自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第十話 家族

    宇垣が戻ってから二日目。
    それだけしか経っていないはずなのに、訓練のおかげか技量はみるみる上達していった。

「よし、次!」
「はい!」

   この掛け声は、弾倉の交換訓練のものだ。
    1分1秒の差が命取りになる戦場では、長々と命令を飛ばすわけにはいかない。ましてや聞き取れないなどは論外だ。そのため、命令は単純かつ正確に。

「戦闘終了。なかなか良かったんじゃない?」
「配置換えをしたからかな」

    戦闘訓練をするにあたって、まず行ったのは適切な配置。それまで一人一人の持ち場は半ば適当に決めたようなものだったので、この機会に入れ替えをしようということになったのだ。

「旋回手は今までと同じで足斑さんのままで、仰角手は・・・戸田さんで」
「え、寮長。私、ですか?」
「ええ、あなたが一番操作が上手いわよ。動きも早いし、やってくれる?」
「は、はい!もちろんです」
「それから他の子達は・・・って麻里!訓練中に寝ないでよ!」
「んー、眠いから仕方ない」
「だからダメだって・・・」

    こんな感じで今はやりくりしている。以前と比べて宇垣はよく動くようになったし、彼女たちもそれに不服なく従うようになった。

「あんたは何そこでボーとしてるのよ。やることないならちょっと麻里見ててよ」
「あ、うん」

    松原はいつも通りの様子だ。

「朝ですよー、起きろ松原」
「・・・ああ、裕二か・・・」
「だから寝るなって」
「・・・膝枕してよ」
「こんなところでできるかよ」

    しかし松原は本当によく寝る。授業中も居眠りばかりしていて、半ば教官も諦めているようだ。

「お前もちゃんと訓練やれよ、宇垣が怒るぞ」
「・・・それは困る」

    意外と効いたか、と思いきやまたすぐに寝てしまった。しかも立ちながら。

「はぁ・・・」

    結局連れ戻す。今のままやっても逆に危ない。

「それにしても」

    それにしても、普段からこんな感じで前回の演習はちゃんとできていたのだろうか?まさか居眠りして参加してないなんてことは・・・。

「おい松原、確か二十二分隊だったよな?」
「うん・・・」
「配置は?」
「旋回手・・・」

    案外配置は重要なポジションだ。
なら参加していないわけではない。

「前の演習の時はちゃんとできてたのか?」
「うん・・・」

    本当なのか疑わしい。しかし、実は本気を出すとすごいのかもしれない。だから重要な配置なのか?

「まあ、それはないか」
「・・・?」
「いや、なんでもない」

    この調子から急変するなんて、考えると恐ろしくも思えてくる。逆に言えば冷静を保つのが一番得意なやつといえば間違いなく松原だ。どんな時だろうと的確に操作できるが故の配置なのだろう。

「・・・裕二はどこなの?・・・」
「配置か?まだ決まってないよ。なにせ前は勢いで色々やっちゃったから」
「・・・裕二・・・慌て方が面白かった」
「お前はどこを見てるんだよ」

    本当の空襲かと勘違いしたからなのだが、いきなりアレを体験すれば誰しもそうなるだろう。

「おーい、次裕二君のだよ」

   東藤がお呼びだ。

「今行くよ。頼むから倒れるなよ松原」

    何も言ってはくれなかったが、代わりに小さく手を出した。

「まったく、松原はどうにかならないのか?」
「まあまあ、一応訓練には参加してくれてるんだし」
「それに、少なくともあんたよりは実力は上よ」
「いや俺はまだ来て一ヶ月ぐらいしか経ってないんだぞ」

    ついこの間まで普通の高校生だった男なのだ。こんな短期間で実力が身につくわけがない。しかし、よく考えればたった一ヶ月のはずなのに、いろいろなことがありすぎて暇な時間がなかったものの、嫌にはならなかった。

「次はあんたの番よ、男だからって手加減しないからね」
「いやそれを言うなら逆だろ」

    やるのは装填の訓練だ。
    15発入りの箱型弾倉を機銃にセットする作業を連続して行い、その時間を計測する。これを元に、一人一人のこれからの訓練の内容を変える。
    これも意見が出されたので取り入れたやり方だ。

