《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
15-7.……青年は恋を知る
「ふーっ。どうにか逃げれたな」
敵の馬を奪って、レイアは敵の野営地から脱出していた。
ヴァルはその後ろに乗っていた。
追っ手が来る様子はなく、レイアは馬を止めた。
ようやくヴァルも息をつくことが出来た。
「すごいですね。レイアさん。あれだけの敵をたった1人で」
「鍛え方が違うんだよ」
そういう問題で済まないように思う。
「あの――。すみませんでした」
「何にたいしての謝罪だ?」
「オレが後ろに乗ってたせいで、敵の攻撃を避けられなかったんでしょう。オレのせいで……」
「ンなことはねェ。どっちみち、やられたさ。まさか《聖白騎士団》が構えてるとは思わなかった。あれはタリスマンのチカラだな」
「ええ」
「信仰をチカラにするってヤツか。私も正直、あんまり詳しくねェんだよな。ジャリンコは何か知ってるか?」
と、前に座っているレイアは振り返ってそう尋ねてきた。
下にいる馬は水滴を払うつもりだったのか身震いしていた。その振動がヴァルの全身にもつたわってきた。
「オレもそんなに詳しくはないです。《聖白騎士団》が使う特殊な武器としか」
「だよな。ッたく、厄介な連中がいたもんだ。私の奇襲を読まれてたとはねぇ。お相手さんにも頭の巡るヤツがいるのかね」
ゲイル・ガーディス。
たしかそう名乗っていた。
あの男が、こちらの手を先読みして、手を打っていたのだ。
ソマ帝国の智将と言ったところか。
「まぁでも今回は、ジャリンコに助けられたな」 と、レイアは言った。
「チカラになれたのなら良かったです」
レイアにホめられたことで、ヴァルは腹の底がえぐられるような喜悦をおぼえた。
「隊を立て直して、撤退するしかねェな。追っ手が来る前にトンズラするとするか」
「でも、ほかのみんなは、どこかに行っちゃいましたよ」
この暗闇だ。
レイアが率いてきた部隊は、散り散りになってしまっている。合流するのは難しい。
「大丈夫」
レイアはそう言うと、指笛を吹いた。その音は闇のなかを響きわたった。しばらくすると、指笛が返ってきた。
「今のは?」
「私はもともと《紅蓮党》って盗賊をやってたんだ。率いて来てるのは、もともと仲間だった連中だ。散り散りになったときのために、合流する方法はいくらでも考えてあるさ」
「そう……だったんですか」
《紅蓮党》のウワサは、ヴァルはすこしだけ耳にしたことがあった。けっこう有名な盗賊団だ。
盗賊だからと言っても幻滅することはなかった。むしろ合点のいく思いだった。レイアの剣術が独特なのも、そういう由来なのだろう。
「足の調子はどうだい?」
「傷口が開いちゃったみたいですけど、でもたぶん大丈夫だと思います」
「そうか。ならシッカリつかまってろよ」
レイアはそう言うと、指笛の聞こえたほうへと馬を走らせた。
レイアは定期的に指笛を吹いていた。その音にも何か合図があるのか。1度吹くときもあれば、2度3度と吹くこともあった。
そのたびに闇の向こうからも音が返ってきていた。音のするほうへと走っていると、レイアの率いていた兵隊たちを合流することができた。
「そう言えば、ジャリンコ」
「はい?」
「こいつを落としてたが、これはてめェのか?」
レイアは振り向いて、何かを差し出してきた。
レイアの手に乗っているのは、アサギ色に輝くボルトだった。それはヴァルがヘラのために彫っていたものだ。
ヘラがケガをしたときに落としていたので、ヴァルが拾ったのだ。どうやらヴァルもそれを落としてしまっていたらしかった。
「あ、……はい、いちおうオレのです」
「ヴァルが作ったのか?」
「ええ。まぁ」
それが自分の作ったものだと打ち明けるのは、すこし照れ臭さがあった。
こんな男らしくない特技があることが、恥ずかしかったのだ。
「すげェじゃねェか。手先が器用なんだな。これは《輝光石》で作ってあるんだろ?」
レイアは本気で感心しているようだった。ヴァルの彫った《輝光石》に魅入られているようだった。
自分の作ったものを、レイアに見つめられると、それもまた照れ臭い。
「ええ。そういうの彫るのが得意で」
「戦士になりたいとか言ってたけど、充分誇れるようなことがあるんじゃねェか」
