《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
26-1.クロイ戦
「ひっ」
と、エイブラハングが悲鳴をあげた。
森の中である。
都市シェークスから貸し馬屋の馬車で運んでもらって、アルテミスの森にやって来ていた。
森に入るさいに貸馬を返して、自分の足で歩くことになった。
森のなかは、鬱蒼と木々が茂っている。都市や街道にくらべると、さらに暗闇の濃度が増す。湿気のせいか粘り気が強くなり、ドロドロとした闇の感触があった。
「凛とした女戦士かと思いきや、色っぽい声も出せるではないか」
と、暗闇を怖がるエイブラハングを、メデュが揶揄していた。
私は暗闇が怖いのです――と、言い訳してからエイブラハングは、オレにぴったりとくっついてきた。
「魔神さま。やはりその甲冑を脱いではくださいませんか? 魔神さまの明かりが見えないと、どうにも不安で」
「いや。これを脱いだらオレは目立つんだよ。オレはここにいます――って、世界に公言してるようなもんだからな。ただでさえこの森はすでに、ソマ帝国の植民地になってるらしいし、脱ぐわけにはいかないよ」
「それはわかっているのですが……」
ディーネを助けるさいに王都に潜入したのは、記憶にあたらしい。あのときも、王都へ行くのに苦労したものだ。
その点この甲冑は、明かりを隠せるうえに、自分の足で動くことが出来る。便利なものを造ってくれたものだ。
「よくそれでS級の黒狩人なんて、やっておれたな。暗闇症候群とは、それほど怖いものかえ?」
オレたちは獣道とでも言うべき小径をすすんでいた。
左右の草木が、闇に誘う手のひらのように揺れていた。この獣道を抜ければ、アルテミスの森の深部に入れるということだった。
道を知っているメデュを連れてきて正解である。メデュがいなければ、こんな森のなかの道なんて、右も左もわからなかったところだ。
「私は、小さいころから神の子などと呼ばれたりして、類まれなる運動神経を持っていました」
「たしかにオヌシの運動神経は、人間のそれではない。もしや先祖をたどれば、どこかで神の血が入り込んでるのやもしれんな。ワラワのように」
エイブラハングとメデュのヤリトリに耳を傾けながら、なるほどなぁ、とオレはひとりで感心していた。
メデュは半神だが、仮にメデュが人とのあいだに子供を生んでゆけば、いずれは人と人の子ということになる。
エイブラハングの先祖をたどってゆけば、もしかするとホントウにどこぞの神様の血が入り込んでいるかもしれないわけだ。
この世界では、そういうこともあるわけだ。
「それはわかりません。私の両親はソマ帝国が故郷を攻撃したさいに、亡くなっているので」
「それは悪いことを尋ねた」
いえ、とエイブラハングは言葉をつづけた。
「私はとにかく、クロイ相手に遅れを取ったことがなかったのです。失敗したことがなかった」
「なるほど、なるほど。挫けたことがない人間は、一度の失敗で、ダメになってしまうという話は聞くが」
「私はその典型なのだと思います。今ではクロイがいるかもしれないと思うだけで、肝が冷えます」
ソマ帝国の連中の目にとまらないよう、今は火もつかっていない。《輝光石》の明かりだけが辛うじて、足元を照らしている。
「そんなに怖いのなら、ムリをして付いてくることはなかったのに。誰だって得手不得手というものはあるじゃろう。ちなみにワラワは鳥が嫌いじゃ」
「鳥――ですか?」
「小さいころに、気が立った鳥に突きまわされたことがあってな。鳥と《光神教》が死ぬほど嫌いじゃ」
「しかし私は、奮起したい。魔神さまは私のことを、勇猛果敢な戦士と言ってくださった。その期待に、私は応えたい」
べつにクロイへの恐怖を克服しろと言ったつもりはない。それ以外の点でも、エイブラハングは勇猛果敢な戦士だと思ったから、そう言ったまでだ。
でもまぁ、ここまで付いて来てくれているんだから、今さらその誤解を解こうとは思わなかった。
「ひぇ」
と、エイブラハングがまた悲鳴をあげていた。
どうやら木陰から蛋白虫が、2、3匹飛びだしてきただけのようだ。メデュがその蛋白虫をつかみとって、かぶりついていた。
普段から凛としてるエイブラハングが、ひとたび暗闇に入ると、こんなにも乙女になる。それはそれで萌えポイントというか、魅力的なところだろうから、克服するのがモッタイナイような気もする。
