《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
13-4.緋色の戦士
「どこに隠れやがったァ」
敵の目を、《製鉄工場》の物陰に隠れてやり過ごしていた。
英雄の息子と豪語したは良いが、やはりヴァルひとりではどうにもならない。
こうして隠れるぐらいのことしか出来なかった。
負傷したヘラをどうにか物陰に連れ込めただけでセイイッパイだった。
「生きてるよな? 死んじゃないよな?」
《製鉄工場》の壁に、ヘラがもたれかかっていた。ノルマンヘルムからは、ヘラのブロンドの髪がこぼれていた。
「泣くなよ。大丈夫。死んだりしてねェから」
「な、泣いてなんかないよ」
「そうかい」
「これからどうしよう……」
敵にバレないように、声をひそめて尋ねた。
恐怖と緊張で、指先から血の気が引いているのがわかる。
そのくせ、汗だけはとめどなくあふれ出てくる。カラダが雨に降られたかのように濡れていた。
「ここはオレが食い止めるから、お前はさっさと里に戻るんだ。こっちに《聖白騎士団》が来てることを、里の連中に知らせなくちゃならねェ」
「でも、相手が何人いるかもわからないんだし」
「数は多くねェ。10人ぐらいだろ」
「なんでそう言えるんだよ」
「連中は、裏道を通ってきたんだ。あの細い道を大勢で入って来れるわけねェし、たぶんこっちのは本隊じゃない。搦手の斥候かなんかだ。目立たないように入って来てるはずだから、数は多くない」
「それにしたって……そんなカラダじゃ……」
「この程度、なんでもないさ」
と、ヘラは胸に突き立った矢を、なかば強引に引っ張り出そうとしていた。
「ダメだって。ムリに抜かないほうが良いって」
「こんなもんッ」
と、引き抜いたのだった。
眉間にシワを寄せ、顔が真っ赤になっていた。見ているだけでも痛々しい。
「ヤジリは?」
「大丈夫だ。返しはついてない」
「良かった」
毒が塗られている心配もあったが、今のところヘラは毒に当てられた気配もなかった。とは言っても出血は激しいようだ。
グサッ。
と、ヴァルたちの足元に矢が飛んできた。
居場所がバレたのかと思ってヒヤッとした。
《製鉄工場》の柱の影から、敵兵の様子をうかがった。どうやら適当に矢を放っただけのようで、まだ場所は露見していないようだった。
ヘラの言うように、たしかに敵兵の数は多くはないようだ。10数人といったところだろう。
「それにしても運が良かった」
と、ヘラは胸の傷をおさえながら立ち上がった。
出血が激しいようで、ヘラの着ている布の鎧が赤く染まってゆく。
「運が良かった?」
とてもそうは思えなかったので、ヘラの言葉をヴァルは疑った。
「敵の侵入部隊を、こうも早く見つけることが出来たんだ。本格的に戦がはじまる前に、見つけ出せて良かっただろ。もし戦がはじまってから、ここから敵軍に入られてみろ、里は潰滅的だぜ」
「そりゃそうかもしれないけど」
ヴァルの言葉を遮って、ヘラはさらにつづけた。
「逆に言うと連中は、入り込んでいることを知られたくない。それが急所になるからな。意味がわかるか?」
「う、うん……?」
「敵は戦が本格化したときに、ここから攻めたいんだ。でも今知られたら、対処されちまう。オレたちに見られたのは、向こうにとっても誤算ってわけだ」
「なるほど」
どこ隠れやがったァ――と、さっきにデイゴンとか名乗った禿頭の男が吠えていた。
その怒号がおそろしくてヴァルは呼吸をととのえる必要があった。
