自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第二話 留学生デース!

    その日、留学生の噂は教室中に広まった。別に俺が垂れ流しにしたわけではない。宇垣が他人に“表”を見られないようにと裏返しで封筒を持ったまま歩き回れば誰だって「留学生準備目録」の文字は目に入ってくる。

「新しい子が来るってことだよね?」「どんな子かな〜」「留学生ってことは、外人さんだよね。どこの子だろう?」「多分ドイツかイタリア人じゃない?」

    宇垣は「情報流出で逮捕」なんて言っていたが、これでは教室にいる全員が連行されそうだ。いや、宇垣本人は明らかに気づいていない様子だから連れて行かれないかもな。

「ねえねえ裕二君。留学生の話聞いた?」
「聞いたも何も、最初にそれを知ったのは多分俺だし」
「さすがは裕二君!情報が早いねえ」

    偶然見てしまったと言った方がいいのだろうが、俺が一番最初に知ったのには変わりはない。

「何か他に聞いてない?その子が の名前とか、出身学校とか」
「俺が知ってるのは留学生が来るってことだけで・・・」

    宇垣に聞くのが一番早いが、残念ながら「安全な場所に移してくる」と言って一度寮へ戻ってしまった。

「そっか。でも、なんで航海科に来るんだろう。留学生ってことは成績優秀な子のはずでしょう?どうしてわざわざ航海科に」
「元の学校で航海を習ってたとか?」
「元々航海術は必須科目だよ?わざわざ留学してまで学ぶ必要なんてあるのかな?」
「言われてみれば確かに」

    航海科の不人気の一つがそれだ。ここ海軍兵学校では必須科目として航海術がある。わざわざ専門的に学ぶ必要などないというわけだ。

「もほどの物好きなんじゃないのか?」
「かもねぇ」

    俺は冗談を言ったつもりなのだが、ウンウンと頷く智恵からすれば本気でそう思っていたらしい。
    それに、そうすぐに来るわけでもなさそうだし、気長に待とう。俺はそう思っていた。




「みなさーん!初めましてデーすス」

    お昼を終えて教室に戻ってみたら、いきなりこれだ。若干訛りのある威勢のいい声の主は、教室の入り口付近に立つ金髪の少女なのは明らかだった。着ているのは軍服だが、兵学校の地味なものとは違い、真っ黒な下地に金ボタンと鉄十字が輝くドイツの海軍制服。
    宇垣がいなかったので代わりに智恵が聞く。

「えっと、どちら様?」
「聞いていませんデスか?今日からこの学校で一緒にLektion を受まーす。ドイツ第四帝国海軍、キール海軍士官学校から来マシタ、エリーナ・ロンドルフと申しマス!」
「はあ・・・」

    俺も智恵も、そして教室にいたクラスメイトもポカンとしっぱなしだった。




    
   ドイツからの留学生。エリーナ・ロンドルフ少尉の登場は、航海科三号生、何より宇垣にとってあまりにも予想外のことだった。何しろ寮の金庫に封筒を保管し、帰ってきたら途端「よろしくデース!」なのだ。もちろん宇垣は慌てて寮に戻った。

「よ、ようこそロンドルフさん。私は航海科三号生副寮長の東藤智恵です」

    宇垣が取りに戻る間は智恵が対応に当たった。

「チエ、そんなに堅苦しく呼ばないでくだサーイ。エリーナで構わないのデース」
「そ、そう。それにしてもエリーナさん、来るのが早すぎる気がするのだけど・・・」
「ハイ!皆さんに会いたくて、一日早く来てしまいました!」
「じゃあ、本当は明日来るはずだったの」

    なんとせっかちな女だと思った。それにしても、さっきから丁寧すぎる智恵の言葉は、普段からは想像できない。

「あれ?そちらのお方も生徒なのデスか?」
「小畑裕二少尉よ。兵学校唯一の男子生徒」
「オウ!それはまたSeltenデスね」

    ちょくちょくドイツ語を挟んでくるところを見ると、まだ日本語に慣れてないのだろうか?後で辞書を引いて分かったが、Seltenはドイツ語で珍しい、とか滅多にないといった意味らしい。たしかに男は滅多にいないだろう。

