アタシをボランチしてくれ!

阿弥陀乃トンマージ

第22話(1) 対令正高校戦後半戦~序盤~

                  11

 後半戦

令正高校

__________________________
     三角       石野    池田  
   長沢    武蔵野 姫藤   鈴森    
    合田              谷尾  
紀伊浜 羽黒  椎名              永江
    米原              神不知火
   寒竹     渚  龍波   丸井    
     大和       菊沢    緑川  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

                      仙台和泉

                    

 令正はメンバー変更無し。和泉は武に代わって鈴森。姫藤をFWに。丸井が本来のボランチ、菊沢が左のサイドハーフに戻り、右のサイドハーフに石野が移ったが、システム自体は4-4-2で変更無し。



<スタンド>

「和泉が動きましたね」

 押切の言葉に常磐野のメンバーが視線を和泉側に向ける。

「金髪ポニテ……あんなのいたかの?」

「18番? 新メンバーってことかしら? 何年生?」

「そんなん、ワシに聞かれても知らんわ」

 後ろから両肩を揺らしてくる朝日奈に栗東がウンザリした視線を向ける。

「一人目に投入してくるとは……かなりの実力者か?」

「その可能性が高いですね……」

 本場の問いに押切が頷く。

「春の大会はどうしたんだ?」

「欠場でしょうね」

「今回の合宿は?」

「体調不良だったようで、全体練習にはあまり参加していなかったようです。昨日一昨日の試合にも出ていませんね」

「そんな選手をぶっつけで起用してくるとは……」

「ふふっ、これは面白いことになりそうじゃない~?」

 豆と天ノ川が常磐野メンバーたちの近くの席に座る。押切が驚く。

「ふ、二人とも! 安静に、とのドクターの指示ではありませんでしたか?」

「激しい運動をしなければ問題はないわ~」

「とは言っても……!」

「あ、優衣さん。ドクターや監督には許可はもらっていますから」

 天ノ川が豆の説明不足を補足する。

「な、ならば良いが……あまり無理をしない方が……」

「……多少の無理をしてでも、この試合は見る価値があるということか」

「ふふふ……さすがキャプテン、見事な洞察力だわ」

 本場の言葉に豆がウィンクする。

「っちゅうことはあの金髪ポニテがキーパーソンってことですか?」

「佳香はどう思う?」

 豆は栗東からの質問をそのまま、天ノ川に向ける。皆の視線が天ノ川に集まる。

「そ、そうですね、合流して一か月くらいかと思うんですが、彼女がチームにフィットしているなら……仙台和泉、ますます厄介な相手になると思います」

「!」

 天ノ川の言葉に常磐野メンバーの顔が一変する。

「そうか……後半の楽しみが増えたな」

 本場が笑みを浮かべてピッチに目をやる。

「……わざわざ戻ってきたってことはあの仙台和泉の18番目当てっすか?」

 馬駆が伊東に尋ねる。

「鋭いわね」

「だって、他に理由がないでしょう?」

「あちらの常磐野の席をご覧なさい」

 伊東が常磐野のメンバーが固まって座っている座席を指し示す。

「あ、あれは、ユース代表常連の豆不二子!」

「うちとの試合は欠場していたな……」

「ええ、残念ながら打撲でね……」

 伊東は紅茶を口にしながら城の言葉に答える。甘粕が尋ねる。

「それがこうしてスタンドにいる。まだ、この試合、見るべきものがあると?」

「どうやらそうみたいね……ほら彼女じゃない? 18番のポニーテールの子……ふふっポジション的には花音、よく見ておいた方がいいかもしれないわよ?」

「はい……」

 伊東の言葉に甘粕は静かに頷く。

<令正>

「メンバーを替えてきましたか……」

 羽黒が冷静に呟く。寒竹が問いかける。

「何者だ? 一、二年知っているか?」

「……」

 寒竹の問いかけに皆首を振る。

「ふはははっ、なんやオモロクなってきたやん! ここで秘密兵器投入とは、あちらも盛り上げ方知ってはりますな~」

「笑い事じゃねえよ」

 寒竹が米原の頭を小突く。

「痛っ……ちょっとした冗談ですやん……」

「キャプテン、ベンチは?」

 寒竹はベンチ側で監督と言葉を交わして戻ってきた羽黒に尋ねる。

「……しばらくは様子見しろとのことです」

「出方を伺えってことですか?」

「そうなりますね」

 米原の問いに羽黒が頷く。寒竹が再度確認する。

「誰と代わった? アフロか、ってことはFWか?」

