《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

10-3.閃光のごとく

「伝令――ッ」
 と、ディーネのもとに伝令官が駆けてきた。


「どうしました?」


 このタイミングで伝令。
 胸騒ぎがした。


「東側。部隊の側面からクロイの群れが押しかけてまいります」


「なに?」


 災厄級を動かしたは良かったが、人の群れに誘われてほかのクロイまで引き寄せてしまったらしかった。


「いかがいたしましょうか?」


 災厄級のクロイを引き寄せることには成功しているのだ。ここで隊を乱せば、災厄級が都市へと向かってしまうかもしれない。


「このまま突っ切る。私に付いて来てください」 と、ディーネは語気を荒げた。


「了解」


 側面からのクロイにかまけていては、どのみち後ろから追いかけてくる災厄級に呑まれることになる。


 このまま駆けて、災厄級を引き離した後に、迂回したのちに都市へ戻る算段だった。


「大丈夫ですかね」
 と、タルルが尋ねてきた。


「……」
 ディーネは、返答するゆとりをなくしていた。


 側面からのクロイが、どれほどかはわからない。少数でも相手にしている余裕はない。


(全速力で逃げ切るしかあるまい)
 と、考えていた。


 ひたすら暗闇の広がる丘陵を駆けた。


 周りの景色を視認することは難しい。このあたりの地図はディーネの頭に叩き込まれてある。あとは感覚を信じてで走るしかない。


 無数に鳴りひびく馬蹄の音が、安心感をあたえてくれる。その馬蹄の音に乱れが生じていた。


「やられたか」


 後方。おそらく側面から襲いかかってきたクロイと衝突したのだ。多くの者が死んでいることだろう。


 生きている者も、暗闇症候群にかかっていると思われた。いや。今はそんなことを考えるのはよそう。


 ただ、駆けるのみだ。


「伝令――ッ」
 また別の伝令官が追いかけてきた。


「次はなんだ?」


「災厄級のクロイが進行方向を変えたようです」


「なんだと?」


 後方。
 暗闇のなかで動く、さらに濃厚な闇の輪郭。災厄級のクロイの姿を見て取ることが出来る。


 クロイはディーネたちに興味をなくしたようで、都市のほうにふたたび進んでいるのだった。


(してやられた)


 側面からのクロイの衝突によって、大きな被害をこうむってしまったのだ。人の数が減ったことで、あの災厄級は都市へ戻ることに決めたのだろう。


 どうやら人の数を把握する能力は優れたものがあるらしい。


「ちッ」
 と、ディーネは舌打ちを漏らした。


「いかがいたしますか?」
 と、タルルが尋ねてくる。


「とにかく側面からのクロイを追い払うとしましょうか。生き残っているものの救助にあたりますよ」


「はい」
 すぐに隊を立て直すことにした。


 災厄級はこちらには目もくれず、まっすぐ都市のほうへと戻って行く。


「やってくれますね」


 古来よりこのオルフェスの民を悩ませ続けてきたというバケモノ。
 その災厄級によって、都市に被害が及ぶ。


 そのことを思うと歯ぎしりを禁じえなかった。


 いったいどれだけの被害が発生するのか……。 考えただけでも意識が遠のく。


「あぁ……」
 と、ディーネは声を漏らした。


 自分の口から出たとは思えぬほど、情けのない声音だった。


(私の都市が)


 恩給地として父があずかった都市。それを世襲した都市。そしてディーネが心血を注いできた都市が、災厄級のクロイによって崩されようとしている。


 災厄級が都市のほうへと進むたびに、絶望が深く濃くなっていくかのようだ。 


(誰でも良い。奇跡が起こらぬか。神よ……)
 と、ディーネは祈った。


 ディーネが祈る先は、《光神教》の神なのではない。都合の良いときにだけ、神に頼りたくなるという、そういった具体的な形の持たぬ、神、に祈ったのだ。


 刹那――。
 都市シェークスにて、めくるめくようなキラメキが放たれた。
 咄嗟にディーネは目元を手で覆ったほどだ。


 その手をどけて、キラメキの放たれた都市を見つめた。


「あれは――」


 暗闇のなか、現われたのは、人の形をなした大火であった。


 闇を退け、威風あたりをふりはらい、それは閃光のごとく出現した。


 ふくれあがった胸部。巨木のような腕の形をなしていた。
 まるで炎の巨人。


 兵たちのあいだからも感嘆の声が漏れていた。


 そのなかの誰かが言った。
「魔神さまだ。魔神アラストルさまだ」
 と。


 そうだ。
 あの炎を体現できる者は、他においていない。


 魔神アラストルだ。


 兵隊のあいだに漂っていた暗澹たる空気が払われていた。


 兵たちは一様に憧れを目に宿し、頬を紅潮させて、その魔神に魅入られていた。


 他人のことばかりは言えない。このトツゼンの魔神の出現には、ディーネも奮わせられるものがあった。火の温もりとは、かくなるものか。


(都市を守ってくださるのか……)


 この瞬間にディーネは、《光神教》など、取るに足らない神だと決定づけられた。自分が信奉するべきは、魔神アラストルなのだ――。


「あの御方が――」
 と、タルルが唖然とした様子でつぶやいた。


「私たちは今、神話を目にしているのです」

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