自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件
第四話 空襲
んー、なんだ?うるさいなぁ。
    頭の中にサイレンのような音が鳴り響く。
「ちょっと小畑!早く起きなさい!」
    まだ寝ててもいいだろ。
    なんとなく医務室にいたのと同じ感覚でいたが、思い出してしまった。それが起床ラッパであることを。そしてここが寮の部屋であることを。
「わぁぁぁ!」
    慌てて飛び起きると、すでに準備を済ませた宇垣が部屋から出ようとしていたところだった。
「何やってるの!早くしなさい、置いてくわよ!」
    そう言い残すと駆け足で行ってしまった。
「ええと、まずは布団をたたんで」
    昨日教わったときは簡単そうだったのに、今やって見るとなぜかうまくいかない。
「落ち着け落ち着け、確かこうでここをこうして・・・よし、次は着替え」
「あーあ、やっぱり寝坊したんだー」
    いつのまにか副寮長の東堂がドアの前に立っていた。
「東藤!なんでお前が・・・って、うわぁ!」
    着替えようと、パンツ一丁になっていたところを見られてしまい、ひっくり返りそうになる。
「お、おい、そんなに見ないでくれ。男が着替えるのがそんなに面白いか?」
「あはは、ゴメンゴメン、後ろ向いてるから、早く着替えてよー」
    恐らく早着替えのコンテストで優勝できるんじゃないかってぐらいの猛スピードで着替えを済ませ、部屋を飛び出しダッシュ!
「あぁ、もうみんな並んでる」
    寮の前にある広場に、他の人たちがすでに整列していた。その向こうには伊達寮監の姿もある。
「四号寮30名、全員集合完了したことを報告します!」
「ご苦労様」
    寮監はただ一言、そう答えた。
「おはようございます寮監殿」
「おはようございます皆さん。今日も1日、事故の無きようよろしくお願いしますね」
「「はい!」」
    挨拶はそれだけでみんな寮へとぞろぞろ帰って行った。
    あれ?
    怒られるのかと思ったが、どうやら寮監は遅刻のことを見逃してくれたようだ・・・と思ったが。
「ああ、小畑様」
「は、はい」
「・・・次はありませんからね」
    満面の笑みで言われたが、その奥には強烈な殺意がにじみ出ている。
「聞いたぞ、寝坊して寮監に釘刺されたんだって?」
    教室での休み時間。石井が笑い混じりに話しかけてきた。
「いやー、それは、その」
「はっ、はっ、はっ。でも、次からは気をつけろよ。寮監怒るとメチャクチャ怖いんだから」
    朝のあの顔を見ればどうなるか大体想像がつく。
「宇垣は俺とペアなんだから起こしてくれよ」
「そうだぞ、小畑はまだこの生活に慣れてないんだから、ペアのお前が面倒を見たやらなくてどうする」
「はぁ?私は寮長よ。ペアに構って遅れたりしたらそれこそ寮監の餌食よ。だいたい、朝自分で起きられないなんて、本当だらしないんだから。そんな奴が私のペアなんて100年早いわよ!」
    そこまで言わなくても・・・。と思うが、に悪いのが俺の方なのは間違いない。
「まあまあ二人とも、今日のことはもう終わったことだし、また明日から・・・」
「ウゥーーー!」
    石井がフォローしようとしたが、その言葉は突然のサイレンの警音で遮られた。