「連中は自分たちの存在を知られたくないから、オレたち2人を全力で殺しにかかってくる。ならオレたちは、なんとしてもこの件を、里の連中に知らせなくちゃならない」
ヘラはそう言うと、ヴァルの握っていた剣を奪い取った。
「どうするつもり?」
「言っただろ。ここはオレが食止めるから、お前は里の連中に報せに行くんだよ。この情報を持ち帰れば、お前もそれはそれで英雄になれるぜ」
「英雄……」
その言葉が、ヴァルの心臓を打った。冷たく凍っていた血に、温もりが戻ってくるのがわかった。
「わかったか?」
「でも、ヘラを見捨てるわけにはいかない。父さんなら、そんなことはしないはずだ」
英雄ヴェンドならば、1人でも敵と戦うことだろう。
「お前はヴェンドさんじゃない」
「それは、そうだけど……」
「お前が居ても同じことだ。オレに出来ることは、時間稼ぎぐらいだ。せめて里の役に立って死のうぜ。オレの死が無駄死にかどうかは、お前が情報を持って帰れるかどうかで変わるんだから」
「……わかった」
そこまで言われては仕方がない。
たしかにヘラの言うように、ヴァルがこの場にとどまっても、何も変わりはしないだろう。死体が1つ増えるだけだ。
「お前は、こんなところで死んじゃいけねェんだ。その手先の器用さは、ゼッタイにどこかで活かせる」
行け、とヘラはそう言って、ヴァルの背中を押した。その勢いに押しだされた。一直線に里につながる通路へと駆けた。
『いたぞ』
『弩兵ッ』
という声が聞こえた。
振り返る。
ヴァルにむかってクロスボウを構えている男の姿がハッキリと見て取れた。
その弩兵にむかって、切りかかっているヘラの姿も見て取れた。
矢。
ヴァルに向かって放たれた矢が、右のふくらはぎに突き刺さった。
「痛っ」
ヴァルは痛みにつまずいた。
「ヴァル!」
ヴァルが撃たれたことに動揺したようで、ヘラがそう叫んでいた。そんなヘラもまた、《聖白騎士団》によって切り伏せられていた。
「……ッ」
とにかく今は、逃げなくてはならない。ここに《聖白騎士団》が入り込んでいる。その情報を持ち帰る。それだけでヘラの死にも意味が出てくるのだ。しかし持ち帰ることが出来なければ無駄死にである。
「くぅっ」
痛みに悶えながらも、ヴァルは這いずった。這いずってでも逃げようとした。
「しぶといですね」
そんなヴァルの前に、男が立ちふさがった。
「貴様っ」
読師であり、《聖白騎士団》の小隊長を任されていると言っていた、オースティン・デイゴンだった。
禿頭で痩せぎすで大きな目。ヒョロそうな男ではあるが、こうして見上げると、不気味だった。特にその血走った眼玉が気色悪い。
「逃がすとでも思いましたか」
デイゴンはそう言うと、ヴァルの頭に足を乗せてきた。
ムリだ。
そう痛感した。
完全に退路を断たれていた。そもそもここから里まで、矢で撃たれた足で逃げ帰ることなど、トウテイ出来はしない。
(ヘラにたくされたのに)
情報を持ち帰ることすら、自分には出来ないのだと思うと、ミジメな気持ちになった。
ヴァルは知っていたのだ。『あれが英雄の息子なんだって』『角がないくせに』『お父さんみたいにはなれないだろうな』……と陰口をたたかれていたことを。
自分の弱さが、父の誇りに傷をつけている。そう思うと我慢ができなかった。戦士になって、里の者たちを見返してやりたかった。英雄と呼ばれた男のとなりを歩けるような、ゴツイ男になりたかった。
でも、それももう……
「《光神教》に逆らったことを悔いるが良い」
と、デイゴンは剣を構えた。
刹那――。
(なんだ、あれは?)
