同期の御曹司様は浮気がお嫌い

秋葉なな

「波瑠」

声をかけられ顔を上げると店の入り口で優磨くんが手を振っている。

「え……」

後ろの席の社員が全員息を呑んだのがわかった。

「待たせてごめんね」

そう言って私の座る席に近づく。後ろの席に社員がいると気づくと「お疲れ様」と真顔であいさつをし、私に向けて笑顔を見せる。

「行こうか」

呆気にとられる社員の目の前で私の手を取り店の外まで連れられた。

「優磨くんってモテるでしょ?」

「は?」

優磨くんの車が停まっている駐車場まで歩きながら振り返って不思議そうな顔をする。

「会社の人たち、私が行ったら驚いてたもん。きっと不釣り合いだと思われてるよ……」

「俺が波瑠を選んだのに不釣り合いも何もないでしょ。まだそんなこと気にしてるの?」

「だって……」

優磨くんも私が来たことが嫌そうだったじゃない……。

「何か傷つけたのならごめん……でも波瑠のせいじゃない。原因は俺」

「え?」

「俺が社長の子供だから。俺の言動一つ一つが今後の会社、社員の関係を左右するんだ。だからみんな俺を気遣って、煽てて、陰で嫌みを言う」

後ろから盗み見る優磨くんは寂しそうな顔をしている。

「だから波瑠の前ではあんまり会社のことを言わない。言いたくないんだ」

「私に愚痴ってすっきりするなら聞くよ?」

「いや、いいんだ。嫌な気持ちを波瑠の前まで待ち帰りたくない。波瑠のそばだけが俺の息抜きできる場所だから」

「そっか……」

そう思ってくれるのなら、私は優磨くんが落ち着けるように支えなければ。

「今夜食事に行けなくてごめんね。なるべく残業はしたくないんだけど……」

「大丈夫。もういつでも行けるから。本日無事に退職しました」

できるだけ笑顔を向ける。
4年も勤めていたのに円満な退社とは言えなかった。最後は辛いことばかりだった。でも優磨くんがいたから頑張れた。

立ち止まった優磨くんは私と向かい合う。

「お疲れ様。頑張ったね」

頬に手が添えられる。その手を私の手で包む。

「うん。優磨くんのおかげでここまで頑張れた」

優磨くんが微笑んだ時、正面玄関から社員が出てきた。

「ったく……ここは本当に落ち着かない。早く帰ろう」

再び私の手を取って車まで行く。

「大変なことも多いのに、それでも優磨くんはお父様の会社に来るって決めたんだね」

「まあ、色々と考え直してね」

何かを考えているのか複雑な顔をした優磨くんは車のドアを開けた。

「就活の時期に城藤系列の会社に入るよう言われたんだけど、就職先は自分で決めるって擦れてた時期だったから普通に就活したんだ。でも、結局入社したあの会社も城藤系列と取引があるから、裏で手を回されて入れられたようなもんなんだよね」