『哨戒艇より報告!敵艦載攻撃部隊、接近中!総員対空戦闘用意!繰り返す、対空戦闘用意!』
    監視員の慌てふためいた声が、スピーカーを通じてはっきり伝わってきた。
「お、おい、一体なにが?」
「聞いた通りだ、敵の空襲だ!」
    まさか。いやありえない、今は1940年のはず。
「そんな・・・2年も早く開戦している・・・」
「ちょっと小畑!あんたもグズグズしてないで行くのよ!」
「寮長、指示を!」
「みんな聞いて!いい、死にたくなければ絶対持ち場を離れないで!」
    非常事態でもみんなをまとめ上げる。さすが兵学校の寮長なだけある。
「第二一、第二二分隊は寮長に、第二三分隊は私に続いてください」
「俺はどうすれば?」
「小畑君は直美と一緒に第一分隊について行って」
「早く、みんな急いで!」
    ともかく宇垣について行くしかない。 教室後ろに常備してある鉄兜を被り、俺たちは校庭へと急いだ。
    宇垣に引き連れられ、俺たち第一分隊は校庭の機銃座へ向かった。
その機銃は日本海軍ではおなじみの、九六式二十五粍機銃だった。
フランスのホチキス社で開発され、その後日本がライセンス権を買い国産化した。重量約1300キロ、最大射程8000メートル、毎分130発の発射速度を誇る。この時期の艦載機銃はこれといっていいほど、馴染みのあるものだった。
    俺も初めて見るのでもっとじっくり見たいところであるが、今は対空戦闘用意の命令がかかっている。
    とても、じっくりなんて見れない。
「小池は旋回手、足斑は仰角手をやりなさい。他の子達は給弾をお願い!」
「はっ!」
「俺はどうすれば?」
「あんたは後ろで弾配ってて!」
「お、おう」
    すぐさま準備にかかる。
    旋回手、仰角手がそれぞれ機銃の操作を行う。宇垣が自ら指揮をとり他は弾の給弾だ。まず銃身先端の防水用キャップを外し、動きに異常がないか確認する。
「弾薬届けに来ました!」
「そこに置いといて!あんたはそれみんなに配りなさい!」
「わかった・・・うぉ、重い」
    九六式機銃の弾倉は確か一つにつき15発入りだったはず。たったそれだけなのに、スーパーの米袋を持っている気分だ。
「おい小畑、大丈夫か?」
「なんのこれしき・・・って、石井か、なんでお前が」
「第二三分隊は弾薬の配給係だからね」
「だから俺たちと別行動なのか」
「石井、早く行きなさい、次があるんでしょ」
「おっと、長居は禁物だな。じゃ、死ぬなよ」
「えっ、ちょっと今なんて・・・」
聞き返す前に行ってしまった。宇垣が無線電話を手に取る。
「こちら二一号、総員配置完了しました」
『了解、指示を待て』
    配置完了し、校庭には不気味とも言える静けさに包まれる。
『ザーッ、こちら防空指揮所、敵射程圏内まであと五分』
    耳を凝らすとかすかに爆音が聞こえて来た。
「そろそろよ、みんな、必ず落とすわよ!」
「はい!」
    弾倉を握る手に力が入る。まさか俺が、本物の戦争に巻き込まれるとは。
「寮長!目標確認しました!」
「くるわよ、戦闘用ー意!」
    爆音が近づく。
    それがさらに恐怖心を煽る。
    まさか、俺は死ぬのか?
     いや、まだ死ぬには早い!
