《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

16-1.城攻め

(オカシイ)
 ゲイル・ガーディスは戦場に違和感をおぼえていた。


 石の台の上に、ドワーフの里の見取り図が広げられている。間諜を使って可能なかぎり調べさせて描いたものだ。


 その図が濡れないように、天幕が張られている。天幕と言ってもテントにはなっていない。頭上に広げられているだけだ。
 正面にはドワーフの里を見ることが出来るようになっている。


 ドワーフの里はその周辺の山々そのものが、城塞の役目をはたしている。里の出入り口となっている《輝光石》があるのが主郭。


 そして北方と西には、大規模な郭がある。山を削って造られたものだ。南側は断崖絶壁になっており、とてもじゃないが侵入できる道にはなっていない。


 北の郭を中心に攻め立てていた。北の虎口は意外と簡単に突破することが出来た。あとは北の郭を制圧して、本丸である里の入口へと押し入るだけだ。


 それだけだというのに、意外と押し切れないのだ。


「北の郭を攻めてるのは、ジェジェリ中隊長だったな?」


「はっ」
 と、ゲイルに付き従っている補佐官が応じた。


「ふむ」


 ジェジェリ中隊長は、ソマ帝国のなかでもかなりのやり手だ。大隊長への昇進もそう遠くないと見込まれているほどの器だ。


「いかがなされましたか?」


「意外と押し切れねェんだ。この人数差なら、もう突破しても良いはずなんだがねェ」


「遊んでいるかもしれませんよ」


「かもしれんな」


 そうかもしれないが、どうも厭な予感がするのだった。
 この戦場という盤面の向こうで、駒を動かしているのは、青ヒゲ伯爵ことディーネだ。油断はできない。


「ふーっ」
 と、ゲイルは布の鎧クロス・アーマーの内側に忍ばせていた、しゃぶり枝を取り出した。くわえる。ほろ苦い味がする。その苦味が意識を鮮明にしてくれる。


「きっと大丈夫ですよ。この人数差ですから」
 と、補佐官が能天気なことを言った。


「この人数差で負ければ、赤っ恥だぜ。……ったく、《製鉄工場アイアン・ファクチュア》への抜け道から攻める作戦が失敗したのは、痛手だったな」


「運が悪かったですね」


「いいや。読まれてたのさ」


 ディーネに読まれて封じられたのだ。本格的に戦がはじまる前から、知略による戦ははじまっているのだ。


 しかし、敵の奇襲を封じたのはお互いさまだ。


 ゲイルだって、野営地への奇襲を読んで、それを防ぎきっている。前哨戦は五分五分といったところだ。


「それよりも、魔神アラストルというのが気になりますね」


「あぁ」


 魔神アラストル。その存在は耳にしている。
 業火の魔神。
 権天使級プリンシバリティーズを倒したうえに、災厄級のクロイから都市を護った。
 そういう情報は耳にしている。この戦場にも、来ているのだそうだ。


「召喚した魔術師もやってくれますね。魔術師はどこまでも《光神教》にたてつく気なんですよ。憎たらしい」
 と、補佐官が言う。


 天界から魔法を盗み出した魔術師を嫌う者は多い。
 補佐官もその類なのだろう。


 個人的に何かされたわけでもないし、ゲイルは魔術師への憎悪はあまり抱いていない。が、全員が共通の敵を持つというのは、悪くない。憎悪を向ける対象としては、便利な存在だとは思う。


「まぁね。人間ってのは数が多いからね。そういう異端も出てくるってもんだよ」


 標が必要なのだ。
 みんなが同じ方向を見るための標が。


《光神教》という存在は、大きな標だとゲイルは思う。世界がみんな《光神教》のもとに屈服すれば、戦争などしなくても良いのに、と思うのだった。


「伝令――っ」
 と、伝令官が馬に乗って駆け寄ってきた。


「おう。北の郭が落ちたか?」


「いえ。ジェジェリ中隊長が戦死いたしました!」


「なっ……」


 ゲイルの可愛がっていた部下の1人だ。その男の死に、ゲイルは胸の痛みを覚えずにはいられなかった。


「ジェジェリ中隊長の部隊は、副隊長が引き継ぎ指示をとっていますが、敵軍に押されています。御指示を」


「ジェジェリ中隊長をやったのは、どんなヤツだった?」


「巨大な角を持ったドワーフです。英雄ヴェンドと名乗っておりました」


「ドワーフの英雄か」


 ドワーフの持つ最強戦力だ。たしかにヴェンドは手強いだろうと思っていたが、まさかこの人数差を押してくるとは思わなかった。


「ドワーフどもは、どうも持っている武器が特殊なようでして。こちらの防具や剣を叩き斬って来ます」


「なに?」


 人の器ならジェジェリも相当なものだった。それでも負けたということは、武具の差ということだ。


「白銀に光る剣です。それを手に暴れるヴェンドというドワーフを止めることが出来ません」


「白銀の剣だと……。いや、まさか、先を越されたか!」


 今回の戦。
 ドワーフの里を攻めるようにと、ソマ帝国の執政に進言したのは、ゲイルだった。


 炎の魔神。
 ドワーフの《製鉄工場アイアン・ファクチュア》。


 そのふたつがそろえば、鉄を造りだすことが可能になる。
 他国に鉄をつくられる危険があった。


 それを阻むために、《製鉄工場アイアン・ファクチュア》を抑えておこうという目論見があったのだ。


(しかし、すでに……)


 鉄製の剣が作られているならば、手遅れである。


「いかがしましたか?」


「チクショウ! 先を越された! すでに鉄を確保していたか……」


 魔神アラストルの存在が確認されてから、まだそれほど時間は経過していない。だと言うのに、こんなにも早く製鉄に目をつける者が出てくるとは思わなかった。


 もう1000年も前の技術である。それを蘇らせよういう発想を持つ者が、自分の他にいるとは驚きである。


(あの女か)
 と、ゲイルは歯ぎしりをした。


 青ヒゲ伯爵こと、ディーネ。
 怖ろしい女だ。


(そのお顔を拝見してみたいものだな)
 と、ゲイルは思った。


「失礼」
 と、また別の伝令官がやって来た。それはふつうの伝令官ではなかった。ゲイルが使っている間諜からの報せだ。


「なんだ?」


 ドワーフの非戦闘員が、避難のために南の街道から逃げている。そういう報告だった。

 
 ほぉ、とゲイルは声を漏らした。


「《聖白騎士団》を呼べ。まだ負けたと決まったわけじゃねェ。ドワーフの避難民をひっ捕らえて、人質として使うぞ」


 それに――。
(こっちにはまだ切り札がある)
 と、ゲイルはみずからのポケットに忍ばせてある、《天使の呼び笛》を握りしめたのだった。

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