡がくるの……そろそろ顔見せに帰って来いって……」

「そう……」

まただ。また私は優磨くんに嘘をつく。

「もう何年帰ってないの?」

「就職した年のお盆に帰ったきりだから4年かな」

「それはご両親も寂しいだろうね」

そう言うと私を抱きしめる。優磨くんはスキンシップが好きでたくさん私に触れる。それがとても安心する。

「波瑠のご両親にもいずれ挨拶したい」

「うん……私たち、そろそろちゃんとしなきゃね」

優磨くんのご両親に挨拶をするという話は、私が慶太さんの店で働いて落ち着いたらということにしている。

「焦らなくていいよ。波瑠のペースで」

「うん……」

こんなにも大事にしてくれる優磨くんが愛しい。しっかりしないと。優磨くんに頼らない自分にならなきゃ。
下田くんをはっきり拒否すると決意した。

警察に相談するしかないかもしれない。それは優磨くんに知られずに解決できることなのだろうか……。










優磨くんが出張に行くことになった。今までなら夜にいないと寂しく感じていたけれど、今では私も仕事を始めて毎日充実している。
パン屋さんでの仕事は思った以上に楽しい。他の従業員は学生から親の年代の方もいて刺激をもらっている。

仕事からの帰りに優磨くんから出張先の観光地の写真が送られてきた。マンションの前に着くと立ち止まって写真を眺める。海が一望できる丘の上のようだ。今度この近くに大型リゾートを作るのだという。
写真の感想を返信すると電話がかかってくる。優磨くんからだと思ってよく画面を見ないままタップすると「波瑠ちゃーん!」と女性の声が耳に響く。

