自衛官志望だったミリオタ高校生が、異世界の兵学校で首席を目指して見た件

高雄摩耶

第二話 海軍兵学校

 その夜、もちろんと言っていいのか、ちっとも眠れない。いろんなことが起こりまくってて、俺自身混乱している。
    話を整理しよう。
    信じられないが、ここは2015年、平成27年の日本ではなく、75年前すなわち、1940年の日本だそうだ。
    今、さらっと言ってしまったが、正気を失いそうだ。さっき見た新聞や、外の景色からしても、冗談ではないだろう。
    ということはタイムスリップというやつか?
    いや、戸川さんの話を聞く限り、単に時代を遡ったということではないようだ。
    まず、国の名前が違う。
    この時代なら本来、大日本帝国となるはずだが、ここは大日本皇国となっている。また、今いる場所は海軍兵学校ならぬ海軍女子兵学校という所のようで、自分が知る旧帝国海軍の海軍兵学校と似ている。
    ということは女性軍人がいるのだろうか?

「はぁ…。これからどうなるんだろう、俺…」

 考えれば考えるほど、眠ることはできなかった。




 次の日、つまり1940年4月15日の早朝

「おはよう、昨日は眠れましたか?」
「はい…いいえ、なかなか眠れませんでした」

    朝起きたら元の時代…なんてことを少し期待してたが、やはりそのままだ。外は薄暗く、雨が窓を叩く。
    動けない俺は、戸川教官の補佐という女性が看病してもらっていた。

「どう、思い出した?」
「は、はぁ」

    とても75年後から来たなんて言えない。まあ、言ったとしても信じてはもらえまい。

「自分の家の住所とか、ご両親の名前とか思い出せない?」
「は、はい」
「困ったわねぇ。これじゃあ家の方に知らせることもできないし」
「あの、自分は大丈夫ですから」
「でもそんなわけには・・・」

    コンコン。
    ドアをノックする音がした。

「あら、お客さんみたいね。どなたー?」
「はっ!航海科、宇垣直美少尉であります!」
「…同じく、松原麻里少尉であります…」
「入っていいわよー」
「はっ!失礼いたします!」

    ドアを開けて学生らしき女子が二人入って来る。とてもキリッとした声だと眠気が残る声。

「二人とも、ここは医務室ですよ。もう少し声を抑えて」
「あ、そっか、すみません。ところで、その人は…」
「ええ、あなたたちが見つけてくれた小畑君よ」
「じゃあ君達が俺を」
「びっくりしたわよー。あんたが物置で倒れてたんだから」

    そう答えたのは、宇垣と名乗った方の女学生だ。濃い紺色のボタン無し制服。詰襟に着いた金の錨。下がスカートであることを除けば、それは旧海軍兵学校の制服に似ていた。

「俺は小畑裕二。助けてくれてありがとう」

 俺が自分の名を名乗ると、彼女は背を正し見事な敬礼をした。

「海軍兵学校三号生、航海科寮長の宇垣直美よ。私なんて何もしてないわよ、ただ見つけただけ」
「でも見つけてくれなかったら俺どうなってたことか…本当にありがとう」
「ま、まあ、気持ちだけはもらっておくわ、それに麻里も、って麻里!あなたは寝ちゃダメなんだから!」
「やっぱり…ベッドは…最高…」
「こらぁ!」
「だから、ここでは騒がない」
「あ、すいません…」

    補佐の人に怒られ冷静を取り戻したようだ。

「この子は松原麻里。私と同じ航海科の三号生で、見ての通りいつも寝てる。おかげで成績はダメダメ。この子も一緒にあなたを助けたのよ」
「そうなのか、ありがとう松原さん」
「んぁ…」

     あれは・・・返事なんだよな。

「もう、だからねちゃダメだって」
「はいはい二人とも、小畑君は怪我人なんだから、そろそろ帰りなさい」
「はーい、さあ行くわよ」
「えぇ…今日はここで寝る」
「そんなこと言わないの」

