《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
27-2.怪物城
アルテミスの隠れ家――。
そこはエルフたちの住処からは、すこし外れた場所にあった。
獣道を抜けると、立ちはだかる山の前に出た。
「ここまで来れば、もう大丈夫よ。中に入るわよ」
「ええ」
山の壁面。土砂崩れのように、一部だけ土が削ぎ落ちて、山肌が露出していた。そこには、クマの巣穴のような大きな穴が開いている。それが入口だった。
中はあきらかに人工的に造られたと思われる通路がつづいている。
石ではないし、鉄鋼樹脂製でもない。何か特殊な鉱石が使われているのだろう。
ここはただの山ではないのだ。
エルフたちの持つ古代技術品。怪物城と呼ばれる城のなかであった。
正確には怪物城と呼ばれる城の表面に、草木が生い茂って、まるで山のような風体となっているのであった。
「ここなら連中も、ビビって近づいて来ないはず」
この怪物城は、ときおり獣のような雄叫びをあげる。豚の鳴き声を、野太くしたような声音である。
空気がどこかの空洞を通り抜けることによって発せられる音なのだが、それがソマ帝国の連中をビビらせているのである。
通路を抜けると、大きな部屋に出る。
大きな器のある部屋だった。
聖火台と呼ばれているものだ。
もちろん火は灯っておらず、今はただその骸があるのみだ。
聖火台からはまるで触手のように幾本ものパイプが伸びている。そのパイプは血管のように、この怪物城の全身に張り巡らされている。
「この城、昔は動いていたのよね?」
と、カザハナは、アルテミスに尋ねた。
カザハナが生まれるよりも、もっと古い時代――この怪物城は自立するように動いていたらしい。
チョット信じられないことだが、アルテミスがウソを吐いているとも思えなかった。
「大昔のことです。原初の魔術師と呼ばれた者が、ここに火の消えぬ器を作ってくれました」
「それがこの聖火台ね」
原初の魔術師は、世界に5つの聖火台を造り上げた。
有名な話なので、カザハナも知っている。
ここにある聖火台は、そのうちの1つだ。
「当時のエルフはドワーフとの技術協力のもとに、動く城を造り上げたのです。それが、この怪物城です」
聖火台に火が灯っていた100年のあいだ、怪物城は動きつづけていたと言う。それが今や草木に覆われて死んだように眠っている。
「動いてる姿、見てみたいわね」
と、カザハナは聖火台を見つめてそう呟いた。
この怪物城が動いていた時代に生きていたエルフは、もういない。当時のことを知っているのは、アルテミスぐらいだ。
「火を灯せば、また動くかもしれません」
「火ね……」
そうなるとやはり、念頭に浮かぶのは、「魔神アラストル」の存在である。
「森に残されているエルフたちも、この怪物城に匿うというのは、どうでしょうか?」
それはダメ――とカザハナは頭を振った。
「いっきにエルフたちが来ちゃったら、さすがにこの場所がバレちゃうから。すこしずつ連れて来ないと」
すでに30人のエルフたちを、この怪物城にかくまっている。ケガで足を失っている者や、妊婦や赤子といった者たちを優先的にかくまったのだ。
ここにいる者たちの避難だけでも、かなり苦労があった。
子供のエルフが、アルテミスの足にしがみついていた。アルテミスはそれを抱き上げた。
「森の方に残されたエルフたちの安否が気になります」
「それはわかるけどね。この場所に匿ってることがバレたら、みんな殺されちゃうに決まってるから。それにアルテミスさまだって、隠れる場所がなくなるでしょ」
「すべて私のせいなのですね。ホントウに私は足手まといにしかなりませんね」
と、アルテミスは抱きあげていた子をおろした。
「責任を感じる必要はないわ。アルテミスさまのおかげで、エルフたちは今までやって来られたのよ」
神の能力は、信徒の思いの強さと、その数に比例する。
信徒の数が多ければ、それだけ強力なチカラを発揮できる。逆に、信徒が減れば、その能力は極端に下がる。