「さあ、始めるわよ!」
「え、ちょ、待って・・・」
「よーい!始め!」




    西の空に日が沈みかける頃、訓練を終えた俺たちは寮に向かっていた。
    普通寮は学校に隣接するか、少なくとも見える場所にあるものだが、航海科の寮は学校からかなり離れた丘の上にある。ただでさえ疲れているのに登りというイジメのような立地だ。

「あれ、あの子達まだ何かやってたのかな?」
「ん?」
  
    東藤が不思議そうに言う。
    前を歩いているのは五号生。五号生はこの学校の一番下、つまり一年生ということになる。五号生、四号生と三、二、一号生とは大きく分かれていることは前にも話したが、実は見た目も違う。すなわち制服の違いだ。
三号生以上は海軍の士官が着るようなデザインのもだが、五、四号生は水兵が着ているようなセーラー服のデザインを意識している。なので見分けがつきやすい。

「五号生なのにこんな時間まで、何してたんだろうね」
「さあ」
「私も昔はあんな風に背が小さかったんだよ。もう私も歳かな」
「いやまだ十代だろ、まだまだ人生先は長い」

    そう言うと、なぜか東藤は怪訝な顔をした。

「考えてみてよ。私たちがここを卒業するとどうなる?」
「いや、急に言われても」
「だいたいわかるでしょ?」
「まあ、軍人だな」
「うん、じゃあ軍人ってどんな仕事をする?」
「そりゃあ国を守るんだろう」
「そうよね」

   なんだかその答えを予想していたような言い方だ。

「いい言い方をすればね。裕二君、この前見てた新聞にも載ってたけど、そのために今戦争してるんだよ」
「中国とのだな」
「そう、そして戦争は、人が人を殺しあうものよ」
「・・・え?」

    それは、あまりにも突然だった。

「そうでしょ?人が死なない戦争なんて、今まであったと思う?」
「まあ・・・たしかに・・・」
「相手は、私たちが何歳なんていうのは考えてるわけがない。何歳だろうと目の前にいるのは紛れもなく“敵”だからよ。だから私は、大人になるまで生きれるなんて思っている人はここにいないと思う。ここにいるのはたとえ命を落としても、日本という国を守りる決意がある人だけ」
「・・・」
「というのが、私たちがここに入って初めて言われたことだよ」
「え、ああ、そういうことか・・・」

   てっきり東藤の考えたものかと思った。

「もしかして私の言葉だと思った?違う違う、これは紀田中将に言われた言葉なのよ」
「校長が?」
「ええ、入学してすぐにね」

    考えてみればそうだ。
    今、ここには将来軍人になる大勢の学生がいる。今はまだ、ここで友達同士楽しんでいれるのだろう。だが、いずれ彼女たちは軍人となり、戦うことになるのだ、1年半後のあの戦争で・・・。

「もしかしたら、大人になる前に、短い人生で終わることを、私たちは覚悟してるの。だから先輩は口を揃えて言うの。“今の人生を大切にしなさい”って。まあ、こんなこと公の場で言ったら、“反戦的だ”って逮捕されかねないけどね」
「そうか、たしかに軍人が命が惜しいなんて言えないもんな・・・」
「ああ、ごめんね。こんな話ししちゃって」
「いや、俺も少し甘く考えていたようだ。もっとこの世界のことをよく知らないと」
「この世界?」
「え、あ、いや!なんでもない」

    危ない危ない。
    俺がこの時代の人間でないことがバレるところだった。

「あ!智恵姉ちゃんだ!」
「?」

    後ろから五号生の生徒が駆けてきた。智恵姉ちゃんとは東藤のことだろう。
    もしかして、あれが例の・・・。

「貴美、あなたもいたのね。どう学校は、友達に迷惑とかかけてない?」
「大丈夫だよ。姉ちゃんはいつもそういうことしか考えてないんだから」
「えへへへ、ごめんごめん」
「あれ、そちらの方は?」
「小畑裕二君よ。この間来たばかりの編入生」
「ああ!そうでしたか」

    俺をみて驚いたような顔をすると、ビシッとした敬礼をしながらこう言った。

「はじめまして。兵学校兵曹長。東藤貴美子と申します」
「もしかして、妹の・・・」
「はい!四姉妹の末っ子です」
「ああ、東藤から話は聞いてるよ。東藤・・・曹長のことは」
「私のことは、貴美と呼んでください」

    昨日言っていた東藤の妹か。たしかに、顔立ちは姉に似ている。

「小畑少尉のことは私たちの方でも話題になっていまして。是非一度お会いしてみたいと」
「いやぁ、別にただの16歳だけど・・・」
「いえいえ、男子禁制のこの海軍兵学校に堂々といられるなんて、よほどすごい方なんだろうかと」
「いやそういうわけじゃあ・・・」

    どうやら東藤の力で入ったということを知らないようだ。隣にいる姉の方に目で訴えるが、知らんぷり。この状況を楽しんでいるのか?