「タッパはありますね、但し線は細い。前線で身体を張るようなタイプには見えない……まあアフロさんと同じような対応で問題ないと思いますけどね」

「いや……中盤だな」

 しばらく黙って敵陣を見つめていた椎名が呟く。

「ボランチで桃ちゃんとコンビを組むってこと? それは結構良い選手なのかも」

「カタリナ、やっぱり見たことある選手なのか?」

「いや、無いけど」

 渚の問いにカタリナは側答する。

「な、無いのか……」

「でも、良い選手っていうのはオーラみたいなもので分かるよ」

「オ、オーラか……」

「そういうオカルトみたいな話はええねん」

 米原が二人のやり取りに突っ込みを入れる。

「いやいや、純心ちゃん、こういうのって馬鹿にできないんだって~」

「そんなもん、ちょっとボールを蹴らせてみれば嫌でも分かるわ」

 米原は和泉陣内を真面目な顔つきで見つめる。

<和泉>

 主審の合図が出るまで、ピッチで待機する鈴森。そこに春名寺が寄ってくる。

「緊張してねえか?」

「……多少」

 鈴森は笑みを浮かべて答える。春名寺が笑う。

「自分の状態が分かっているのなら大丈夫だな。ただ、問題はコンディションだ、病み上がりではある。無理だと感じたらすぐ知らせろよ」

「はい、分かっています。無理はしません」

「それなら良いが……」

「正直……今はそういう心配事よりも……」

「うん?」

「このチームで強いチーム相手に試合すっことが出来る! その喜びの方が勝っているような心理状態なんがす!」

「はははっ! 頼もしいな! 頑張れよ!」

「はい!」

 春名寺はベンチに戻る。小嶋が心配そうに尋ねる。

「鈴森さん、大丈夫でしょうか?」

「メンタル面は心配要らねえよ。ただ……」

「ただ?」

「正直……鈴森は秋の大会まで秘密兵器にしておきたかったんだがな」

「そ、そうだったんですか……」

「まあ、そういうわけにはいかねえか……」

「こういう強度の高いゲームで試すことが出来たことをプラスに捉えるべきです」

「へっ、良いこと言うじゃねーか、ジャーマネ。そうだな、前向きに行こうか」

 審判に促されて、鈴森は和泉の円陣の元に小走りで向かい、丸井の隣に入る。

「緊張してねえか、エムス 」

「あ、うん。大丈夫だよ、竜乃ちゃん!」

「まずはファーストタッチを大事にしよう」

「ありがとう、桃ちゃん!」

「……それじゃあ、キャプテン、お願い」

 菊沢が緑川に促す。緑川が掛け声の前に一つ咳払いをする。

「……まだ一点差です。チャンスは十分あります……仙台和泉、勝ちましょう!」

「「「オオォッ 」」」

 いよいよ後半戦開始となる。泣いても笑っても数十分後には、勝者と敗者が決まる。

【後半】

後半0分…和泉ボールでキックオフ、龍波が後ろに下げる。受けた丸井が鈴森へ。



「……」

丸井からの横パスを鈴森はダイレクトで菊沢に繋ぐ。そのパスの精度、スピードから、令正側は鈴森が只の平凡なプレーヤーではないということを瞬時に看破する。

「正確にパスを散らせるタイプか……10番ちゃんだけやなく、パスの出し手が増えた……これはまた厄介やな」

米原がぼそっと呟く。



後半2分…令正、中盤のこぼれ球を合田が拾い、椎名に繋ぐ。



「!」

 合田からのパスを受けようとした椎名が驚く。鈴森と丸井にはさまれたからである。前を向くことが出来ない。なんとかトラップするが、鈴森の長い脚によってカットされ、こぼれ球を丸井に奪われる。

「桃!」

 丸井が左サイドの菊沢にすかさず繋ごうとするが、米原が鋭い出足をみせてこれをカットし、ボールはサイドラインを割る。

「……」

「なるほど、妙さんへのマークを増やしてきたか……」

 椎名は若干渋い表情を浮かべ、米原は和泉の狙いを理解して小さく頷く。



後半3分…令正、長沢が前線へ向けてロングパス。武蔵野との競り合いを谷尾が制すが、ボールは中途半端な位置にこぼれる。三角が抜け目なく反応し、これを拾おうとするが、石野の方が素早く、ボールを蹴り出す。

後半4分…令正、中盤のこぼれ球を拾った合田が縦パスを狙う。



「!」

 合田が縦を見るが椎名には鈴森と丸井が挟み込むように立っている。左の三角に目をやるが、こちらにも石野と池田が二人ついている。一瞬、判断に迷った合田はとりあえずドリブルでボールを前に運ぼうとする。

「後ろ、来てる!」

「 」

 米原のコーチングに気付いた時には、斜め後ろから迫ってきた姫藤にボールを奪われそうになる。合田は慌てて、ボールをキープしようとするが、ボールはこぼれる。菊沢がそれを拾おうとするが、米原が足を伸ばし、右サイドの大和へパスする。大和が前に進もうとするが、サイドから中央にポジションを寄せていた緑川がこれを巧みにカットし、ボールはサイドラインを割る。菊沢が緑川と姫藤に声をかける。