(アルテミスはさま今、かなり弱ってしまってるわ……)
神であるから、ふつうの人間にはない能力を持っているはずなのだが、今のアルテミスは、もはや人と戦っても勝てるかどうか怪しいほどだ。
《光神教》は空の上に住む天界の神々である。それにたいしてアルテミスは、森をつかさどる神だった。
はるか昔より、森に恵みを与えて、エルフに繁栄をもたらしてくれた。森に跋扈するクロイからエルフたちを守護してくれたり、食べ物を実らせてくれたりもした。
そんなアルテミスが、こんなにもやつれてしまったのもすべて《光神教》がエルフたちを、拷問にかけて改宗させたり、棄教させたりしたせいだ。
今ではエルフのなかでも、アルテミスを知らない者までいるほどだ。そして何より、もうアルテミスに期待をしていない者も多いのだ。
(おいたわしい)
と、カザハナは涙ぐんだ。
それと同時に、《光神教》とそれを国教として強制しているソマ帝国に、激しい憎悪をおぼえた。
(出来ることならば……)
《聖白騎士団》の属している者の首を、すべてひねりあげたいところだ。いや。それだけでは足りない。
やられたことを、ソックリそのままやり返す。決して殺さず、拷問にかけてやりたいと思うほどだ。
それが過激な思想であることは理解しているが、そのソマ帝国にたいする憎悪こそが、自分を成り立たせるものだとカザハナは思っていた。
復讐のためならば、たとえ魔神にだって魂を売り渡せるつもりだ。
「いけませんよ。復讐は何も生まないのですからね」
まるでカザハナの心境を見透かしたように、アルテミスはそう宥めた。
「ッたく。勝手に人の心を読まないでちょうだい」
心を見透かされて、カザハナは気恥ずかしくなった。
ふふ、とアルテミスはあどけない少女のように首をかしげて笑った。
「仮に私が殺されてしまったときは、残されたエルフたちを、あなたが導いてあげてくださいね。カザハナ」
「バカなこと言わないでちょうだいよ。私はあなたの護衛役なのよ。殺させやしないわ」
「もう何年になるのでしたか」
「35年よ」
オルフェスに住むエルフの寿命は100年だが、15歳あたりから外見の成長が止まる。カザハナはもう50歳になるが姿は、少女のままである。
15歳のときにアルテミスの護衛役に抜擢された。
それ以来、カザハナはアルテミスと姉妹のように付き合っている。
アルテミスは崇めるべき神さまなのだが、妹のように感じてしまうのだった。
「長い付き合いですね」
「本気で思ってるの?」
「ええ。冗談で言ってると思ったのですか?」
「だって神様からしてみれば、35年なんてアッという間でしょ。あんたたち神は歳を取らないんだから、私が生まれる前から生きてるんでしょ。それこそこの怪物城が動いていた時代から」
「たしかに私にとっては短い期間ですが、とても感慨深いものです」
「……そう」
長い時間を生きている神にとって、自分の存在はチッポケなものだ。
そう思うとカザハナは、すこし寂しくなる。
アルテミスの長く生きた経験のうちの、ひとつに過ぎないのだから。
「この怪物城が動いていた時代は……」
「なんです?」
「うぅん。なんでもないわ」
当時はアルテミスはもっと強大な神さまだったのだろうと思って、当時のことを尋ねようとしたのだ。が、思いとどまった。
全盛期の過去を思い出させるのは辛いかもしれないと思ったのだ。
「目は、大丈夫ですか?」
と、アルテミスがカザハナに歩み寄ってきて、頬に手をふれてきた。
「いつの話をしてるのよ。この目を失ったのはもう10年以上も前の話よ」
カザハナは左目がない。
エルフとソマ帝国で小競り合いは昔からあった。ソマ帝国との争いのなかで、左目を失うことになった。
「平和に暮らしたいものですね」
アルテミスの痛切な声に、カザハナは返す言葉を思いつかなかった。この神に、平穏をあたえることが出来ない自分が不甲斐なかった。
「待ってて。森を抜けるルートを探ってくるから」
「はい。お気を付けて」
アルテミスの笑顔は、どこか寂しげだった。
(必ずや……)
