同期の御曹司様は浮気がお嫌い
同居の御曹司は甘やかすのがお好き
◇◇◇◇◇
「おはよう」
リビングのドアを開けて顔を出した優磨くんに「おはよう」と返事をしてコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
朝は洋食派という優磨くんのためにトースターにパンを入れてコンソメスープを温める。
「安西さんも朝は洋食でよかった?」
「うん、私はどっちも作ってたから」
カウンターの前のテーブルに食事を並べると二人そろって「いただきます」と言った。
昨日から始まった同居生活は簡単なルールだけ決めてあとはプライベートを尊重しようということになった。そのルールの一つが一日一回は食事を一緒に食べるだった。
朝見る情報番組が同じだということを知った。コーヒーにはミルクだけを入れると知った。同じ会社にいたころは知らなくても問題なかったことを、これからは一つ一つ知っていく。
大学の時に上京して以来誰かと住むのは初めてだけど、今のところ優磨くんと居るのは心地良い。
「会社行っても大丈夫なの?」
「うん。辞表出さなきゃいけないし、引継ぎもあるだろうから」
会社を辞めることに決めた。優磨くんに甘えてしばらく居候させてもらうことにする。
「アパートも解約しないとね。役所で住所も移さないと」
ああそうか、やることはいっぱいだ。
優磨くんはしっかりしているから私の気づかないことも言ってくれて助かる。
駅まで車に乗せてもらうことになった。優磨くんの会社は車で1時間もかからないところにあるのだという。
「いつも運転手さんが迎えに来るのにいいの?」
「あー……うん。もう送り迎えはやめてもらった」
「私のせいで? そうだったらごめんなさい……」
「違うよ。元々俺が送り迎えを頼んだわけじゃないんだ。父親が勝手に秘書にやらせてるの」
マンションの地下で車に乗り込みながら優磨くんはまるで言い訳するかのように「もともと俺は自分で運転できるから……」と呟く。
「あのさ、もう一緒に住んでるんだし、安西さんじゃなくて下の名前で呼んでもいい?」
「うん、いいよ」
「波瑠」
初めて優磨くんに下の名前で呼ばれて照れてしまう。横目で見た優磨くんも前を見て運転しながらも顔を赤くしているように見えた。
「あのね、私料理に自信ないんだけど、今夜は何が食べたい?」
「何でもいいよ。波瑠の食べたいもので」
そう言われると困ってしまう。まだ優磨くんの好みがわからない。
「そっか……じゃあ考えとくね」
「俺の方が先に帰ったら俺が作るし」
「うん、ありがとう」
私が家事を担当することになったけれど会社を辞めるまでは優磨くんも料理をしてくれるようだ。とはいえ、あの部屋の様子を見る限り料理も期待できるかは分からない。優磨くんも仕事帰りにスーパーに寄って惣菜を買って帰る生活をしていたようだし。
こんなに優しくて頼りがいがあるイケメンにご飯を作ってくれる彼女がいないのは何故だろう。私と一緒に住んでしまったら増々彼女ができないと思うのに、優磨くんはそれでいいのだろうか。
駅で降りると優磨くんの車が見えなくなるまで見送った。
お父様の会社である城藤不動産がどんな様子なのかは分からないけれど、優磨くんみたいな御曹司が会社に居たら女子社員が放っておかないだろう。実際私は早く転職して出て行った方がいいのかもしれない。彼の重荷になりたくない。
上司に退職届を提出すると驚かれたものの引き留められなかった。やっかいな社員が自分から辞めてくれて内心ほっとしているに違いない。
担当顧客の後任はすぐに決まり、徐々に引継ぎが始まった。
4年も勤めたのだから寂しさはあるものの、今は安心した気持ちでいっぱいになる。吐き気はだんだん感じなくなっていった。
同居に慣れてきたころには仕事量が少なくなってきたから定時で退社すると、スーパーに寄って買い物してから帰ることが日課になる。