「ナイスカット! ツインテも良い寄せよ!」

(妙さんだけでなく、キャティにも二人マークか……しかも絶妙なポジショニングや……安易にパスを出したら、すぐに囲まれてまう……一点差を追い付くより、まずは守備を落ち着かせて、ゲームの流れを掴もうって腹か……)

 米原が内心舌打ちする。

「ふん、守りを固めよったか」

 スタンドで見つめる栗東が頬杖をつきながら呟く。

「まず守備から入るのは間違いではない」

「そうね、令正はこの試合、好調の三角にボールを集めることによって攻撃のリズムを作っていた……椎名へのケアもしつつ、運動量の多い8番に広いエリアをカバーさせる……悪くない判断だと思うわ」

 押切と朝日奈が冷静に分析する。

「一点負けているんじゃぞ? 消極的過ぎるわい」

 栗東が二人に反発する。

「まだ焦る時間帯ではない」

「そうね、守備からリズムを作っても良いと思うわ」

「ふん……」

 二人の返答に栗東はやや憮然とする。そのやりとりを見た豆が笑う。

「DFが攻めるべきだと主張して、攻撃の選手が落ち着かせる……真逆で面白いわね」

「それでどうなんだ、不二子?」

 本場が豆に問う。

「え?」

「え?じゃない。わざわざちょっと守備面で気の利く選手を見にきたわけではあるまい?」

「ふふっ、どうなのかしらね佳香?」

「な、なんでそこで私に振るんですか……まあ、もうちょっと見てみましょう」

 天ノ川が皆の視線をピッチに促す。

「実質守備の枚数を増やしただけか? まあ、あのドリブル得意な11番をゴールに近い所に置いたのは良いと思うけど……そこまでボールを運べるかね?」

 常磐野のメンバーとは離れた所で試合を見る馬駆が腕組みして首を傾げる。

「守備を落ち着かせるのは大事だ。右サイドのケアが急務だったからな」

 城が落ち着いて答える。伊東が甘粕に問う。

「どうかしら花音? ここまでのあの18番は?」

「しょ、正直まだなんとも……配球のセンスはありそうですが」

「あくまで守備面の応急処置か、それとも……」

「それとも……なんすか? 途中で止めないで下さいよ」

「ふふっ、まあ、もう少し見てみましょう」

 馬駆の言葉を伊東は笑って受け流す。



後半5分…和泉、左サイドでボールを受けた菊沢。中央に出てきた鈴森とワンツーで抜け出そうとする。大和が追いすがってきたため、一旦止まり、自分の後ろを追い越してきた緑川にスルーパス。緑川、低く速いクロスをゴール前に送る。龍波、足を伸ばすが、届かず、ボールは紀伊浜がキャッチする。

後半6分…和泉、左サイドで菊沢がボールをキープ。そこに鈴森が寄ってくる。菊沢が鈴森にパス。再びワンツーかと思った令正守備陣の裏をかき、鈴森は反転して、ボールを中央の丸井へ。丸井がシュートを狙うがジャストミートせず、ゴール左に外れる。



(ちっ! この18番……!)

 米原が苦々しい表情で鈴森を見つめる。スタンドの天ノ川が呟く。

「18番……鈴森さんが攻撃に絡み始めましたね」

「なんじゃい、佳香、名前知ってんのかい」

「ええ、以前ちょっと……」

「早よ言わんかい、何者じゃ、アイツは?」

「ええっと……仙台和泉さんの生徒さんで、つい先日までフットサルをやっていた方です」

「フットサル?」

 天ノ川の言葉に栗東は目を丸くする。

「ええ、結構有力選手だったみたいで……」

「優れた技術を持っているのはすぐに分かったが、なるほど、そういう転向組か……」

 押切が腕を組んで頷く。本場が呟く。

「令正、やや戸惑っているな」

「ふふっ、単なる守備固めかと思ったら攻めの一手でもあるんだもの、それは驚くわよね~」

 豆が悪戯な笑みを浮かべる。

「なるほどね、守備だけでなく攻撃もイケるクチか!」

 馬駆がポンと膝を打つ。

「18番と丸井、良い連携だな」

「ああ、守備だけでなく、攻撃でも良い距離感を保っている、これは令正も手を焼くぞ」

 城の言葉に甘粕が頷く。馬駆が伊東に話しかける。

「……椎名さんたちへのマークと見せかけて、米原さんマークでもあるってことっすね 」

「……そういうこと、米原さんを自陣へと釘付けにする。攻撃的な采配よ」

 伊東が紅茶を口にしながら頷く。



後半8分…和泉、左でボールを受けた菊沢が鈴森とワンツー。縦に抜けると見せかけて、内に切れ込む。大和がファウル。令正ゴールから向かって右30m地点でFKを獲得。菊沢と鈴森がキッカーポジションに並ぶ。



「9番、オッケー!」

 寒竹がチームメイトに声をかける。谷尾と神不知火が上がっているところが目に入り、羽黒が瞬時に考えを巡らす。

(いつきに5番をマークさせた方が良いか? いや、ここでマークの受け渡しはかえって混乱をきたす恐れがある……! このままで良い!)