魔神アラストルに助けを求めて見せる。カザハナはそう決意した。
そこはエルフたちの住処からは、すこし外れた場所にあった。
獣道を抜けると、立ちはだかる山の前に出た。
「ここまで来れば、もう大丈夫よ。中に入るわよ」
「ええ」
山の壁面。土砂崩れのように、一部だけ土が削ぎ落ちて、山肌が露出していた。そこには、クマの巣穴のような大きな穴が開いている。それが入口だった。
中はあきらかに人工的に造られたと思われる通路がつづいている。
石ではないし、鉄鋼樹脂製でもない。何か特殊な鉱石が使われているのだろう。
ここはただの山ではないのだ。
エルフたちの持つ古代技術品。怪物城と呼ばれる城のなかであった。
正確には怪物城と呼ばれる城の表面に、草木が生い茂って、まるで山のような風体となっているのであった。
「ここなら連中も、ビビって近づいて来ないはず」
この怪物城は、ときおり獣のような雄叫びをあげる。豚の鳴き声を、野太くしたような声音である。
空気がどこかの空洞を通り抜けることによって発せられる音なのだが、それがソマ帝国の連中をビビらせているのである。
通路を抜けると、大きな部屋に出る。
大きな器のある部屋だった。
聖火台と呼ばれているものだ。
もちろん火は灯っておらず、今はただその骸があるのみだ。
聖火台からはまるで触手のように幾本ものパイプが伸びている。そのパイプは血管のように、この怪物城の全身に張り巡らされている。
「この城、昔は動いていたのよね?」
と、カザハナは、アルテミスに尋ねた。
カザハナが生まれるよりも、もっと古い時代――この怪物城は自立するように動いていたらしい。
チョット信じられないことだが、アルテミスがウソを吐いているとも思えなかった。
「大昔のことです。原初の魔術師と呼ばれた者が、ここに火の消えぬ器を作ってくれました」
「それがこの聖火台ね」
原初の魔術師は、世界に5つの聖火台を造り上げた。
有名な話なので、カザハナも知っている。
ここにある聖火台は、そのうちの1つだ。
「当時のエルフはドワーフとの技術協力のもとに、動く城を造り上げたのです。それが、この怪物城です」
聖火台に火が灯っていた100年のあいだ、怪物城は動きつづけていたと言う。それが今や草木に覆われて死んだように眠っている。
「動いてる姿、見てみたいわね」
と、カザハナは聖火台を見つめてそう呟いた。
この怪物城が動いていた時代に生きていたエルフは、もういない。当時のことを知っているのは、アルテミスぐらいだ。
「火を灯せば、また動くかもしれません」
「火ね……」
そうなるとやはり、念頭に浮かぶのは、「魔神アラストル」の存在である。
「森に残されているエルフたちも、この怪物城に匿うというのは、どうでしょうか?」
それはダメ――とカザハナは頭を振った。
「いっきにエルフたちが来ちゃったら、さすがにこの場所がバレちゃうから。すこしずつ連れて来ないと」
すでに30人のエルフたちを、この怪物城にかくまっている。ケガで足を失っている者や、妊婦や赤子といった者たちを優先的にかくまったのだ。
ここにいる者たちの避難だけでも、かなり苦労があった。
子供のエルフが、アルテミスの足にしがみついていた。アルテミスはそれを抱き上げた。
「森の方に残されたエルフたちの安否が気になります」
「それはわかるけどね。この場所に匿ってることがバレたら、みんな殺されちゃうに決まってるから。それにアルテミスさまだって、隠れる場所がなくなるでしょ」
「すべて私のせいなのですね。ホントウに私は足手まといにしかなりませんね」
と、アルテミスは抱きあげていた子をおろした。
「責任を感じる必要はないわ。アルテミスさまのおかげで、エルフたちは今までやって来られたのよ」
神の能力は、信徒の思いの強さと、その数に比例する。
信徒の数が多ければ、それだけ強力なチカラを発揮できる。逆に、信徒が減れば、その能力は極端に下がる。
(アルテミスはさま今、かなり弱ってしまってるわ……)
