自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第五話 実力の差

「パン!・・・パン!・・・」
「・・パン!・・・パン・・」

    小銃の軽い発射音がこだまする。
昨日聞いた機銃の音とは大違いだ。
ここは兵学校はずれにある射撃訓練場。今日は朝から小銃の射撃演習だ。10人ほどが一列になって50メートル先の目標を狙って撃つ。

「・・パン!・・・全員終了です」
「よーし、撃った奴は記録を報告しろー」

    実技担当の教官がどこかやり投げ的な感じに言った。

「すごい、ほとんど当たってる。みんな上手いなぁ」
「そんなこと言ってないで、あんたは早く覚えなさい」
「いやだからってこれをすぐに覚えろって言うのは・・・」

    宇垣に急かされて机に向き直った。俺の目の前にはネジの一本まで分解された小銃が置かれている。
宇垣曰く、これらの部品一つ一つの名前、役割を覚え、さらに自分で分解、組み立てをできるようにしろと言うのだ。
    まあ、他の国でも普通にやっていることなんだが・・・。
    ここで使われている小銃はいわゆる三八式小銃と呼ばれるもので、その名の通り明治三八年に仮制定された歴史ある小銃だ。
    性能としては口径6.5ミリで有効射程450メートル少々。装弾数5発のボルトアクション式。先端に銃剣をつけられる。
    元の世界の歴史と同じように、ここでも主力小銃として使われているようだ。
    ただし、全長は1.2メートルもあり、ここから見ていても女子の体格に対してかなりアンバランスな気がする。

「えーっと、確かこれをここに・・・」
「違う違う!これはもっと後ろ、ここはこうなるの」

    三八式は日本の小銃の中でも構造が簡単だと言われるが、とんでもない。さっぱりわかりません!

「あーもう!ここに入れるの、わかった?」
「宇垣、お前なんか最近不機嫌じゃないか?」
「えっ」

    俺がそう聞くと、宇垣は少し戸惑った。

「なんでそんなこと聞くのよ?」
「いや、だって初めて会った時と話し方とか大分違うぞ」
「別に何もないわよ」
「何かあるなら相談してくれてもいいんだぞ」
「・・・」

    宇垣はおもむろに東藤の元へ行ってしまった。
   
「直美が変わってくれって言ってたけど・・・何かあったの?」
「いや、なんでもない、続きを頼む」

    なんでもないと思いたかったが、東藤の話をまともに聴けなかった。



「ええ!?半寝しながら全弾当てた!?」

昼、食堂で東堂の話を聞きいていながら思わず声に出てしまった。

「麻里ちゃんなら楽勝だよぉ」
「楽勝って・・・」

    話しているのはいつも眠そうな松原のことだ。午前の小銃訓練で半寝で全弾当てたらしい。最後の方に至っては完全に的を見ていなかったそうだ。とても人間業とは思えない・・・。

「あっ、ところで」

    午前の宇垣の様子について聞いてみたが、答えは軽かった。

「大丈夫だよー、怒ってるわけじゃないから」
「いやでも・・・」
「直美は多分警戒しているんだと思うなぁ。今まで女同士でしか生活してこなかったのに、いきなり男が入り込んでしかもペアなんていったら」

    そう言ったのは石井だ。

「まあたしかになぁ・・・」
「そうそう」
「というか小畑。お前まだ全然飯食えてないじゃないか!」
「え、あ!もうこんな時間か」

    後5分ほどで昼休憩が終わろうとしていた。俺は残っていたものを急いでかき込み食堂を出た。

「?」

    食堂を出て突き当たりの壁に人だかりができている。

「なんであんなに集まってるんだ?」
「多分昨日の演習の結果が出たんだと思う」

    昨日あった演習といえば例の対空戦闘演習だろう。あのあと聞いたのだが、ああいった演習は月に最低一度はあるらしい。

「んーよく見えないなー」

    他の生徒を掻き分けながら進むと、壁には分隊ごとの結果がグラフで出されていた。

「確か俺のいたのは二一分隊だから」

    一七、一八と追っていくと二一があった。

「あった・・・ってええ!?」

    三号生航海科は、第二一、二二、二三分隊の三つに分かれている。この三つと他とを比べるとどうだろうか。一言で言えば「グランドキャニオン」である。
つまり、他の分隊との実力が天と地の差なのだ。

