水晶を覗くばあさん

文戸玲

戻りたい男⑩ 失恋

 卓也というのは,おれたちの所属していた二歳年上のフットサルサークルの先輩であり,代表を務めていた人だ。気の優しい兄貴肌の男だった。彼に思いを寄せる先輩が複数いてこじれているという噂を聞いたことがあったし,おれの同級生も卓也先輩が憧れだと言う女子は少なくなかった。フットサルは上手いし,話は上手だし,飲み会なんかでは幹事として場を盛り上げたりもしていた。中心にいたはずの卓也さんがいないと思って見渡せば,周りに溶け込めずに手持ち無沙汰にしている新入生の話の聞き役になったり,冴えない同級生を引き立てるように話を振ったりもしていた。

 紳士をそのまま体現したかのような卓也さんは,同級生の同性からも好かれていた。おれの完全の持論だが,男から好かれる男というのは間違いない。どんなに目を引くような肩書きがあっても,特技があっても,SNSでフォロワーが多くても,女の子からモテていても,ロクでもないと思う人はたくさんいた。でも,同性から評価される人は総じて信頼に値する。女子から好かれないけど同級生から好かれる男子というやつがいるが,そんなやつは必ず挽回する。その時の場の雰囲気や友情を大切にするあまり異性に勘違いされることはあるが,ずっと仲良くしていたいやつは同性から好かれる。これはおれの人生哲学だ。

 卓也さんは,まさにそんな人だった。才色兼備で人望もあった。特に苦労することなく就職活動を終えたと聞いて,誰もがやっぱりな,と思ったに違いない。
 夏海が同棲する,と言ったそのお相手が卓也さんだと聞いて,お手上げだった。ずっと好きだった人が聖人君子のような人と結ばれようとしているのだ。素直に祝福するのが男というものだ。
 散り際を重んじるのが武士のような生き方を望んだが,どうしても尋ねたいことがあったおれは未練がましく夏海に問いかけた。

「いつから卓也さんとそういう関係だったの?」

 卓也さんが卒業してからのことを夏海は話してくれた。

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