自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第十七話 事件の行方②

    夜九時、砲術科寮裏手。

「作戦に変更はありません。標的は小畑裕二です」
「でも、あの男を撃って何になると・・・」
「あなたはただ従っていればいいのです。我々の命令に従えないようなことがあれば、あなたの砲術科編入は幻になりますよ、滝島さん」

    滝島と密かに密会をしているのは、以前鏑木と口論していたあの生徒だ。
    どうやら砲術科と滝島たちとのパイプをしているようだ。

「わかったよ。やればいいんだろ。明日の朝」
「その通りです。必ず成功させてください」
「ああ、あの男を痛い目に合わせてやる」
「俺がどうしたって?」

    驚いて二人が振り返ると、そこにいたのはだれであろう。俺、小畑裕二だ。

「やれやれ、こんな夜遅くに密会とは、褒めたものじゃないな」
「坊主!ここで何を!」
「少し散歩でもと思って来てみれば、俺を撃つ計画を堂々と話しているものだから驚いたよ」
「それは・・・」
「もう終わりよ。滝島」

    反対側から別の声がしたと思えば、それは宇垣だ。

「ここに来て正解だったわ。そうでもなきゃ、あのバカが明日の朝むざむざと撃たれてたんだからね」
「何を・・・」

    そして、滝島が気づいたときにはもう遅い。二人の周りを俺と宇垣、さらには智恵、石井、松原、鏑木、さらには伊達寮監が囲んでいるのだ。

「ねぇ滝島!もう終わりにしようよ。こんなこと続けても誰も幸せになんかならない!」
「鏑木!お前、裏切ったのか!」
「違う。私はあなたを止めに来たの。手遅れになる前に」
「なんだと・・・」

    鏑木はさらに続ける。

「ごめんね、滝島。私、気づいたの。私たちはいけないことをしてるんだって。だから友達として、私はあなたを止めなきゃらない」
「お前は従っていればいいんだ!それがお前の生きる道なんだよ!」
「自分の生きる道を決めるのは私。他の誰でもない。滝島、本当は怖いんでしょ?私がいなくなることが」
「アタイが怖がるだと!」
「あなたは、私が従うのをやめれば仲間がいなくなると思ってる。そうでしょ?だから私をずっと従わせようとする」
「ち、違う!」
「私はいなくならないよ。もう奴隷みたいにはならないかもしれないけど、これからもずっと、友達でいるから」
「・・・」
「それに、仲間は他にもいるんだから」

    その友達とはつまり、俺たちクラスメイトのことだ。俺たちは笑顔で答えた。
    それに宇垣が続ける。

「滝島。私たちはあなたを仲間として受け入れられる。クラスの子達も同じ気持ちのはず。だから、こんな事はもうやめましょう」
「・・・」

    滝島はうつむいて返事も無くしてしまう。相当動揺しているように思えた。
    宇垣はもう一人の砲術科の生徒に問いただした。

「よくも私のクラスの子を利用してくれたわね。これであなたたちの目論見は崩壊する。そしてこの事件のことを教官が知ればどうなるか、わかってるわね」
「・・・ふふ、利用したですって」

    なんとその砲術科の生徒は、動揺するどころか笑みを浮かべていたのだ。

「元はと言えばコイツらが我々の提案に乗って来たのが始まり。我々は“仕方なく”命令を出していただけ」
「な、なんだと」
「どうやらコイツの本当の目的を知らないようね」
「本当の、目的?」
「この滝島は、我々砲術科への編入を目的に活動していたのよ!」
「そんなデタラメを!」
「嘘じゃないわ。本人の口から聞けばわかること。とは言っても、この様子じゃ何もわからないだろうけど」

    滝島はまだうつむいたままだ。俺は鏑木に聞いたが、彼女も初耳らしい。

「ともかく、この事は報告します。あなたたち砲術科は終わりよ!」
「それはどうかしら」

    そう言ったのはその砲術科の生徒ではない。俺の真後ろからだ。

「誰だ!」
「おっほっほっほ!落ちこぼれの皆さん全員集合ですわね。何とみすぼらしい光景ですこと」
「お前は、円頓寺!」

    円頓寺町子。砲術科乙組の寮長である。

「まったく。どうせあなたが黒幕と思ってたけど、わざわざ出向いてくれるとはね」
「わたくしを誰だとお思いですの?映えある砲術科の寮長でしてよ。あなた方落ちこぼれとは度胸が違っていますわ」
「ふん、勝手に言ってろ」

    円頓寺が関わっているとはなんとなく予想はできていた。だが彼女も強気だ。

「あなた方、この事実を報告すると言ってらしだわね。わたくしどもといたしてはやめた方がよろしいと思いますけれど?」
「弱音が?度胸があるとか言っておきながら、情けない」
「おっほっほ!所詮は落ちこぼれ、頭も回らないようですわね」
「なんだと」
「もし報告すれば、わたくしどもは何かしらの処罰を受けるでしょう。そしてそれは、そこにいる“犬”も同様ですわ」

    犬とはつまり、滝島たちのことだ。協力者である以上、彼女たち三人も何かしらの罰を受けなければならない。

「きたないぞ円頓寺!」
「あーら、落ちこぼれに言われたくありませんわね。まあ、これからはよく考えて行動することを勧めますわ。それでは、御機嫌よう」
「と、いうことですので私も失礼します」
「ま、待て!」

