【第二部完結】アンタとはもう戦闘ってられんわ!

阿弥陀乃トンマージ

第1話(1)怪しさ120点の吉兆

 それから数日後……そこには作業服に身を包んで元気に働く青年の姿があった。青年の名前は疾風大洋はやてたいよう。年齢は二十歳。以上である。……というのも、それ以外の情報が全く分からないからである。青年のフンドシに挟まっていたIDカードによって、名前と生年月日は判明したのだが、その他の個人情報が殆ど謎に包まれている。大洋の搭乗していた脱出ポッドによる落下に見舞われた、長崎県は佐世保市にある中小規模のロボット企業、『有限会社二辺工業』の社員が個人データの照会を試みたが、それでも分かったのは、大洋が『西東京工業高校』のエンジニア科を二年前に卒業したということだけである。高校にも大洋について問い合わせをしたが、驚くべきことに大洋の個人情報はほぼ抹消されており、入学年と卒業年しか分からないということだった。

「怪しさ120点満点やな……」

 作業に勤しむ大洋の姿をぼんやりと眺めつつ、紙コップに注いだアイスコーヒーを飲みながら、茶髪の女性が呟いた。この女性の名は飛燕隼子ひえんじゅんこ。先日のポッドの落下事故に危うく巻き込まれそうになった女性である。そんな隼子の後頭部を大男が小突く。

「痛っ! いきなり何するんすか、大松さん!」

「なーにを堂々とサボってると?」

 この大男は、大松裕也おおまつゆうや、この会社のチーフメカニックである。

「そんなに気になるとね? あの色男が?」

 そう言って、大松は大洋に向かって顎をしゃくった。隼子が慌てて否定する。

「いやいや、そんなん違いますって……まあ、気にならへんと言えば嘘になりますが」

「ほう……」

「だって気になりませんか? 個人情報はほとんど分からへん、乗っていた脱出ポッドも形式番号を照会してみたけど、該当する機体データ無し! その正体に関する、手がかり一切無し! 怪しさが服着て歩いているようなもんなんですよ、あの男は!」

「……まあな」

「一言で片付けんといて下さい! そもそも先日の落下事故も軍どころか警察・消防も一切動いてない! あれだけの衝突音や落下の衝撃があったのに! この会社が町外れにあるとはいえ、目撃者の一人も居ないって、おかしいでしょ!」

「常識的に考えれば、アイツの身を医療機関などに引き渡すべきではあるとね……」

「そう! そうなんですよ! ただ実態はどうですか 」

 隼子は会社の作業服を着て、立ち働く大洋を指し示す。

「……エンジニアの腕はなかなか良いモノを持っていると。こんな九州の中小企業ではまず望めない人材が加わってくれたことは心強いばい。人柄も気持ち良か男で、もうメカニックチームの連中とはすっかり馴染んでいるとね」

「~~! しかし、よくウチの社長が許しましたね?」

「社長は最近占いに凝っているそうたい」

「は? 占い?」

「そう、タロット占いか何かは知らんけど、占いの結果、今回の大洋の落下を我が社の『吉兆』と捉えているみたいやね」

「なんぼなんでもポジティブに捉え過ぎでしょ……」

 頭を抱える隼子を再び大松が小突く。

「サボってないで、シャキシャキ働くとね! ほらそっちの資材ば第二格納庫に運べ!」

「……ウチ、パイロットなんですけど……」

「パイロット見習い、やろ? 今はとにかく人手が足らんばい、頼んだとね!」

「ぐぬぬ……」

 隼子が不満気な表情をしながら、資材の乗った荷台を押そうとするが、これが予想以上の重さだった。

「ちょ……大松さん、これ重過ぎますって……」

 隼子が振り返って抗議したが、既に大松は別の場所に行っており、居なくなっていた。他の皆も忙しく動き回っている。大松の言った通り、この時期に人手不足という事情は隼子も理解はしていた。そこでやむなく荷車を押すが、さすがに女性の細腕では難儀する重さである。それでも意地で十数歩程は進んだが、堪らず音を上げた。

「かぁ~! やっぱ無理やって!」

「飛燕さん、代わりましょう」

 突如声を掛けられた隼子が驚いて振り返る。そこには大洋の姿があった。

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