自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第十三話 予備油缶盗難事件①

    結局のところ、予備油は見つからなかった。訓練後参加した全員で保管庫はもとよりグラウンド中を捜索した。しかし手がかり一つ掴めなかった。
    そこで宇垣は二号生の古賀先輩に相談したところ、二号生用の油を少し分けてくれることになった。そして先輩から担任の向上教官にも話を通してもらい、来月には特別に予備油をもらえることになった。

「すいません寮長。私たちがちゃんと見ていれば・・・」
「いいのよ、これで確認するべき場所も分かったんだし、よかったと思えばいいのよ」

    駐退装置の油圧が下がっていた原因はポンプとオイル補充用パイプのつなぎ目のネジが緩んでいたことだ。
    その日の夜。
    
「まったく、今日は訓練にならなかったわね」
「そういう日もあるわよ、訓練は実戦で同じことを起こさないようやるものなんだから」

    智恵の言う通り、訓練はこういうことをあぶり出すために行うものだ。そう思えばよかったのだろう。

「それにしても、なんで予備油の缶が無くなったんだろうね。麻里は前確かにあったって」
「うん、そう」

    珍しく松原が起きている。しかもいつもの寝ぼけ顔とは違う。なぜなら今日は「金曜日」だからだ。

「どうだった今日の“カレイ”は」
「うまかった」

    バラエティー番組の下手な食レポみたいだが彼女にとってそれは何者にも変わらない言葉だ。つまり「うまかった」
    さて、智恵が言った「カレイ」とは魚ではない。もちろんカレーライスのことだ。
    海軍の食といえばカレーといイメージのきっかけはひとえに、日本のカレーの原点が海軍が作ったものから始まったからだ。
    どうやら松原は、カレーを食べると覚醒するようだ。

「そんなことより麻里、あなたが見たのは確かに予備油だったんでしょうね?」
「間違いない」
「寝ぼけて見間違えたとか・・・」
「それはない」

    本人がそう言っても、何となく説得力がないのだが。

「麻里が見たのが一週間前、それから今日までは誰も見かけていない」
「じゃあ無くなったのは少なくともこの一週間の内ね。誰かが持って行ったとか」
「保管室には鍵がかかってるのよ。確か油の缶はかなり重かったはず。一人じゃ持てないわ。もし私たちが開けてる間に誰かが持って行ったとしたらさすがに気づくわよ」

    ちなみに保管庫を開ける鍵は寮長の宇垣と寮監の伊達さんしか持っていない。

「まさか、直美とか寮監が持ち出したとか〜」
「そんなわけないでしょ!第一私や伊達寮監が持ち出して何の得があるのよ」
「それもそうか」
「まあ、油はどうにかなりそうだし、とりあえずこの話は保留ってことにしとくわよ」

    俺と石井が帰ってきたのはちょうどそのときだった。

「ただいまー」
「遅いわよ!今まで何してたのよ!」
「えへへ、掃除が長引いちゃって」

    最初はトイレだけだったのが「ついでにここも」「こっちも頼む」の連続でこんな時間になってしまったのだ。

「どうしたんだ三人で」
「別に、いつものことでしょ」
「その通り」
「その通り・・・って、松原が起きてる!?」
「そんなに驚くことじゃない」
「いや、だって・・・」
「麻里ちゃんはね、“カレイ”を食べると覚醒するんだよー」
「カレーでそんなに変わるのか」

   しかし一度寝てしまうとまたいつものグダグダに戻ってしまう。なら毎日カレーを食わせたいがあいにくカレーが出るのは毎週金曜日だけだ。

「そうだ、昨日直美に話してた例の夜間空襲対策案。今日みんなに話したら結構ウケよかったよ」
「本当か?」
「それと、今日向上教官にもあったからあんたのその案をついでに話しておいたわ」