今夜は『少し遅くなる』と優磨くんから連絡があったから、帰ってきたら温めるだけでいいように夕食の準備をする。洗濯物を取り込んで優磨くんの服と私の服を分ける。下着を洗濯するのもお互い恥ずかしがったけれど今は慣れてしまった。
優磨くんの服をクローゼットにしまいに行く。ここだけでも生活できそうな広さのクローゼットの中には優磨くんのスーツが何着もかけられ、私服は綺麗に畳んでケースに入っている。
ここに来た頃は冬服も夏服もごちゃごちゃになっていたのを整頓したのは私だ。ケースがあるのに活用されていなくてもったいなかったけれど、今はだいぶマシになった。
「ん?」
ケースとケースの隙間に何かが落ちているのを見つけた。片づけたときには気づかなかったのに何だろうと指を入れて取り出すとピアスだった。小さなダイヤモンドらしき宝石がついている。
これ、優磨くんの? でも女性ものだよね? 彼女のかな……確かこの家に女の人を入れたことないって言ってたのに……。
私の知らない優磨くんを見てしまったようで何故か胸がざわつく。
これはどうしたらいいだろう。きっと持ち主は探しているだろうから優磨くんに伝えた方がいいよね。
言い忘れないようにテーブルの上に置いておくことにした。
先にお風呂に入っちゃおうかなと思い始めた遅い時間に優磨くんが帰宅した。玄関で靴を脱ぐ優磨くんのところに行くと疲れているのか怖い顔をしている。
「おかえりなさい」
そう声をかけると顔を上げた優磨くんは私の顔を見て微笑む。
「ただいま」
「お疲れ様、ご飯温めるね。ビールでも……」
飲むかと言いかけて優磨くんが私の目の前に立った。そのまま頭を傾けて私の肩に額を載せる。
「優磨くん?」
驚いて名前を呼ぶと優磨くんは溜め息をついた。
「波瑠の顔見ると落ち着く……」
突然の行動に驚いたけれど、疲れているだろう優磨くんを拒否できない。抱き締められたことがあったけれどそれは私が弱っていたからだ。こんな風に甘えてくる優磨くんを初めて知る。
「あの……」
どうしたらいいのだろう。よっぽど仕事が疲れたのだろうか。
「お疲れ様……」
そう声をかける。優磨くんが笑ったのがわかった。
「浄化される気がする」
「え?」
「波瑠のそばにいるとさ、自分の嫌な感情とか、汚い思いを浄化される気がするんだよね」
「そ、そうかな?」
耳のすぐ近くで聞こえる優磨くんの声は疲れているからか色気があって、緊張してしまう。
「言われない?」
「そんなこと言われたことないよ……」
もし私にそんな力があるのなら、恋人は浮気したりしなかっただろうなと思う。
「波瑠は純粋だから……」
「え?」
「お腹すいたー」
顔を上げ私から離れてリビングに行った優磨くんはどかっとソファーに座り込む。
「今用意するね……」
何事もなかったような態度だから私もそれ以上優磨くんに言えなくなる。
「波瑠、これ何?」
優磨くんはテーブルに置かれたピアスを不思議そうに手に取る。
「クローゼットで見つけたの。優磨くんの彼女のかと思って」
「え!? いや! 彼女いないから!」
慌てる優磨くんに「じゃあ元カノかもよ」と返す。
「探してるかもしれないから連絡してあげた方がいいよ」
「いや……元カノでもないから……」
暗い声を出すから私はそれ以上言うのをやめた。その辺はきっと触れられたくないのだろう。プライベートに踏み込むべきじゃない。
ご飯を食べた後の優磨くんはとても眠そうだから少し前から考えていたことを提案した。
「優磨くん、今夜から寝室で寝て。私は書斎で寝るから」
優磨くんは廊下の左の部屋で寝ている。大きな本棚に前の住人が置いていった本がたくさん置いてあるから自然と書斎と呼ぶようになった。そこを優磨くんの部屋にしていて、部屋の中央に置かれた大きな黒いソファーをベッド代わりにしている。私は書斎には必要なとき以外なるべく入らないようにしていた。