「おい東藤、なんで航海科だけこんなに低いんだ!?」
「え?」
「いいから、こっちへ来てみろ!」

    東藤と石井が人ごみをやっとのことで抜けてきたが、やはり二人とも愕然としていた。

「こんなことって・・・」
「な、何かの間違いなんじゃ・・・」
「ほほほほ!無様ですわね!」

    どこからか声がした。見るといかにも「お嬢様」みたいな生徒が立っている。

「さすがは兵学校一の落ちこぼれ組ですわね」
「ど、どういうことだ?というか、お前は誰だ?」
「あらあら、よく見れば、新しく入った男子学生の方でしたわね。なら、私のことをご存じないのは当然」

   彼女は口元にかざしていた扇子をパッと空中に放る。

「わたくしの名は円頓寺町子少尉。兵学校三号生であり、国内屈指の財閥「円頓寺重工」の後継であり、砲術科乙組の寮長ですわ」

    円頓寺町子。今回の訓練では上位の成績であった砲術科乙組の寮長だ。砲術科はこの学校で最も人気で最も倍率が高い科である。
    見た目からして思っていたが、やはりお嬢様だった。

「俺は小畑裕二。一応航海科。さっき落ちこぼれだと聞いたが、どいういうことか説明してもらおうか」
「おっほほほ!よくまあそのような態度がとれますわね。まぁ、所詮は落ちこぼれ、仕方ないようですわね」
「なにぃ!」
「もしかして、殿方はご存知ないのかしら?航海科は兵学校一の落ちこぼれ集団だと言われていることを」
「何を言って・・・」
「航海科というところはね、わたくし達のような規律の取れ成績優秀な者達とはかけ離れた学科ですのよ」
「何を言って・・・」
「あらあら、もうこんな時間ですわ。わたくしたち、次の授業の準備がありますので失礼いたしますわ」
「お、おい待て。逃げる気か!」

    追いかけようとすると、東藤袖を掴まれた。

「小畑君。私たちも行かなきゃ」
「え、あ、まっ待てよ・・・」

    東藤に無理矢理連れられ教室に戻ったが、その間、東藤も石井も話すことはなかった。



それからの午後は、俺たちだけでなく教室全体が沈んでいた。もちろん原因ははっきりしている。あの訓練結果だ。

「東藤、なんで止めた」
「だってその、ほら、もう授業始まるまでそう時間なかったし・・・」

寮に戻り聞いてみる。東藤は笑顔で答えたが、明らかに無理をしている。

「じゃあ、お前は悔しくないのかよ」
「それは・・・」
「うちは悔しい」

   答えたのは東藤ではなく石井だ。

「たしかにこの航海科は三号生最下位、それは事実だ。だが・・・」

   石井が口を詰まらせた。

「だが、あの連中に勝てると思うのか」
「あの連中って、あの円頓寺のことか?」
「うん」
「勝てるさ。今回はあんなんだったが、訓練を重ねればいずれあの円頓寺の奴らも・・・」
「勝てるはずない」

    そう言ったのは石井でも東藤でもない。宇垣だ。

「あいつらに勝てっこなんてないわよ」
「なんで分かるんだ?」
「小畑、あんたこの航海科がどんなところか聞いてるの?」
「どんなところって・・・航海術重点の科だと聞いてるけど・・・」
「表向きはね」
「表向き?」
「さっき、円頓寺に会ったんでしょ。あの人になんて言われたの?」
「たしか、落ちこぼれだ低レベルだとか、言いたい放題だったな」
「ええ、その通りよ」
「は?」

    あの宇垣が、こうもあっさり答えてしまった。

「いい?この兵学校で一番の優等はどこの科だと思う?」
「たしか砲術科だったよな」

    この時代、海軍の戦力の主力は戦艦である。つまり、戦艦の主兵装である大砲を扱う持ち場は、まさにエリートの職場だ。
    兵学校の、それも砲術科は特に成績上位者が集まりやすい。

「そう、一番の優等生は砲術科。その後に水雷科、通信科といったところね。なら航海科は?」
「おい、まさか」
「ええ、航海科は学校一の劣等科だって言われているのよ」

    それはおかしい。航海術は海を守る海軍にとって非常に重要なことのはず。それを専攻とする科が劣等とはどういうことか?
   
