自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第十二話 闇に葬られた歴史

「その先のを知りたければ、本以外の方法を探すことね」
「!」

    後ろを振り返るとそこには、さっきまで案内してくれた古賀先輩が立っていた。

「・・・もしかして、つけてたんですか?」
「いやいや、私はそんな事はしないよ。ただもしかしてと思ってみ見にきただけだよ」

    なぜ俺のいる場所がわかったんだ?どこかに監視カメラでもあるのか。と思ったがこの時代には監視カメラなんてまだない。

「記憶喪失の君にしてみれば、そういう歴史を辿るっていうのも効果があるのかな?」
「さ、さあ・・・」

    まさか歴史の食い違いを探していたなんて言えない。いやまて、もしかして以外と理解してくれるのではないか?俺が別世界から来たのだと。古賀先輩ならあるいは・・・いや、やめておこう。

「でも、どうして本には載っていないんですか?この先の歴史が」
「私も知らないよ」

    そっけない答えだった。という事は、そもそも歴史そのものがその間だけないのだろうか。

「歴史がもともとないんじゃないかって、思ってるでしょ。大丈夫、ちゃんとあるから」
「だったらなんで・・・」
「その先のことはね、男の人にしかわからないの」

    男にしかわからない?俺は知らないぞ。いや、別の世界から来たのだから当然か。

「私だって詳しくは知らないのよ。だって女だからね。だから知りたければ、誰か男に聞かないと」
「そんな・・・」
「明治維新から昭和に入るまで、女は軍事に関すること以外、その歴史を知ってはいけない。そういう習わしなの」

    やっと真実がわかると思っていたのに、期待外れだったという結果に俺は肩を落とした。

「どうして」
「私は知らないよ。女だから」

    当然だ。先輩が知っていれば真っ先に教えてくれるはず。
    最初ただ歴史を知りたいと思っていただけなのに、思いもよらない事実が判明してしまった。俺はその謎のことでいつしか頭がいっぱいになった。
    雨が打ち付ける寒い外に比べ暖かい室内は、自分たちが閉じ込められているようにさえ感じた。





    俺は何冊か本を借りると、雨降りしきる外を歩き出した。傘はさしているものの本が濡れてしまわないか気が気でならない。今日借りたのは小銃の教本数冊と同じく日本史の本、あと各国海軍艦艇図鑑という本まで借りて来てしまった。(個人的に面白そうと思ったので)

「女が知ってはいけない歴史か」

    あの後、先輩は何も話てはくれなかった。何か隠しているのではと疑ったが、あまりにも否定してくるところを見るとどうやら本当のようだ。一体女が知ってはならない歴史とはなんなのだろうか。幕末までは明らかに男が主体の社会であることには間違いない。ということは、その「空白」の時間の中でなんらかの異変があったと考えるのが普通だ。男女の立場を逆転させるとてつもないなにかが・・・。

「ん?なんだあれ」

    寮への帰り道。グラウンドの隅を通っていた俺は、ふと脇にある保管庫を見た。保管庫は普段の訓練で使う器具を使わない間入れておくための建物だ。他の建物と同じ赤レンガ造りだがサイズはだいぶ小さい。そして今日は訓練がないので誰もいない・・・はずだった。
    しかし、その鋼鉄の扉の前に誰かが立っている。頭からカッパを羽織り、だれなのかはわからない。

「クラスのやつか?」

    何をしているのか、扉の前で何かもぞもぞしている。扉を開けようとしているのだろうか。そういえば保管庫の扉には鍵がかけられていたはずだが。

「おーい、そこで何やってるんだ?」

    同じクラスの人間かと思い、何をしているのか聞いたつもりだった。
    しかし、俺がそう言った途端その生徒は逃げるように去ってしまった。

「あ、ちょ、ちょっと!」

    追いかけようとしたが本を持っているので迂闊に走れない。俺が扉の前まで来た時には影も形もなかった。

「なんだったんだ?もしかして、俺嫌われてるのかな・・・」

    今でも教室にいると何か罰当たりなものを見るような目で見られることは少なくない。それはまだ俺が、この航海科の一員として認められてはいないということだ。

「まあいいか、別に悪さしてたようでもないし」

    扉の鍵に壊されたような痕跡はない。なら別に心配することもないだろう。そう思っていた。
    これが後に、このクラスを揺るがす大事件になろうとは、誰が予想できただろうか。





「こんな時間までどこ行ってたのよ。作戦会議終わっちゃったじゃない」
「今日は休むって言ったはずだけど」
「そうだっけ?」

    宇垣が物忘れとは珍しい。いつもは言われたことはメモなどしなくとも正確に覚えていられる宇垣だけに驚いた。それだけ作戦会議が大変だったのだろう。ちなみに言っておくとここでいう作戦会議とは訓練が行えない時のミーティングのことで、最高機密になるような作戦会議ではない。

