《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
16-2.避難するドワーフ
街道。
左右は森になっていた。
「なんか大名行列みたいだな」
「大名行列?」
「いや。なんでもない」
ドワーフの避難民たちをシェークスまで誘導していた。
先頭を歩いているのはプロメテとエイブラハングだ。
オレは明るいので、その道標になるのだった。
振りかえれば、街道を進むドワーフたちがいる。荷物を背負っている者たちもいる。逃げるさいに持ち出してきたのだろう。
その光景が、大名行列みたいだなと思ったのだが、こっちの世界の人にはその意味が通じなかったようだ。
「エイブラハングさんも、お疲れさまなのです。申し訳ないのですよ」
エイブラハング。世界で3人しかいないと言われる。S級の黒狩人だ。黒い髪に黒い目をしているから、どことなく親近感が湧く。ネコのような形の目をしており、見ようによっては男に見えなくもない。
ここに来るまでプロメテの護衛を買って出てくれていた。そして今は、プロメテとオレが雨で濡れないように傘をさしてくれている。
「いえ。大司教さま。私は、魔神さまのお傍にいられるのなら、なんでも良いのです」
「だ、大司教だなんて。プロメテで良いのですよ」
「そういうわけには、まいりません。これは伯爵さまがお決めになられたことですから」
「う、うむぅ」
と、プロメテは困ったような声をあげていた。
眉が「八」の字になっている。
いままで蔑まれこそすれ、「さま」とつけて呼ばれるなんて経験はないのだろう。
プロメテが困る表情に、愛らしさをおぼえた。
「私はあの災厄級に襲われて以来、暗闇が怖くなってしまいました。闇のなかから、クロイが飛び出してくるような気がしてなりません」
「お気持ちはわかります」
「こうして魔神さまのお傍にいられるあいだは、平静を保つことが出来ます。ですから、むしろお礼を言うのは私のほうです。お傍に置いてくださり、ありがとうございます」
「魔神さまは、偉大なのです」
オレのことをホめられると、まるで保護者のようにプロメテも喜ぶのだった。
そして、この薄幸な娘は嬉しそうにしていると、オレもチョット嬉しくなる。
最初に出会ったとき――出会ったときというか、召喚されたときというほうが正しいか。
あのときは、プロメテの事情を知って、チカラになってやりたいと感じた。それはまぁ、憐憫から来る感情だったのだと思う。カワイソウだし助けてやるか――ぐらいの気持ちだった。
でも今は、すこし違う。
プロメテはオレの召喚主でもあり、敬虔なる信徒でもあった。オレのことを誰よりも気遣ってくれている。普段の挙措からそういったものが伝わってくる。
誰よりもオレにたいして期待してくれている。オレのことを信じて疑わない娘のために、オレは彼女の魔神としてありつづけたい。そう思うようになっていた。
って、言っても……。
「オレは別に何もしていないんだけどな。ただ、ここにいるってだけで」
今も、カンテラに入れられて、プロメテに運ばれているだけである。主体性のカケラもない。
「それが重要なのです。それに魔神さまは色んな人を助けてきました。何もしていないなんてことはないのですよ」
「……そうか」
「今もドワーフたちは、魔神さまに助けられているのです」
後ろ。
プロメテに続くドワーフたちの周囲には、オレが分け与えた火を光源にしている騎兵たちがいた。ディーネが寄越してくれた護衛の兵士たちだ。
「しかし、せっかくドワーフの里まで行ったのに、聖火台に火を灯せないのは残念だったな」
「ええ。ですが、仕方ないのですよ。火を灯せるような雰囲気でもなかったのです」
戦が無事に終われば、聖火台に火を灯そうということになったのだ。
今はまだ、灯せていない。
灯すだけならすぐに終わらせることができるのだが、雰囲気というものがある。
ドワーフたちが必死こいて戦ってるのに、聖火台に灯をともしてお祝いムードってわけには、いかなかったのだ。
「まぁ、でもこうして見てると、立派に大司教さまって感じだな」
「え? 私でありますか?」
「だって、プロメテの明かりに、ドワーフたちが付いてきてるわけだしさ」
