《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
6-2.神の資格
『この村はすでに包囲されている! 大人しく魔神アラストルと、オルフェス最後の魔術師の身柄を差し出せ。さもなくば、貴様らを皆殺しにするぞ』
そう声が響いた。
聞き覚えのある声だった。
これは――。
ロードリ公爵自身の声だ。どうやら領主じきじきにご登場のようである。
ずいぶんと陳腐な脅し文句ではあるが、たしかにけっこうな数の兵隊を連れて来ているようで、それなりに迫力はあった。
雑兵たちの威嚇の声が、あたりを震わせていた。
「地下通路がある。そこから逃げな」
主神ティリリウスの石像の裏。石の床板が敷かれていた。レイアはそれを鈎針のようなもので持ち上げた。すると地下へと続く階段が現われたのだった。
「ずいぶんと都合の良いものがあるな」
「ここは盗賊の村だぜ。隠し通路の1つやふたつは用意してるんだよ」
「それもそうか」
「って、言っても、教会にもともとあったものを、利用してるだけだがな」
と、レイアはつづける。
「出来るだけ時間を稼ぐが、どれだけ稼げるかはわからねェ。下りたら左右の道にはそれずに、真っ直ぐ走れ」
レイアさんはどうするのですか――と、プロメテが尋ねた。
「私はここで時間を稼ぐ。無事だったら、シューパルトの村で落ち合おう。場所はわかるか?」
オレはわからなかったが、プロメテにはわかったようだ。
「どうか御無事で」
「ああ。崇拝するべき魔神さまを守れるんだ。信者としては光栄なことだよ」
「命を粗末にしないでくださいね。もしかすると、あの方々は、私たちを殺しにかかってくるかもしれません。もし命の危険を感じたら投降も――」
「嬢ちゃんは、余計な心配しなくても良いんだよ」
と、レイアは強引にプロメテの背中を押して、地下へと続く石段を歩ませたのだった。
プロメテが石段を下ると、「達者でな。ありがとう」と言い残して、レイアは床板を閉めた。
床板が閉まると、すぐに怒号と騒乱が聞こえてきた。
「レイアさんは、無事に逃げられるでしょうか?」
「さあな。オレにもわからん。意外と、兵隊連中を返り討ちにしちまってるかもしれんしな」
プロメテのことを励まそうと思って、あえて軽い口調でそう言った。
現実がそう甘くはないだろうということは、オレにもわかっている。レイアは「返り討ち」ではなくて「時間稼ぎ」と言ったのだ。
兵隊に突破される前提である。
プロメテは閉ざされた床板を、いつまでも見上げていた。
未練があるのだろう。セッカク《紅蓮教団》という仲間たちを得たのだ。ずっと孤独だったプロメテにとっては、容易には捨てがたいものだろう。
しかし今は――。
「逃げるぞ。プロメテ」
と、急かした。
プロメテが助からなければ、レイアが時間を稼いでくれていることもムダになってしまう。
「そうですね。レイアさんたちが無事であることを祈りましょう」
と、プロメテは足を進めはじめた。
プロメテは何気なく言ったのだろうが、祈る、という言葉はオレに無力感をあたえた。
プロメテは何に祈るというのか。神か? プロメテは神から見放された魔術師である。プロメテが祈る神は、オレしかいない。
しかし今は、プロメテの祈りに応えてやることが出来そうになかった。
この地下通路は、どうやらずいぶんと長く伸びているようだ。水路の役目も果たしているようだった。中央に水が流れていて、プロメテはその脇の道を進んでいるのだった。
「ずいぶんと立派な水路だな」
「ここはもともと《光神教》の教会につながっていましたから、《光神教》の者が、ずっと昔に配備したのでしょう」
「いちおう雨に対抗して、水の循環技術は優れたものがあるみたいだな」
レイアに言われたように、プロメテはひたすら前へと進んで行く。途中で左右にわかれる道があったけれど、すべて無視して進んだ。
「……ふぅ……ふぅ……」
と、プロメテは呼気を荒げていた。
プロメテの吐息は白くけぶって、頬は赤らんでいた。ずいぶんと苦しそうである。
「どうした? 疲れたか?」
「いえ。すこし足が……」
「痛むのか?」
「申し訳ありません」
「いや。謝ることはない。すこし休もう」
「ですが、レイアさんは、真っ直ぐ走れと、おっしゃっていました」
「無茶はいけない」
たしかにレイアは急げと言っていたが、この地下通路がそう簡単に見つかるとは思わなかった。
レイアたちが時間を稼いでくれているし、逃げる時間はあるはずだ。
歩くのが辛かったのか、壁を背にして、プロメテは座り込んだ。