    円頓寺ともう一人の生徒は、そのまま戻ってしまった。
    俺は追いかけようとするが、宇垣に止められる。

「悔しいけど、あいつらの言う通りよ。下手をしたら、滝島たちの方が重い処罰を受けかねない」
「だからって・・・」
「それに、手段を選ばない連中よ。もしクラスの子達に何かあれば・・・」

    俺を撃とうと企ててたくらいだ。何をしてくるかわからない。

「さて、それはともかく。まずはあなたをどうするかね。滝島さん」

    滝島は無言だ。

「教官には言わないとしても、私たちには全て話してもらわないと困るわね」
「・・・お前らのせいだ」
「今なんて・・・」
「お前らのせいだと言っている!」

    突然叫んだと思うと、大きく右手を宇垣の方へ突き出した。
    握られているのはあの拳銃だ。

「お前らのせいで、アタイは落ちこぼれから抜け出せる機会を逃した。永久にだ!人生ぶち壊しにしやがって、許さない!」
「やめろ滝島! 」

    俺は反射的にそう言った。いや、そう言うのが当然だろう。
    しかし、構わずに宇垣が続ける。
    拳銃を向けられてもなお、彼女は整然としていた。

「私を殺すつもり?」
「黙れ。全ては宇垣直美、お前の責任だ。お前が犯人探しなど始めなければ、全てはうまくいっていた。その責任、死んで償ってもらう!」
「そう、ならやってみなさいよ。私の頭に一撃で、殺してみなさいよ!」
「こぉのぉぉ!」

    ボン!
   闇の中、鈍い音が一発、響き渡る。
   滝島が衝撃で後ろに倒れる。

「いってぇ!何しやがる!」
「いゃあ、本気で撃ちそうだったから、はたき落しただけだよ」

    その音は銃声では無く、滝島の腕を木刀が殴った音だった。
    振り下ろしたのは石井だ。
    念のためと彼女の木刀、神無月を持たせておいて正解だったと思う。

「どうして、こんな事をしたの。そこまでしている砲術科に入りたかったのかしら」
「当たり前だ。砲術科の一員になれば、そう言うだけでエリートだと思われる。格下とけなされずに、堂々と学校にいられる。そして将来、いい役職につける。そのために私は努力してきた」
「もうやめにするのよ滝島。それは努力とは言わない。ただのズルよ。あなたもわかっているはず」
「私にはこの道しかない。ここにいても、一生けなされるだけだ」

    滝島はゆっくりと立ち上がり、目をギラギラさせながら宇垣の方をにらめつけた。

「宇垣、お前さっきアタイを仲間として受け入れるといったよな。私には仲間なんて必要ない。誰が何と言おうと、自分の道を行く」
「その道のおかげで、私たちがどれだけ苦労したと思っているの?」
「アタイはどうしても砲術科に編入しなくてはならなかった。だからやった事だ」
「どうしても?」

    宇垣が聞くと、滝島はさらに目力を強める。

「金だ。修学金だよ」

    修学金とは、この学校の特別な制度の一つで、生徒は学んでいながらもれっきとした軍人として扱われる。そのため多くはないが、給料の代わりに「修学金」がもらえるのだ。
    俺はまだもらったことはないが。

「アタイには金が必要なんだ。砲術科に行けば、航海科より多く修学金がもらえると聞いた」
「それが目的で?」

    滝島は少し間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。

「私のお袋は重い病にかかってる。住んでいるのは田舎だし、とてもじゃないが今の状態じゃ長くは持たない。だから私が金を稼いで、お袋を助けなきゃならないんだ!」
    
    まさか滝島が、そんな理由のために砲術科へ入ろうとしていたとは、まさに驚きだ。

「そうなのか?」
「初めて聞きました。滝島のお母さんのこと・・・」

    どうやらこのことも、鏑木が聞くのは初めてらしい。

「お前らにはわからないだろう。お前らが訓練だのワイワイやってる中。アタイはお袋のために必死なんだ!」
「・・・私、わかるわよ」
「なんだと」
「あなたの気持ち、わかるわよ。私の母は病気でね。私が小さい頃に死んじゃったのよ」
「え・・・」

    それを聞いて、滝島の目が変わった。どう変わったのかはよくわからないが、少なくとも睨みつけるような目ではない。

「私は、自分の母親を救うことができなかった。だからあなたの気持ちがよくわかる」
「わかってたまるか!私はずっと一人で悩み続けていたんだぞ」
「それならどうして、私たちを頼らなかったの?」
「何を言っている・・・」

    滝島は答えに困っているように見えた。

「あなた、さっき仲間なんていらないって言ってたわよね。もしかしてそれ、私たちが仲間にはならないと思っているだけじゃないの?」
「・・・」
「やっぱり。そんなことじゃないかと思ってたわよ。でもね、私たちはそこまで“落ちこぼれ”ではないのよ」

    そ言うと宇垣は初めて、笑顔を見せた。そして滝島に手を差し伸べる。

「私たちはあなたの仲間であり友人よ。心配しなくても、みんなわかってくれる。そうよね?」

    宇垣は俺たちの方を見回す。
    誰も反論するものはいない。

「・・・だが、アタイは、お前たちに迷惑ばかり・・・」
「もうやめてくれればそれでいいのよ。私たちはそれ以上のものは望まない」

    宇垣は最後にこう言った。

「それに、仲間同士ならたまには対立しなきゃ面白くないでしょ?」

    宇垣の微笑む姿は、薄暗い寮の裏手でもはっきりとわかった。


                        第一章  昭和世界? 了

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