自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第八話 新たな始まり

「前にも言ったように、xの値がまだ不明なので・・・」
「ねえねえ裕二君、直美はどうしたの?」
「・・・」
「裕二君?」
「え、ああごめん。なんだって?」
「もー、授業中だよ、ぼーっとしてたらおいていかれちゃうよ」
「ご、ごめん」
「それで直美は?」
「ああ、宇垣か・・・」

    昨日以来、宇垣とはほとんど口を聞いていない。毛布にくるまってピクリともせずずっとベットに寝ていたからだ。

「今日は体調不良で休むって・・・確か言ってた」
「えー?大丈夫かなぁ」
「あいつの事なんだから大丈夫だろう」

    東藤は心配しているようだが俺はあまり気にしてはいなかった。病気になんてならないであろう性格だし、どのみち仮病か何かだろうと思っていたからだ。

「でも直美がいないってことは、訓練もできないのよね」
「え、そうなのか?」
「言ってなかったっけ。大人数で自主訓練をするには必ず寮長が一緒にいないといけないのよ」
「そんな決まりが・・・」
「こら!そこの二人、私語は慎みなさい!」
「す、すみません」
「いっけない、怒られちゃった」

    つい話し込んでしまったが、宇垣がいないと訓練できないとなると厄介だ。このままでは練度も落ちるばかりだからだ。

「チーン、チーン、チーン」
「よし、今日はここまで、難しいと思うところは必ず復習しておくように」

    授業が終わってから、自分が放心状態で何も聞いていなかったことに気づいた。

「しまった・・・」
「まあ、そういう日もあるわよね〜」
「なんで東藤は俺の思ってることが分かるんだ?というかまず分かってるのか?」
「まぁ、何にも聞いてなかったってことでしょ。授業中ずっと外見てたし」
「俺をずっと観察してたのかよ・・・」
「だって、観察って面白いんだもん」
「面白い・・・」

    ずっとジロジロ見られていたのに気づかないとは、考えると恐ろしい。
   しかし、東藤がいつもの調子でよかった。昨日のことで落ち込んでいないかと心配したが、問題はないようだ。

「おい、小畑。少しいいか?」
「は、はい」

    外から俺を呼んだのは担任の向上教官だ。生徒に対して口調が少々荒く、正直俺は苦手だ。
    教官に呼ばれ、俺は廊下へ連れ出された。

「何でしょうか?」
「貴様ら、最近自主的な訓練を始めたそうじゃないか」
「はい」
「けっこうなことだが、何か問題になってることはないか?」
「いえ、特には」
「ほう、なら宇垣が風邪だというのは、間違いないな」
「・・・間違いありません」
「そうか」

    宇垣の話が出てヒヤヒヤしたが、どうやら誤魔化せたようだ。ここで宇垣のことがバレたりしたら、訓練の継続に支障が出かけない。

「まあそんなことはどうでもいい。それよりも、貴様は銃火器使用試験を受けていないだろう」
「銃火器使用試験?」
「そのままの意味だ。本来なら四号生で受けなければならないのだが、貴様はまだ試験を行っていない」
「はい」
「そこで二週間後、その試験を行う」
「・・・え、二週間後!?」
「何か不満か?」
「だって、まだ自分はまともに銃を撃ったことすらないんですよ。なのに二週間後はあまりにも・・・」
「延期は許されない。教頭からの命令だからな」
「教頭から?」
「他の勉学に支障をきたさぬよう、早く終わらせたいらしい。私からは以上だ、ちゃんと合格できるように」
「はい・・・」

    がっくりと肩を落とす俺の後ろの扉から、東藤と石井が団子よろしくのぞいていた。

「大変なことになったわね」
「ウチらの時は練習期間が二ヶ月もあったのに」





「はぁ〜。まさかこんなことになるとは」
「元気だしなよ、試験のことはウチらが教えるからさ」

    夕食の席を囲みながら、俺は絶望の淵に立たされている気分だった。ただでさえ宇垣のことでいっぱいいっぱいなのに、試験を受けろと言うのだ。

「直美はどうだったの?」
「俺が見に行った時からずっとベットに籠りっぱなしだ。夕飯に行くって言ってもピクリともしなかった」
「大丈夫なの?」
「まあ、腹が減ったら自分で来るだろう」
「・・・」
「大丈夫だって知恵、直美は自分のことよく分かってるから」
「・・・まあ、そうだよね」