    引きずり出すように松原さんを出すと、宇垣さんだけ戻ってきた。

「身体、しっかり治しなさいよ、無理して何かあったら、教官に申し訳が立たないし」
「うん、そうするよ。二人ともありがとう」
「怪我人には言われたくないわよ。でもまあ、ありがとう」

    そのまま逃げるようにして出て行ってしまった。俺、何か余計なことでも行ったかなぁ?
    女の子の事はよく分からない。




「はい、水持ってきたぞ」
「あっ、ありがとうございます」

    戸川教官から水をもらいながら、俺は聞いてみた。

「ここって、本当に女の人しかいないんですか?女性の軍人ってあまりイメージがわかないんですけど…」
「本当にわからないのか?女が軍人なんて当たり前じゃないか」
「は、はぁ」

    やはりこの世界では女性が軍人なのだろう。

「君はどうやら相当重症らしい」
「そう、みたいですね」
「まあこればかりは私にも打つ手がない。あ、そうそう。あなたに会いたいって人がいるんだけど」
「僕に?」
「もうそろそろ来るはずだが」

    そんなことを話していると扉を開けて女性が入ってきた。旧海軍の第一種軍服。襟元には星二つの少将の階級章。

「失礼するよ」
「あ、教頭、もう来ましたか」
「うん、なるべく早いほうがいいだろう」

「教頭」と名乗ったその女性は、慣れたように戸川教官と話していた。

「ところで、その子が?」
「ええ、物置に落ちて来たっていう小畑君よ」

    その女性は興味深そうに俺を見つめてきた。

「はじめまして、私はこの学校の教頭 町谷里美少将だ、よろしく」
「ど、どうも」

    軽々しく返事をしてしまったが、少将ということは相手は将校だ。まさか処罰を食らったりはしないだろうか?

「少しいいか戸川教官、話がある」
「はっ、ただ今」

    罰はなかったが、町谷教頭は、戸川教官を連れて外へ出て行ってしまった。俺には聞かれてまずい話のようだ。




「昨晩、海軍省から連絡があった。直ちにその少年の身柄を引き渡せとのことだ」

    戸川はは驚いた。彼の見た目はただの学生のはず。そんな子をわざわざ海軍省が引き渡せと言ってくるなど、予想もしていなかった。

「考えてもみろ。住所、学校、家族のことも、何も分からないのだろう?怪しまれるに決まっている」
「彼は記憶喪失の可能性が…」
「もし他国のスパイだったらどうする?」
「それは…」

    言葉に詰まる。確かに教頭の言っていることもありえる。

「もし、引き渡したら…」
「まず間違いなく特高行きになるだろうな」

    特高、すなわち特別高等警察の尋問は、想像を絶する悲惨さだと聞く。引き渡せば、彼もその運命を辿るのだ。

「なんとか止められませんか?」
「命令に逆らえというのか。それとも、他に考えが?」
「…」

    正直、何も考えなどない。
    しかし、小畑君をひどい目に合わせたくはなかった。

「教頭、私に考えがあります」
「と、東藤!」

    驚いて振り返ると、一人の生徒がそこにいた。
    盗み聞きをしていたのは、東藤智恵子少尉。航海科の三号生。

「東藤、貴様聴いていたのか?」
「申し訳ございません町谷教頭。小畑君のことは、宇垣少尉から聞きました。私も、海軍省に引き渡すのは反対です」
「なぜだ」
「根拠はありません。ただ、彼はスパイなどではありません」
「随分と自信があるようだな。では、彼をどうるのだ?まさか、野放しにする気ではないだろうな」
「いえ、もっといい考えです」

    彼女は少し間をおいてこう言った。

「この学校に入れてしまうのです」
「「!?」」

    東藤がさらっと言ったそれは、二人も予想していなかった答えだった。

「貴様、正気か?スパイ容疑がかけられてる男だぞ。そんな奴を我が校に入れろと?」
「東藤、それはさすがに…」

    二人とも当然反対した。
    しかし。

「この方法ならば、彼を引き渡さずに済み、なおかつ我々で常時監視できる。非常に合理的ではありませんか?」
「まあ、理屈は通っている。しかし、上の連中が許すと思うか?なにせこの兵学校創設以来、生徒は全て女子であるという伝統がある。それを許すと?」
「はい」