「でも、オレはそれを誇りとは思えないですし」
「誰かにバカにされたりするのかよ?」
「そういうことも、まぁ……」
角がないくせに。カラダが小さいくせに。そう言われていたから、見返してやりたかったのだ。
「てめェも、青ヒゲの伯爵と同じ感じか」
「ディーネ伯爵のことですか?」
「あの女ァ、戦士になりたかったらしい。もし男に生まれてたら傭兵にでもなっていたと言っていた。まぁ、あれはただの戦闘狂だから、てめェとはすこし違うかもしれねェがな」
「へぇ」
ディーネのことは、会議を盗み聞きしたときにチラッと見ている。
あの穏やかそうな女性が戦闘狂とはとても思えなかった。
「自分のやりたいことと、自分の才能があること。これはまた別のことだからな。その2つが合致することなんて、そうそうありしゃねェぜ」
「ですがオレは――」
戦士としての才能がないことは、わかっているのだ。
剣の腕も悪いし、カラダも小さい。
「てめェは戦士だ。私はそれを認めるよ。助けられたしな。だけど、てめェは前線戦士には向いちゃねェ」
「たしかにオレは剣の腕前とか、レイアさんほどじゃないですけど……」
そうじゃねェ――とレイアは頭を振った。
「てめェは早死にするタイプだ。勇敢すぎる」
「戦士なら、果敢に死ぬことが出来るのは本望です」
「私は国に仕える騎士じゃねェからな。もともと盗賊だ。だからそういう覚悟がねェ。生きて、生きて、生きのびてこそナンボだろって思うよ」
レイアは、ふん、と鼻で笑ってつづけた。
「私の親父はずいぶんと早死にしちまってな。おかげで娘の私が苦労することになった。笑っちまうだろ。どこの女とのあいだに生まれたのかもわからねェ娘を放って、自分だけ先に死んじまうなんてよ」
「えっと……」
笑えない。
「てめェは前線の戦士じゃなくて、後方支援の戦士になるべきだな」
「弩兵とか弓兵ってことですか?」
「いいや。鍛冶や彫金だ」
「鍛冶……」
「青ヒゲの伯爵は、製鉄技術を蘇らせようとしてる。そうなれば優れた鍛冶師や彫金師が必要になる。手先の器用なヤツがな。どうだ? ドワーフの里から出て、私のもとで鍛冶やらねェか?」
「レイアさんのところで?」
「てめェの手は、きっとそういう方面で無双することになるぜ」
と、レイアは馬に乗ったまま、体重を軽く後ろにあずけてきた。レイアの重みをヴァルは受け止めることになった。
「考えておきます」
悪い話ではない。
そう思った。
戦士として引き抜かれたのではない。後方支援の戦士、とレイアは言ったが、ヴァルのことを気遣ってそう言ったのだろう。それはわかっている。
だけど、この人は、ヴァルの器用さを認めて、それを買ってくれているのだ。決してそこに揶揄や嘲弄はない。
むしろレイアはヴァルのことを、漢、として認めてくれている。
この人のためなら……
(それも良い)
「こいつは、返しておくよ。戦が終ったら、私にも同じ物を作ってくれよ」
レイアはそう言うと、ボルトをヴァルに返してきたのだった。
「え、いや、これは……あの……」
縁結びの品なのだ。これをプレゼントした者と、プレゼントされた者は、結ばれると呼ばれている。
ドワーフの言い伝えだ。
むろん、レイアはその意味を知らずに言ったのだろう。だが、言われたヴァルは、まるで告白でもされたような緊張をおぼえたのだった。
「おっと、ぐずぐずしてられねェ」
と、レイアが言う。
シンベリン行路の左右に立ちそびえる山間から、《輝光石》のキラメキがいくつも光って見えた。帝国兵の携帯しているものだろう。追っ手が出て来たということだ。
「さて――と。ヴァル」
「はい?」
「私はシンガリをつとめる。てめェは、他のヤツの馬に乗せてもらうんだ」
さっきはヴァルのせいで、レイアは落馬することになってしまったのだ。拒否はできなかった。
大人しく馬から降りることにした。
「ヤッパリ足手まといですか?」
「そうじゃねェ。てめェみたいな貴重な人材を、傷つけるわけにはいかねェだろ。私はその手が欲しいんだよ」
レイアはそう言うと、馬上からヴァルの手を握りしめてきたのだった。
瞬間。
迷っていたヴァルの心は決まった。
この手を、レイアのために使おう――と。
「全軍退却!」
と、レイアは大音声で闇に向かって吠えた。