    東藤がやけに心配そうにしているが、俺も石井も楽観的だ。なんのことはないと思っていたからだ。

「ところで、例の試験のことだけど、麻里、小畑のことを見てやってくれないか?」
「え、松原にか?」
「そりゃあ麻里は航海科随一の射撃の名手だからな。頼んで損はない」
「松原はいいのか?」

   彼女は箸の手を止めて机に置くと。

「・・・私は、構わない」

    眠そうな目で、しかし笑顔で答えてくれた。そういえば、松原の笑顔を見たのはこれまでほとんどなかった。

「ありがとう松原」
「うん・・・」

    一時はどうなるかと思ったが、試験はなんとかなりそうだ。まだ問題が全て解決したわけではないが、少し肩の荷が軽くなったような気がした。




「おーい宇垣。今戻ったぞ。飯を食うなら早く行けよ」

    部屋に戻ると、相変わらず宇垣はベットに籠もったままだ。結局俺たちが食事中に現れなかった。

「・・・」
「おい宇垣。顔を合わせたくない気持ちはわかるが、さすがに1日飲まず食わずは体に良くないぞ」
「・・・」

   返事はない。寝ているのだろうか?
   俺は二段ベットの上へ上がった。

「おい起きろ、夕飯の時間が・・・!」

    起こそうとして肩を掴んだのだが、その時気付いた。体がとても熱くなっていることに。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
「お、おい、まさかお前!」

    呼吸は荒く、顔は汗ぐっしょりだ。とでも仮病とは思えない。

「待ってろ、今寮監に・・・」
「・・・ま、まって・・・」

    寮監に伝えようとしたところ、苦しそうな声で引き止めてきた。

「お願い・・・誰にも・・・教え、ないで」
「ど、どうして」
「いい・・・から・・・」
「いや、ほっとけないだろ!」
「こんなの・・・寝てれば、すぐ・・・治る・・・」

    とても寝てれば治るようなレベルではないが、宇垣は続けた。

「全部・・・私が・・・悪い、か・・・ら・・・」
「だから・・・」
「もう喋るな、すぐ寮監に伝えて来る。じっとしてろ」
「・・・」

    俺はベットから飛び降り、寮監室のもとへ駆け出した。




「おそらく疲労が原因かな。薬を打っておいたからすぐに良くなるはず」

    それを聞いて、そこにいた全員が安堵の表情を浮かべた。宇垣が熱を出したと言った途端、寮は騒然となった。どうすれば良いのか全く知識がなかったので手の施しようがなかったのだ。幸い、戸川教官がすぐに飛んできてくれた。

「しかし、もう少し遅かったらもっと酷いことになっていたぞ」

    朝からずっとあの状態で、このまま気づかなかったらどうなっていたことか。

「小畑君」
「は、はい」
「君は彼女のペアなのだろう。なぜ気づかなかった?」
「それは・・・」

    俺は宇垣のことを何もわかっていないということだ。アイツだから大丈夫、心配ないなどという勝手な想像をしていた。

「すいません、自分の責任です。宇垣のことをもっとよく見てやれば」
「大事にならなかったただけ良かったものです。本人の体調が良くなったら、ちゃんと謝っておきなさい」
「はい・・・」

    すでに宇垣は寝てしまっていた。薬のおかげか、ずいぶん楽になったという表情だ。

「それでは、私はこれで失礼します。あとは伊達さん、お願いします」
「承りました」

    階段を降りて行く戸川教官を見送る。

「すいません、まさかこんな大ごとになるなんて」
「いえ、私にも責任はあります。宇垣様のご病気を察知できなかったとは、寮監として恥じるべきことでございます」
「そんな!寮監は悪くありません。宇垣のことを一番よくみてなきゃいけないのは俺です!」