 笛が鳴り、菊沢が左足を振りかぶる。令正が警戒する。しかし、菊沢はボールを蹴らずに止まる。ゴール前に走り込もうとしていた和泉の選手たちは足を止める。寒竹が驚く。

「なっ 」

「マーク確認!」

 羽黒がすぐさま声をかける。菊沢が蹴ると見せかけて、鈴森がキックモーションに入る。しかし、鈴森のキックは令正にとって意外なものであった。ゴール前に飛ぶように斜め方向に蹴るのではなく、真正面、令正ゴール側から見ると、ほぼ真横の方向にゆるやかなボールを蹴り上げたからである。

「 」

 そこに走り込んでいたのは丸井であった。丸井は右足ダイレクトでボールを蹴る。浮かび上がるような弾道のシュートが令正ゴールに突き刺さった。1対1の同点である。

「よっしゃ!」

 和泉ベンチで春名寺がガッツポーズする。

「やりましたよ、監督!」

 マネージャーの小嶋も興奮を抑えきれない。春名寺が感心する。

「練習でもほとんどやってない形を成功させやがったな」

「……これが親善試合というのが少しもったいない気もしますが」

 小嶋の言葉に春名寺が笑う。

「まあ、こういうセットプレーもあると、相手に認識させたと考えよう。次に対戦するとき、向こうに迷いが生じるはずだからな」

「……そうですね」

「よし! お前ら、この勢いで逆転だ!」

 春名寺がピッチサイドで手を叩きながら大声を上げて、和泉の選手たちを鼓舞する。



後半11分…和泉、池田のロングパスに反応した龍波が寒竹に競り勝ってゴール前にボールを落とす。姫藤が拾い、切り込むが合田がファウル。ゴール前ほぼ正面、約25mと絶好の位置でFKを獲得。

後半12分…和泉、相手ゴールほぼ真正面の位置でFK。さきほどと同様に、菊沢と鈴森がキッカーポジションに並ぶ。菊沢が蹴ると見せかけ、鈴森がフェイントで相手の壁のタイミングを巧みにずらし、ふわりと浮かせたシュートを放つ。良いコースに飛んだが、GKの紀伊浜が片手一本で弾き出す。左サイドからのCKを獲得。チャンスが続く。

後半13分…和泉、左サイドからのCK、キッカーは鈴森。



 令正GKの紀伊浜が盛んに指示を飛ばす。羽黒も考える。

(さきほどの様に、デザインしたセットプレーを続けざまに使ってくるとは考えにくい。ああいうのはそうそう何度も上手く行くわけがない……ここはシンプルに高さで勝負してくるはず! いや、裏を欠いて低く早いグラウンダーのボールか? 高さでは皆に任せきりになってしまう分、低い球は絶対に弾き返してみせる!)

 笛が鳴り、短い助走から鈴森がボールを蹴る。これまた令正にとっては意外なものであった。カーブのかかっていないストレート系の鋭いボールだったが、弾道が中途半端に低く、ゴール前の密集地帯の手前でバウンドする。しかし、このバウンドが守る側としては厄介であった。ボールが守備ブロックをすり抜けていくの見て、寒竹が舌打ちする。

(ちっ、裏をかかれた! いや、ミスキックか! 誰も反応できないんじゃねえか…… )

「!」

 独特な弾道でゴール前に飛び込んだボールに、両チームの選手ほとんどが反応できなかったが、ほぼ唯一反応した選手がいた。神不知火である。神不知火は速いボールに上手く足を合わせ、ボールをゴールに突き刺した。2対1、仙台和泉の逆転である。

「おおおっ!」

 和泉の選手たちが神不知火に群がる。鈴森も笑顔で駆け寄る。

「ナイスシュートっす! 正直ミスキックになっちまったのに……」

「なんとなく、予感がありました。ここに来るだろうなと」

「そ、そうすか……」

 引き気味の鈴森に丸井が抱き付く。

「ナイスキック! 相手の意表を突けたね!」

「ははっ! そういうことにしておこうか」

 喜びを分かち合う、丸井と鈴森。その様子を見て、三角が憮然とする。

「なんか、絶妙に面白くないんだけど……」

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