暗がりのなか、揺らめく緋色を見た。火……? 否。真っ赤な法衣をまとっている連中だった。
「死ねッ」
と、デイゴンの剣が振り下ろされた。
ヴァルの命を断とうとしたその凶剣は、しかし、ヴァルに届くことはなかった。
寸前で止まっていた。
止めた者がいるのだ。
その者は緋色の法衣をまとい、紅蓮の髪をしていた。
ヴァルを守るようにして刀身で、デイゴンの剣を受け止めていた。
その背中は決して大きくはない。
だけどヴァルからは、
(ゴツイ)
ように見えた。
「ギリギリって感じだったな。ジャリンコ」
「あ、あなたは?」
「都市シェークスの領主の命令でやって来た。《紅蓮教》が司教を任じられた者。名はレイアだ」
レイアと名乗った女性は振り返ってニヤリと笑った。その口元には、獰猛そうな八重歯がかいま見えた。
トクン、とヴァルの心の臓が小さく跳ねた。
敵の目を、《製鉄工場》の物陰に隠れてやり過ごしていた。
英雄の息子と豪語したは良いが、やはりヴァルひとりではどうにもならない。
こうして隠れるぐらいのことしか出来なかった。
負傷したヘラをどうにか物陰に連れ込めただけでセイイッパイだった。
「生きてるよな? 死んじゃないよな?」
《製鉄工場》の壁に、ヘラがもたれかかっていた。ノルマンヘルムからは、ヘラのブロンドの髪がこぼれていた。
「泣くなよ。大丈夫。死んだりしてねェから」
「な、泣いてなんかないよ」
「そうかい」
「これからどうしよう……」
敵にバレないように、声をひそめて尋ねた。
恐怖と緊張で、指先から血の気が引いているのがわかる。
そのくせ、汗だけはとめどなくあふれ出てくる。カラダが雨に降られたかのように濡れていた。
「ここはオレが食い止めるから、お前はさっさと里に戻るんだ。こっちに《聖白騎士団》が来てることを、里の連中に知らせなくちゃならねェ」
「でも、相手が何人いるかもわからないんだし」
「数は多くねェ。10人ぐらいだろ」
「なんでそう言えるんだよ」
「連中は、裏道を通ってきたんだ。あの細い道を大勢で入って来れるわけねェし、たぶんこっちのは本隊じゃない。搦手の斥候かなんかだ。目立たないように入って来てるはずだから、数は多くない」
「それにしたって……そんなカラダじゃ……」
「この程度、なんでもないさ」
と、ヘラは胸に突き立った矢を、なかば強引に引っ張り出そうとしていた。
「ダメだって。ムリに抜かないほうが良いって」
「こんなもんッ」
と、引き抜いたのだった。
眉間にシワを寄せ、顔が真っ赤になっていた。見ているだけでも痛々しい。
「ヤジリは?」
「大丈夫だ。返しはついてない」
「良かった」
毒が塗られている心配もあったが、今のところヘラは毒に当てられた気配もなかった。とは言っても出血は激しいようだ。
グサッ。
と、ヴァルたちの足元に矢が飛んできた。
居場所がバレたのかと思ってヒヤッとした。
《製鉄工場》の柱の影から、敵兵の様子をうかがった。どうやら適当に矢を放っただけのようで、まだ場所は露見していないようだった。
ヘラの言うように、たしかに敵兵の数は多くはないようだ。10数人といったところだろう。
「それにしても運が良かった」
と、ヘラは胸の傷をおさえながら立ち上がった。
出血が激しいようで、ヘラの着ている布の鎧が赤く染まってゆく。
「運が良かった?」
とてもそうは思えなかったので、ヘラの言葉をヴァルは疑った。
「敵の侵入部隊を、こうも早く見つけることが出来たんだ。本格的に戦がはじまる前に、見つけ出せて良かっただろ。もし戦がはじまってから、ここから敵軍に入られてみろ、里は潰滅的だぜ」
「そりゃそうかもしれないけど」
ヴァルの言葉を遮って、ヘラはさらにつづけた。
「逆に言うと連中は、入り込んでいることを知られたくない。それが急所になるからな。意味がわかるか?」
「う、うん……?」
「敵は戦が本格化したときに、ここから攻めたいんだ。でも今知られたら、対処されちまう。オレたちに見られたのは、向こうにとっても誤算ってわけだ」
「なるほど」
どこ隠れやがったァ――と、さっきにデイゴンとか名乗った禿頭の男が吠えていた。
その怒号がおそろしくてヴァルは呼吸をととのえる必要があった。
「連中は自分たちの存在を知られたくないから、オレたち2人を全力で殺しにかかってくる。ならオレたちは、なんとしてもこの件を、里の連中に知らせなくちゃならない」