「よろしくデース、ユウジ!」
「よろしく・・・」

    そこへドタドタと戻ってきたのは封筒を抱えた宇垣だ。額には汗が滲み、どれだけ急いで来たかがわかる。

「い、今、戻ったわよ」
「お帰り」

    宇垣は封筒を開け、中に入った書類を確認する。

「えーと、お名前は・・・」
「エリーナ・ロンドルフと申しマス!」
「え、ああ、よろしく」

    強気な性格のはずの宇垣ですら戸惑う。

「ちょっと、どういうことよ」
「俺だってわからないよ」

    ヒソヒソと話すにしても俺は何も知らない。なにせついさっき知ってついさっき来たのだからそもそも誰もわからはずがない。

「えっと、この目録によれば・・・まずは寮へ案内しろって書いてあるけど、今からは」

    今日はまだ授業が残っているのだ。彼女のためだけに抜け出すわけにはいかない。

「このままLektion受けてもいいのデスか?」
「ええっと、よくわかんないけど、いいんじゃない?」
「ちょっと!智恵が勝手に決めないでよ!」

    しかしエリーナ本人は「本当でデスか?感謝感激デス!」と乗り気だ。

「それで、私の席はどこなのデスか?」
「えっと、あなたの席は・・・あ」

    どうやら気づいてしまったようだ。

「ごめん。席、ないわ」
「え・・・えぇ〜!」

    そもそも、この学校の一クラスは三十人。それ以上は机がなくて当たり前だ。そして、今この教室の中は三十人ですでに満たされてしまっている。

「ごめんなさい!隣に頼んで机もらってくる!」

    智恵はすぐに隣の教室から机と運んで来た。幸い隣は空き教室だ。

「本当にごめんなさい。全然気付かなくて・・・」
「いいのデスよ。こんな時に来てしまった私が悪いのデスから」

    机を持ってきはいいが、並べるスペースはすでにない。仕方ないので俺と彼女の机は俺と宇垣の間を潰して無理やりねじ込んだ。




「えっと・・・いつからこのクラス三十一人になったのかしら・・・」
「ついさっきからです」

    午後の授業で教官からまず言われることとしては当然だ。

「エリーナ・ロンドルフと申しマース!」
「そ、そう・・・」

    宇垣が慌てて教官に事情を説明する。どうやら留学生が来ること自体は知っていたらしいが、まさか今日来るとは教官も思っていなかったようだ。

「それでは、昨日の続きから・・・あなたは宇垣さんに見せてもらいなさい」
「了解デース!」

    上官に対してもこの調子とは、本当に教官だと理解してるのか?日本語はある程度わかるみたいだが。

「では、昨日までの復習よ。潜水艦が本格的に活躍するのは先の・・・」
「それはU-Bootのことネ!」
「いや、今話しているのはそこじゃなくて・・・」
「知ってます教官?U-Bootはドイツ語のUnterseeboot(水の下の船)を略した言葉なのデス!」
「そう、なんですね・・・」

    まだ会って一時間も経ってはいないが、俺はこのエリーナ・ロンドルフという人物を早くも察し始めた。要は「おしゃべり」だ。

「気を取り直して、昨日の続で爆雷の歴史を・・・」
「爆雷の話とは、興味ありますネ!」

    彼女のトークは止まるところを知らないのだろうか。




    爆雷の歴史を教えてもらうはずが、ほとんどエリーナが話しているだけで終わってしまった。

「ねえねえエリーナさん。ドイツの学校ってどんな感じなの?私ヨーロッパの学校って憧れてたのぉ」
「エリーナさんてドイツのどの辺りに住んでるの?」

    休み時間になった途端、エリーナの周りは人だかりが。俺の時は誰もこなかったのに・・・。

「エリーナさん人気者だね」
「あれだけ喋れるんだ。話題も尽きないだろ」
「裕二君、羨ましいと思ってる?」
「いや、そんなことは」

    羨ましいわけではない。決して、羨ましいわけではない・・・。

「あれ?エリーナさんこっちに来たよ」
「チエ!ユウジ!トイレの場所を教えてほしいデスね」
「えっと、この廊下をずっとまっすぐ行くと右側にあるよ」
「Dankeね!」

    そのままトイレに行くと思いきや。

「やっぱり二人にも付いてきてほしいデス」
「え、別にいいけど」

    トイレなどすぐそこなのに、エリーナは意外と心配性なのか?そもそもこの教室棟には男子トイレがない。つまり俺はただ散歩に行くだけだ。

「ところで、留学生っていうのはわかるけど、どうしてこんな中途半端な時期に?」
「本当は四月には来る予定だったのデスが、本国の手続きが遅れたのデスよ」
「大変じゃなかったか?日本まで来るの」
「来るのにはそれほど苦労しませんデシた。大変だったのはきてからでデスね」
「来てから?」

    世界大戦中のドイツから来たのだから、はるばる日本までなど命がけではないのかと思ったが、意外な答えだった。

「エリーナが来たのはもっと前なのデス」
「もっと前って、もしかして戦争が始まる前?」
「そうなのデス。去年の夏、ミリアお姉様の付き添いで日本に来ました。ですが帰れなくなってしまったのデス」

    聞くところによると、エリーナのお姉さんは駐在武官の補佐官らしく、その護衛役として日本に来たその最中にヨーロッパで戦争が始まってしまったのでドイツまで戻れなくなってしまったそうだ。

「だから来てから大変だったってことね」
「留学生って話も・・・」
「母国に帰れないからといって、何もしないのもFreizeitなので、お姉様に相談したら日本の兵学校に行ってもいいと言ってくれマシた!」
「だから留学生として」
「Das ist richtig!」
「ダスァ・・・なんだって?」

    嬉しそうに話すエリーナだが時々挟まるドイツ語が全くわからないのには参ってしまう。

「日本語って覚えるの大変じゃなかった?」
「それは心配ないデス!日本通のお姉様に教えてもらったのデス」

    だから駐在武官の補佐なのか。たしかに日本通だというお姉さんにはたまらない職だろう。

「もしかして、エリーナさんも日本好きだったの?」
「そういうわけではないデスが、日本は楽しいデス。ドイツ人の私にもとっても優しくしてくれマス」

    突然の留学生と聞いて驚いたが、この様子なら心配はいらなさそうだ。

「ところで、二人はとてもGute Beziehungみたいですが、もしかして・・・」
「いや、ち、違うよ!俺と智恵は、別にそんな関係じゃ」

    とんだ勘違いをされたものだ。当然だが俺と智恵は別に・・・。

「本当デスか〜」
「本当だよな、智恵!」
「・・・ふふ、それはどうかなぁ」

    智恵のその一言は、全く誤解を生むものであった。

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