「え? 美麗さん?」

「今からマンション行くね」

「今からですか?」

驚いた声を出すとすぐ後ろに車が停まった。

「ね、今着いたよ」

「早いです……」

呆れて車に近づくと運転手は泉さんではないようだ。

「今日は泉さんじゃない方なんですね」

私は運転手の男性に軽く会釈した。

「泉ちゃんは優磨の出張に同行してるよ。優磨の秘書であって美麗の専属運転手じゃないし」

「そうですか」

既に美麗さんは泉さんといつも一緒にいるイメージがついてしまっていた。

「今日はどうされました?」

「優磨がいないと波瑠ちゃん寂しいんじゃないかと思って遊びに来ました!」

「え……」

「今日泊っていくね」

そう言うと美麗さんは大きい荷物を抱えながら車から降りる。

「ちょっ……本当に泊まるんですか?」

「そうだよ。安心して、美麗は本がいっぱいある部屋のソファーで寝るから」

美麗さんがダブルベッドじゃなく書斎のソファーで寝ると自分から言い出すのは意外だったけれど、あそこは慶太さんが残した本がたくさんあることを思い出した。

優磨くんも怒るだろうし、さすがに泊まることは遠慮してもらおうとすると美麗さんの合図で車は動き出して行ってしまった。仕方なく美麗さんをマンションに入れる。

「波瑠ちゃんがいてくれてよかったー。優磨に合鍵没収されちゃったから」

「そうなんですか?」

「波瑠ちゃんと住むからもう勝手に入ってくるなって」

ぷうっと頬を膨らませる美麗さんに苦笑する。合鍵を持っているほどだから以前は頻繁にここに来ていたのだろう。

「波瑠ちゃん料理上手なんでしょ? 今夜はパーッと飲もう!」

「え、すみません……私お酒弱くて……」

「そうなの? ざんねーん」

美麗さんはそう言いながらテーブルにお酒のボトルを並べていく。私が飲めないことが本当に伝わっているのか疑問だ。

洗濯物を取り込んでいるときも、夕食の準備をしているときも美麗さんは私にまとわりついて観察してくる。優磨くんにそっくりだ。

「へー服ってそうやって畳むんだー」

「いくら美麗さんでもこれは知ってますよね?」

「美麗は家政婦さんに全部お任せだから家事何もできない。この部屋も綺麗になってて驚いた」

まるで優磨くんのようだ。さすが姉弟。

テーブルに食事を並べると美麗さんは勢いよくワインのボトルを開ける。遠慮する私のグラスに並々とワインを注いだ。

「美麗女の子とご飯食べるの久しぶりー」

「そうなんですか? お友達とは?」

「もう何年も会ってないの。ほとんど家にいるし」

本当に『ほとんど家にいる』のか疑わしいけれど、美麗さんは「こういうの楽しい」と呟く。

「波瑠ちゃんって美麗とも誠実に接してくれるよね。大体みんなお金目当てで近づいてくるから、奢ってだの買ってだの言ってくるのに」

「いや、そんな人中々いませんよ。優磨くんは色々買ってくれようとしますけど申し訳ないって思うのが普通です」

私の言葉に美麗さんは微笑む。美人に微笑まれて照れてしまう。

「優磨は幸せ者ねー、波瑠ちゃんに大事にされて」

「いえ……大事にされているのは私の方です……」

優磨くんには守られてばかり。

「そういう人とは離れちゃダメだよ。優磨には美麗のようになってほしくないの」

美麗さんは寂しそうな顔をする。

「波瑠ちゃん、城藤の家に生まれるとほとんどの人生決められてるの。進学先も就職先も結婚相手もね」

「え?」

「美麗はまあ……結婚に関しては色々と抵抗したんだけど、元々結婚相手は親に決められてたんだ。城藤はほぼ政略結婚」

その話を聞いて私は不安になってきた。

「あの……優磨くんにも結婚相手は決まった方がいるのでしょうか?」

そんな話を泉さんとしていた。あれ以来ずっと不安が付きまとっている。

「まあね。でも優磨は親の決めた相手とは結婚しないよ。波瑠ちゃんが大好きだから。それに美麗の弟だしね。優磨も結構ワガママだから」

「そうだと嬉しいです……」

もしかして私が優磨くんの会社に来てほしくなかったのも、お父様に知られるとまずいと思っていたのも、全部縁談があるからなのではないだろうか。
そういえば何かを断ってほしいと電話で言っていたことがあった。あれはそのことかもしれない。

「美麗がこんな意地悪なことを言うのは、優磨と付き合う上で波瑠ちゃんにも色々と面倒なことがあるから覚悟してって言いたいの」

「はい……」

「でも一番重要なことは、優磨はねー、波瑠ちゃんのこと本当に本気で大好きだと思うよ」

「そう……ですか」

お姉さんからそんなことを言われると恥ずかしい。

「波瑠ちゃんのことで美麗にムキになって怒るなんて珍しいもん」

「そんなことあったんですか?」

「美麗が初めて波瑠ちゃんに会った日ね、あの時優磨は美麗のことを呼び捨てにして怒った」

そういえば美麗さんがマンションに入ろうとしたのを優磨くんが止めたとき「美麗!」と怒鳴ったっけ。いつもは「姉さん」と呼ぶのに、今思うと珍しかった。

「優磨はいつも美麗をお姉ちゃんとして立ててくれる。でも子供のころから本気で喧嘩すると呼び捨てになるんだよ」

「そうなんですね」

「後継者は優磨だからね。優磨はいつも美麗も守ってくれてるの。美麗こんな生き方だから城藤では浮いてるし。だから優磨が本気で怒ったときはやめるんだー」

あっけらかんと笑う美麗さんに私は苦笑する。

「優磨が美麗を思わず呼び捨てにするほど怒るってことは、それだけ波瑠ちゃんが大切なんだよ。だから、優磨の大事な人は美麗も大事なの」

美麗さんは私に笑顔を向ける。そこまで言われては顔が赤くなってくる。

「波瑠ちゃんも優磨が大事だもんねー」

私は照れながらこくりと頷いた。ワインに酔ってきたようだ。

「波瑠ちゃんって人を癒す力があるよね」

「そうですか? そんな超能力なんてありませんよ」

「美麗の汚い心が洗われていく気がする」

なんですかそれと笑う。そういえば同じことを何度か言われた気がする。


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