『ザーッ、敵編隊、速度240節、高度4000、対空戦闘、撃ち方始め!』
「対空戦闘、高角砲撃ち方始め!」
「撃ち方始め!」
「撃てー!」
「ボォン!」
    海に面した高角砲群が射撃を開始した。凄まじい炸裂音と爆風がここまで伝わって来る。
「撃ち方始め!」
「ドンッ!ドンッ!ドンッ・・・」
    機銃も射撃を開始した。高角砲よりはショボイが、軽快な連射音。
    しかし、俺たちはまだ撃たない。
「まだ撃たないで、もっと引きつけるわ!」
    敵がはっきりと見えてきた。
    手に届きそうな距離。
「よし、目標正面!撃ち方始め!」
「撃てぇー!」
「バンッ!バンッ!バンッ・・・」
    宇垣が指揮棒を向けた目標へ、ついに機銃が火を吹いた。
「当たれ!・・・あれ?」
    その時、俺は気づいた。
    どこへ撃っているのか全くわからないのだ。
    どういうことかといえば、普通機銃には、通常弾に加え、弾道がわかるよう、光を出す曳光弾を混ぜるのが一般的だ。しかし、この機銃の弾には、明らかに曳光弾が入っていない。つまり、弾がどこへ行っているのか分からないのだ。
「おい宇垣、この弾倉、曳光弾が・・・」
「寮長!弾詰まりです、右機銃射撃不能!」
「はぁ?嘘でしょ!なんでこんな時に!」
「す、すみません寮長!すぐに修理を・・・」
「そんな暇はない!左機銃だけで戦闘を続けるわよ!」
    まさかのアクシデント。この機銃の場合、銃身が二本の連装なので、片方が使えなくてももう片方で戦闘は継続できる。だがそれは、攻撃力が半減するということだ。
「攻撃再開するわよ!目標・・・」
「寮長!上から来ます!」
    ブーンという不気味な音を立てながら、敵機が急降下して来た。
「まずい、直上!」
    すぐに真上へ向けて撃ち上げるが、当たる様子はない。機影が一気に近くなる。
「危ない!伏せろー!」
    手に届くのではないかという距離にまで近づいてきた。
    ああ・・・ここまでか。
    俺は覚悟した。
    これもまた、「運命」なのか、と・・・。
「・・・あれ?」
「射撃再開!射撃再開!」
    やられたのでは?
    と、思ったが、俺や宇垣を含め、何事もなかったかのように戦闘を再開している。敵の攻撃が外れたのか?いや、爆発もなかったし、通過しただけとしか思えない。
「ちょっと小畑!何ボケっとしてるのよ!早く配りなさい!」
「あ、ああ・・・」
    しかし、なんだか違和感を感じる。さっきから散々敵機は行ったり来たりしているが、爆弾の一つも落とさない。なんだかあざ笑っているかのように、悠々と空を飛んでいるのだ。
「よう小畑、弾持ってきたぞ」
「よかった、石井も無事だったか」
「まあな、だか気を抜くなよ。気を抜いた時が一番危ないから」
「ああ、石井も気をつけてな!」
    これだけの砲弾、銃弾が飛び交う中、走り去る石井の姿を見て、俺は自分が情けなく思えた。男が女に隠れて一番後ろで一番体力を使わないであろう弾倉配りなんて。普通は俺が前で戦わなければならないんじゃ。
    それに俺は自衛官を目指す男だ。自衛官ていうのは、国防の先頭に立ってこそのもの。
    だったら・・・。
「装填急いで・・・って、小畑!なんであんたが装填してるのよ、持ち場に戻りなさい!」
「女の後ろにいるわけにはいかないだろ!少しは前で戦わせろ!」
    再び敵機が接近しつつある。
「あーもう!右10度、高角40度に備え!」
「右10度!」
「高角40度!」
「撃てー!」
    突っ込んでくる敵機に対して射撃開始。頼む、当たってくれ!
    俺は祈りながら接近する敵機を見る。
    だが、落ちる様子はない。やっぱり、ダメか・・・。
    その時、相手の進路が変わった。攻撃コースから外れる。
「やった、やったぞ!」
「まだよ、次が来る」
   対戦を立て直し、弾を再装填する。
「次の目標・・・」
『ザーッ、こちら防空指揮所、敵機離脱を開始、戦闘中止せよ、繰返す、戦闘中止せよ』
「えっ」
    突然の戦闘中止命令に、俺は困惑した。たしかに敵機は去って行くが、やはりこちらに攻撃は一切行っていない。逆にこちらも相手を一機も落としている様子はない。
「本当に終わったのか?」
「ええ、終了よ」