さながら、ヘブライの民を引き連れるモーゼである。左右が森になっているから、海を割って進んでいるようにも見える。
「お、おそれ多いのですよ。私なんてぜんぜん……。これもすべて、魔神さまのおかげで……」
と、プロメテの言葉は尻すぼみになっていった。
「大司教さま――ッ」
と、ディーネが寄越してくれた護衛の騎兵がひとり、駆け寄ってきた。
その馬の足が跳ねあげた泥がプロメテにかかりそうになっていた。それをエイブラハングが傘で防いでくれた。
「ど、どうかしましたか?」
と、プロメテが応じる。
「ドワーフの里を迂回して、こちらに接近してくるソマ帝国の部隊を確認しました。もしかするとこちらに攻撃を仕掛けてくるつもりかもしれません」
「そんな……ッ。ですが、こちらにいるのは非戦闘員ですよ。まさかそんなこと……」
「相手は《聖白騎士団》です。異教徒狩りという名目で攻撃をしてくることは考えられます」
「ディーネさんは?」
「伯爵は、ドワーフの里にて指揮を執っております。もしかすると、こちらに来る部隊に気づいていないのかもしれません」
「困りました……」
「とりあえず、ここにいるドワーフの護衛に当てられている部隊をまとめて、迎え撃とうと思います」
「はい。よろしくお願いします」
と、プロメテは頭を下げた。
しかしその時だ。
プロメテと話をしていた騎士の首に、矢が突き立った。その騎士は、静かにその場に倒れて泥に沈んだ。プロメテがあわてて揺すっていたが、その騎士は吐血を最後に動かなくなった。
「ふーっ。間に合ったぜ。こっから先は通行止めだ」
プロメテたちの進行方向に、白い法衣を着ている者たちが立ちはだかった。その法衣を着ている男たちの先頭にいるのは、ブロンドの髪をした偉丈夫だった。口に木の枝のようなものをくわえている。
「何者ですか」
プロメテが誰何した。
「オレは《光神教》の修道士にして、ソマ帝国の大隊長のゲイル・ガーディスという者だ。そちらさんは、オルフェス最後の魔術師と、その魔神アラストルとお見受けした」
プロメテはオレの入ったカンテラを、抱きしめるようにした。
プロメテが熱くないように、オレは身をすくめて火力を小さくした。
「い、いったいなんの御用ですか」
「ドワーフの非戦闘員どもを人質に取ってやろうと思って来たんだが、魔術師と魔神がいるなら話は早い。お2人にはここで死んでもらおう。異教徒の神には断罪を」
ゲイルは手を振り下ろして見せた。
何かの合図だったのだろう。
それを受けて白い法衣を着た者たちは、光の球を発射してきたのだった。
「きゃ」
と、短い悲鳴をあげて、プロメテは身をすくめた。
そんなプロメテのもとに飛来してきた光の球は、エイブラハングが切り伏せた。切り伏せた光は、その場で霧散していった。
しかし1発だけではない。
無数に撃ちこんでくる。
光の球は、後ろにいるドワーフたちにも被害を出していた。ドワーフたちが隊を乱して、逃げ惑いはじめた。たちまち場には、悲鳴と怒号が飛び交うことになった。
「こちらに」
と、エイブラハングがプロメテの腕をつかんで引っ張った。左右に茂っていた森のなかに跳びこんで、身を隠させた。
「ドワーフさんたちが……」
と、プロメテが茂みのなかから顔を出そうとしていた。
エイブラハングがその頭をつかんで、茂みのなかに押し込んだ。
「この場は、大司教さまと魔神さまの安全が第1です。敵は《聖白騎士団》ですから、あなたがたは殺されてしまいます」
「《光神教》の宗教騎士団というヤツだったな」 と、オレが問う。
「ええ」
と、エイブラハングはうなずいた。
「しかしあの光はなんだ? 魔法か?」
「いえ。あれは信仰のチカラです。タリスマンと呼ばれる道具によって、信仰をチカラに変えることが出来るのです」
「そんなものがあるのか……」
オレからしてみれば、魔法とそんなに変わりないように思う。
オレたちが隠れている茂みに向かって、光の球が撃ちこまれた。
エイブラハングはプロメテのことを背負って、木の枝へと飛び移って、それをかわした。
はずれた光の球は岩に当たっていたのだが、その岩には亀裂が入っていた。威力から見て、当たれば無事では済まない。
「隠れてもムダだ。その明かりでは、隠れることも出来まい」
ゲイルと名乗った男が、勝ち誇ったようにそう言ってきた。