「まあいいわ。それで、どこ行ってたのよ」
「少し調べ物を」
「ふーん」

    俺がもっと面白いことでもいうと思っていたのか。自分から聞いておいてその反応とは。

「ところで、作戦会議で何か決まったのか?」
「真逆よ、もし夜間空襲があったらどうするかって問題で話が持ちきりだったわよ」
「夜間空襲?夜にも演習するのか」
「まだ一回しかやってないんだからわかるわけないでしょ。もしあった時の対処法よ」

    恐らくこの世界でもまだ航空機に搭載できるようなレーダーは開発されてはいない。ならばまだ夜間空襲は難しいはず。

「それで、何か決まったのか?」
「決まれば苦労しないわよ」

    結局結論は出なかったらしい。しかし、なぜ突然夜間空襲などという話になったのだろうか。

「裕二君いる?」
「ああ、東藤か。俺はここだぞ」

    宇垣とのかいわを断ち切るように二階から智恵が姿を現した。

「今日はお勉強できるよね?」
「もちろん、もう時間もないからな」

    智恵の登場になぜか不服そうなのは宇垣だ。

「ちょっと智恵。今話してたのは私なんだけど」
「ああごめんごめん。私は別にいつ始めてもいいいからどうぞ」

    智恵がそう言うと宇垣はまだ不服そうな顔で話し始めた。

「あんた、私の話は重要なことって忘れたの?最後までちゃんと聞きなさいよね」
「いや、重要な話って・・・」
「と、とにかく!夜間空襲対策は何も決まらなかったの。あんたはどう思うの?」
「いきなりそれを聞くか」
「あんたなら何かいい方法思いつくでしょ」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「いいから早く」
「わかったわかった。そうだな、サーチライトで照らしてみるのは?」

    正直言って、この方法は夜間空襲に対抗する基本中の基本だ。サーチライト、すなわち強力な大型ライトで上空を照らすことによって、病みの空に敵機の姿を浮かび上がらせ、それを高射砲や戦闘機で攻撃する。

「俺にはそのくらいしか思い付かない」
「やっぱりね。次の作戦会議に話し合うわ。今度はあんたも出るのよ」
「わかったわかった」

    俺に物事を頼むときは宇垣は必ず目力全開で訴えてくるのでこれがまた恐ろしい。鬼か鍾馗様に同意しろと詰められている気分だ。

「それじゃ、直美はもういいよね。裕二君と勉強してもいいよね!」
「もういいわよ。ていうか、なんで智恵が一番嬉しそうなのよ」

    智恵は「やりたい!」「私やりたい!」という眼差しで俺と宇垣の方を見てくる。
    それはまるで構って欲しい子犬のようだった。




    夜11時半。
    すでに消灯時間は過ぎ学校の中は静まり返っている。ただし各寮ではまだ勉学に勤しんでいるのかポツポツと明かりのついている部屋も見受けられた。しかし学校は全くの闇の中。
    その中を二人の生徒が歩いていた。

「異常はありませんでした」
「ありがとう石井さん」

    石井がトイレの見回りを終えて戻ってくる。
    今日の当直当番は石井と一号生の先輩との二人だ。校内は明かりも少なく、二人は懐中電灯片手に歩き回っていた。

「それにしても、今日はやけに暗いですね」
「昼間は雨が降ってたし、雲が多いからよ」

    朝から降っていた雨は夜になった途端急に止んでしまった。たしかに雲はまだかかっているが見回りする分には問題ない。

「どう?初めての当直当番は」
「眠くてしょうがないですよ」
「私も初めはそうだったし、これから慣れていけばいいよ」

    翌日は長く寝ていられるとはいえ、当直が辛いのには変わらない。
    歩いていると先輩は突然校舎の脇道に入って行ってしまった。

「ちょっと付いてきて」
「え?そっちはなにもなかったはずですけど」

    付いて行くがやはりなにもない。ただ行き止まりになっているだけだ。

「あの・・・」
「足元見て見なさい」
「え?」

    暗くて全く見えなかったが、足元を照らすと何か蓋のようなものがある。
    
「あれ?先輩これは」
「これはね、学校の外に通じてる地下道の入り口よ。開けてみて」

    開けてみると、真っ暗だがたしかに通路になっている。しかも中はコンクリートで覆われ頑丈そうだ。

「へえぇ。こんなものがあるんですね」
「時々外へ抜け出すのに使うのよ。もちろん教官には内緒よ」
「え、じゃあこれって・・・」
「もちろん、生徒にだけ受け継がれてきた学校の秘密“その1”。秘密の地下通路」
「それって、大丈夫なんですか?」
「バレなきゃ犯罪じゃないって言うでしょ」
「そういう問題じゃ・・・」
「私のさらに前の世代の人がかなりの月日をかけて作ったものらしいから、私たちにも受け継ぐ義務っていうものがあるのよ。だから石井さんにも、こういうものを受け継いでいって欲しいの」
「・・・わかりました。ところで、これで外に行ってなにするんです?」
「それは・・・ヒミツ」