    俺は脱力し、思わずその場に座り込む。これは俺だけでなく、他の生徒たちも同じ様子だ。
    時計を見ると、戦闘開始から1時間もたっていない。しかし、俺には1日中戦っていたような気もする。
『あー、あー、みんな聞こえるか?校長の紀田だ、まず、みんなよくやってくれた』
    校内放送で話し始めたのは、この学校の校長、紀田清美少将。
『第ニ回対空戦闘演習は無事終了した、結果は後日伝える』
「対空戦闘・・・演習?」
    俺は全てを悟った。
    今までのは全て・・・。
「お、おい、宇垣。これって、演習、だったのか?」
「そうだけど。えっ、まさか本当の戦闘だと思ってたの?」
「・・・」
今思えば、今までの疑問が全て馬鹿馬鹿しかったことに気づく。
    1発も爆弾が落ちてこなかったのは、落ちないのが当然だし。弾に曳光弾が入ってなかったのも、そもそも空砲だったから。戦闘の中、石井がやけに落ち着いてたことまで。
「ふふ・・ふぁははは!」
「え・・・」
    さっきまでクソ真面目だった宇垣が突然笑い出したものだから、俺だけでなくそこにいた他の生徒も驚いた。
「ははははは!」
「おい・・・そんなに笑わなくても」
「あんた、おかしいと思わなかったわけ?」
「いや、全然」
「ふふ・・・でも、よく逃げなかったわね。そこは褒めてあげる」
「え?」
「新入りの子って、初めてのこういう演習でよく逃げ出すのよ。私も最初はそうだった」
「今とは全然違うな」
「まあね、でも、あんたは逃げなかった。しかも装填手を代わるなんて思ってもなかった」
「俺も必死だったんだよ」
「ところでなんであんな勘違いしたのよ?」
「東藤や石井に死にたくなければ、とか、死ぬなよ、とか言われて・・・ああ!」
「どうやら、あの子達に一杯食わされたようね」
「まんまと騙された・・・」
「さあみんな、休んでないで、さっさと点検と掃除終わらせて引き上げるわよ」
「はーい」
    他の機銃や高角砲も、整備と掃除に入り始めた。
「宇垣、俺も点検手伝えばいいか?」
「何言ってんの、あなたは薬莢捨てて来るのよ」
「え!?」
    下には数え切れないほどの空薬莢が落ちている。
「あのー寮長、もしかして、俺一人でこれ全部を・・・」
「当たり前じゃない。だって命令無視して、装填手に勝手になったんだから」
「そんなぁ」
    次の日、朝から晩まで筋肉痛になったのは言うまでもない。
    頭の中にサイレンのような音が鳴り響く。
「ちょっと小畑!早く起きなさい!」
    まだ寝ててもいいだろ。
    なんとなく医務室にいたのと同じ感覚でいたが、思い出してしまった。それが起床ラッパであることを。そしてここが寮の部屋であることを。
「わぁぁぁ!」
    慌てて飛び起きると、すでに準備を済ませた宇垣が部屋から出ようとしていたところだった。
「何やってるの!早くしなさい、置いてくわよ!」
    そう言い残すと駆け足で行ってしまった。
「ええと、まずは布団をたたんで」
    昨日教わったときは簡単そうだったのに、今やって見るとなぜかうまくいかない。
「落ち着け落ち着け、確かこうでここをこうして・・・よし、次は着替え」
「あーあ、やっぱり寝坊したんだー」
    いつのまにか副寮長の東堂がドアの前に立っていた。
「東藤!なんでお前が・・・って、うわぁ!」
    着替えようと、パンツ一丁になっていたところを見られてしまい、ひっくり返りそうになる。
「お、おい、そんなに見ないでくれ。男が着替えるのがそんなに面白いか?」
「あはは、ゴメンゴメン、後ろ向いてるから、早く着替えてよー」
    恐らく早着替えのコンテストで優勝できるんじゃないかってぐらいの猛スピードで着替えを済ませ、部屋を飛び出しダッシュ!
「あぁ、もうみんな並んでる」
    寮の前にある広場に、他の人たちがすでに整列していた。その向こうには伊達寮監の姿もある。
「四号寮30名、全員集合完了したことを報告します!」
「ご苦労様」
    寮監はただ一言、そう答えた。
「おはようございます寮監殿」
「おはようございます皆さん。今日も1日、事故の無きようよろしくお願いしますね」
「「はい!」」
    挨拶はそれだけでみんな寮へとぞろぞろ帰って行った。
    あれ?