「おはよう」
リビングのドアを開けて顔を出した優磨くんに「おはよう」と返事をしてコーヒーメーカーのスイッチを入れる。
朝は洋食派という優磨くんのためにトースターにパンを入れてコンソメスープを温める。
「安西さんも朝は洋食でよかった?」
「うん、私はどっちも作ってたから」
カウンターの前のテーブルに食事を並べると二人そろって「いただきます」と言った。
昨日から始まった同居生活は簡単なルールだけ決めてあとはプライベートを尊重しようということになった。そのルールの一つが一日一回は食事を一緒に食べるだった。
朝見る情報番組が同じだということを知った。コーヒーにはミルクだけを入れると知った。同じ会社にいたころは知らなくても問題なかったことを、これからは一つ一つ知っていく。
大学の時に上京して以来誰かと住むのは初めてだけど、今のところ優磨くんと居るのは心地良い。
「会社行っても大丈夫なの?」
「うん。辞表出さなきゃいけないし、引継ぎもあるだろうから」
会社を辞めることに決めた。優磨くんに甘えてしばらく居候させてもらうことにする。
「アパートも解約しないとね。役所で住所も移さないと」
ああそうか、やることはいっぱいだ。
優磨くんはしっかりしているから私の気づかないことも言ってくれて助かる。
駅まで車に乗せてもらうことになった。優磨くんの会社は車で1時間もかからないところにあるのだという。
「いつも運転手さんが迎えに来るのにいいの?」
「あー……うん。もう送り迎えはやめてもらった」
「私のせいで? そうだったらごめんなさい……」
「違うよ。元々俺が送り迎えを頼んだわけじゃないんだ。父親が勝手に秘書にやらせてるの」
マンションの地下で車に乗り込みながら優磨くんはまるで言い訳するかのように「もともと俺は自分で運転できるから……」と呟く。
「あのさ、もう一緒に住んでるんだし、安西さんじゃなくて下の名前で呼んでもいい?」
「うん、いいよ」
「波瑠」
初めて優磨くんに下の名前で呼ばれて照れてしまう。横目で見た優磨くんも前を見て運転しながらも顔を赤くしているように見えた。
「あのね、私料理に自信ないんだけど、今夜は何が食べたい?」
「何でもいいよ。波瑠の食べたいもので」
そう言われると困ってしまう。まだ優磨くんの好みがわからない。
「そっか……じゃあ考えとくね」
「俺の方が先に帰ったら俺が作るし」
「うん、ありがとう」
私が家事を担当することになったけれど会社を辞めるまでは優磨くんも料理をしてくれるようだ。とはいえ、あの部屋の様子を見る限り料理も期待できるかは分からない。優磨くんも仕事帰りにスーパーに寄って惣菜を買って帰る生活をしていたようだし。
こんなに優しくて頼りがいがあるイケメンにご飯を作ってくれる彼女がいないのは何故だろう。私と一緒に住んでしまったら増々彼女ができないと思うのに、優磨くんはそれでいいのだろうか。
駅で降りると優磨くんの車が見えなくなるまで見送った。
お父様の会社である城藤不動産がどんな様子なのかは分からないけれど、優磨くんみたいな御曹司が会社に居たら女子社員が放っておかないだろう。実際私は早く転職して出て行った方がいいのかもしれない。彼の重荷になりたくない。
上司に退職届を提出すると驚かれたものの引き留められなかった。やっかいな社員が自分から辞めてくれて内心ほっとしているに違いない。
担当顧客の後任はすぐに決まり、徐々に引継ぎが始まった。
4年も勤めたのだから寂しさはあるものの、今は安心した気持ちでいっぱいになる。吐き気はだんだん感じなくなっていった。
同居に慣れてきたころには仕事量が少なくなってきたから定時で退社すると、スーパーに寄って買い物してから帰ることが日課になる。