そう言えば、たしかレイアもクロイのことを苦手としていた記憶がある。が、エイブラハングほどではない。
「む?」
と、メデュがつかみとった蛋白虫を食べつくして、足を止めた。
「どうしましたか? もしかして私を驚かそうとしていますか?」
「いや。何かが動いておる」
メデュの言葉を受けて、オレも周囲に目をめぐらせた。
草木にせいで見通しが悪い。
この草木のなかに、何か潜んでいるのは間違いないことだった。風とは違う揺れ方を、木々がしていた。
「クロイか?」
と、オレは警戒した。
「わからぬが、ここで襲われたら厄介じゃな。もう少しでアルテミスの森の深部に入れるというのに」
「ここは足場も悪い」
「もう少し行けば、湖に出るから、視界が開けるはずじゃ」
「わかった。オレがふたりを運ぼう。いっきに湖まで突っ走る。振りきることが出来れば良いが」
メデュの小柄なカラダを左手に、エイブラハングのカラダを右手に担ぎ上げた。
疾駆。
蒸気機関を利用しているだけあって、人間よりも速く走ることが出来る。とはいえ、あまり疾走しすぎても、2人へ負担がかかる。適度に速度をおさえて獣道を走り抜けた。
視界が、開けた。
まだ森のなかであるはずだが、そのあたりには1本の木々も生えていなかった。湖になっているのだ。
森のなかにいれば、木々が傘となって、多少は雨をしのぐことが出来た。こうして開けた場所に出ると、雨粒がオレのカラダにも落ちてきた。
オレって錆びたりしないのかな。チョット不安だ。暗闇のなかに広がる水面にも、雨粒が落ちて波紋を生み出していた。
「ここまで来れば……」
大丈夫だろう――と、言おうとした瞬間、背後から殺気を感じた。オレは2人を抱えたまま跳びはねた。
何か巨大なものが突っ込んできた。
クロイだ。
尋常な大きさではなかった。おそらく災厄級。
クロイは湖に突っ込んで、水柱と言うべきほどの、大きなしぶきをあげていた。その水しぶきが、オレのもとまで飛散してきた。
「これまた、巨大なクロイが釣れたもんじゃのぉ」
と、メデュがノンキな口調でそう言った。
と、エイブラハングが悲鳴をあげた。
森の中である。
都市シェークスから貸し馬屋の馬車で運んでもらって、アルテミスの森にやって来ていた。
森に入るさいに貸馬を返して、自分の足で歩くことになった。
森のなかは、鬱蒼と木々が茂っている。都市や街道にくらべると、さらに暗闇の濃度が増す。湿気のせいか粘り気が強くなり、ドロドロとした闇の感触があった。
「凛とした女戦士かと思いきや、色っぽい声も出せるではないか」
と、暗闇を怖がるエイブラハングを、メデュが揶揄していた。
私は暗闇が怖いのです――と、言い訳してからエイブラハングは、オレにぴったりとくっついてきた。
「魔神さま。やはりその甲冑を脱いではくださいませんか? 魔神さまの明かりが見えないと、どうにも不安で」
「いや。これを脱いだらオレは目立つんだよ。オレはここにいます――って、世界に公言してるようなもんだからな。ただでさえこの森はすでに、ソマ帝国の植民地になってるらしいし、脱ぐわけにはいかないよ」
「それはわかっているのですが……」
ディーネを助けるさいに王都に潜入したのは、記憶にあたらしい。あのときも、王都へ行くのに苦労したものだ。
その点この甲冑は、明かりを隠せるうえに、自分の足で動くことが出来る。便利なものを造ってくれたものだ。
「よくそれでS級の黒狩人なんて、やっておれたな。暗闇症候群とは、それほど怖いものかえ?」
オレたちは獣道とでも言うべき小径をすすんでいた。
左右の草木が、闇に誘う手のひらのように揺れていた。この獣道を抜ければ、アルテミスの森の深部に入れるということだった。
道を知っているメデュを連れてきて正解である。メデュがいなければ、こんな森のなかの道なんて、右も左もわからなかったところだ。
「私は、小さいころから神の子などと呼ばれたりして、類まれなる運動神経を持っていました」
「たしかにオヌシの運動神経は、人間のそれではない。もしや先祖をたどれば、どこかで神の血が入り込んでるのやもしれんな。ワラワのように」
エイブラハングとメデュのヤリトリに耳を傾けながら、なるほどなぁ、とオレはひとりで感心していた。