神であるから、ふつうの人間にはない能力を持っているはずなのだが、今のアルテミスは、もはや人と戦っても勝てるかどうか怪しいほどだ。
《光神教》は空の上に住む天界の神々である。それにたいしてアルテミスは、森をつかさどる神だった。
はるか昔より、森に恵みを与えて、エルフに繁栄をもたらしてくれた。森に跋扈するクロイからエルフたちを守護してくれたり、食べ物を実らせてくれたりもした。
そんなアルテミスが、こんなにもやつれてしまったのもすべて《光神教》がエルフたちを、拷問にかけて改宗させたり、棄教させたりしたせいだ。
今ではエルフのなかでも、アルテミスを知らない者までいるほどだ。そして何より、もうアルテミスに期待をしていない者も多いのだ。
(おいたわしい)
と、カザハナは涙ぐんだ。
それと同時に、《光神教》とそれを国教として強制しているソマ帝国に、激しい憎悪をおぼえた。
(出来ることならば……)
《聖白騎士団》の属している者の首を、すべてひねりあげたいところだ。いや。それだけでは足りない。
やられたことを、ソックリそのままやり返す。決して殺さず、拷問にかけてやりたいと思うほどだ。
それが過激な思想であることは理解しているが、そのソマ帝国にたいする憎悪こそが、自分を成り立たせるものだとカザハナは思っていた。
復讐のためならば、たとえ魔神にだって魂を売り渡せるつもりだ。
「いけませんよ。復讐は何も生まないのですからね」
まるでカザハナの心境を見透かしたように、アルテミスはそう宥めた。
「ッたく。勝手に人の心を読まないでちょうだい」
心を見透かされて、カザハナは気恥ずかしくなった。
ふふ、とアルテミスはあどけない少女のように首をかしげて笑った。
「仮に私が殺されてしまったときは、残されたエルフたちを、あなたが導いてあげてくださいね。カザハナ」
「バカなこと言わないでちょうだいよ。私はあなたの護衛役なのよ。殺させやしないわ」
「もう何年になるのでしたか」
「35年よ」
オルフェスに住むエルフの寿命は100年だが、15歳あたりから外見の成長が止まる。カザハナはもう50歳になるが姿は、少女のままである。
15歳のときにアルテミスの護衛役に抜擢された。
それ以来、カザハナはアルテミスと姉妹のように付き合っている。
アルテミスは崇めるべき神さまなのだが、妹のように感じてしまうのだった。
「長い付き合いですね」
「本気で思ってるの?」
「ええ。冗談で言ってると思ったのですか?」
「だって神様からしてみれば、35年なんてアッという間でしょ。あんたたち神は歳を取らないんだから、私が生まれる前から生きてるんでしょ。それこそこの怪物城が動いていた時代から」
「たしかに私にとっては短い期間ですが、とても感慨深いものです」
「……そう」
長い時間を生きている神にとって、自分の存在はチッポケなものだ。
そう思うとカザハナは、すこし寂しくなる。
アルテミスの長く生きた経験のうちの、ひとつに過ぎないのだから。
「この怪物城が動いていた時代は……」
「なんです?」
「うぅん。なんでもないわ」
当時はアルテミスはもっと強大な神さまだったのだろうと思って、当時のことを尋ねようとしたのだ。が、思いとどまった。
全盛期の過去を思い出させるのは辛いかもしれないと思ったのだ。
「目は、大丈夫ですか?」
と、アルテミスがカザハナに歩み寄ってきて、頬に手をふれてきた。
「いつの話をしてるのよ。この目を失ったのはもう10年以上も前の話よ」
カザハナは左目がない。
エルフとソマ帝国で小競り合いは昔からあった。ソマ帝国との争いのなかで、左目を失うことになった。
「平和に暮らしたいものですね」
アルテミスの痛切な声に、カザハナは返す言葉を思いつかなかった。この神に、平穏をあたえることが出来ない自分が不甲斐なかった。
「待ってて。森を抜けるルートを探ってくるから」
「はい。お気を付けて」
アルテミスの笑顔は、どこか寂しげだった。
(必ずや……)
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