《完結》転生したら、火、だった件。迫害された魔術師ちゃんが、魔神さまと崇めてきます。神なら信者を作っちゃおうぜ!

執筆用bot E-021番 

6-1.最後の逃走

 その夜。


 夜と言っても、オルフェスは四六時中、暗闇におおわれている。あくまで時計のうえでは、夜ということだ。


 プロメテが光る時計盤の懐中時計を持っていたので、それで確認することが出来たのだ。《輝光石》を利用して作られたものらしい。


 時間は20時。
 本来ならば宵の口といったところか。オルフェスの景色は、ますます暗くなっている様子だった。


 教会の内部はオレの明かりが届いている。だが、外は粘り気のある闇が世界を包みこんでいるかのようだった。


 この教会そのものが、深海に沈んでいるかのような、そんな圧迫感すらおぼえた。


「すぅすぅ」
 と、オレのすぐそばで、プロメテはウツラウツラとしていた。
 眠気に負けないようにしているのか、ときおり頭を左右に振っていた。


「眠かったら、寝れば良い」
 と、オレは言った。


 べつにムリして起きている必要はない。プロメテも酷く疲れているはずだ。


「そうなのですが、もしかすると今日の出来事が、眠ってしまえば消えてしまいそうで、怖いのです」


「そりゃ明日になれば、今日は消える」


「それがモッタイナイ気がして」


「まぁ、残ってくれるものもあるだろうさ」


 なんだかキザっぽいセリフだなと思って、発言してから照れ臭くなった。が、プロメテは気にしなかったようだ。


「長い1日でした」


「そうだな」


 こんなに1日が長く感じるのも、久しぶりのことだ。


 オレは地球で――おぼろげにしか覚えていないのだが――蒙昧な日々を過ごしていた。朝が来て、無為に1日を過ごして、気が付けば1日を終える。そんな日々を送っていたような気がする。


 そのときのことを思えば、今日という1日は刺激的だった。その分、長く感じたのかもしれない。


「夢みたいな1日だったのです。魔神さまの召喚に成功したことも、聖火台に火を灯すことが出来たのも、そしてこうして私のことを嫌わない人たちが出来たことも」


 プロメテの周りには、《紅蓮教団》の仲間たちがいた。


 みんなもともと、盗賊というだけあって、あまり品のある者たちではない。


 上裸の者もいれば、服の破れた者たちもいる。泥で汚れた者がいれば、チョット体臭のキツイ者もいる。それでもオレの信者となると言って、プロメテを受け入れてくれた者たちだった。


「あれは、ワインか?」


「そのようですね。いろんな果実が取れるので、それでお酒を造ることも出来ます」


「どうりで、乱れているわけだ」


 レイアも、上機嫌で仲間たちのあいだを踊りまわっていた。仲間たちが助かって嬉しいのだろう。


 ブドウとは思えない、甘ったるい香りも漂っていた。この世界特有の果実があるのかもしれない。


「すべては魔神さまのおかげなのですよ」


「オレはべつに、何もしちゃいないさ」


「そんなことはないのですよ。聖火台に火を灯すことが出来たのも、《紅蓮教団》が出来たのも、魔神さまのおかげなのです」


 それにこの教会は、とても温かいのですよ――と、プロメテは付け加えた。


「でも、オレを召喚したのはプロメテだ。オレは自分で動くことが出来そうにないからな。プロメテが歩んできた道の結果だよ」


「魔神さまにそう言ってもらえると、とっても嬉しいのです。この光景は、私にとって身に余るものなのですよ。お母さんにも……」


「ん?」
 声が尻すぼみになって、聞き取れなかった。


「すぅすぅ」
 と、プロメテはヒザを抱えるようにして眠っているのだった。


 プロメテの母は、迫害されたあげくに衰弱死したと聞いている。もう少し、オレが召喚されていれば、助けることが出来たかもしれない。


 いや。その場合は、召喚されていたのが、オレでない者だったかもしれない。この異世界転生という現象が、どういう理屈によって起こっているのか、よくわからない。


「おう。魔術師の嬢ちゃんは、お疲れみたいだな」


 酒のせいか、頬が真っ赤になったレイアがやって来てそう言った。


「そっちこそ、ハメを外し過ぎるなよ」


「心配することはないよ。魔神さま。私は酒に強いんだ」


 ひくっ、とレイアはしゃっくりをしていた。


「それはブドウ酒か?」


 本来、中世ヨーロッパでは、ワインは高級品だった。一般的に飲まれているのは、かなり粗悪なものだったと聞いている。が、レイアの飲んでいるものは、しっかりと色が付いていた。盗んだ
ものかもしれない