メデュは半神だが、仮にメデュが人とのあいだに子供を生んでゆけば、いずれは人と人の子ということになる。
エイブラハングの先祖をたどってゆけば、もしかするとホントウにどこぞの神様の血が入り込んでいるかもしれないわけだ。
この世界では、そういうこともあるわけだ。
「それはわかりません。私の両親はソマ帝国が故郷を攻撃したさいに、亡くなっているので」
「それは悪いことを尋ねた」
いえ、とエイブラハングは言葉をつづけた。
「私はとにかく、クロイ相手に遅れを取ったことがなかったのです。失敗したことがなかった」
「なるほど、なるほど。挫けたことがない人間は、一度の失敗で、ダメになってしまうという話は聞くが」
「私はその典型なのだと思います。今ではクロイがいるかもしれないと思うだけで、肝が冷えます」
ソマ帝国の連中の目にとまらないよう、今は火もつかっていない。《輝光石》の明かりだけが辛うじて、足元を照らしている。
「そんなに怖いのなら、ムリをして付いてくることはなかったのに。誰だって得手不得手というものはあるじゃろう。ちなみにワラワは鳥が嫌いじゃ」
「鳥――ですか?」
「小さいころに、気が立った鳥に突きまわされたことがあってな。鳥と《光神教》が死ぬほど嫌いじゃ」
「しかし私は、奮起したい。魔神さまは私のことを、勇猛果敢な戦士と言ってくださった。その期待に、私は応えたい」
べつにクロイへの恐怖を克服しろと言ったつもりはない。それ以外の点でも、エイブラハングは勇猛果敢な戦士だと思ったから、そう言ったまでだ。
でもまぁ、ここまで付いて来てくれているんだから、今さらその誤解を解こうとは思わなかった。
「ひぇ」
と、エイブラハングがまた悲鳴をあげていた。
どうやら木陰から蛋白虫が、2、3匹飛びだしてきただけのようだ。メデュがその蛋白虫をつかみとって、かぶりついていた。
普段から凛としてるエイブラハングが、ひとたび暗闇に入ると、こんなにも乙女になる。それはそれで萌えポイントというか、魅力的なところだろうから、克服するのがモッタイナイような気もする。
そう言えば、たしかレイアもクロイのことを苦手としていた記憶がある。が、エイブラハングほどではない。
「む?」
と、メデュがつかみとった蛋白虫を食べつくして、足を止めた。
「どうしましたか? もしかして私を驚かそうとしていますか?」
「いや。何かが動いておる」
メデュの言葉を受けて、オレも周囲に目をめぐらせた。
草木にせいで見通しが悪い。
この草木のなかに、何か潜んでいるのは間違いないことだった。風とは違う揺れ方を、木々がしていた。
「クロイか?」
と、オレは警戒した。
「わからぬが、ここで襲われたら厄介じゃな。もう少しでアルテミスの森の深部に入れるというのに」
「ここは足場も悪い」
「もう少し行けば、湖に出るから、視界が開けるはずじゃ」
「わかった。オレがふたりを運ぼう。いっきに湖まで突っ走る。振りきることが出来れば良いが」
メデュの小柄なカラダを左手に、エイブラハングのカラダを右手に担ぎ上げた。
疾駆。
蒸気機関を利用しているだけあって、人間よりも速く走ることが出来る。とはいえ、あまり疾走しすぎても、2人へ負担がかかる。適度に速度をおさえて獣道を走り抜けた。
視界が、開けた。
まだ森のなかであるはずだが、そのあたりには1本の木々も生えていなかった。湖になっているのだ。
森のなかにいれば、木々が傘となって、多少は雨をしのぐことが出来た。こうして開けた場所に出ると、雨粒がオレのカラダにも落ちてきた。
オレって錆びたりしないのかな。チョット不安だ。暗闇のなかに広がる水面にも、雨粒が落ちて波紋を生み出していた。
「ここまで来れば……」
大丈夫だろう――と、言おうとした瞬間、背後から殺気を感じた。オレは2人を抱えたまま跳びはねた。
何か巨大なものが突っ込んできた。
クロイだ。
尋常な大きさではなかった。おそらく災厄級。
クロイは湖に突っ込んで、水柱と言うべきほどの、大きなしぶきをあげていた。その水しぶきが、オレのもとまで飛散してきた。
「これまた、巨大なクロイが釣れたもんじゃのぉ」
と、メデュがノンキな口調でそう言った。
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