《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

19-1.……その懊悩の理由

「魔神さま。私のことは良いので、気炎万丈のチカラをお使いください。そうすればきっと魔神さまは助かります」
 プロメテがそう言った。


 チロ子爵によって突き落とされた穴底である。


 底にはオレたちが運ばれてきたキャリッジが横転している。プロメテはその上に乗って、オレのことを抱えるカッコウだった。


 横転したキャリッジは、すでに水の底である。 水かさはすでに、プロメテの腹を浸している。


 雨に容赦はない。まるでこの世界からオレたちを消し去ってしまおうとしているかのようだ。


「バカ言うな。この狭い空間で気炎万丈のチカラを使えば、プロメテは丸焦げになってしまう」


「ですが、このままだと魔神さまは鎮火してしまうのですよ」


「ならば、それも運命だ」 


 決して消えぬ火だと聞いていたが、さすがにこの水のなかに沈められてまで、存在していられる自信はなかった。


「ダメなのですよ。魔神さまがいなくなったら、大勢の人が困ってしまうのです。私のことは見捨てて気炎万丈を」


「プロメテがいなくなっても困る人は多いだろう」


「私なんて、いなくなっても誰も困りはしないのですよ。魔神さまに比べれば、私なんて……。魔神さまを召喚した。それで私の大役は終わったのです」


「聖火台に火を灯すんじゃなかったのか」


「それはべつに私じゃなくても出来ることなのです。魔神さまさえいてくれれば」


「また召喚すれば良い」


「え?」


「オレが鎮火してしまっても、また魔神を新しく召喚すれば良い。プロメテは召喚の魔法は使えるんだろ」


「また上手くいくとも限らないのです。この出会いはたった一度の奇跡かもしれないのです」


「だったらなおさら、プロメテを燃やすようなマネは出来ない」


「ですが――」


 オレが気炎万丈のチカラを使えば、この程度の水など蒸発させることが出来るかもしれない。しかしそれは間違いなくプロメテの死を意味する。


 逆に。
「プロメテのほうこそ、オレを捨てて逃げろ」


「え?」


「オレを抱いたままでは、カンテラの重みで沈む。でもプロメテだけなら、浮くことが出来るだろ」


 このまま水かさが上がってゆけば、いずれは地上に到達する。プロメテが浮くことが出来れば助かるはずだ。


「私だけ助かっても、意味はないのですよ」


「プロメテさえ助かってくれればそれで良い。それが君の神として召喚された、オレの望みだ」


 信徒を踏み台にして生き残るような神が、どこにいるのか。
 オレは彼女の神であり続けようと決めたのだ。彼女の犠牲の上に立つつもりはない。


「これは醜悪な私への罰なのですよ」
 プロメテは何かを諦めたようにそう吐き落とした。


「醜悪? 罰?」


「今朝、ディーネさんに言われたことを覚えていますか? タリスマンを作れないか――と」


「ああ。でもプロメテは、魔法を使いたくないと言っていた」


「ホントウはもっと別の動機があったのです」


「べつの動機?」


「タリスマンを作れば、魔神さまのおチカラを、タリスマンにつなげることが出来るのです」


「それで?」


「タリスマンから直接、火を発生させることが出来る――ということです。修道士たちが自在に火を使えるようになるのです」


「便利になって良いことなんじゃないか」


 どうしてそのことで、プロメテが悩む必要があるのか。なぜプロメテはタリスマンを作ることを躊躇ったのか。そして、こんな時になにを打ち明けるつもりなのか。


 よくわからない。


「今の私は魔神さまの威を借っているのですよ。魔神さまの火を分け与えるという役目を担っているから、大司教としての価値があるのです。ですがタリスマンから火を出せるようになったら、私の価値はなくなってしまうのです」


 プロメテは涙声になって、言葉をつづけた。


「私はみんなから大司教さまと呼ばれて、その立場が心地よかったのです。自分では何もできないくせに、魔神さまの火を分け与えて、それでまるで自分の手柄のように偉そうにして」