「ところで、皆さん遅くまで何をしていたのですか?」
「まあ、自主訓練というやつだな」
「貴美こそどうしたの?五号生なのにこんな時間に」
「銃器の取り扱い講習ですよ。いつもはもっと早く終わりますが、かなり長引いてしまって」

    すでに日は完全に沈み、辺りは闇に飲まれようとしている。よほど出来が悪かったのだろうか。

「そっか、貴美はまだ銃が古いもんね」
「使い古してしかも構造は複雑だし、もう嫌になりますよ」
「そんなに古いものを使ってるのか?」
「そうなんですよ。早く皆さんと同じ三八が使いたいですね」
「ということは、三十年式辺りか?」
「は、はい」

    三十五年式とは、三八式小銃の前に使われていた、三十年式小銃の海軍仕様。三十五年式海軍銃のことだ。陸軍から三八式を分けてもらう前に使われていたもので、構造が複雑で使いやすい物ではない。

「私たちも最初はそれを使ってたんだよ。結構苦労したわねー」
「東藤も使ったことあるのか?」
「五号生と四号生は三十五年式を使うの。もともとは上級生でも使うはずだったんだけど、紀田校長が陸軍に掛け合ったみたいで」
「それで三八を」
「そういうこと」
「でも、小畑少尉は昔の銃のことよくご存知でしたね」
「え、ま、まあな」
「裕二君はね、こういうことよく知ってるんだよ」

    どうやら俺は、いつのまにかそういうことに関する物知りだと思われていたらしい。俺たちは三人揃って寮まで歩く。

「姉さんの自主訓練とはどんなことをしているのです?」
「えっとねえ・・・」

    東藤が訓練をするようになった経緯を話す。妹の方は少し心配そうな表情をしていた。

「大丈夫なのですか?航海科は劣等と聞いてはいましたが」
「心配はいらないよ。なにせ、私たちには裕二君がいるんだから」
「えっ」

    背中をポンと叩かれ、全て自分のおかげのようにされてしまった。別に俺だけの力ではない。

「いゃ俺はただ・・・」
「さすがです!自らの力でどうにかしてしまうなんて、姉さんが見込んだ方なだけありますね!」
「だから・・・」
「まあまあ、もう遅いんだし、貴美も寮に戻ってね」

    たしかに、かなり話し込んでしまっていた気がする。

「それもそうですね。それでは私はこれで。あと小畑少尉、姉をよろしく頼みますね」
「え、ああ」

    再びビシッと敬礼すると、彼女は五号生の寮に向け歩き始めた。

「それじゃ、私たちも行こうか」
「そうだな」

    二人は自分たちの寮へ歩き始める。五号生とは寮が違うのだ。

「お前の妹、元気そうで何よりだ」
「うん、あの子結構ドジっ子だから、何かやらかしてないか心配だったのよ」

    姉よりはしっかりしていると思ったが、意外だ。あるいは本人が気づいていないだけか。

「妹も、軍人になりたいと思ってここに来たのか」

    それは、つい先程まで話していた「決意」の話だ。姉の方が軍人である母に言われたのだから当然妹も自分で決めたはずだ。

「まあ、あの子の場合は軍人になりたいっていうより、私たち姉妹と同じ道に進みたいって思ってたんでしょうね。特に貴美は末っ子だから」
「要は憧れってやつだろ。まあでも、そういうのでもいいんじゃないのか?誰かに強制されるより」
「私もそう思う。本人も後悔はしてないようだし」

    確かにそうだ。俺だって自衛官になりたくて進学しようとしたのに、あらゆる人から否定されてしまった。東藤の家は実に羨ましい。
    しかし、この時代に東藤のような家は少ないのではないか?そう思うと、東藤家がよほど異質な存在なのか分かる気がした。