たしかにその通りだ。
オレのカラダは、つくづく逃げ隠れすることに向いていない。
「私が時間を稼ぎましょう。そのあいだにプロメテ大司教さまは、魔神さまを連れてお逃げください」
エイブラハングがそう言った。
「数が違いすぎるのですよ。エイブラハングさんひとりでは、どうにもなりません。相手が何人いるかも、わからないのですよ」
「魔神さまのために身を散らせるのならば、信徒としては本望ですよ」
エイブラハングはそう言うと、プロメテのことを抱き寄せて、木の枝から跳び下りた。その衝撃でオレの入っているカンテラが酷く揺れた。
「待て。エイブラハング」
と、オレは口を開いた。
「いかがしましたか。魔神さま?」
「オレが出よう」
「魔神さま……」
と、プロメテとエイブラハングが異口同音にそう言った。
「オレのチカラを使えば、ドワーフたちを守ることも出来る。それに連中はオレを狙っているんだろう」
オレももう、魔神としてのチカラの使い方を把握している。天使を倒したときや、クロイを倒したときみたいに、気炎万丈のチカラを使えば、戦える。
信仰のチカラというのは気にかかるが、あの災厄級のクロイを相手にするときのような恐怖はなかった。相手は、バケモノではなく、人間なのだ。
オレを思ってくれている信徒を見殺しにするのは、あまりに辛い。
エイブラハングはしばらく迷っていたようだが、「わかりました」とうなずいた。
「しかしお気を付けください。相手は《聖白騎士団》です。何をしてくるか、わかりませんので」
「注意しておこう」
いい加減に隠れていないで、出てきたらどうだい――と、ゲイルがそう呼びかけてきた。
その声に応じて、オレはプロメテとともに街道へと姿を現した。
《聖白騎士団》を率いていて先頭に立っているゲイルと、対峙することとなった。
オレの放つ明かりが、森に挟まれたその道を照らしていた。
「ほお。ホントウに素直に出てくるとはね。死ぬ覚悟が出来たってところか。まぁ悪く思わないでくれよ。魔神と魔術師を仕留めれば、オレも皇帝陛下からホめていただけるんでね」
ゲイルは、煙草みたいにくわえていた木の枝を吐き捨ててそう言った。
「これ以上、オレたちに手を出すようならば、オレも加減は出来ん。覚悟はできているか?」
殺すことも、やむなしだ。
オレのすぐ足元には、矢で射抜かれた兵がいる。ドワーフの護衛のために付き添ってくれていた、ディーネのところの兵隊だ。
これは戦争だ。
人を殺したくないなどという、理想を今はのたまっている場合ではない。
手を抜けば、逆にこちらが殺されるかもしれないのだ。
「そりゃ面白い。ウワサでは聞いてるぜ。魔神アラストルさんよ。あんた権天使をやったんだってな」
「ああ」
ロードリが使って呼び出した天使のことを言っているのだろう。天使を殺したことは、まだ記憶に新しい。
「これが火ってヤツか。なるほど。眩しいねぇ。みんなから必要とされるのもうなずける。けどさ。火は神が許してねェんだよ」
「天界から魔法を盗まれたぐらいで、怒るような神など、神の器とは思えんがな」
クロイというバケモノがいるこの世界から、炎を奪う。それがどれだけ残酷なことなのか、その実態をオレはこの目で見てきた。
そのもっとも大きな被害を受けたのが、ここにいるプロメテだ。
「《光神教》の神を侮辱するとは、言ってくれるじゃねェか」
「《光神教》なんて知らんな。オレは《紅蓮教》ってところの神さまなんでね」
ゲイルの背後にいた白い法衣を着た者――《聖白騎士団》のひとりが何か仕掛けてくる気配があった。
みずからを信奉する神を侮辱されたことに怒気をおぼえたのかもしれない。
が、ゲイルが手を挙げて、それを制していた。
「神ってのは標なんだよ」
「標?」
と、オレは問い返した。
「そう。たとえ理不尽でも、みんなが同じ方を向くための標なのさ。神が2人もいると、人はどこを見れば良いのかわからなくなっちまう。そうしたら、規律が乱れちまうのさ」
神は1人で充分だ――と、ゲイルはそう言った。
そのコハク色の瞳に、点火するように光が宿っていた。
「面白い考え方だ。けど、オレは求められてここにいる。オレには、オレを信じてくれる者たりがいる。そいつらを傷つけると言うのなら、オレは容赦しない」