「ブドウもあれば、黒果実酒ってのもある」


「黒果実酒?」


「この黒い酒がそうさ。人の顔ぐらいの大きさの身で、中に果汁が詰まってんだが、手入れしなくとも自然と酒になってやがるから、よく飲まれてる。たまに腹をくだすこともあるがな」


「ヤッパリ生態系が特殊なんだな」


「神がこの地を闇で閉ざしてから1000年だ。それ以前は、もっと別の動植物がいたって話を聞いてる」


「その酒は、美味いのか?」


「美味いぜ。魔神さまも飲んでみるかい?」


「いや。やめておこう」


 オレは火である。
 酒を注げば、どうなるかわかったもんじゃない。


「魔神さまは、下戸なのかい」


「さあ。酔っぱらうのかどうかは、わからんが……」


 ん?
 なんだか外が騒がしかった。
 怒号や足音、馬のいななきが聞こえてきた。


 異変をレイアも感じ取ったようだ。さきまでの緩んだ気配が、引きしめられていた。その紅蓮の瞳に、鋭い光が宿っている。ほかの《紅蓮教団》の者たちも、一瞬にして静まりかえっていた。


 さすが盗賊。
 不穏な気配には敏感なのだろう。


「魔神さまよ」
 と、急にレイアは神妙な声を発した。


「なんだ。レイア」
 レイアにつられて、オレも硬い声音になっていた。


「その魔術師の嬢ちゃんを連れて、ここを離れろ」


「どういう意味だ?」


「そのままの意味だ。どうやら追っ手が、嗅ぎつけてきやがったらしい。しかもこの足音は、けっこうな数だぜ」


「ロードリ公爵のところの追っ手か?」


「だろうな」
 と、レイアはうなずいた。


「諦めの悪い連中だな」


「当たり前だ。魔神さまのことを、自分のもとで確保しておきたい。誰だってそう思うだろうさ」 と、レイアはオレに吐息を吹きかけてきた。それを受けて、オレのカラダがなびいた。その吐息からは、酒の匂いが感じられた。


 酒臭いぞ、と言うと、
 すまねぇな、とレイアは謝った。


「プロメテとオレが、ここから逃げたとして、レイアはどうする?」


「魔神さまの信徒として、《紅蓮教団》としての初任務だ。ここで騎士の連中を足止めしてやるよ」
 と、レイアは腰にたずさえていた剣の柄に手をかけていた。


「足止めって、そんなこと出来るのか?」


「相手の数にもよるがな」


 厭な予感がした。


「まさか、死ぬつもりじゃないだろうな」


 都市から逃げるさいに、騎士の連中は矢を射かけてきたこともある。こっちの命に頓着しているとは思えない。
 強引にオレのことを奪ってくることも充分に考えられる。


 へっ、とレイアは笑い飛ばした。
「心配するなよ。死ぬつもりなんかねェ。私たちを見くびってもらっちゃ困る。《紅蓮教団》の前身を忘れちゃわけじゃあるまい」


《紅蓮党》
 名の知れた盗賊だとは言っていた。城から脱出するさいのレイアの身のこなしも、尋常じゃない手際の良さだった。


 しかし、それでも――。


「みんなで逃げるのはどうだ?」


「逃げ切れないさ。特に魔神さまは目だって仕方ないからな」


「そりゃ悪かったな」


「そこのお嬢ちゃんは、聖火台に火を灯すんだろ。だったら、ここで頓挫するわけにはいかないだろ」
 と、眠っているプロメテに、レイアは目をやった。


「ああ。そうだな」


「それにこれは良い機会だ。助けられた借りを返すことが出来る。言っただろう。私たちは義理人情には厚いんだ」


 そう言うと、レイアは眠っているプロメテを揺り起した。

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