自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第九話 訓練再開

    2日ぶりに宇垣が戻ってきたのでやっと訓練再開。その場にいた全員がグラウンドの隅に置かれた机を取り囲んだ。

「それで、どうするんだ宇垣。まさか今までと同じことをするんじゃないだろうな?」
「うるさいわね、ちゃんと考えてるわよ」

    昨日の夜はあんなこと言っていたのに、今日の宇垣は自信満々だ。

「でも直美が戻ってきてくれてよかったよ。このままウチらはどうなっちゃうんだろうって心配してたんだから」
「まあ、その件は悪かったわ。でも、もう心配いらない」
「で、どんなことを?」
「まずはこれを見て」

    宇垣が持っていた紙の束を机に広げる。それは、これまでの訓練の記録表だった。

「これ記録表だよね?」
「ええ、とりあえず見て欲しいの」

    古いものから順番に見て行く。改めて見ると、代わり映えのない結果だ。

「どう?」
「どうって、結果はほとんど同じだろ」
「そう、“同じ”なのよ」
「?」

    俺たちは宇垣が何を言いたいのかわからなかった。いや、同じと言われても考えようがない。宇垣ならそのくらいわかるはずなのだが・・・寝すぎて頭がおかしくなったのか?

「かかる時間が変わらないのよ、もっと早く気付くべきだったわ」
「いや、そんなことわかってるが」
「つまりこういうことよ。変わらないってことは、それ以上上がらないってことよね?」
「ああ、だけどそれは俺たちの訓練不足だろ?」
「それがそうでもないの。これを見て」

    宇垣はさらに一枚の紙を出した。それも記録表なのだが、今まで見たものとはどこか違った。

「これは?」
「訓練始める前、みんな10周走るように言ってたでしょ」
「ああ」
「結構きつかったけどねぇ」
「その時間も一応測ってみてたの」

    しかし、見てみても早いのか遅いのかよくわからない。

「これがどうしたんだよ、まさか今度はこっちの時間を縮めるつもりか?」
「違うわよ、こっちも見て」

    さらにもう一枚紙を出した。

「これは・・・通信科?」
「直美、これうちのじゃないよ?」
「ええ、実は私たちと同じように通信科の子達も、体力づくりのために10周走ってて、その記録表」
「これどうしたの?」
「通信科の友達から拝借してきた」

    とりあえず見比べて見たが驚いた。明らかに航海科の方が速いのだ。

「!?」
「これを見ればわかるでしょ。私たち、もう体力自体はあるのよ」
「なら、私たちあんなに走る必要は・・・」
「うん、無かったみたい」

    ハァ・・・。
    宇垣以外の全員がため息をつく。

「じゃあ、私たち、もうあんなに走らなくてもいいの?」
「まあ、とりあえずは・・・ただあんたは走りなさいよ」
「え?なんで俺だけ」
「あんたは元々体力ないんだから、当然でしょ」
「えぇ・・・」

    たしかに体力がないのは自分でもわかっていたことだが、まさか一人で走らされるとは・・・。
    というか、まだ肝心なことを聞いていない。

「で、結局どう訓練するんだ?」
「ふふふ、それは・・・」

    宇垣の自信げな表情に、何を言いだすのだろかと一斉に注目した。

「・・・まだ何にも決まってない」
「・・・え?」
「は?」
「だから、何も考えてきてないの」

    期待した俺が馬鹿だった。
    まさか宇垣がここまでの人間だったとは。

「ならどうするの?このままじゃ私たち、何もできないよ?」
「だからそれを、みんなで考えるのよ。私一人じゃ正直、何も思いつかないのよ。だから全員の提案を元に、これからはやっていこうと思ったのよ」

    なるほど、たしかに悪い部分を全て把握するのは、宇垣といえ難しいだろう。しかし一人一人が悪いと思う部分を分かっていれば、より確実に、より効率的に訓練を勧められる。

「私は賛成」
「いいんじゃないかな」
「よし、みんな直美の考えに従ってもいい、いうことでいい?」

    反論はない、少なくともその場にいる者は。

「よし、なら早速始めていくわ。まずはいいまでの訓練で・・・」

    こうして、宇垣は再びリーダーとして、訓練に勤しむことになる。




    朝七時。
    朝礼が終わり、ぞろぞろと生徒が朝食に集まりだす頃、俺は一足先に食堂に入っていた。なぜかといえば、新聞を読みたかったからだ。朝ご飯を食べながら新聞を読むなど、なんだかサラリーマンのおっさんみたいだが、「情報」を得るためには仕方がない。この時代、テレビなどまだ開発されていないし、ましてやパソコンや携帯、インターネットなどあるわけがない。俺も携帯は持っていたが、あいにく向こうの世界に置いてきてしまった。まあ、あったところで使えないだろうが・・・。
とにかく、この時代のリアルタイムを知るには新聞かラジオしかないのだ。