「話してもムダか。ケリはチカラでつけよう」
ゲイルはそう言った。
「ああ」
と、オレは応じた。
左右は森になっていた。
「なんか大名行列みたいだな」
「大名行列?」
「いや。なんでもない」
ドワーフの避難民たちをシェークスまで誘導していた。
先頭を歩いているのはプロメテとエイブラハングだ。
オレは明るいので、その道標になるのだった。
振りかえれば、街道を進むドワーフたちがいる。荷物を背負っている者たちもいる。逃げるさいに持ち出してきたのだろう。
その光景が、大名行列みたいだなと思ったのだが、こっちの世界の人にはその意味が通じなかったようだ。
「エイブラハングさんも、お疲れさまなのです。申し訳ないのですよ」
エイブラハング。世界で3人しかいないと言われる。S級の黒狩人だ。黒い髪に黒い目をしているから、どことなく親近感が湧く。ネコのような形の目をしており、見ようによっては男に見えなくもない。
ここに来るまでプロメテの護衛を買って出てくれていた。そして今は、プロメテとオレが雨で濡れないように傘をさしてくれている。
「いえ。大司教さま。私は、魔神さまのお傍にいられるのなら、なんでも良いのです」
「だ、大司教だなんて。プロメテで良いのですよ」
「そういうわけには、まいりません。これは伯爵さまがお決めになられたことですから」
「う、うむぅ」
と、プロメテは困ったような声をあげていた。
眉が「八」の字になっている。
いままで蔑まれこそすれ、「さま」とつけて呼ばれるなんて経験はないのだろう。
プロメテが困る表情に、愛らしさをおぼえた。
「私はあの災厄級に襲われて以来、暗闇が怖くなってしまいました。闇のなかから、クロイが飛び出してくるような気がしてなりません」
「お気持ちはわかります」
「こうして魔神さまのお傍にいられるあいだは、平静を保つことが出来ます。ですから、むしろお礼を言うのは私のほうです。お傍に置いてくださり、ありがとうございます」
「魔神さまは、偉大なのです」
オレのことをホめられると、まるで保護者のようにプロメテも喜ぶのだった。
そして、この薄幸な娘は嬉しそうにしていると、オレもチョット嬉しくなる。
最初に出会ったとき――出会ったときというか、召喚されたときというほうが正しいか。
あのときは、プロメテの事情を知って、チカラになってやりたいと感じた。それはまぁ、憐憫から来る感情だったのだと思う。カワイソウだし助けてやるか――ぐらいの気持ちだった。
でも今は、すこし違う。
プロメテはオレの召喚主でもあり、敬虔なる信徒でもあった。オレのことを誰よりも気遣ってくれている。普段の挙措からそういったものが伝わってくる。
誰よりもオレにたいして期待してくれている。オレのことを信じて疑わない娘のために、オレは彼女の魔神としてありつづけたい。そう思うようになっていた。
って、言っても……。
「オレは別に何もしていないんだけどな。ただ、ここにいるってだけで」
今も、カンテラに入れられて、プロメテに運ばれているだけである。主体性のカケラもない。
「それが重要なのです。それに魔神さまは色んな人を助けてきました。何もしていないなんてことはないのですよ」
「……そうか」
「今もドワーフたちは、魔神さまに助けられているのです」
後ろ。
プロメテに続くドワーフたちの周囲には、オレが分け与えた火を光源にしている騎兵たちがいた。ディーネが寄越してくれた護衛の兵士たちだ。
「しかし、せっかくドワーフの里まで行ったのに、聖火台に火を灯せないのは残念だったな」
「ええ。ですが、仕方ないのですよ。火を灯せるような雰囲気でもなかったのです」
戦が無事に終われば、聖火台に火を灯そうということになったのだ。
今はまだ、灯せていない。
灯すだけならすぐに終わらせることができるのだが、雰囲気というものがある。
ドワーフたちが必死こいて戦ってるのに、聖火台に灯をともしてお祝いムードってわけには、いかなかったのだ。
「まぁ、でもこうして見てると、立派に大司教さまって感じだな」
「え? 私でありますか?」
「だって、プロメテの明かりに、ドワーフたちが付いてきてるわけだしさ」
さながら、ヘブライの民を引き連れるモーゼである。左右が森になっているから、海を割って進んでいるようにも見える。