通路の中央に流れている水を、プロメテは見つめていた。小脇に置かれたオレもまた、その水の流れを見つめていた。
ザーッ
水路に沿って水の流れる音が、ひびいていた。
やがて、
「うっ……うっ……」
と、プロメテは身を震わせて泣きはじめた。
「どうした? そんなに痛いのか?」
「いえ。痛いのではなく、悲しいのです」
「レイアたちのことなら、いまは無事を祈るしかない」
「きっと、神さまは私に罰を当てたのです」
「どういう意味だ?」
「私はオルフェス最後の魔術師です。天界より魔法を盗み出した一族の末裔です」
「ああ」
「天界の神々は、私が幸せになることなど許してはくれなかったのでしょう。だから、レイアさんたちは襲われることになったのです。私と関わってしまったから……」
と、膝をかかえて、プロメテは顔をうずめた。
「そう卑屈になることはない」
と、オレが言うと、プロメテは顔を上げた。その目元は赤く腫れてしまっていた。
「ですが……」
「あの教会にあった石像、主神ティリリウスとかいったか。あれが《光神教》の信じる神なんだろう」
「はい。ほかにも天界に神さまはいますが、あの方が主神だそうです」
「プロメテは、あれを崇めているのか?」
「いえ。崇めているわけではありません。ですが、主神ティリリウスさまは存在しておられますし。世間の多くは、《光神教》を崇めておられます」
「君の神は、オレだ。違うか?」
「も、もちろん、魔神さまへの崇拝心は持っております」
と、プロメテはあわてたように言った。
「責めてるわけじゃない。君が信じるべき神は、主神ティリリウスなどというヤツではない。魔法を盗まれたぐらいで怒るような神など、崇拝してなにになるか」
ずいぶんと器の小さい神である。
よくそれで神を名乗れるものだ。
プロメテの苦労は、すべてその神の責任だと思うと、だんだん腹が立ってきた。
「ですが……」
「君の神は、オレだ。なら――」
君に罰を与えられるのは、オレだけだ、とオレは断言した。
プロメテを励ましたいがためのセリフではない。これは自分への鼓舞でもあった。
魔神と呼ばれるからには、信徒の1人を守れるぐらいのチカラが欲しい。
助けてやれない神などに、神を名乗る資格はない。
もし手があるなら握りこぶしを固めていたことだろう。
「そうですね。挫けてはいけませんね。私はこの世界に火を取り戻すと決めたのですから」
と、プロメテの目に光が戻ったのだった。
そう声が響いた。
聞き覚えのある声だった。
これは――。
ロードリ公爵自身の声だ。どうやら領主じきじきにご登場のようである。
ずいぶんと陳腐な脅し文句ではあるが、たしかにけっこうな数の兵隊を連れて来ているようで、それなりに迫力はあった。
雑兵たちの威嚇の声が、あたりを震わせていた。
「地下通路がある。そこから逃げな」
主神ティリリウスの石像の裏。石の床板が敷かれていた。レイアはそれを鈎針のようなもので持ち上げた。すると地下へと続く階段が現われたのだった。
「ずいぶんと都合の良いものがあるな」
「ここは盗賊の村だぜ。隠し通路の1つやふたつは用意してるんだよ」
「それもそうか」
「って、言っても、教会にもともとあったものを、利用してるだけだがな」
と、レイアはつづける。
「出来るだけ時間を稼ぐが、どれだけ稼げるかはわからねェ。下りたら左右の道にはそれずに、真っ直ぐ走れ」
レイアさんはどうするのですか――と、プロメテが尋ねた。
「私はここで時間を稼ぐ。無事だったら、シューパルトの村で落ち合おう。場所はわかるか?」
オレはわからなかったが、プロメテにはわかったようだ。
「どうか御無事で」
「ああ。崇拝するべき魔神さまを守れるんだ。信者としては光栄なことだよ」
「命を粗末にしないでくださいね。もしかすると、あの方々は、私たちを殺しにかかってくるかもしれません。もし命の危険を感じたら投降も――」
「嬢ちゃんは、余計な心配しなくても良いんだよ」
と、レイアは強引にプロメテの背中を押して、地下へと続く石段を歩ませたのだった。
プロメテが石段を下ると、「達者でな。ありがとう」と言い残して、レイアは床板を閉めた。
床板が閉まると、すぐに怒号と騒乱が聞こえてきた。
「レイアさんは、無事に逃げられるでしょうか?」
「さあな。オレにもわからん。意外と、兵隊連中を返り討ちにしちまってるかもしれんしな」
プロメテのことを励まそうと思って、あえて軽い口調でそう言った。
現実がそう甘くはないだろうということは、オレにもわかっている。レイアは「返り討ち」ではなくて「時間稼ぎ」と言ったのだ。
兵隊に突破される前提である。
プロメテは閉ざされた床板を、いつまでも見上げていた。
