《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!
6-1.最後の逃走
その夜。
夜と言っても、オルフェスは四六時中、暗闇におおわれている。あくまで時計のうえでは、夜ということだ。
プロメテが光る時計盤の懐中時計を持っていたので、それで確認することが出来たのだ。《輝光石》を利用して作られたものらしい。
時間は20時。
本来ならば宵の口といったところか。オルフェスの景色は、ますます暗くなっている様子だった。
教会の内部はオレの明かりが届いている。だが、外は粘り気のある闇が世界を包みこんでいるかのようだった。
この教会そのものが、深海に沈んでいるかのような、そんな圧迫感すらおぼえた。
「すぅすぅ」
と、オレのすぐそばで、プロメテはウツラウツラとしていた。
眠気に負けないようにしているのか、ときおり頭を左右に振っていた。
「眠かったら、寝れば良い」
と、オレは言った。
べつにムリして起きている必要はない。プロメテも酷く疲れているはずだ。
「そうなのですが、もしかすると今日の出来事が、眠ってしまえば消えてしまいそうで、怖いのです」
「そりゃ明日になれば、今日は消える」
「それがモッタイナイ気がして」
「まぁ、残ってくれるものもあるだろうさ」
なんだかキザっぽいセリフだなと思って、発言してから照れ臭くなった。が、プロメテは気にしなかったようだ。
「長い1日でした」
「そうだな」
こんなに1日が長く感じるのも、久しぶりのことだ。
オレは地球で――おぼろげにしか覚えていないのだが――蒙昧な日々を過ごしていた。朝が来て、無為に1日を過ごして、気が付けば1日を終える。そんな日々を送っていたような気がする。
そのときのことを思えば、今日という1日は刺激的だった。その分、長く感じたのかもしれない。
「夢みたいな1日だったのです。魔神さまの召喚に成功したことも、聖火台に火を灯すことが出来たのも、そしてこうして私のことを嫌わない人たちが出来たことも」
プロメテの周りには、《紅蓮教団》の仲間たちがいた。
みんなもともと、盗賊というだけあって、あまり品のある者たちではない。
上裸の者もいれば、服の破れた者たちもいる。泥で汚れた者がいれば、チョット体臭のキツイ者もいる。それでもオレの信者となると言って、プロメテを受け入れてくれた者たちだった。
「あれは、ワインか?」
「そのようですね。いろんな果実が取れるので、それでお酒を造ることも出来ます」
「どうりで、乱れているわけだ」
レイアも、上機嫌で仲間たちのあいだを踊りまわっていた。仲間たちが助かって嬉しいのだろう。
ブドウとは思えない、甘ったるい香りも漂っていた。この世界特有の果実があるのかもしれない。
「すべては魔神さまのおかげなのですよ」
「オレはべつに、何もしちゃいないさ」
「そんなことはないのですよ。聖火台に火を灯すことが出来たのも、《紅蓮教団》が出来たのも、魔神さまのおかげなのです」
それにこの教会は、とても温かいのですよ――と、プロメテは付け加えた。
「でも、オレを召喚したのはプロメテだ。オレは自分で動くことが出来そうにないからな。プロメテが歩んできた道の結果だよ」
「魔神さまにそう言ってもらえると、とっても嬉しいのです。この光景は、私にとって身に余るものなのですよ。お母さんにも……」
「ん?」
声が尻すぼみになって、聞き取れなかった。
「すぅすぅ」
と、プロメテはヒザを抱えるようにして眠っているのだった。
プロメテの母は、迫害されたあげくに衰弱死したと聞いている。もう少し、オレが召喚されていれば、助けることが出来たかもしれない。
いや。その場合は、召喚されていたのが、オレでない者だったかもしれない。この異世界転生という現象が、どういう理屈によって起こっているのか、よくわからない。
「おう。魔術師の嬢ちゃんは、お疲れみたいだな」
酒のせいか、頬が真っ赤になったレイアがやって来てそう言った。
「そっちこそ、ハメを外し過ぎるなよ」
「心配することはないよ。魔神さま。私は酒に強いんだ」
ひくっ、とレイアはしゃっくりをしていた。
「それはブドウ酒か?」