「お、おそれ多いのですよ。私なんてぜんぜん……。これもすべて、魔神さまのおかげで……」
と、プロメテの言葉は尻すぼみになっていった。
「大司教さま――ッ」
と、ディーネが寄越してくれた護衛の騎兵がひとり、駆け寄ってきた。
その馬の足が跳ねあげた泥がプロメテにかかりそうになっていた。それをエイブラハングが傘で防いでくれた。
「ど、どうかしましたか?」
と、プロメテが応じる。
「ドワーフの里を迂回して、こちらに接近してくるソマ帝国の部隊を確認しました。もしかするとこちらに攻撃を仕掛けてくるつもりかもしれません」
「そんな……ッ。ですが、こちらにいるのは非戦闘員ですよ。まさかそんなこと……」
「相手は《聖白騎士団》です。異教徒狩りという名目で攻撃をしてくることは考えられます」
「ディーネさんは?」
「伯爵は、ドワーフの里にて指揮を執っております。もしかすると、こちらに来る部隊に気づいていないのかもしれません」
「困りました……」
「とりあえず、ここにいるドワーフの護衛に当てられている部隊をまとめて、迎え撃とうと思います」
「はい。よろしくお願いします」
と、プロメテは頭を下げた。
しかしその時だ。
プロメテと話をしていた騎士の首に、矢が突き立った。その騎士は、静かにその場に倒れて泥に沈んだ。プロメテがあわてて揺すっていたが、その騎士は吐血を最後に動かなくなった。
「ふーっ。間に合ったぜ。こっから先は通行止めだ」
プロメテたちの進行方向に、白い法衣を着ている者たちが立ちはだかった。その法衣を着ている男たちの先頭にいるのは、ブロンドの髪をした偉丈夫だった。口に木の枝のようなものをくわえている。
「何者ですか」
プロメテが誰何した。
「オレは《光神教》の修道士にして、ソマ帝国の大隊長のゲイル・ガーディスという者だ。そちらさんは、オルフェス最後の魔術師と、その魔神アラストルとお見受けした」
プロメテはオレの入ったカンテラを、抱きしめるようにした。
プロメテが熱くないように、オレは身をすくめて火力を小さくした。
「い、いったいなんの御用ですか」
「ドワーフの非戦闘員どもを人質に取ってやろうと思って来たんだが、魔術師と魔神がいるなら話は早い。お2人にはここで死んでもらおう。異教徒の神には断罪を」
ゲイルは手を振り下ろして見せた。
何かの合図だったのだろう。
それを受けて白い法衣を着た者たちは、光の球を発射してきたのだった。
「きゃ」
と、短い悲鳴をあげて、プロメテは身をすくめた。
そんなプロメテのもとに飛来してきた光の球は、エイブラハングが切り伏せた。切り伏せた光は、その場で霧散していった。
しかし1発だけではない。
無数に撃ちこんでくる。
光の球は、後ろにいるドワーフたちにも被害を出していた。ドワーフたちが隊を乱して、逃げ惑いはじめた。たちまち場には、悲鳴と怒号が飛び交うことになった。
「こちらに」
と、エイブラハングがプロメテの腕をつかんで引っ張った。左右に茂っていた森のなかに跳びこんで、身を隠させた。
「ドワーフさんたちが……」
と、プロメテが茂みのなかから顔を出そうとしていた。
エイブラハングがその頭をつかんで、茂みのなかに押し込んだ。
「この場は、大司教さまと魔神さまの安全が第1です。敵は《聖白騎士団》ですから、あなたがたは殺されてしまいます」
「《光神教》の宗教騎士団というヤツだったな」 と、オレが問う。
「ええ」
と、エイブラハングはうなずいた。
「しかしあの光はなんだ? 魔法か?」
「いえ。あれは信仰のチカラです。タリスマンと呼ばれる道具によって、信仰をチカラに変えることが出来るのです」
「そんなものがあるのか……」
オレからしてみれば、魔法とそんなに変わりないように思う。
オレたちが隠れている茂みに向かって、光の球が撃ちこまれた。
エイブラハングはプロメテのことを背負って、木の枝へと飛び移って、それをかわした。
はずれた光の球は岩に当たっていたのだが、その岩には亀裂が入っていた。威力から見て、当たれば無事では済まない。
「隠れてもムダだ。その明かりでは、隠れることも出来まい」
ゲイルと名乗った男が、勝ち誇ったようにそう言ってきた。
たしかにその通りだ。
オレのカラダは、つくづく逃げ隠れすることに向いていない。