ヴァルは別の者の馬に乗せてもらうことになった。
敵の馬を奪って、レイアは敵の野営地から脱出していた。
ヴァルはその後ろに乗っていた。
追っ手が来る様子はなく、レイアは馬を止めた。
ようやくヴァルも息をつくことが出来た。
「すごいですね。レイアさん。あれだけの敵をたった1人で」
「鍛え方が違うんだよ」
そういう問題で済まないように思う。
「あの――。すみませんでした」
「何にたいしての謝罪だ?」
「オレが後ろに乗ってたせいで、敵の攻撃を避けられなかったんでしょう。オレのせいで……」
「ンなことはねェ。どっちみち、やられたさ。まさか《聖白騎士団》が構えてるとは思わなかった。あれはタリスマンのチカラだな」
「ええ」
「信仰をチカラにするってヤツか。私も正直、あんまり詳しくねェんだよな。ジャリンコは何か知ってるか?」
と、前に座っているレイアは振り返ってそう尋ねてきた。
下にいる馬は水滴を払うつもりだったのか身震いしていた。その振動がヴァルの全身にもつたわってきた。
「オレもそんなに詳しくはないです。《聖白騎士団》が使う特殊な武器としか」
「だよな。ッたく、厄介な連中がいたもんだ。私の奇襲を読まれてたとはねぇ。お相手さんにも頭の巡るヤツがいるのかね」
ゲイル・ガーディス。
たしかそう名乗っていた。
あの男が、こちらの手を先読みして、手を打っていたのだ。
ソマ帝国の智将と言ったところか。
「まぁでも今回は、ジャリンコに助けられたな」 と、レイアは言った。
「チカラになれたのなら良かったです」
レイアにホめられたことで、ヴァルは腹の底がえぐられるような喜悦をおぼえた。
「隊を立て直して、撤退するしかねェな。追っ手が来る前にトンズラするとするか」
「でも、ほかのみんなは、どこかに行っちゃいましたよ」
この暗闇だ。
レイアが率いてきた部隊は、散り散りになってしまっている。合流するのは難しい。
「大丈夫」
レイアはそう言うと、指笛を吹いた。その音は闇のなかを響きわたった。しばらくすると、指笛が返ってきた。
「今のは?」
「私はもともと《紅蓮党》って盗賊をやってたんだ。率いて来てるのは、もともと仲間だった連中だ。散り散りになったときのために、合流する方法はいくらでも考えてあるさ」
「そう……だったんですか」
《紅蓮党》のウワサは、ヴァルはすこしだけ耳にしたことがあった。けっこう有名な盗賊団だ。
盗賊だからと言っても幻滅することはなかった。むしろ合点のいく思いだった。レイアの剣術が独特なのも、そういう由来なのだろう。
「足の調子はどうだい?」
「傷口が開いちゃったみたいですけど、でもたぶん大丈夫だと思います」
「そうか。ならシッカリつかまってろよ」
レイアはそう言うと、指笛の聞こえたほうへと馬を走らせた。
レイアは定期的に指笛を吹いていた。その音にも何か合図があるのか。1度吹くときもあれば、2度3度と吹くこともあった。
そのたびに闇の向こうからも音が返ってきていた。音のするほうへと走っていると、レイアの率いていた兵隊たちを合流することができた。
「そう言えば、ジャリンコ」
「はい?」
「こいつを落としてたが、これはてめェのか?」
レイアは振り向いて、何かを差し出してきた。
レイアの手に乗っているのは、アサギ色に輝くボルトだった。それはヴァルがヘラのために彫っていたものだ。
ヘラがケガをしたときに落としていたので、ヴァルが拾ったのだ。どうやらヴァルもそれを落としてしまっていたらしかった。
「あ、……はい、いちおうオレのです」
「ヴァルが作ったのか?」
「ええ。まぁ」
それが自分の作ったものだと打ち明けるのは、すこし照れ臭さがあった。
こんな男らしくない特技があることが、恥ずかしかったのだ。
「すげェじゃねェか。手先が器用なんだな。これは《輝光石》で作ってあるんだろ?」
レイアは本気で感心しているようだった。ヴァルの彫った《輝光石》に魅入られているようだった。
自分の作ったものを、レイアに見つめられると、それもまた照れ臭い。
「ええ。そういうの彫るのが得意で」
「戦士になりたいとか言ってたけど、充分誇れるようなことがあるんじゃねェか」
「でも、オレはそれを誇りとは思えないですし」
「誰かにバカにされたりするのかよ?」
