迷子な坊主のサバイバル生活 異世界で念仏は使えますか?「旧題・異世界坊主」

かぐつち

第209話 地獄絵図の最前線

(失敗したなあ・・・・よりにも寄ってこんな流行病(はやりやまい)に巻き込まれるとか・・・・)
内心でぼやきながら患者の処置をする、喉が腫れて呼吸が苦しそうだ、このままだと心臓が止まる前に呼吸が止まるので、吸血蛭を張り付けてうっ血している血を瀉血して腫れを小さくする、蛭は程良く吸った所で線香等で軽く炙ると剥がれてくれる、傷口は治療の奇跡を使えば直ぐに塞がる。
「もう! 何なんですかこの病気?!」
まだ若い教会の少女、リカが医療物資を抱えて野戦病院と成ってしまった教会の病室を駆け回りながら、思わずと言った様子で叫び声を上げた。
「ぼやくな! 不安がうつる!」
思わず一喝する、患者の心情は治療自体に言う程影響は無いと言いたい所なのだが、意外と影響が有るのだ、お産の時なんかは健康な人でも気の持ち様で戻ってきたり、戻って来れなかったり、まあ、気のせいだと言われれば其処までだし、其れ所じゃない状態と言う物も良くあるのだが・・・
そして、この病気と言う物は、間違いなく後者の方なのだが・・・
この病気、現在この地で流行っている病の名は黒皮病、突然首が腫れたと思ったら、高熱を出して倒れ、皮膚に黒い斑点が現れ、特に手足や触れた場所が黒く染まり、咳や痰を伴い、そのまま治療無しでは10日持た無いし、最短7日ほどでお亡くなりだ、しかも今の所碌な薬も無い。
患者の咳や痰に触れると病気がうつるのは解ったので、患者を隔離、汚れた物は急いで交換、洗濯して。
喉が腫れ過ぎて呼吸が止まってしまう患者も居たので、蛭(ヒル)に吸わせて瀉血して強引に腫れを解消。夏の終わりに増えた蛭が居たので助かった。
熱が出て苦しそうにして居るので、氷嚢を当てて冷やす。
だが、これは実質現状維持だけで薬も何も無い。
熱さましの薬を飲ませても何の効果も無い、神の奇跡で浄化をしても、一瞬安らかな顔をするだけで、直ぐに苦悶の表情に元通りだ。
神の奇跡で治療すると、黒くなった肌が少し白くなるが、又すぐに黒くなる、恐らく体の中で出血して居るのだろうけど、何のせいでこうなって居るのかもう何も分からない。
ただ安らかに患者が最後の時を迎えられると言うだけだ、私達は内心で泣きながら一連の作業をしていた。
先程最短7日でお亡くなりだと言ったが、この一連の処置が上手く合って居た場合は、其れなりに延命は出来る、延命できるだけなのが本気で辛いのだが、最期の行き付く先が同じなのだ、苦しみを長引かせることは意味が有るのだろうか?
もうこの病気の騒ぎが始まって数週間、初期の患者はもう土の下で、次から次にと患者が来る、一体何が起こって居るのかと言う状態だが、最早外に出られる状態では無い、暇がないと言うよりも、顔が割れて居るので、下手に歩くと病気を持ち込むなと石を投げられる、比喩無しで危ないので暫く外に出て居ない、物資の補給はお得意様の業者さんが律儀に運んできてくれるので、其れ任せだ。
こんな所で新入りを怒鳴りながら医療行為をしているが、私はこの地の人間では無い、うっかりこの地に足を踏み入れて教会を宿代わりに滞在して居る内にこの病気が流行り出し、産婆の私には医療系の知識が有るだろうと力を貸して欲しいと神父様に泣き着かれ、手伝って居る内に責任者である神父様が患者の咳を浴びてしまい、マスクの上からでも見事に感染、発症。その時点で他の者達より年長で、階級も上と言う事で責任者にされてしまい、いつの間にやらこうして最前線で治療行為をしているのだ。
「ちょっと休憩させてもらうよ、アンタも休みな」
一先ず処置が済んだので、少しだけ休ませてもらおう。指示を飛ばす物も居ないので、指示も含めて自分の裁量次第だ、産婆の時は生まれて来る赤子と母体次第なので、ある意味指示は其方任せだ、長丁場になった場合、陣痛の波の合間に急いで母と自分に食事を詰め込むのだ、この状態ではアレは慌ただしく、其れ所では無いのだけど、とても楽しかった様な気さえする。
「はい・・・」
リカの返事を聞きながら外に出て、上着を脱ぎ下着姿になり、井戸から釣瓶でキイキイと水を汲み、頭からかぶって頭をスッキリさせる。
今の時代、魔石で水やらお湯やらも出せるが、魔石は其れなりの値段がするし効果も有限だ、そもそも教会が信仰する大地の神の恵みを頂くと言う行為にも繋がる事から、こうして井戸から汲むと言う行為は、教会的に神聖な行いだとされて居るのだ。
「ふひぃ・・・」
此処は教会の中庭、外部の人目を気にする必要は無い、異性の目は有るかも知れないが、もし見られたとしても粗方半死半生の病人ばかりだ、この身体を見て辛抱溜らず襲ってくるような者は居ないだろう。
ロープを張って干してある洗濯物の端切れを一つ取り、残った水気を拭き取って行く、後は軽く乾かしてから上着を着て現場に戻ろう。
「って、何やってるんです?!」
休憩しに来たらしい、リカが叫び声を上げる。
「見ての通り水浴び、アンタも浴びときな、その顔で手当てしちゃあこっち迄暗くなる」
「?!」
目尻の涙を指摘されて、リカが動揺する。
言葉は要らないだろうと水を汲んで水桶を差し出す。
新入りがばしゃりと両手で水を汲んで顔を洗い始めた、改めて泣き始めた様に肩が震えていた。
顔を洗い終わった所に、ほら、之で拭けと近くに干してある端切れを手渡す。
わしゃわしゃと水気を拭き取り、やっと一息ついた様子でふう・・・と、息を吐いた。
「さっき迄よりはマシに成ったね」
「はい・・・」
流石に疲れは抜けないだろうが、一瞬でも気持ちが緩めばもう一度張り直せる、張りつめたままでは全体がバラバラに成ってしまうのだ。
「休憩ですか?」
料理担当の少女、ロニが中庭に顔を出した。
「ああ、少し休ませてもらってる」
「丁度ご飯出来たので、今の内に食べちゃってください」
ああ、もうそんな時間か、朝から治療に駆け回って、もう太陽が空の真ん中にある。
「頂くよ、有り難う」
「ちゃんと手は洗って下さいね?」
「分かってるよ、死にたくは無いしね」
病人に触れた後手を洗わなかった場合、当然病気がうつるし、下手に患者から別の患者に触れた場合もうつるのだから、手洗いだけで命が拾えるのだから安い物だ、実際最近この辺では石鹸の流通価格が安くなってきているので、何だかんだで有難い。
現状、この野戦病院と成ってしまった教会の人員は。私「サン」と、この娘「リカ」と、料理と掃除担当の娘「ロニ」 神父様は既に病に倒れて戦力外、結局3人で回して居る、今無事な人は好き好んでこの建物には寄り付かないが、病人が出ると問答無用の大騒ぎで運び込まれるのだが、結局其のまま教会の前に放り出されるのがお約束だ、当然と言うか何と言うか、見舞いなどほぼ来ない、何とも人情紙吹雪である。
「頂きます」
祈りの後に一言付けて、味も何もあった物では無い食事をかき込む、正直疲れすぎて最早味が解らないのだ。ただなんでも良いから口に入れないと身体が持たないので、何の文句も無くお腹に詰め込む。
「ご馳走様」
何故か口を付いてそんな一言が出て来た、昔の仕事先での珍しい食事の挨拶だったのだが、何故か馴染んでしまったのだ。
「はい、午後も頑張ってくださいね」
「はいはい」
軽く手を振って午後の部の手当ての為に病室に向かった。