本来、中世ヨーロッパでは、ワインは高級品だった。一般的に飲まれているのは、かなり粗悪なものだったと聞いている。が、レイアの飲んでいるものは、しっかりと色が付いていた。盗んだ
ものかもしれない
「ブドウもあれば、黒果実酒ってのもある」
「黒果実酒?」
「この黒い酒がそうさ。人の顔ぐらいの大きさの身で、中に果汁が詰まってんだが、手入れしなくとも自然と酒になってやがるから、よく飲まれてる。たまに腹をくだすこともあるがな」
「ヤッパリ生態系が特殊なんだな」
「神がこの地を闇で閉ざしてから1000年だ。それ以前は、もっと別の動植物がいたって話を聞いてる」
「その酒は、美味いのか?」
「美味いぜ。魔神さまも飲んでみるかい?」
「いや。やめておこう」
オレは火である。
酒を注げば、どうなるかわかったもんじゃない。
「魔神さまは、下戸なのかい」
「さあ。酔っぱらうのかどうかは、わからんが……」
ん?
なんだか外が騒がしかった。
怒号や足音、馬のいななきが聞こえてきた。
異変をレイアも感じ取ったようだ。さきまでの緩んだ気配が、引きしめられていた。その紅蓮の瞳に、鋭い光が宿っている。ほかの《紅蓮教団》の者たちも、一瞬にして静まりかえっていた。
さすが盗賊。
不穏な気配には敏感なのだろう。
「魔神さまよ」
と、急にレイアは神妙な声を発した。
「なんだ。レイア」
レイアにつられて、オレも硬い声音になっていた。
「その魔術師の嬢ちゃんを連れて、ここを離れろ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。どうやら追っ手が、嗅ぎつけてきやがったらしい。しかもこの足音は、けっこうな数だぜ」
「ロードリ公爵のところの追っ手か?」
「だろうな」
と、レイアはうなずいた。
「諦めの悪い連中だな」
「当たり前だ。魔神さまのことを、自分のもとで確保しておきたい。誰だってそう思うだろうさ」 と、レイアはオレに吐息を吹きかけてきた。それを受けて、オレのカラダがなびいた。その吐息からは、酒の匂いが感じられた。
酒臭いぞ、と言うと、
すまねぇな、とレイアは謝った。
「プロメテとオレが、ここから逃げたとして、レイアはどうする?」
「魔神さまの信徒として、《紅蓮教団》としての初任務だ。ここで騎士の連中を足止めしてやるよ」
と、レイアは腰にたずさえていた剣の柄に手をかけていた。
「足止めって、そんなこと出来るのか?」
「相手の数にもよるがな」
厭な予感がした。
「まさか、死ぬつもりじゃないだろうな」
都市から逃げるさいに、騎士の連中は矢を射かけてきたこともある。こっちの命に頓着しているとは思えない。
強引にオレのことを奪ってくることも充分に考えられる。
へっ、とレイアは笑い飛ばした。
「心配するなよ。死ぬつもりなんかねェ。私たちを見くびってもらっちゃ困る。《紅蓮教団》の前身を忘れちゃわけじゃあるまい」
《紅蓮党》
名の知れた盗賊だとは言っていた。城から脱出するさいのレイアの身のこなしも、尋常じゃない手際の良さだった。
しかし、それでも――。
「みんなで逃げるのはどうだ?」
「逃げ切れないさ。特に魔神さまは目だって仕方ないからな」
「そりゃ悪かったな」
「そこのお嬢ちゃんは、聖火台に火を灯すんだろ。だったら、ここで頓挫するわけにはいかないだろ」
と、眠っているプロメテに、レイアは目をやった。
「ああ。そうだな」
「それにこれは良い機会だ。助けられた借りを返すことが出来る。言っただろう。私たちは義理人情には厚いんだ」
そう言うと、レイアは眠っているプロメテを揺り起した。
夜と言っても、オルフェスは四六時中、暗闇におおわれている。あくまで時計のうえでは、夜ということだ。
プロメテが光る時計盤の懐中時計を持っていたので、それで確認することが出来たのだ。《輝光石》を利用して作られたものらしい。
時間は20時。
本来ならば宵の口といったところか。オルフェスの景色は、ますます暗くなっている様子だった。
教会の内部はオレの明かりが届いている。だが、外は粘り気のある闇が世界を包みこんでいるかのようだった。
この教会そのものが、深海に沈んでいるかのような、そんな圧迫感すらおぼえた。
「すぅすぅ」
と、オレのすぐそばで、プロメテはウツラウツラとしていた。