「そういうことも、まぁ……」
角がないくせに。カラダが小さいくせに。そう言われていたから、見返してやりたかったのだ。
「てめェも、青ヒゲの伯爵と同じ感じか」
「ディーネ伯爵のことですか?」
「あの女ァ、戦士になりたかったらしい。もし男に生まれてたら傭兵にでもなっていたと言っていた。まぁ、あれはただの戦闘狂だから、てめェとはすこし違うかもしれねェがな」
「へぇ」
ディーネのことは、会議を盗み聞きしたときにチラッと見ている。
あの穏やかそうな女性が戦闘狂とはとても思えなかった。
「自分のやりたいことと、自分の才能があること。これはまた別のことだからな。その2つが合致することなんて、そうそうありしゃねェぜ」
「ですがオレは――」
戦士としての才能がないことは、わかっているのだ。
剣の腕も悪いし、カラダも小さい。
「てめェは戦士だ。私はそれを認めるよ。助けられたしな。だけど、てめェは前線戦士には向いちゃねェ」
「たしかにオレは剣の腕前とか、レイアさんほどじゃないですけど……」
そうじゃねェ――とレイアは頭を振った。
「てめェは早死にするタイプだ。勇敢すぎる」
「戦士なら、果敢に死ぬことが出来るのは本望です」
「私は国に仕える騎士じゃねェからな。もともと盗賊だ。だからそういう覚悟がねェ。生きて、生きて、生きのびてこそナンボだろって思うよ」
レイアは、ふん、と鼻で笑ってつづけた。
「私の親父はずいぶんと早死にしちまってな。おかげで娘の私が苦労することになった。笑っちまうだろ。どこの女とのあいだに生まれたのかもわからねェ娘を放って、自分だけ先に死んじまうなんてよ」
「えっと……」
笑えない。
「てめェは前線の戦士じゃなくて、後方支援の戦士になるべきだな」
「弩兵とか弓兵ってことですか?」
「いいや。鍛冶や彫金だ」
「鍛冶……」
「青ヒゲの伯爵は、製鉄技術を蘇らせようとしてる。そうなれば優れた鍛冶師や彫金師が必要になる。手先の器用なヤツがな。どうだ? ドワーフの里から出て、私のもとで鍛冶やらねェか?」
「レイアさんのところで?」
「てめェの手は、きっとそういう方面で無双することになるぜ」
と、レイアは馬に乗ったまま、体重を軽く後ろにあずけてきた。レイアの重みをヴァルは受け止めることになった。
「考えておきます」
悪い話ではない。
そう思った。
戦士として引き抜かれたのではない。後方支援の戦士、とレイアは言ったが、ヴァルのことを気遣ってそう言ったのだろう。それはわかっている。
だけど、この人は、ヴァルの器用さを認めて、それを買ってくれているのだ。決してそこに揶揄や嘲弄はない。
むしろレイアはヴァルのことを、漢、として認めてくれている。
この人のためなら……
(それも良い)
「こいつは、返しておくよ。戦が終ったら、私にも同じ物を作ってくれよ」
レイアはそう言うと、ボルトをヴァルに返してきたのだった。
「え、いや、これは……あの……」
縁結びの品なのだ。これをプレゼントした者と、プレゼントされた者は、結ばれると呼ばれている。
ドワーフの言い伝えだ。
むろん、レイアはその意味を知らずに言ったのだろう。だが、言われたヴァルは、まるで告白でもされたような緊張をおぼえたのだった。
「おっと、ぐずぐずしてられねェ」
と、レイアが言う。
シンベリン行路の左右に立ちそびえる山間から、《輝光石》のキラメキがいくつも光って見えた。帝国兵の携帯しているものだろう。追っ手が出て来たということだ。
「さて――と。ヴァル」
「はい?」
「私はシンガリをつとめる。てめェは、他のヤツの馬に乗せてもらうんだ」
さっきはヴァルのせいで、レイアは落馬することになってしまったのだ。拒否はできなかった。
大人しく馬から降りることにした。
「ヤッパリ足手まといですか?」
「そうじゃねェ。てめェみたいな貴重な人材を、傷つけるわけにはいかねェだろ。私はその手が欲しいんだよ」
レイアはそう言うと、馬上からヴァルの手を握りしめてきたのだった。
瞬間。
迷っていたヴァルの心は決まった。
この手を、レイアのために使おう――と。
「全軍退却!」
と、レイアは大音声で闇に向かって吠えた。
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