    すでに消灯時間は過ぎている。寮監は野次馬を返すと、「今夜は私が宇垣様を見ます」と言ったが、俺は自分が見ると言った。
    全て寮監に任せては俺の腹の虫が収まらない。寮監も納得してくれたらしく、部屋を出る前に「何かありましたら遠慮なく申し付けください」と言ってくれた。

「どうした東藤、部屋へ戻らないのか?」

    他のみんなが帰った後も、東藤だけは自分の部屋へ戻ろうとしない。

「私もここにいていい?」
「ありがとう、でも大丈夫だ。今度こそ俺がちゃんと見てるから」
「ううん、そうじゃなくて、直美と一緒にいたいの」
「・・・そうか」

    結局東藤も見ていることに。宇垣は上段のベットで寝ているので、二人も上にいるわけにはいかない。
    俺は自分のベットに座った。
    東藤も隣に座る。

「昨日まではなんともなんともなかったのに、こんなことになるなんて」
「こんなになるまでコン詰めて、こいつも相当疲れてたんだろうな」

   そういえば、俺が寝る頃になっても、宇垣は机に向かってずっと何やらやっていた。疲れが溜まるのも納得できる。助けが必要ならば言ってくれればいいのだが、宇垣は誰から見てもわかるように、全てを自分一人で片付けようとする。
    強がりなその性格が、逆に自分を追い詰めてしまったのだろう。

「どうしよう裕二君。このままもしな直美が戻ってこなかったら・・・」
「・・・」

たしかに、このままでは宇垣は訓練に戻ってこないかもしれない。いや、戻ってきたとしても、以前のようにはいかないだろう。
    上段からはスースーと、宇垣の寝息が聞こえてくる。

「・・・宇垣とは、いつから知り合ったんだ?」
「え?」
「会話を聞いてても、今年初めて会ったとは思えないからな」

    なぜそうなことを急に聞いたのか理由は特にないが、自分のことを話すわけにもいかないので聞いてみたのだ。
    東藤はは最初恥ずかしげな顔をしたが、やがて話し始めた。

「私と直美が初めて会ったのは確か・・・そう、この学校に入ってすぐ。五号生の時同じクラスになった時が初めてね」
「その頃から仲が良かったのか?」
「うん、まあそんなところかな」
「でも、ふわふわした性格の東藤がよく宇垣と仲良くできたな」
「そうだよね、普通ならありえないよね」
「?」
「直美はね昔はあんな子じゃなかったんだよ。もっと穏やかでなんでも出来て、優しいしっかり者だったんだよ」
「うーん、想像できん」
「ふふ、そうだよね」
「たしかに、だがどうして今はああなっちまったんだ?」

    そう聞くと、東藤は何やら答えるのをためらった。何か言いたくない理由でもあるのだろうか。

「ああ、いや、言いたくないなら無理することはないぞ」
「ううん、裕二君には話しておいたほうがいいと思うの。・・・半年くらい前にね、直美のお母さんが、その・・・亡くなったの」
「・・・」
「昔から重い持病があって、結構悪い状態だったらしいのよ」
「そんなことが」
「ちゃんとした理由はわからない。でもその頃から直美の性格は一変したの。いつもイライラしてるみたいになって、誰かが失敗するとすぐに怒鳴るし、まるで別の人格が乗り移ったみたいに」

    何かあるとは思っていたが。
    母親の死は、宇垣にとって相当ショックだったに違いない。だが、なぜそんな急に態度が変わるのだろうか。

「東藤はどうしたんだ?」
「いつも通りにの関係でいた。でもずっと思ってた。こんなの直美じゃない、戻って欲しいって」

    それで今に至るわけか。

「でもね、最近気づいたの。たとえ性格が変わっても、直美は直美。それは変わらないんだって・・・」
「私は別に変わったつもりはないんだけどね」
「ん?」
「直美!」

    さっきまで寝ていたはずの宇垣がいつのまにか起きていた。上段に上って見ると、いつもの不機嫌そうな宇垣がそこにいた。

「えっと、いつから聞いてたの?」
「そうねー、私がしっかり者だったってところからか」
「そんな前から・・・」
「心配したんだぞ、大騒ぎだったんだからな。もう体は平気か?」
「大分楽にはなったわ。まだ少し熱が残ってるみたいだけど」
「よかった・・・」