    以外とみんな理解してくれることがわかって正直ホッとした。これで「名誉を傷つけるな!」とか言われたらどうしようかと思っていた。

「ああそうだ宇垣、昨日保管庫にいたやつ大丈夫」
「何の話よ」
「いやぁそれが、昨日保管庫の前を通ったら誰かが扉を開けようとしててさ、同じクラスのやつかと思ったら何故か一目散に走ってっちゃったから何か迷惑かけたかと」
「昨日は訓練はなしって言ったじゃない。保管庫に何の用があるのよ」
「でも昨日確かに見たぞ。黒いカッパを着た生徒が」
「・・・ねえ、その子何してたの?」
「鍵を開けようとしてたように見えたけど、気のせいかもしれない。南京錠に開けたような痕跡がなかったから」
「え、でも、誰かがいたのよね。どこの科!何号生!」
「わ、わかんないよ。カッパ着てたから」
「もしかしてそれれって・・・」

    元いた三人が深刻な顔をし始めたので、俺はどうすればいいかわからない。

「直美、実は私も昨日の夜・・・」
「何か見たの!?」
「あ、ああ、昨日当直してた時にグラウンドに誰かいたような気がしたんだ。確認したけど誰も・・・」
「それはいつ!?」
「え、き、昨日の0時少し前だったような・・・」
「智恵、まさかこれって・・・」
「うん、どうやら誰かが意図的に仕組んだみたいだねどうする?」
「決まってるわ。とっ捕まえるのよ!そして骨の髄まで絞ってやる!」
「そうこなくっちゃ」

    なんだか訳が分からぬまま話が進んでしまい、俺と石井はただ戸惑うだけだ。

「まずは寮監のところね。あんたも付いて来なさい!」
「痛い痛い!引っ張るなって!」

    俺は連行されるが如く、宇垣に連れ去られた。




「寮監!伊達寮監!」

    出入り口の隣にある寮監室に大声で叫ぶ宇垣は必至の表情を浮かべ、俺はなおポカンとしている。

「宇垣様、何かご用ですか?」
「ねえ寮監。保管庫、保管庫の鍵は!?」
「保管庫の鍵は、宇垣様がお持ちのはずでは?」
「そうじゃなくて、寮監の!」
「わたくしの鍵はあちらにかけてございます」

    見ると確かに、壁にいくつも刺さった釘の一本に、「保管室」と名札のある鍵がかかっていた。

「それがどうかしました?」
「それが、一週間前から・・・」

    寮監と俺は、この時初めて宇垣がなぜそんなに騒いでいるのかを知った。

「なるほど、そんなことが」
「それで、この一週間で保管庫の鍵を誰か借りてないか知りたいんですけど」
「お待ちください」

    そう言うと、寮監は机の引き出しから一冊のノートを出してきた。

「鍵の貸し出し記録です」
「すごい、こんなものを」

    そこにはなんの鍵が、何月何日、何時何分からどれだけの間貸されていたかが一目瞭然だ。特に名前も書いてあるのがありがたい。

「えっと、この一週間で借りたのは・・・」
「お、いたぞ・・・ってこいつは」
「鏑木さんね・・・」

    鏑木三葛は例の訓練拒否者、滝島の子分の一人だ。

「ということは鈴木が犯人・・・」
「でも、記録によれば鍵は5日前に貸し出されてその日の内に返されてる。俺たちが不審な人影を見たのは昨日だ。五日前の開けて今日盗んだとは考えられないぞ」
「それにしても、あの子が保管庫を開ける理由が分からないわよ」
「理由ならここに書いてあるぞ」

    素晴らしいことに借りた目的まで書いてあった。そこには「教材を出すため」と書かれている。確かに、五日前保管庫に水雷の授業の教材を取りに行ったのは鈴木だ。

「しかもお前の話じゃ、油缶はかなりの重さのものじゃないか。鈴木一人ではとても無理だと思うが」
「んっ〜」

    期待外れの結果に、宇垣もご立腹だ。これで犯人がわかると思ったが、捜査は振り出しに戻った。

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