    暗くても先輩がニヤニヤしているのはわかった。しかしここまでして外へ出たいとは、昔の人はとんだ根性の持ち主だと思った。

「ただ使うときに守って欲しいのは、必ず夜使うこと。じゃなきゃ校内はともかく、外へ出たら見つかりやすいから」
「はい、気をつけます」

    二人は元の道に戻り見回りの続きをこなした。しかし、先輩はなんでまた私にあの通路の存在を教えたのか。もしかしたら当直になった後輩に教えるようにしているのだろうか。
    そんなことを考えながら石井は照らされた道を歩く。
    学校の中に、生徒だけの秘密があるのも、なかなか面白いかもしれない。石井はそう思った。

「てことは先輩。“その1”があるってことは他にもあるんですか?」
「もちろん、代々受け継がれてきたものとか、新しく作るものもあるわね。たとえば教官の夜間の動向を記録した秘密書とか、寮棟同士で通話できる電話回線とか、学校が広い分いろんな所にこういうものが隠されてるわね。中でもさっきの通路は一番古いって言われているのよ」
「なら、もしかして先輩たちも何か・・・」
「ふふ、それは秘密。ここを卒業するときに教えてあげるわ」
「何か作ってるんだ・・・」

    守ることも伝統だが、新しく作るのもまた伝統なのだろうか?
    しかし、そんなに沢山あるのに見つからないとは、隠し方が相当うまいのか。と思ったが、先輩いわく。
「教官は基本ここの卒業生だから、自分たちもやったから後輩も、てことで見逃してるのかもね」ということだ。
    広いグラウンドに出る。ここはいつも訓練をしている場所だ。異常はない。

「次は教室棟の方に行くわよ」
「はい、すぐに・・・」

    先輩について行こうとした石井だが、ふと何か気配を感じた。
    それはグラウンドの方、保管庫の方から。目を凝らしてよくみると、何やら数人の人影が見えたような気がした。

「石井さん?」
「すいません。少し向こうを見てきます」
「え、ちょ、ちょっと!」

    先輩に構わず、小走りに保管庫へ向かう。
    一体誰がこな時間に。他の科の当直なら明かりを持っているはず。しかしそれに明かりなどみられない。

「誰だ!」

    そこには人どころか猫一匹すらいない。いや、確かにさっきまで誰かがいた。猫などではない。

「一体誰が・・・」

    一応鍵を確認する。
    扉に掛けられた南京錠は何も開けられたような痕跡はない。

「気のせいだったのか?」

    石井は疑心暗鬼に陥った。本当にあれは人影だったのか?もしかしたら自分たちの影ではないか?
    彼女はそう考えこのことを報告することはなかった。




    翌日。
    昨日の雨模様とは対照的に今日は晴れ晴れとしている。五月だというのに暑いくらいだ。
    だが、暑いからと言って訓練が休みになるわけではない。昨日できなかった分を取り返さなければならないからだ。

「寮長、鍵おねがい」
「ちょっと待って」

    宇垣が持っていた鍵の束から保管庫の鍵を選び、扉を開けた。中には演習の時や今のような訓練に使われる備品が所狭しと並んでいる。
    いや、正確には雑に棚に入っているだけではなから見れば汚くてしょうがない。
    ただ普段よく使うものは扉近くに固めて置かれていた。空砲弾、照準修正器からホウキ、チリトリにまで揃っている。

「じゃあ、あとはお願いね」
「寮長、ちょっと来てください!」
「え、何?」

    突然呼ばれたので宇垣も動揺する。連れていかれたのは二つある機銃座のうちの一つだ。

「どうしたの?」
「それが、さっき駐退装置の油圧を測ったんですが、見てください!」
「んーどれどれ・・・え!?」

    一昨日まで正常だった油圧数がほとんどゼロに近い数値だったのだ。

「どういうこと!」
「わかりません、昨日の雨で何か起こったのかもしれないし・・・」
「雨で油圧がこんなに低くなるわけない。何か他に原因があるはずよ」

    しかしいつも整備をしているクラスメイトに聞いても、原因はわからないという。
    ただ事実なのは、これでは今日行おうとしていた空砲射撃ができないということだ。

「そうだ、確か予備の油があったわよね」
「ええ、確かに」
「それを使うわ。持ってきて」

    ところがどっこい駐退装置の予備油は「普段使うもの」ではなかった。つまり保管庫の散らかった棚を探さなければならない。

「うーん、どこにあるのー」

    智恵が、諦め顔でそう言った。結局5、6人で中をくまなく探したが、見つからなかった。いや、ないはずはない。
    じつは何日か前に予備油の缶があるのが確認されている。どこかにはあるはずだ。
    しかしどうしても見つからない。新しいのをもらえば早いが残念ながら紛失したとなると消費したのとは違って見つけ出すまでもらえないのだ。

「参ったわね」
「寮長、どうすれば・・・」

    これでは宇垣の考えていた予定が狂ってしまう。

「仕方ないわ、整備の子達は私と一緒に原因の究明。それ以外はとりあえずこの前の装填をしてて」
「わかりました!」

    宇垣には油圧が下がったのも、予備油がなくなったのも全く原因がわからなかった。もしこのとき石井か俺がいればまた違ったかもしれない。しかしこのとき俺や石井他数名は、宿題を忘れた罰としてトイレ掃除に繰り出されてしまっていた。

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