「で、どうだった?私の可愛い妹は」
「どうって・・・まあ、やっぱり東藤の妹だなぁと」
「そんなんじゃわかんないよー。でも、可愛かったことには間違いないでしょ」
「え、うん、まあ」

    見た目も東藤に似ている。少し小さかった頃の彼女を見ているようだった。

「あとさ裕二君。私のこと智恵って呼んでもいいのよ?」
「いや、さすがに・・・」
「そうしないと、東藤じゃ私なのか貴美なのかわからないでしょ」
「まあ、たしかに」
「だからほら、智恵って」
「えっと、わかった・・・智恵」
「そうそう、いい感じ」

    何がいい感じなものか。俺は女子を名前で呼ぶことなんて滅多になかった。そんな奴からすれば恥ずかしくて仕方がない。

「あれ、もしかして照れてる?」
「ま、ま、まさか。それより、お前の姉さんはどうしてるんだ?昨日もう軍人だって言ってたが」
「智子姉さんと和子姉さんのこと?もちろん軍人だしちゃんとした場所に配属されてるのよ」
「さすがは東藤家。ちなみにどこなんだ?」
「一番上の智子姉さんは今は連合艦隊司令部の戦務主任よ」
「え!?連合艦隊の!」

    連合艦隊は言わずと知れた海軍の主力部隊であるが、その司令部に配属されているとは、よもや相当頭のきれる人物なのだろう。

「もともと智子姉さんは私たちの中でも飛び抜けて頭が良かったからね。連合艦隊にいてもおかしくないのよ」
「そんなにすごい人なんだ・・・」
「和子姉さんの方も結構頭いいんだけど、命令飛ばすだけの司令部はごめんだって言って今は駆逐艦の艦長をやってる」
「それでも十分すごい・・・」

    やはり代々軍人の家系である東藤家。優秀な軍人の血は受け継がれているのだろう。

「まあ、今の私じゃあとてもそんなところまでは行けないだろうけどね」
「いや東藤・・・じゃなくて智恵だって俺に勉強のこととか銃のこととか色々教えてくれたじゃないか。それだけでもすごい事だと思うけど」
「不可能よ。学校全体で言えば私なんて底辺組なの。そんなのがエリート組と一緒に戦えるわけはないわ」

    まあそうでもなければ、航海科なんてなないんだろうな。
    俺が言える事じゃないが。

「ま、私は私なりにうまくやっていくつもりよ。正直、配属先に希望とかはないしね」
「そんなもんなのかなぁ・・・」
「あと、私の家族のこと言ってたけど、裕二君だって私の家族だよ」
「・・・は?」

    今まで堅苦しい話をしすぎてぶっ飛んだのかと思ったが、どうやらそういうわけではない。

「裕二君だけじゃなくて、ここにいる航海科のみんなは“家族”だって思ってるよ」
「いや家族では」
「これだけ一緒にいる仲間なんだから、家族みたいなものでしょ。私はそう思うよ」
「家族か・・・」

    そういえば、俺の家族は今頃どうしているだろうか?俺のことを探しているのか。それとも消えたことになっているのか。

「そう家族。そして裕二君も、私たちの家族」
「でも、三十人家族となると、いろいろ大変そうだな」
「まあ、そうかもね」

    三十人の家族。
    なんだか・・・いいな。




「随分と遅かったわね」
「色々あってな」
「何よそれ」

    自室での会話は実にそっけない。それはひとえに、俺が宇垣とうまく噛み合わないからに他ならない。

「あんた小銃の勉強はどうしたのよ。智恵と毎日やるって言ってたじゃない」
「そのつもりだったんだがな。今日はもう遅いしやめておこうって」
「そんなんで本当に大丈夫なの?落ちても私知らないわよ」
「まあ、大丈夫だろ」

    事実を言えばもちろん大丈夫というわけでもない。
    しかし、ここ最近の訓練でお互いかなり疲労がたまっているし、このままだと別の意味でまずい事態になる恐れがあった。

「それで、なんでこんなに遅くまでフラフラしてるのよ。私もうお風呂済ませちゃったわよ」
「まあその、智恵と色々話しててな。つい遅くなった」

    時計を見てから気づいたのだが、本来は寮まで20分もかからない道のりを俺たち二人は1時間近くかけて歩いてしまっていた。「決意」のことや智恵の「家族」のことなど、その後も色々と話していたからだ。