「やっぱり・・・同じか」

    五月九日の毎日新聞。
    一面には大陸での戦いが掲載されていた。すでにこの世界でも日中戦争が行われいている。
    ということは元の世界とこの世界、二つの進む道はやはり同じなのか。裏面には、第二次大戦のヨーロッパでの戦いが載っている。
    とすれば、もう2年も経たぬうちに日本は太平洋戦争に突入・・・。
    向こうの世界では過去のことだと、他人事のように思っていたが、それが実際に自分に降りかかると思うと恐ろしくなってくる。なんとかして、あの悲劇を回避できないのだろうか・・・。

「あれ?あんた今日はずいぶんと早いじゃない」
「ん?ああ、宇垣か。少し新聞が見たくてな」
「そんなの見たって、毎日ほとんど同じような内容ばかりで面白くないでしょう」

    そうか、一応戦争中だから新聞も軍の管理下にあるのか。内容が似たり寄ったりになるのも頷ける。テーブルには宇垣ほかいつもの四人が座る。

「さ、早く食べちゃいましょ」
「なあ宇垣」
「ん?」
「お前、なんか変わったな」
「どうしたの急に?別に私は私、変わってなんかないわよ」
「いや、直美は前よりもなんていうか・・・可愛くなった」
「は、はぁ!?」

    石井の言葉に宇垣が真っ赤になる。相当恥ずかしかったのか、顔が梅花みたいだ。

「ちょっとあんた、本当にそう思ってるの!?」
「え、いや、俺は違・・・」

    しかし、宇垣はたしかに変わった。今までは他人との接触を好んでいるように見えなかった宇垣が、こうして仲良くやっている。それは変わったと言っていいのではないだろうか。

「そうそう裕二君、確か銃火器使用試験を受けるって言ってたよね?」
「は!そうだ、すっかり忘れてた・・・」
「でね、授業だけじゃあ多分間に合わないと思うのよ。だから時間外に私が教えようと思って」
「おお!本当か?」
「ええ、ただ夕方は例の訓練があるから、やれるのは夜になっちゃうけど」
「全然大丈夫だ。訓練の方もなんとかなりそうだし」

    昨日宇垣の提唱したあのやり方、早速実践してみたところ予想以上の効果があった。というか、今まで気にもしなかったようなことが意外と足を引っ張っていたことに気づいたのだ。
    例えば、一人が提案したのが「校舎から機銃座まで向かうルートを変えてみる」というもの。
    今までは教官から提案させれた“正規の”ルートでひたすらやっていたのだが、実はあまり知られていない抜け道があることがわかり、そこを通る道で一度やってみた。
    するとどうだろう、それだけで20秒近く短縮できることがわかったのだ。あまりの成果に、最初は疑いを持ったほどだ。

「あの調子だったら、目標時間に達するのも見えてくるね」
「うん、みんなの士気も上がってるし、いいい感じじゃない」

    それを聞いていた宇垣は実に得意そうだ。そういう時こそ、この宇垣直美という人物は空回りしやすいのだが・・・。




   その夜、航海科寮。

「さあ、とっとと始めるわよ。まあとりあえず、まずは私のことを先生と呼びなさい」
「いやだ」
「なら教えないわよ」
「死んでもいやだね」

    宇垣との茶番もそこそこに、今朝言っていたように今日から試験の勉強が始まる。

「早速始めましょう。練習用の銃は用意したから」
「おお、たしかに。でもこれ、学校のじゃないよな?」
「さすが裕二君、鋭いですねぇ。実はこれ私が独自に用意したんです。学校のものは、訓練用とはいえ勝手に持ち出せないから」
「ならどうやって用意したんだ?」
「うふふ、東藤家の権力をなめてもらっては困るわよ」

    今朝の宇垣に負けず劣らず、実に得意げな表情。

「まあまあそんなことより、まずは分解から教えるね」
「ああ、頼む」

    東藤の説明は実に懇切丁寧で、わかりやすいものだ。前に宇垣に教わった時とはまるで別物。

「そうそう、そこのネジは銃身を固定するのとは別だから、混ぜないようにね」
「ああ、わかった」

    しかし改めて見ると、この三八式小銃は部品数自体は多くないので構造は簡単だということがよくわかる。最も複雑になる機関部の部品でさえ、わずか5つで構成されているのだ。