「航海術は、海に出るには必ず必要になるものだから航海科でなくても航海術の大部分は習得できてしまうの。だから航海科はあまり人気がなくて優秀な人たちはみんな他に行ってしまう。それで私たちみたいな成績の良くないような人がどんどん航海科に集まってきて、結果的に航海科自体が劣等科になってしまったのよ」

    黙って聞いていた東藤が口を開いた。その様子は、最初に問いただした時とは大きく違った。

「あんたもこれでわかったでしょ。私たちが砲術科なんていうエリートには勝てないのよ。私たちはそんな事気にせず、大人しくしていれば・・・」
「お前はそれでいいのか?」
「え?」

    宇垣は少し驚いていた。
    今までの話で納得するとでも思っていたのだろう。

「いつまででも底辺だって馬鹿にされつっけて、これからずっと過ごしていればいい、そういう事だよな」
「仕方ないじゃない。私たちには所詮砲術科に並ぶことなんて・・・」
「射撃訓練の時お前、ずっと考えてたんだろ、昨日のこと」
「・・・」

    どうやらドンピシャのようだ。

「そんなに考えていて、悔しくはないのか?」
「・・・悔しいわよ」

    さっきまでの自信満々に説明していた声には程遠い、小さく、掠れた声で答えた。
    泣きそうなのを堪えるように。

「・・・私だって・・・悔しい・・わよ・・・でも寮長・・やれ・・・なんで私には・・・突然言わ・・・れても」
「お、おい、泣くようなことはないだろう」

    言い過ぎてしまったかと思ったが、宇垣の本音がわかった。この学校ではクラスごとにリーダーとなる寮長を、戦績上位の者にやらせている。その他の生徒からすれば良いと思うかもしれないが、寮長は半強制的なもの。
    つまり、三号生航海科トップの宇垣には、それらの責任を全て負わされるのだ。
    自信があろうがなかろうが。

「私、なんか・・・に、は・・・」

    そこまでいうと、とうとう顔を覆ってその場にうずくまってしまった。沈黙に包まれ、時計の針が刻む一秒のリズムだけが能の奥底まで響く。

「ほら、お前も悔しいって思ってるんだろ?」
「・・・あんたに・・・何が、分かるのよ・・・」
「ああ、俺にはお前のきもちなんてわからない」
「・・・ふざけないで・・・」
「だが、ここにいる二人には分かるはずだ」

    それは紛れもなく東藤と石井だ。二人は俺の意を汲んでくたようだ。

「直美・・・ごめんなさい」

    東藤が宇垣に話しかけた。涙を浮かべる宇垣を見て、彼女も動揺しているように見える。

「本当は私が直美をサポートしてあげなきゃいけないのに。今までずっとほったらかしで。自分勝手で・・・」
「ウチも、なもできずに・・・」

    誰だって罵られるのは嫌なはず。だが、彼女達は今までその苦しさに耐えて、耐えて、耐え忍んできたのだ。しかし今ここで言ったことは、心奥深くに押し込んだ仮面などではない。紛れもなく彼女達本心の言葉だ。

「・・ウチはもう耐えられない。航海科行きが決まった時は嬉しかったけど、こんな扱いを受けるなんて」
「・・・やっぱり、どうしようもないのかな・・・」

    まずい、このままではどんどん重い空気になってしまう。

 「もう嫌だって思うなら、俺たちが砲術科を超えられる何かが必要なんじゃないか?」
「超えられる・・・」
「そんなの無理だよ」
「・・・この世に、不可能は、ない・・・」
「あ、麻里・・・」

    上の階から降りてきたのは枕を抱え、眠そうに目をこする松原だった。

「・・・私たちだって、同じ人間。努力、さえすれば、結果はついてくる・・・」
「麻里・・・」

    ねむねむの松原にしてはいいことを言う。

「でも、どうすれば・・・」
「昨日の演習じゃあダメなのか?」
「・・・どうして?」
「成績優秀者に学業で挑むのは難しい。でも、昨日のアレならできる気がするんだが・・・」
「それよ!」

    気が鎮底していたはずの東藤が、爆発的な反応を起こしたヤバイ薬品のように叫ぶ。

「それならきっとあの砲術科にも同等に・・・いえ、超えることだってできるはず!」
「智恵・・・」

    ガッツポーズをとる東藤に石井は困惑気味だったが、彼女もそれで行こうという気持ちになってくれた。
    後は・・・。

「直美。リーダーはあなただけど、私や響はいつもあなたを支えることができる。私たち、精一杯頑張るから直美も一緒についてきてくれない?」

    宇垣は泣きながらではあるが、ゆっくりと体を起こし、涙でくしゃくしゃの顔ではあるが。

「・・・ありがとう」

    と言った。東藤や石井が喜ぶ。それを見ていた俺も、なんだか嬉しくなってきてしまった。

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