シートベルトをしながら優磨くんは思い出すように呟く。

「俺は長男だから、結局城藤からは逃げられない。考えや体制が古いんだよね。子供が優秀とは限らないのに後継者にするなんて」

そう言う優磨くんは私から見てもとても優秀だと思う。

「でも出世すれば表面上誰も文句は言わないでしょ。だから俺は会社で上に行く。そうしないと意思を通せないから」

「優磨くんの通したい意思って何?」

そう聞くと「内緒」と微笑む。

「教えてくれないの?」

「まだダメ」

含みを持った言い方だけど、私は優磨くんが教えてくれるまで待とうと思った。










お風呂から出ると優磨くんがリビングで誰かと電話をしているような声が聞こえた。

「だからそれはタイミグがあって……今一緒に住んでる……そう、姉さんが無理矢理連れてきたんだ……」

悪いと思いつつも聞き耳を立ててしまう。だって私の話をしているようだから。

「泉さんは悪くないよ。姉さんを家から出したのが悪いんだ。そっちを怒るのが先だよね……うん、真剣だから……」

こっそり覗くとソファーに寝転んだ優磨くんは「あの話は断ってほしい」と電話の相手にお願いしているようだ。

「そのうちきちんと紹介する……だから本気なんだって……姉さんと一緒にしないでよ……うん。じゃあね」

通話を終えると溜め息をついた優磨くんに近づいた。

「優磨くん……なんかごめんね、今日やっぱり私が会社に行っちゃいけなかったよね……」

「違うよ。怒ったり困ったりしてるんじゃなくて……まあある意味大変なんだけど」

「ごめんなさい……」

「波瑠は悪くないよ。今日波瑠が会社に顔を出したっていうのが父の耳に入ったってだけ」

「何かまずかった?」

大事な跡取りの恋人が私では問題があるのだろうか。

「ううん、父に恋人がいることを言ってなかったから。泉さんにもまだ話さないでほしいってお願いしてたのは俺だし」

「やっぱり私が恋人だとは言いにくいよね……」

「違う! 俺が力不足なんだ」

「え?」

「波瑠おいで」

優磨くんがそばに来るように言うから近づくと、手を引かれ優磨くんの上に倒れるようにソファーに寝転ぶ。

「波瑠が恋人だって言い切れないほど俺がまだ力がないから……」

「そうなの? だって優磨くんは部長なんでしょ?」

この若さでそれだけの役職がつくのはすごいことなのではないだろうか。

「社長の子だからね。古参を差し置いて転職してきた若造に役職が付いたら周りは良い気はしないだろうね。しかも恋人が会社に来ればいろんな憶測が飛ぶ」

それもそうだ、と自分の軽はずみな行動を反省する。

「本当にごめんなさい。もう優磨くんに許可を取らないで会社に行くようなことはしないから」

不安な顔をする私に優磨くんは微笑んで頬に手を添える。

「怒ってるんじゃないんだ。今の電話は母なんだけど、恋人がいるならなんで紹介しないんだって怒られただけ。だから波瑠は気にしないでね」

頭の後ろに手を回され、軽く押されると顔が優磨くんに近づきそのままキスをした。

「落ち着いたら親に紹介してもいい?」

それは嬉しいことだ。でも不安でもある。

「私でいいのかな……ご両親はがっかりするかも……」

「がっかりなんてしないよ。俺が文句なんて言わせない」

優しく頭を撫でられる。そうされると優磨くんに守られているようで安心する。

「てかさ、親に紹介するってことがどういう意味か理解してる?」

「ん?」

「俺的には将来を考えてるから親に紹介するんだ。今まで彼女を会わせたことないからね」

この言葉に顔が赤くなる。
そうか、ご両親に会うってことはよほどの関係じゃないと遠慮したいものなんだよね。それを紹介したいと言ってくれるなんて光栄だ。

「嬉しい……でも……まだ私が自信ない……」

優磨くんの胸に顔を伏せる。

「無職だし……優磨くんに相応しいと思ってもらえない気がするから……」

「待つよ。俺は波瑠のペースでいいから」

「うん……」

早く優磨くんと対等になりたい。胸を張って優磨くんの恋人ですって言えるように。

「波瑠」

「何?」

「愛してる」

初めて言われた言葉に体が固まる。

「………」

「あのさ……黙られちゃうと結構不安なんだけど……」

「………」

「波瑠?」

「私も……私も愛してる……」

そう答えると優磨くんが体を起こした。私の体を抱えて立ち上がらせるとキスをする。
角度を変えて何度も唇を重ねながらゆっくりと寝室まで移動していく。
私の膝の裏がベッドの端に当たりバランスを崩すと優磨くんが体を支えてゆっくり寝かされる。

「波瑠、絶対に守るよ」

熱っぽく見つめられ、私は目を潤ませながら頷く。
パジャマのボタンが外されていく。私は優磨くんのシャツを肩まで捲り脱がせた。

「優磨くん……愛してる」

首から鎖骨にかけてキスされながら言葉を絞り出す。

「もう一回言って」

「あっ……愛してる……」

指先で胸に触れられると体が小さく跳ねた。

「俺も、波瑠を愛してる」

体中に優しいキスを受けながら優磨くんの熱に溺れた。






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