未練があるのだろう。セッカク《紅蓮教団》という仲間たちを得たのだ。ずっと孤独だったプロメテにとっては、容易には捨てがたいものだろう。
しかし今は――。
「逃げるぞ。プロメテ」
と、急かした。
プロメテが助からなければ、レイアが時間を稼いでくれていることもムダになってしまう。
「そうですね。レイアさんたちが無事であることを祈りましょう」
と、プロメテは足を進めはじめた。
プロメテは何気なく言ったのだろうが、祈る、という言葉はオレに無力感をあたえた。
プロメテは何に祈るというのか。神か? プロメテは神から見放された魔術師である。プロメテが祈る神は、オレしかいない。
しかし今は、プロメテの祈りに応えてやることが出来そうになかった。
この地下通路は、どうやらずいぶんと長く伸びているようだ。水路の役目も果たしているようだった。中央に水が流れていて、プロメテはその脇の道を進んでいるのだった。
「ずいぶんと立派な水路だな」
「ここはもともと《光神教》の教会につながっていましたから、《光神教》の者が、ずっと昔に配備したのでしょう」
「いちおう雨に対抗して、水の循環技術は優れたものがあるみたいだな」
レイアに言われたように、プロメテはひたすら前へと進んで行く。途中で左右にわかれる道があったけれど、すべて無視して進んだ。
「……ふぅ……ふぅ……」
と、プロメテは呼気を荒げていた。
プロメテの吐息は白くけぶって、頬は赤らんでいた。ずいぶんと苦しそうである。
「どうした? 疲れたか?」
「いえ。すこし足が……」
「痛むのか?」
「申し訳ありません」
「いや。謝ることはない。すこし休もう」
「ですが、レイアさんは、真っ直ぐ走れと、おっしゃっていました」
「無茶はいけない」
たしかにレイアは急げと言っていたが、この地下通路がそう簡単に見つかるとは思わなかった。
レイアたちが時間を稼いでくれているし、逃げる時間はあるはずだ。
歩くのが辛かったのか、壁を背にして、プロメテは座り込んだ。
通路の中央に流れている水を、プロメテは見つめていた。小脇に置かれたオレもまた、その水の流れを見つめていた。
ザーッ
水路に沿って水の流れる音が、ひびいていた。
やがて、
「うっ……うっ……」
と、プロメテは身を震わせて泣きはじめた。
「どうした? そんなに痛いのか?」
「いえ。痛いのではなく、悲しいのです」
「レイアたちのことなら、いまは無事を祈るしかない」
「きっと、神さまは私に罰を当てたのです」
「どういう意味だ?」
「私はオルフェス最後の魔術師です。天界より魔法を盗み出した一族の末裔です」
「ああ」
「天界の神々は、私が幸せになることなど許してはくれなかったのでしょう。だから、レイアさんたちは襲われることになったのです。私と関わってしまったから……」
と、膝をかかえて、プロメテは顔をうずめた。
「そう卑屈になることはない」
と、オレが言うと、プロメテは顔を上げた。その目元は赤く腫れてしまっていた。
「ですが……」
「あの教会にあった石像、主神ティリリウスとかいったか。あれが《光神教》の信じる神なんだろう」
「はい。ほかにも天界に神さまはいますが、あの方が主神だそうです」
「プロメテは、あれを崇めているのか?」
「いえ。崇めているわけではありません。ですが、主神ティリリウスさまは存在しておられますし。世間の多くは、《光神教》を崇めておられます」
「君の神は、オレだ。違うか?」
「も、もちろん、魔神さまへの崇拝心は持っております」
と、プロメテはあわてたように言った。
「責めてるわけじゃない。君が信じるべき神は、主神ティリリウスなどというヤツではない。魔法を盗まれたぐらいで怒るような神など、崇拝してなにになるか」
ずいぶんと器の小さい神である。
よくそれで神を名乗れるものだ。
プロメテの苦労は、すべてその神の責任だと思うと、だんだん腹が立ってきた。
「ですが……」
「君の神は、オレだ。なら――」
君に罰を与えられるのは、オレだけだ、とオレは断言した。
プロメテを励ましたいがためのセリフではない。これは自分への鼓舞でもあった。
魔神と呼ばれるからには、信徒の1人を守れるぐらいのチカラが欲しい。
助けてやれない神などに、神を名乗る資格はない。
もし手があるなら握りこぶしを固めていたことだろう。
「そうですね。挫けてはいけませんね。私はこの世界に火を取り戻すと決めたのですから」
と、プロメテの目に光が戻ったのだった。
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