    怒られるのかと思ったが、どうやら寮監は遅刻のことを見逃してくれたようだ・・・と思ったが。
「ああ、小畑様」
「は、はい」
「・・・次はありませんからね」
    満面の笑みで言われたが、その奥には強烈な殺意がにじみ出ている。
「聞いたぞ、寝坊して寮監に釘刺されたんだって?」
    教室での休み時間。石井が笑い混じりに話しかけてきた。
「いやー、それは、その」
「はっ、はっ、はっ。でも、次からは気をつけろよ。寮監怒るとメチャクチャ怖いんだから」
    朝のあの顔を見ればどうなるか大体想像がつく。
「宇垣は俺とペアなんだから起こしてくれよ」
「そうだぞ、小畑はまだこの生活に慣れてないんだから、ペアのお前が面倒を見たやらなくてどうする」
「はぁ?私は寮長よ。ペアに構って遅れたりしたらそれこそ寮監の餌食よ。だいたい、朝自分で起きられないなんて、本当だらしないんだから。そんな奴が私のペアなんて100年早いわよ!」
    そこまで言わなくても・・・。と思うが、に悪いのが俺の方なのは間違いない。
「まあまあ二人とも、今日のことはもう終わったことだし、また明日から・・・」
「ウゥーーー!」
    石井がフォローしようとしたが、その言葉は突然のサイレンの警音で遮られた。
『哨戒艇より報告!敵艦載攻撃部隊、接近中!総員対空戦闘用意!繰り返す、対空戦闘用意!』
    監視員の慌てふためいた声が、スピーカーを通じてはっきり伝わってきた。
「お、おい、一体なにが?」
「聞いた通りだ、敵の空襲だ!」
    まさか。いやありえない、今は1940年のはず。
「そんな・・・2年も早く開戦している・・・」
「ちょっと小畑!あんたもグズグズしてないで行くのよ!」
「寮長、指示を!」
「みんな聞いて!いい、死にたくなければ絶対持ち場を離れないで!」
    非常事態でもみんなをまとめ上げる。さすが兵学校の寮長なだけある。
「第二一、第二二分隊は寮長に、第二三分隊は私に続いてください」
「俺はどうすれば?」
「小畑君は直美と一緒に第一分隊について行って」
「早く、みんな急いで!」
    ともかく宇垣について行くしかない。 教室後ろに常備してある鉄兜を被り、俺たちは校庭へと急いだ。
    宇垣に引き連れられ、俺たち第一分隊は校庭の機銃座へ向かった。
その機銃は日本海軍ではおなじみの、九六式二十五粍機銃だった。
フランスのホチキス社で開発され、その後日本がライセンス権を買い国産化した。重量約1300キロ、最大射程8000メートル、毎分130発の発射速度を誇る。この時期の艦載機銃はこれといっていいほど、馴染みのあるものだった。
    俺も初めて見るのでもっとじっくり見たいところであるが、今は対空戦闘用意の命令がかかっている。
    とても、じっくりなんて見れない。
「小池は旋回手、足斑は仰角手をやりなさい。他の子達は給弾をお願い!」
「はっ!」
「俺はどうすれば?」
「あんたは後ろで弾配ってて!」
「お、おう」
    すぐさま準備にかかる。
    旋回手、仰角手がそれぞれ機銃の操作を行う。宇垣が自ら指揮をとり他は弾の給弾だ。まず銃身先端の防水用キャップを外し、動きに異常がないか確認する。
「弾薬届けに来ました!」
「そこに置いといて!あんたはそれみんなに配りなさい!」
「わかった・・・うぉ、重い」
    九六式機銃の弾倉は確か一つにつき15発入りだったはず。たったそれだけなのに、スーパーの米袋を持っている気分だ。
「おい小畑、大丈夫か?」
「なんのこれしき・・・って、石井か、なんでお前が」
「第二三分隊は弾薬の配給係だからね」
「だから俺たちと別行動なのか」
「石井、早く行きなさい、次があるんでしょ」
「おっと、長居は禁物だな。じゃ、死ぬなよ」
「えっ、ちょっと今なんて・・・」
聞き返す前に行ってしまった。宇垣が無線電話を手に取る。
「こちら二一号、総員配置完了しました」
『了解、指示を待て』
    配置完了し、校庭には不気味とも言える静けさに包まれる。
『ザーッ、こちら防空指揮所、敵射程圏内まであと五分』
    耳を凝らすとかすかに爆音が聞こえて来た。
「そろそろよ、みんな、必ず落とすわよ!」
「はい!」
    弾倉を握る手に力が入る。まさか俺が、本物の戦争に巻き込まれるとは。
「寮長!目標確認しました!」
「くるわよ、戦闘用ー意!」
    爆音が近づく。
    それがさらに恐怖心を煽る。
    まさか、俺は死ぬのか?