 私は――と、プロメテの声は沈鬱にさらにつづいた。


「自分が厭になるほど、醜悪なのですよ。なんの能力もないくせに、みんなから大切にされたい。みんなから好かれていたかったのです」


「タリスマンを作ったら、ないがしろにされると思ったか」


「火をタリスマンから発生させることが出来れば、私の価値なんて必要なくなるのですよ」


「それでタリスマンを作ることを、躊躇っていたわけか」


「……申し訳ないのです」


 プロメテの頬を水滴がつたっていた。それが雨粒なのか、水滴なのかは判然としなかった。


 ただ、プロメテの白銀の瞳をうつくしい、とオレはそう感じ入った。
 白銀の髪と白銀の目。魔術師である証拠。プロメテの目には、静謐な光がやどされている。


 みんなから好かれたい。
 そのプロメテの気持ちは、たぶん人一倍強いのだろう。


 ずっと迫害されてきた。誰かから認めてもらいたいがためにガンバってきた。プロメテのカラダに刻まれた古傷がその証だ。


 それは決して、醜悪なんかではない。
 むしろ、プロメテの魅力だ――とオレはそう思う。


「プロメテは大切なことを忘れている」


「なんでしょう?」


「オレを召喚したのは、君だということだ。オレのチカラは、君のチカラだということだ。オレの威を借ると言ったが、オレの神威こそプロメテ自身のチカラだろう」


「魔神さま……」


「それにこれは、罰なんかじゃない。プロメテに罰を与えられるのは、君の神であるオレだけだと、以前に言ったはずだ。他の神なんかが、君に罰を与えられるものか」


「お優しいのです。魔神さまは」


「魔神だ、魔神だと言われているが、こう見えても、オレはもともと人間だった。異世界の人間だ。なにをどう間違って、オレが魔神アラストルになったのかは、わからないけどね」


 俗に言う異世界転生という現象なのだろう。


「魔神さまが、人間?」


「オレは弱い人間だ。プロメテがいるからこそ、魔神として存在していられるんだ。強いのはむしろ、プロメテのほうだ」


 こんなオレが、神として顕現していられるのは、間違いなくプロメテのおかげだと思う。オレのことを神として信じてくれているからこそ、神でいられるのだ。


 オレは言葉をつづけた。


「オレだけ生き残っても意味はない。あのとき――ドワーフの里で、3大神のエクスカエルと戦ったときもそうだ。神の能力ステータスは信者の思いとその数で決まる。そう聞いた。ならプロメテがいなかったら、オレの炎はきっともっと弱々しい」


 静寂。
 自分を見捨てて、オレさえ生き残れば良い。そのプロメテの寂しい考え方を払拭してやりたかった。


 しかし話をしている時間も、残りかぎられている。


 水かさが上がってきている。
 すでにプロメテの胸のあたりにさしかかっている。


「魔神さま?」
 と、プロメテは静かにそう言った。


「ん?」


「気持ちが決まったのです」


「そうか。ならオレはここに置いておけ。プロメテだけでも助かってくれれば……」


 しかしオレのその言葉を無視するように、プロメテはオレのことを抱え上げた。両手を天に突き上げるようにして、オレのことを突きあげた。


「な、なにを?」


「今まで私は、魔神さまに何度も助けられてきました。助けらればっかりで、私は1度も、魔神さまのチカラになってあげられたことなんて、ないのですよ。だからせめて、1度だけでも魔神さまの役に立ちたいのです」


 水が――。
 すでにプロメテの胸のあたりまで迫っていた。オレが浸水しないようにプロメテはオレを、持ち上げたのだ。


「よせ、このままだと……」


 プロメテが沈む。


「これが私の気持ちなのです。最期まで私は魔神さまの信徒としてありたいのですよ。魔神さまが私の神さまで、私は幸せなのです」


「プロメテ……」


「けれどまだ、諦めてはいないのです」


 ついに水がプロメテの首あたりにまで迫っていた。水の流れ込む勢いが強くなっているような気がする。プロメテはオレのことを抱え上げたまま、足をバタつかせて浮いているようだった。


 辛うじてプロメテは浮くことが出来ているようだ。が、穴はずいぶんと深い。この高さを、オレを抱えて泳ぎ続けるのはムリだ。


 瞬間。


「御無事ですか!」
 声が落ちてきた。

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