    一時はどうなるかと思ったが、様子を見る限り大丈夫そうだ。

「それで、私が寝てるのをいいことに私のこと話してたわけ」
「ごめん・・・」

    いつもの宇垣ならここで文句の一つでも言いそうなものだが、珍しくそんなことはなかった。

「私だって、好きでこんなことにしてるわけじゃないのよ」
「ならなんで突然性格がそんなに変わるんだ?」
「・・・私の母が死ぬ前に言われたの。“あなたはみんなの先頭に立って、より良い方向へ導いてやりなさい”って。だから、その・・・私なりにそう・・・考えたやり方なのよ」
「・・・」
「何よ、何かおかしかった?」
「いや、そうじゃなくて」
「直美、もしかして今までイライラしたり怒鳴ったりしてたのって」
「へ、変な言い方しないでよね!一応あれでも、指揮はとってるつもりなんだから!」

    宇垣の言葉に俺たちはポカーンとしてしまった。もっと深い理由があるのかと思えば。

「寮長としての役割を果たしているつもりだったわけだ」
「つもりって何よつもりって」
「だって、結果的に全然統率が取れてないじゃないか」
「うぅ・・・」
「どうしてこんなになる前に私たちに相談してくれなかったの?」
「それは、その・・・なんだか、は、恥ずかしいと思って・・・」
「え?」
「今まで、なんでも一人で出来たのに、急に助けてなんて・・・変じゃない?」

    おそらく本人は本気でそう思っていたのだろう。

「ふふふ・・・」
「はっはっはっは!」
「な、何二人して笑ってるのよ!」
「いやだって、いつも強気な宇垣がそんなことで悩んでたって思うと、笑えてしょうがない」
「わ、わ、私だって!ほ、本気で悩んでたんだからね!」
「やっぱり、直美は直美だね」
「うるさい!もうわかったでしょ!」
「あれ、顔がまた赤くなってきたぞ。熱が上がってるんじゃないか?」
「そ、そんなことない!私は寝るから!」

    そう言うと、布団に潜り込んでしまった。熱があるのに暑くはないのだろうか。

「でもよかった。いつもの直美で」
「ああ、全くだ」

    すると、誰かが扉をノックする音が聞こえてきた。

「コン、コン」
「はーい」

ガチャっと扉を開けて入ってきたのはなんと伊達寮監だった。

「えっと、寮監。何か・・・」
「東藤様、消灯時間はすでに過ぎておりますが」
「私は直美の看病で・・・」
「そうでしたか。では、騒ぐなんてこと、してはいませんよね?」
「えーと・・・」
「それでは、おやすみなさいませ」

    ガタン!
    少し騒ぎ過ぎたようだ。

「はあ、怖かった」
「騒いでたのは宇垣なのにな」

    俺がそう言うと、上から「ざまあみなさい」と得意げな宇垣の声が聞こえたような気がした。



    翌日夕方、本校運動場。
    そこには、これまで訓練を受けてきた全員が集まっていた。
    しかし、そこに宇垣の姿はない。今日も授業に参加することはなかった。無論、これでは訓練はできない。しかしその場にいる者の表情に曇りはなく、清々しくさえ感じられる。

「そろそろ、かな」
「そうね」

    やがて、遠くから誰かが走ってくるのが見えた。迷いなくまっすぐこちらへ向かってくる。

「きたきた」
「もうすっかり元気そうね」

    そして、俺たちの前で止まると、息切れもそこそこに口一番こう叫んだ。

「さあ、訓練の続き始めるわよ!全員準備しなさい!」

    その言葉を聞いたその他全員が、一斉に敬礼で返した。

「「了解!!」」

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