     いや、まだ死ぬには早い!
『ザーッ、敵編隊、速度240節、高度4000、対空戦闘、撃ち方始め!』
「対空戦闘、高角砲撃ち方始め!」
「撃ち方始め!」
「撃てー!」
「ボォン!」
    海に面した高角砲群が射撃を開始した。凄まじい炸裂音と爆風がここまで伝わって来る。
「撃ち方始め!」
「ドンッ!ドンッ!ドンッ・・・」
    機銃も射撃を開始した。高角砲よりはショボイが、軽快な連射音。
    しかし、俺たちはまだ撃たない。
「まだ撃たないで、もっと引きつけるわ!」
    敵がはっきりと見えてきた。
    手に届きそうな距離。
「よし、目標正面!撃ち方始め!」
「撃てぇー!」
「バンッ!バンッ!バンッ・・・」
    宇垣が指揮棒を向けた目標へ、ついに機銃が火を吹いた。
「当たれ!・・・あれ?」
    その時、俺は気づいた。
    どこへ撃っているのか全くわからないのだ。
    どういうことかといえば、普通機銃には、通常弾に加え、弾道がわかるよう、光を出す曳光弾を混ぜるのが一般的だ。しかし、この機銃の弾には、明らかに曳光弾が入っていない。つまり、弾がどこへ行っているのか分からないのだ。
「おい宇垣、この弾倉、曳光弾が・・・」
「寮長!弾詰まりです、右機銃射撃不能!」
「はぁ?嘘でしょ!なんでこんな時に!」
「す、すみません寮長!すぐに修理を・・・」
「そんな暇はない!左機銃だけで戦闘を続けるわよ!」
    まさかのアクシデント。この機銃の場合、銃身が二本の連装なので、片方が使えなくてももう片方で戦闘は継続できる。だがそれは、攻撃力が半減するということだ。
「攻撃再開するわよ!目標・・・」
「寮長!上から来ます!」
    ブーンという不気味な音を立てながら、敵機が急降下して来た。
「まずい、直上!」
    すぐに真上へ向けて撃ち上げるが、当たる様子はない。機影が一気に近くなる。
「危ない!伏せろー!」
    手に届くのではないかという距離にまで近づいてきた。
    ああ・・・ここまでか。
    俺は覚悟した。
    これもまた、「運命」なのか、と・・・。
「・・・あれ?」
「射撃再開!射撃再開!」
    やられたのでは?
    と、思ったが、俺や宇垣を含め、何事もなかったかのように戦闘を再開している。敵の攻撃が外れたのか?いや、爆発もなかったし、通過しただけとしか思えない。
「ちょっと小畑!何ボケっとしてるのよ!早く配りなさい!」
「あ、ああ・・・」
    しかし、なんだか違和感を感じる。さっきから散々敵機は行ったり来たりしているが、爆弾の一つも落とさない。なんだかあざ笑っているかのように、悠々と空を飛んでいるのだ。
「よう小畑、弾持ってきたぞ」
「よかった、石井も無事だったか」
「まあな、だか気を抜くなよ。気を抜いた時が一番危ないから」
「ああ、石井も気をつけてな!」
    これだけの砲弾、銃弾が飛び交う中、走り去る石井の姿を見て、俺は自分が情けなく思えた。男が女に隠れて一番後ろで一番体力を使わないであろう弾倉配りなんて。普通は俺が前で戦わなければならないんじゃ。
    それに俺は自衛官を目指す男だ。自衛官ていうのは、国防の先頭に立ってこそのもの。
    だったら・・・。
「装填急いで・・・って、小畑!なんであんたが装填してるのよ、持ち場に戻りなさい!」
「女の後ろにいるわけにはいかないだろ!少しは前で戦わせろ!」
    再び敵機が接近しつつある。
「あーもう!右10度、高角40度に備え!」
「右10度!」
「高角40度!」
「撃てー!」
    突っ込んでくる敵機に対して射撃開始。頼む、当たってくれ!