今夜は『少し遅くなる』と優磨くんから連絡があったから、帰ってきたら温めるだけでいいように夕食の準備をする。洗濯物を取り込んで優磨くんの服と私の服を分ける。下着を洗濯するのもお互い恥ずかしがったけれど今は慣れてしまった。
優磨くんの服をクローゼットにしまいに行く。ここだけでも生活できそうな広さのクローゼットの中には優磨くんのスーツが何着もかけられ、私服は綺麗に畳んでケースに入っている。
ここに来た頃は冬服も夏服もごちゃごちゃになっていたのを整頓したのは私だ。ケースがあるのに活用されていなくてもったいなかったけれど、今はだいぶマシになった。
「ん?」
ケースとケースの隙間に何かが落ちているのを見つけた。片づけたときには気づかなかったのに何だろうと指を入れて取り出すとピアスだった。小さなダイヤモンドらしき宝石がついている。
これ、優磨くんの? でも女性ものだよね? 彼女のかな……確かこの家に女の人を入れたことないって言ってたのに……。
私の知らない優磨くんを見てしまったようで何故か胸がざわつく。
これはどうしたらいいだろう。きっと持ち主は探しているだろうから優磨くんに伝えた方がいいよね。
言い忘れないようにテーブルの上に置いておくことにした。
先にお風呂に入っちゃおうかなと思い始めた遅い時間に優磨くんが帰宅した。玄関で靴を脱ぐ優磨くんのところに行くと疲れているのか怖い顔をしている。
「おかえりなさい」
そう声をかけると顔を上げた優磨くんは私の顔を見て微笑む。
「ただいま」
「お疲れ様、ご飯温めるね。ビールでも……」
飲むかと言いかけて優磨くんが私の目の前に立った。そのまま頭を傾けて私の肩に額を載せる。
「優磨くん?」
驚いて名前を呼ぶと優磨くんは溜め息をついた。
「波瑠の顔見ると落ち着く……」
突然の行動に驚いたけれど、疲れているだろう優磨くんを拒否できない。抱き締められたことがあったけれどそれは私が弱っていたからだ。こんな風に甘えてくる優磨くんを初めて知る。
「あの……」
どうしたらいいのだろう。よっぽど仕事が疲れたのだろうか。
「お疲れ様……」
そう声をかける。優磨くんが笑ったのがわかった。
「浄化される気がする」
「え?」
「波瑠のそばにいるとさ、自分の嫌な感情とか、汚い思いを浄化される気がするんだよね」
「そ、そうかな?」
耳のすぐ近くで聞こえる優磨くんの声は疲れているからか色気があって、緊張してしまう。
「言われない?」
「そんなこと言われたことないよ……」
もし私にそんな力があるのなら、恋人は浮気したりしなかっただろうなと思う。
「波瑠は純粋だから……」
「え?」
「お腹すいたー」
顔を上げ私から離れてリビングに行った優磨くんはどかっとソファーに座り込む。
「今用意するね……」
何事もなかったような態度だから私もそれ以上優磨くんに言えなくなる。
「波瑠、これ何?」
優磨くんはテーブルに置かれたピアスを不思議そうに手に取る。
「クローゼットで見つけたの。優磨くんの彼女のかと思って」
「え!? いや! 彼女いないから!」
慌てる優磨くんに「じゃあ元カノかもよ」と返す。
「探してるかもしれないから連絡してあげた方がいいよ」
「いや……元カノでもないから……」
暗い声を出すから私はそれ以上言うのをやめた。その辺はきっと触れられたくないのだろう。プライベートに踏み込むべきじゃない。
ご飯を食べた後の優磨くんはとても眠そうだから少し前から考えていたことを提案した。
「優磨くん、今夜から寝室で寝て。私は書斎で寝るから」
優磨くんは廊下の左の部屋で寝ている。大きな本棚に前の住人が置いていった本がたくさん置いてあるから自然と書斎と呼ぶようになった。そこを優磨くんの部屋にしていて、部屋の中央に置かれた大きな黒いソファーをベッド代わりにしている。私は書斎には必要なとき以外なるべく入らないようにしていた。
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