「私が時間を稼ぎましょう。そのあいだにプロメテ大司教さまは、魔神さまを連れてお逃げください」
エイブラハングがそう言った。
「数が違いすぎるのですよ。エイブラハングさんひとりでは、どうにもなりません。相手が何人いるかも、わからないのですよ」
「魔神さまのために身を散らせるのならば、信徒としては本望ですよ」
エイブラハングはそう言うと、プロメテのことを抱き寄せて、木の枝から跳び下りた。その衝撃でオレの入っているカンテラが酷く揺れた。
「待て。エイブラハング」
と、オレは口を開いた。
「いかがしましたか。魔神さま?」
「オレが出よう」
「魔神さま……」
と、プロメテとエイブラハングが異口同音にそう言った。
「オレのチカラを使えば、ドワーフたちを守ることも出来る。それに連中はオレを狙っているんだろう」
オレももう、魔神としてのチカラの使い方を把握している。天使を倒したときや、クロイを倒したときみたいに、気炎万丈のチカラを使えば、戦える。
信仰のチカラというのは気にかかるが、あの災厄級のクロイを相手にするときのような恐怖はなかった。相手は、バケモノではなく、人間なのだ。
オレを思ってくれている信徒を見殺しにするのは、あまりに辛い。
エイブラハングはしばらく迷っていたようだが、「わかりました」とうなずいた。
「しかしお気を付けください。相手は《聖白騎士団》です。何をしてくるか、わかりませんので」
「注意しておこう」
いい加減に隠れていないで、出てきたらどうだい――と、ゲイルがそう呼びかけてきた。
その声に応じて、オレはプロメテとともに街道へと姿を現した。
《聖白騎士団》を率いていて先頭に立っているゲイルと、対峙することとなった。
オレの放つ明かりが、森に挟まれたその道を照らしていた。
「ほお。ホントウに素直に出てくるとはね。死ぬ覚悟が出来たってところか。まぁ悪く思わないでくれよ。魔神と魔術師を仕留めれば、オレも皇帝陛下からホめていただけるんでね」
ゲイルは、煙草みたいにくわえていた木の枝を吐き捨ててそう言った。
「これ以上、オレたちに手を出すようならば、オレも加減は出来ん。覚悟はできているか?」
殺すことも、やむなしだ。
オレのすぐ足元には、矢で射抜かれた兵がいる。ドワーフの護衛のために付き添ってくれていた、ディーネのところの兵隊だ。
これは戦争だ。
人を殺したくないなどという、理想を今はのたまっている場合ではない。
手を抜けば、逆にこちらが殺されるかもしれないのだ。
「そりゃ面白い。ウワサでは聞いてるぜ。魔神アラストルさんよ。あんた権天使をやったんだってな」
「ああ」
ロードリが使って呼び出した天使のことを言っているのだろう。天使を殺したことは、まだ記憶に新しい。
「これが火ってヤツか。なるほど。眩しいねぇ。みんなから必要とされるのもうなずける。けどさ。火は神が許してねェんだよ」
「天界から魔法を盗まれたぐらいで、怒るような神など、神の器とは思えんがな」
クロイというバケモノがいるこの世界から、炎を奪う。それがどれだけ残酷なことなのか、その実態をオレはこの目で見てきた。
そのもっとも大きな被害を受けたのが、ここにいるプロメテだ。
「《光神教》の神を侮辱するとは、言ってくれるじゃねェか」
「《光神教》なんて知らんな。オレは《紅蓮教》ってところの神さまなんでね」
ゲイルの背後にいた白い法衣を着た者――《聖白騎士団》のひとりが何か仕掛けてくる気配があった。
みずからを信奉する神を侮辱されたことに怒気をおぼえたのかもしれない。
が、ゲイルが手を挙げて、それを制していた。
「神ってのは標なんだよ」
「標?」
と、オレは問い返した。
「そう。たとえ理不尽でも、みんなが同じ方を向くための標なのさ。神が2人もいると、人はどこを見れば良いのかわからなくなっちまう。そうしたら、規律が乱れちまうのさ」
神は1人で充分だ――と、ゲイルはそう言った。
そのコハク色の瞳に、点火するように光が宿っていた。
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ゲイルはそう言った。
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