    俺は祈りながら接近する敵機を見る。
    だが、落ちる様子はない。やっぱり、ダメか・・・。
    その時、相手の進路が変わった。攻撃コースから外れる。
「やった、やったぞ!」
「まだよ、次が来る」
   対戦を立て直し、弾を再装填する。
「次の目標・・・」
『ザーッ、こちら防空指揮所、敵機離脱を開始、戦闘中止せよ、繰返す、戦闘中止せよ』
「えっ」
    突然の戦闘中止命令に、俺は困惑した。たしかに敵機は去って行くが、やはりこちらに攻撃は一切行っていない。逆にこちらも相手を一機も落としている様子はない。
「本当に終わったのか?」
「ええ、終了よ」
    俺は脱力し、思わずその場に座り込む。これは俺だけでなく、他の生徒たちも同じ様子だ。
    時計を見ると、戦闘開始から1時間もたっていない。しかし、俺には1日中戦っていたような気もする。
『あー、あー、みんな聞こえるか?校長の紀田だ、まず、みんなよくやってくれた』
    校内放送で話し始めたのは、この学校の校長、紀田清美少将。
『第ニ回対空戦闘演習は無事終了した、結果は後日伝える』
「対空戦闘・・・演習?」
    俺は全てを悟った。
    今までのは全て・・・。
「お、おい、宇垣。これって、演習、だったのか?」
「そうだけど。えっ、まさか本当の戦闘だと思ってたの?」
「・・・」
今思えば、今までの疑問が全て馬鹿馬鹿しかったことに気づく。
    1発も爆弾が落ちてこなかったのは、落ちないのが当然だし。弾に曳光弾が入ってなかったのも、そもそも空砲だったから。戦闘の中、石井がやけに落ち着いてたことまで。
「ふふ・・ふぁははは!」
「え・・・」
    さっきまでクソ真面目だった宇垣が突然笑い出したものだから、俺だけでなくそこにいた他の生徒も驚いた。
「ははははは!」
「おい・・・そんなに笑わなくても」
「あんた、おかしいと思わなかったわけ?」
「いや、全然」
「ふふ・・・でも、よく逃げなかったわね。そこは褒めてあげる」
「え?」
「新入りの子って、初めてのこういう演習でよく逃げ出すのよ。私も最初はそうだった」
「今とは全然違うな」
「まあね、でも、あんたは逃げなかった。しかも装填手を代わるなんて思ってもなかった」
「俺も必死だったんだよ」
「ところでなんであんな勘違いしたのよ?」
「東藤や石井に死にたくなければ、とか、死ぬなよ、とか言われて・・・ああ!」
「どうやら、あの子達に一杯食わされたようね」
「まんまと騙された・・・」
「さあみんな、休んでないで、さっさと点検と掃除終わらせて引き上げるわよ」
「はーい」
    他の機銃や高角砲も、整備と掃除に入り始めた。
「宇垣、俺も点検手伝えばいいか?」
「何言ってんの、あなたは薬莢捨てて来るのよ」
「え!?」
    下には数え切れないほどの空薬莢が落ちている。
「あのー寮長、もしかして、俺一人でこれ全部を・・・」
「当たり前じゃない。だって命令無視して、装填手に勝手になったんだから」
「そんなぁ」
    次の日、朝から晩まで筋肉痛になったのは言うまでもない。
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