眠気に負けないようにしているのか、ときおり頭を左右に振っていた。
「眠かったら、寝れば良い」
と、オレは言った。
べつにムリして起きている必要はない。プロメテも酷く疲れているはずだ。
「そうなのですが、もしかすると今日の出来事が、眠ってしまえば消えてしまいそうで、怖いのです」
「そりゃ明日になれば、今日は消える」
「それがモッタイナイ気がして」
「まぁ、残ってくれるものもあるだろうさ」
なんだかキザっぽいセリフだなと思って、発言してから照れ臭くなった。が、プロメテは気にしなかったようだ。
「長い1日でした」
「そうだな」
こんなに1日が長く感じるのも、久しぶりのことだ。
オレは地球で――おぼろげにしか覚えていないのだが――蒙昧な日々を過ごしていた。朝が来て、無為に1日を過ごして、気が付けば1日を終える。そんな日々を送っていたような気がする。
そのときのことを思えば、今日という1日は刺激的だった。その分、長く感じたのかもしれない。
「夢みたいな1日だったのです。魔神さまの召喚に成功したことも、聖火台に火を灯すことが出来たのも、そしてこうして私のことを嫌わない人たちが出来たことも」
プロメテの周りには、《紅蓮教団》の仲間たちがいた。
みんなもともと、盗賊というだけあって、あまり品のある者たちではない。
上裸の者もいれば、服の破れた者たちもいる。泥で汚れた者がいれば、チョット体臭のキツイ者もいる。それでもオレの信者となると言って、プロメテを受け入れてくれた者たちだった。
「あれは、ワインか?」
「そのようですね。いろんな果実が取れるので、それでお酒を造ることも出来ます」
「どうりで、乱れているわけだ」
レイアも、上機嫌で仲間たちのあいだを踊りまわっていた。仲間たちが助かって嬉しいのだろう。
ブドウとは思えない、甘ったるい香りも漂っていた。この世界特有の果実があるのかもしれない。
「すべては魔神さまのおかげなのですよ」
「オレはべつに、何もしちゃいないさ」
「そんなことはないのですよ。聖火台に火を灯すことが出来たのも、《紅蓮教団》が出来たのも、魔神さまのおかげなのです」
それにこの教会は、とても温かいのですよ――と、プロメテは付け加えた。
「でも、オレを召喚したのはプロメテだ。オレは自分で動くことが出来そうにないからな。プロメテが歩んできた道の結果だよ」
「魔神さまにそう言ってもらえると、とっても嬉しいのです。この光景は、私にとって身に余るものなのですよ。お母さんにも……」
「ん?」
声が尻すぼみになって、聞き取れなかった。
「すぅすぅ」
と、プロメテはヒザを抱えるようにして眠っているのだった。
プロメテの母は、迫害されたあげくに衰弱死したと聞いている。もう少し、オレが召喚されていれば、助けることが出来たかもしれない。
いや。その場合は、召喚されていたのが、オレでない者だったかもしれない。この異世界転生という現象が、どういう理屈によって起こっているのか、よくわからない。
「おう。魔術師の嬢ちゃんは、お疲れみたいだな」
酒のせいか、頬が真っ赤になったレイアがやって来てそう言った。
「そっちこそ、ハメを外し過ぎるなよ」
「心配することはないよ。魔神さま。私は酒に強いんだ」
ひくっ、とレイアはしゃっくりをしていた。
「それはブドウ酒か?」
本来、中世ヨーロッパでは、ワインは高級品だった。一般的に飲まれているのは、かなり粗悪なものだったと聞いている。が、レイアの飲んでいるものは、しっかりと色が付いていた。盗んだ
ものかもしれない
「ブドウもあれば、黒果実酒ってのもある」
「黒果実酒?」
「この黒い酒がそうさ。人の顔ぐらいの大きさの身で、中に果汁が詰まってんだが、手入れしなくとも自然と酒になってやがるから、よく飲まれてる。たまに腹をくだすこともあるがな」
「ヤッパリ生態系が特殊なんだな」
「神がこの地を闇で閉ざしてから1000年だ。それ以前は、もっと別の動植物がいたって話を聞いてる」
「その酒は、美味いのか?」
「美味いぜ。魔神さまも飲んでみるかい?」
「いや。やめておこう」
オレは火である。
酒を注げば、どうなるかわかったもんじゃない。
「魔神さまは、下戸なのかい」
「さあ。酔っぱらうのかどうかは、わからんが……」
ん?
