水晶を覗くばあさん

文戸玲

戻りたい女14 

 

 部屋に戻り,ノンアルコールビールの缶を開ける。
 普通のビール缶と違って,プルタブがほんの少しだけ軽くて,明るい音がした。
 こと葉と別れてから,なんとなくこのまま眠れない気がして,コンビニに寄って飲み物とおつまみを買って帰ってきた。
 最近のノンアルコールビールは美味い,とおじさんたちは言うけれど,やっぱりアルコールの入ったビールには敵わない。それでも,しばらくはアルコール飲料とはお別れだ。私は,私たちがこれから幸せになるために必要な我慢だ。そんなことを思いながらお腹をさすった。

 居酒屋のメニューのようなおつまみをアテにして飲んでいるうちに,あっという間に一本目が空になった。

 二本目のノンアルコールビールを飲みながら,不意に不安が波のように押し寄せてきた。

私はこのままやっていけるのだろうか
収入は? ノウハウは? 
我が子だからって,本当に愛しきれるのか。虐待やネグレクトの悲しいニュースで溢れているのを知っているのに
本当に命を育てる覚悟はあるのか


 覆いかぶさる不安の波に窒息しそうになる。ダメかもしれない。私には無理だ。
 お腹をさすっている手の甲に,ぽとりとしずくが落ちる。


大丈夫,幸せになれるよ


 呼吸が止まり,目には見えない何かに推し潰される直前に,こと葉の声が響いた。
 分かってるよ。そう答える代わりに,三本目の缶に手を伸ばした。まだ二本目が空になっていないのに,何をやっているんだろう。でも誰かと乾杯したい気分だ。そんなことを考えていると,視界がぼやけてきた。目の前が明るくなり,ふわふわと,どこかに連れていかれるような感覚になる。目を閉じると,徐々に体の感覚が失われ,意識が朦朧とした。

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