    あっさりと答えた彼女の眼差しは鋭い。

「でも東藤。小畑君を助けたい気持ちは同じだけど、編入となると他の子たちにも聞かなければ」
「わかってくれるはずです。むしろ編入生なんて、私たちからしたら歓迎です」
「そ、そうか・・・」
「貴様の言いたいことはわかった。私も連絡はしておくが、期待はするな」
「心配いりません。必ず承諾してくれますよ」

    なぜかわからないが、その言葉は自信に満ちていた。それに対し、教頭は面倒なことになったといった表情を浮かべている。

「戸川教官、彼に面会してもよろしいでしょうか?」
「いいが、怪我人だから騒ぐなよ」
「はい、ありがとうございます」

    そう答えると、彼女は医務室へと歩いて行った。




    俺に聞かせられない話とはどんなことだろうか?まず間違いなく俺自身のことだろう。いきなり未来から出現した未来の人間。
    だとしたら俺はどうなる?
   まさか逮捕されたり…。

「失礼します」
「ん?」

    見ると女子生徒が一人入ってきた。
    背が高く、黒髪のロングヘアがよく似合っている。昨日の宇垣って人の知り合いだろうか?

「具合はどう、小畑君」
「え、ああ、普通かな」

 いきなり名前で呼ばれたので少し驚いたが、彼女はかまわずつずけた。

「私は東藤智恵子。航海科の副寮長だよ」
「副寮長?なんで、俺の名前を?」
「直美ちゃんに聞いたのよ。落ちてきたのが君だってね」
「あぁそうなんだ。それで、何か用かな?」
「実は海軍省のお偉いさんが、あなたがスパイじゃないかって疑っていてね、引き渡せって言ってきてるの」

    そんな感じじゃないかって思っていたが、まさか本当だとは。

「逮捕、されるんですか…」
「いえ、それはないよ」

    それを聞いて少しホッとした。
    逮捕されて特高にでも連れていかれたら生きて帰って来られるか分からない。

「でも、スパイ容疑がかけられちゃってるみたいなんだよね」
「え!?」
「だから、その代わりと言ってはなんだけど…」
「代わりに…って!」

   彼女は一気に歩み寄る。息がかかるんじないかっていうぐらい近くに。

「ち、近い…」
「あなたには、私たちと一緒にこの学校にいてほしいの」
「え、えぇ!?」

    これまたいきなりのことだ。

「スパイの疑いがある以上、解放するわけにもいかない。だからって引き渡せば何されるか分からないし、ここにいれば安全よ」
「それって、軟禁するってことじゃ・・・?」
「ご家族のこと何も分からないんでしょ?ここなら三食食べれて寝床付き。悪くはない話だと思うけど」

    確かに、このまま外に放り出されても、俺には行くあてなんてない。ましてや特高なんてゴメンだ。

「でも、ここ女子校だったような。それは大丈夫なのか」
「まだ許可は出てないけど心配ないわ。必ず許しが出るから」
「その自信はどこから…」

    ここは提案に乗ったほうがいいのか?でも本当に許されるのか?

「で、どうなの?」
「ま、まあ、逮捕されるよりはいい、かな…」
「でしょー!じゃあそういうことでよろしく」
「はぁ…」

    まだ聞きたい事はあったが、そのまま意気揚々と出て行ってしまった。なんだか成り行きでOKしてしまったが、よかったのだろうか?
    やっぱり、女の子の事はよく分からない。




    その夜。

「ば、馬鹿な…」

    町谷教頭の元に届いた海軍省からの電文には短くこう書かれていた。

『編入ヲ許可ス』

    しばらく、何が起こったのか理解出来なかった。
    なぜだ。
    海軍は伝統を守るのが常道じゃないのか・・・。

「まさか!」

    彼女は思い出した。
    今の海軍軍令部次長。すなわち海軍作戦指導部ナンバー2の人物の名を。
    東藤多恵子中将。
    そう、東藤智恵子は中将の実の娘なのだ。

「やられた…」

    彼女は脱力した様子でしばらく動けなかった。

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