ヘラはそう言うと、ヴァルの握っていた剣を奪い取った。
「どうするつもり?」
「言っただろ。ここはオレが食止めるから、お前は里の連中に報せに行くんだよ。この情報を持ち帰れば、お前もそれはそれで英雄になれるぜ」
「英雄……」
その言葉が、ヴァルの心臓を打った。冷たく凍っていた血に、温もりが戻ってくるのがわかった。
「わかったか?」
「でも、ヘラを見捨てるわけにはいかない。父さんなら、そんなことはしないはずだ」
英雄ヴェンドならば、1人でも敵と戦うことだろう。
「お前はヴェンドさんじゃない」
「それは、そうだけど……」
「お前が居ても同じことだ。オレに出来ることは、時間稼ぎぐらいだ。せめて里の役に立って死のうぜ。オレの死が無駄死にかどうかは、お前が情報を持って帰れるかどうかで変わるんだから」
「……わかった」
そこまで言われては仕方がない。
たしかにヘラの言うように、ヴァルがこの場にとどまっても、何も変わりはしないだろう。死体が1つ増えるだけだ。
「お前は、こんなところで死んじゃいけねェんだ。その手先の器用さは、ゼッタイにどこかで活かせる」
行け、とヘラはそう言って、ヴァルの背中を押した。その勢いに押しだされた。一直線に里につながる通路へと駆けた。
『いたぞ』
『弩兵ッ』
という声が聞こえた。
振り返る。
ヴァルにむかってクロスボウを構えている男の姿がハッキリと見て取れた。
その弩兵にむかって、切りかかっているヘラの姿も見て取れた。
矢。
ヴァルに向かって放たれた矢が、右のふくらはぎに突き刺さった。
「痛っ」
ヴァルは痛みにつまずいた。
「ヴァル!」
ヴァルが撃たれたことに動揺したようで、ヘラがそう叫んでいた。そんなヘラもまた、《聖白騎士団》によって切り伏せられていた。
「……ッ」
とにかく今は、逃げなくてはならない。ここに《聖白騎士団》が入り込んでいる。その情報を持ち帰る。それだけでヘラの死にも意味が出てくるのだ。しかし持ち帰ることが出来なければ無駄死にである。
「くぅっ」
痛みに悶えながらも、ヴァルは這いずった。這いずってでも逃げようとした。
「しぶといですね」
そんなヴァルの前に、男が立ちふさがった。
「貴様っ」
読師であり、《聖白騎士団》の小隊長を任されていると言っていた、オースティン・デイゴンだった。
禿頭で痩せぎすで大きな目。ヒョロそうな男ではあるが、こうして見上げると、不気味だった。特にその血走った眼玉が気色悪い。
「逃がすとでも思いましたか」
デイゴンはそう言うと、ヴァルの頭に足を乗せてきた。
ムリだ。
そう痛感した。
完全に退路を断たれていた。そもそもここから里まで、矢で撃たれた足で逃げ帰ることなど、トウテイ出来はしない。
(ヘラにたくされたのに)
情報を持ち帰ることすら、自分には出来ないのだと思うと、ミジメな気持ちになった。
ヴァルは知っていたのだ。『あれが英雄の息子なんだって』『角がないくせに』『お父さんみたいにはなれないだろうな』……と陰口をたたかれていたことを。
自分の弱さが、父の誇りに傷をつけている。そう思うと我慢ができなかった。戦士になって、里の者たちを見返してやりたかった。英雄と呼ばれた男のとなりを歩けるような、ゴツイ男になりたかった。
でも、それももう……
「《光神教》に逆らったことを悔いるが良い」
と、デイゴンは剣を構えた。
刹那――。
(なんだ、あれは?)
暗がりのなか、揺らめく緋色を見た。火……? 否。真っ赤な法衣をまとっている連中だった。
「死ねッ」
と、デイゴンの剣が振り下ろされた。
ヴァルの命を断とうとしたその凶剣は、しかし、ヴァルに届くことはなかった。
寸前で止まっていた。
止めた者がいるのだ。
その者は緋色の法衣をまとい、紅蓮の髪をしていた。
ヴァルを守るようにして刀身で、デイゴンの剣を受け止めていた。
その背中は決して大きくはない。
だけどヴァルからは、
(ゴツイ)
ように見えた。
「ギリギリって感じだったな。ジャリンコ」
「あ、あなたは?」
「都市シェークスの領主の命令でやって来た。《紅蓮教》が司教を任じられた者。名はレイアだ」
レイアと名乗った女性は振り返ってニヤリと笑った。その口元には、獰猛そうな八重歯がかいま見えた。
トクン、とヴァルの心の臓が小さく跳ねた。
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