「よし、これでとりあえず分解は完了ね」
「わかりやすかったよ」
「ありがとう、じゃあ次は組み立てていくよ。やってみて」
「え、いきなり?」
「大丈夫、今までの逆をやればいいのよ」

    いわゆる「組み立ては分解の逆、分解は組み立ての逆」ってやつか。しかしおいそれとうまくいくわけではない。

「これでいいのか?」
「違う違う。これはね、逆だからこう」

    結局ほとんど教えてもらいながら組み立てた。

「よし、できたぞ」
「何が“よし”よ。全然わかってないじゃない」
「お前から教わるよりはわかりやすかったね。だいたいなんでお前がいるんだよ?」
「いいじゃない。補佐みたいなものよ」

    全然補佐になってないのだが、それはともかく分解に比べて組み立ては思った以上に難しそうだ。しかもこれが実銃となれば、変な組み立て方をして暴発でもしたら困る。
    慎重にやらねば。

「じゃあもう一回分解していこう。今度は私は何も言わないよぉ」
「まあ、やってみる」

    再び分解から。
    やっているうちにふと、気になることを思い出した。

「そういえば、さっき東藤家の権力が〜、とか言ってたけど。東藤のところはそんなに偉いのか?」
「ああそっか、裕二君は知らないのかぁ」
「?」
「ふっふっふ、智恵のところはね、我が皇国海軍でも有数の軍人家系なのよ。東藤家四姉妹は有名でしょう」
「東藤家四姉妹?」
「まさかあんた聞いたことないの?現軍令部次長、東藤多恵子中将の優秀な四姉妹、智子中佐、和子中佐、智恵子少尉、そして貴美子曹長。四人とも軍人で、しかもこの学校に入ってるのよ、有名になって当然でしょ?」
「へぇー、なんか・・・すごいんだな東藤のところは」
「ちょっと!反応鈍すぎでしょ」
「もー、直美。あんまり私の家のことベラベラ言わないでよぉ」

    鈍いと言われてしまったが、たしかにすごいことだ。
    倍率十倍以上とも言われるこの学校に四人の姉妹全員が入っているなんて、相応の権力を持っているのも頷ける。

「ということは、東藤は三人目か?」
「ええ、長女の智子姉さんと次女の和子姉さんは双子でね、もうここを出て今は正規の軍人。私が三女で三号生、末っ子の貴美子もここの五号生なのよ」
「なるほど、なら姉さんは無理だとしても、妹には会えるのか?」
「ええ、まあ最近はあってないけどね」

    そういえば、俺をここにとどめてくれたのも東藤の母親だと聞いた。人事を担当する部署がある軍令部ならそんなこともできてしまうのか・・・。
    ん?待てよ。
    そもそもなんで東藤は俺をここに引き止めたんだ?赤の他人であるはずの俺を引き止めても、なんのメリットもないはず。

「なあ東藤。もう一つ聞いていいか?」
「いいよ」
「そもそもなんで、東藤は俺をここにとどめさせようと思ったんだ?俺は赤の他人のはずだか・・・」
「たしかに、なんでなのよ」
「・・・それは」

    東藤はいつものニコニコ顔でこう答えた。

「それは・・・秘密です」
「えぇ・・・」
「何よそれ、智恵らしくないわよ」
「ふふ、まあ悪いようにはしません。それにそのうち分かると思う」

    それ以上その話題には触れることなく、消灯時間まで勉強は続いた。




同時刻、砲術科寮。

「それは一体どういうことですの?あの航海科は、もう統率も取れずにいたのではないですか?わたくしは以前そのように聞いた記憶がありますわよ」
「そ、それが、宇垣が訓練の方法を変えたらしく、成果は上々、士気も回復しているみたいで・・・」
「もういいですわ。自滅してくれればと思っていましたが、そこまで馬鹿でもなかったみたいですわね」
「ど、どうすれば・・・」
「こうなれば仕方ないですわ。“実力行使”に移ります」
「しかしそれは規則違反では・・・」
「そんなこと言ってる場合ではありませんわ。このままあの落ちこぼれどもが這い上がってくるようなことになれば、学校の権力比は総崩れ、わたくしたちも危険にさらされるのでしてよ」
「でも・・・」
「あら?あなたには砲術科への編入という条件がありましたわよね?もし奴らを止められなければどうなるか・・・わかっていまして?」
「・・・わかりました。ご命令を」
「よろしいですわ!あなたは私の犬として、もっと働いてもらわないとね」

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