「どうせロクなことじゃないんだから。っていうか、なに智恵のこと名前で呼んでんのよ」
「いや、本人が呼んでっていうから」
「まったく、どうもあの子は気が抜けてるのよね」

    まあそれには少しばかり共感できる。

「・・・」
「さっきからなに見てるのよ。私の顔に何か付いてる?」
「宇垣ってさ、どうしてここに来たんだ?」
「はぁ?なによ急に」
「別に、ちょっと気になったから」

    怪訝な顔をしていた宇垣だが、そう聞いてみると少し和らいだ。

「前に聞いでしょ。わたしの母さんのこと」
「ああ」
「母さんがまだ生きてた頃に、私約束してたの。いつかお医者さんになって母さんを助けるって」
「てことは、宇垣は医者になりたかったのか?」

    予想を裏切る答えだ。寮長を務める宇垣なら、最初から軍人になりたかったのかと思ったのだが。

「そう、でも普通の医療学校じゃあお金がかかって行けなかった。家は貧乏だったし、母さんの薬代もかかったから」
「それがなんでここに」
「軍の医療学校ならお金がかからないし、最先端の医学を学べる。でもしくじったのよ、私。入学試験で」
「まさか、それで兵学校に?」
「万が一のことで一緒に受けてたんだけど。倍率が高いはずのこっちに入っちゃった」

    ということはどうやら相当なことをやらかしたらしい。

「まあ、ここに入った以上は将来は軍人だろ?それはそれでいいじゃないか」
「・・・私は軍人にはならない」
「え?」

    そう答える宇垣に、迷いはまったくなかった。

「ど、どうして。軍人は優秀な奴しかなれないんだぞ。お前はそうなれるのにやめるなのか?」
「そうよ」
「どうして」
「・・・だって、軍人の仕事は戦争をすることでしょ。戦争は人と人の殺し合いよ。私は医者になりたかった。お母さんを救いたかった。たくさんの人を救いたかった。そんな私が、人の命を奪えると思う?」

    つまり、卒業しても軍人になって「人殺し」はしたくないということだ。

「確かに・・・わからなくもない。だがそれなら、どうしてここにいる?」
「だって・・・家に帰っても・・・誰もいないし。お金もない」
「誰もいない?母親が亡くなったとは聞いたが、父親や兄弟は?」

    そこまでいうと、宇垣は今まで話したことを後悔するようなそぶりを見せながら言った。

「私、父親の顔を知らないの」
「え?まさか父親も・・・」
「違う。もともといなかったの。私が生まれた時から。兄弟もいないし。だから母さんは、私の唯一の家族だったの。でも・・・」
「・・・」

    一気にその場が静まり返る。隣の部屋から智恵の石井の声がした気がしたが、そんなことどうでもよかった。

「これでわかったでしょ。私のこと。さあ、あんたはとっととお風呂に・・・」
「ならお前は、独り身だって言うのか?」
「・・・そうよ、一人よ。だからもう話したでしょ」
「だったら、知恵は何だ?石井は?松原は?この航海科の仲間は?お前にとっての何だ、ただの顔見知りか?」
「何を言って・・・」
「お前はあいつらと、これまでどれだけ一緒にいるんだ?食うのも寝るのも一緒にしてきてる。そういうのを、“家族”っていうんじゃないのか?」
「え・・・」

    ポカンとしている宇垣に対し、俺は続ける。

「だってそういうことだろ?たとえ血が繋がってなくても、これだけ一緒にいるなら家族って言えるだろう」
「・・・本当に?」
「もちろん。みんなそう思ってるさ」

    そこまで言うと、宇垣が唐突にいつもの調子へと戻った。

「ま、まあ、とりあえずそういうことにしてあげるわ」
「お、おう」

    すると突然、部屋のドアがバタン!と勢いよく開いた。

「裕二君ー。お風呂開いたよー。て、どうしたの?」
「おお、知恵か。びっくりした」
「もう誰も入ってないから今のうちに行ったほうがいいよ」
「ああ、すぐ行く」

    あ、いつもの感じだ。
    そう感じることができるのは、共に過ごす仲間、「家族」だからなのだろうか。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品