水晶を覗くばあさん

文戸玲

戻りたい女④ 行ってらっしゃい

「戻りたい過去があるんだろ? じゃあ,強く願うんだね」


 ほれ,と言ってゼニーバは机の脇に置いてあった水晶を私の前に差し出した。


「これ・・・・・・ですか?」
「そうだよ。ジブリの映画に出てきそうな歳を食ったお団子頭のババアに,水晶だ。いかにもって感じじゃあないか?」


 どこまで本気なのか,からかうような含み笑いでおばあちゃんは私を見た。


「言っておくけどね,過去に戻っても,そこでどんな行いをしても,現実は変わらないよ。過去を変えることは不可能なんだ。どんな人にもね。そのこといいね?」
「おばあちゃんにもですか?」
「私かい? 野暮なこと聞くんじゃないよ」
「無理なんですね。じゃあ,何のために過去に戻るんですか?」


 やれやれ,と呟きながらおばあちゃんは水晶を見つめた。


「今ごろの若い者は,ろくに自分で考えもせずに,すぐに答えを求めようとする。まるで,自分以外の誰かが答えを持っていると勘違いしているみたいにね」
「正解がわからないということは,自分の中に答えがないということやと思うんですけど」
「そうかい。じゃあ,お前さんには分からないかもね」


 話は終わりだね,と言って,おばあちゃんは机の上に置いた水晶を取り下げた。


「ちょっと,待ってください! ほんまに,・・・・・・過去に戻れるんですか?」
「お前さん,信じていないのに来たのかい? こんな怪しいところに」


 信じている,と言えば嘘になる。でも,ネットに書いてある言葉を疑いながらも,期待してここまで来た。


「私,会いたい人がいるんです。会って話がしたい人がいるんです」
「そうかい。過去は変えられない。答えもそこにはない。それでもと言うんなら・・・・・・」


 そう言うと,おばあちゃんは再び水晶を私の前に差し出した。
 純度が高いとはとても言いがたく,池に石でも投げ入れた直後のように気泡が沸き立っている。


「行ってらっしゃい。見つかるといいわね。あなたの中にある答えが」


 願いなさい,とささやくおばあちゃんに言われるがままに,水晶を見つめた。


どこにいんねん。もういっぺん,話を聞かせてくれな納得して先へ進まれへんやん。絶対会いに行ったるからな


 目を固く閉じ,強く願った。体の芯から熱くなり,同時にふわふわとした感覚に包まれる。
 お腹をさすりながら,会いたい,そう強く願った。

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