なんだか外が騒がしかった。
怒号や足音、馬のいななきが聞こえてきた。
異変をレイアも感じ取ったようだ。さきまでの緩んだ気配が、引きしめられていた。その紅蓮の瞳に、鋭い光が宿っている。ほかの《紅蓮教団》の者たちも、一瞬にして静まりかえっていた。
さすが盗賊。
不穏な気配には敏感なのだろう。
「魔神さまよ」
と、急にレイアは神妙な声を発した。
「なんだ。レイア」
レイアにつられて、オレも硬い声音になっていた。
「その魔術師の嬢ちゃんを連れて、ここを離れろ」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。どうやら追っ手が、嗅ぎつけてきやがったらしい。しかもこの足音は、けっこうな数だぜ」
「ロードリ公爵のところの追っ手か?」
「だろうな」
と、レイアはうなずいた。
「諦めの悪い連中だな」
「当たり前だ。魔神さまのことを、自分のもとで確保しておきたい。誰だってそう思うだろうさ」 と、レイアはオレに吐息を吹きかけてきた。それを受けて、オレのカラダがなびいた。その吐息からは、酒の匂いが感じられた。
酒臭いぞ、と言うと、
すまねぇな、とレイアは謝った。
「プロメテとオレが、ここから逃げたとして、レイアはどうする?」
「魔神さまの信徒として、《紅蓮教団》としての初任務だ。ここで騎士の連中を足止めしてやるよ」
と、レイアは腰にたずさえていた剣の柄に手をかけていた。
「足止めって、そんなこと出来るのか?」
「相手の数にもよるがな」
厭な予感がした。
「まさか、死ぬつもりじゃないだろうな」
都市から逃げるさいに、騎士の連中は矢を射かけてきたこともある。こっちの命に頓着しているとは思えない。
強引にオレのことを奪ってくることも充分に考えられる。
へっ、とレイアは笑い飛ばした。
「心配するなよ。死ぬつもりなんかねェ。私たちを見くびってもらっちゃ困る。《紅蓮教団》の前身を忘れちゃわけじゃあるまい」
《紅蓮党》
名の知れた盗賊だとは言っていた。城から脱出するさいのレイアの身のこなしも、尋常じゃない手際の良さだった。
しかし、それでも――。
「みんなで逃げるのはどうだ?」
「逃げ切れないさ。特に魔神さまは目だって仕方ないからな」
「そりゃ悪かったな」
「そこのお嬢ちゃんは、聖火台に火を灯すんだろ。だったら、ここで頓挫するわけにはいかないだろ」
と、眠っているプロメテに、レイアは目をやった。
「ああ。そうだな」
「それにこれは良い機会だ。助けられた借りを返すことが出来る。言っただろう。私たちは義理人情には厚いんだ」
そう言うと、レイアは眠っているプロメテを揺り起した。
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