私自身、何故こんな所に居るのかと言うと、昔取り上げた赤ん坊がどんな生活をしているのかを物陰から見守るのが好きだから、昔の仕事先の近くに来たので、どうせだから寄って見ようと足を延ばした結果である。尤も、相手によっては危険なので、人と言うか相手は選ぶ、人を見る目は有るつもりだ。
そんな訳で比較的安全そうなこの間の領主さんの一家にご挨拶でもと思って来たのだが、思わぬ足止めを食ってしまっていた。正直其れ所では無いのだが、ちょっとそんな先の楽しそうな予定を確認しない事には心が折れそうなのでちょっと現実逃避だ。
あの時取り上げた赤子の3人は無事育っているだろうか?
尤も、私自身この後もちゃんと生き残って居られるか怪しいのだが・・・

そんな最中、表の道で何か騒がしい馬と車輪の音と気配が近づいて来た。
又患者の追加だろうか?
内心うんざりと考える、運んで来る人は私達治療担当と直接接触すると病気がうつると騒いで嫌う、罵倒される時もある。大抵表に患者を放置と言うか、放り出して行く、置いて行ったと合図でドアノッカーを鳴らせば良い方だ、そして患者以外居なくなってからこっそり回収するのがお約束だ。
何で自分がこそこそしなくてはいけないのかとも思うが、其れで患者が増えなくなるのなら其れでも構わないと、最早諦めつつ手当てをする、どっちにしても出迎える事は無いので、気配が消えるまで待つ。
いや、患者だったら運んで来る人が一緒に騒ぎながら来るはずだと、思い直す。
そっちより救援の方だったら嬉しいなあと、希望的観測で考える。
神父様は倒れる前に各地に救援要請の書状を送っていた筈だが、今の所救援らしい救援は来ていない、教会の本部や、各支部、この地の領主邸、王都の嘆願書受付部等々の宛名のメモが有って、なけなしのお金で特急料金の早馬を頼んだんだ、きっと来てくれるとうわ言の様につぶやいていたのだ。
そう言えば、少し前に何だか場違いな良い服を着た患者以外の人が此処を訪ねて来たけど、もしかしてアレだろうか?
良さげなのが居るので急いで連れて来ると言って居たけど、何処まで当てにした物だろう?
コンコンと、ドアノッカーが叩かれた。
さてどっちだ?
「はい、聞こえてます、患者さんだったら其処に置いて置いて下さい、貴方が居なくなってから回収させていただきますので・・・」
最近お約束の返事をする。
「患者じゃ無いです・・・・先に浄化しちゃいましょうか?」
「え?」
「まかはんにゃーはーらーみったーー・・・・・・」
扉の向こうで呟く様に、何かを歌うように唱えだした。
昔何処かで聞いたような気もするけど。
え?何?
不意に空気が澄み渡った。
病気の患者がごった返して、どうしようもなく淀んでいた空気が、一瞬で奇麗に成った。
聖人?
救援?
其れだったら失礼のない様に出迎え無くては・・
急いでドアを開けると、何処かで出会った、領主さんの所の旦那さんと嫁さん達が立って居た。
「おや? 産婆さん? お久しぶりですね?」
嫁さん其の1、灯さんが思ったより軽い調子で挨拶して来た。

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