アタシをボランチしてくれ!

阿弥陀乃トンマージ

第16話(2) 胃袋への挑戦状

「で? 手紙にはなんて書いてあんだ?」

 竜乃ちゃんが聖良ちゃんを急かします。

「今読むから待ってなさいよ。えっと……『ヒントその②、ターゲットは家系のラーメンを常によく食べている』ですって」

「家系?」

 健さんが不思議そうに首を捻ります。

「家系ってのはつまりアレだ……うーん、なんて言えば良いんだ?」

「……豚骨や鶏ガラから取った出汁に醤油のタレを混ぜた「豚骨醤油」をベースにした濃厚なスープ、太いストレート麺と鶏油に、ほうれん草、白ネギ、チャーシュー、海苔等のトッピングで作り上げられるラーメンの系統を『家系』って言うんだよ」

「お、おおう……」

「す、すっげえ詳しいすね……」

「そ、そうなんですの……」

「桃ちゃん、急な早口に皆が引いているわよ」

 聖良ちゃんたちが何やら言っていますが、今の私の頭を支配しているのは、この商店街で食すことが出来る『家系ラーメン』のことだけです。

「……この商店街のラーメン屋さんは周辺を含めても五軒、その内、所謂『家系ラーメン』と言えるのは……交差点沿いのあのお店! 行こう、皆!」

「あ、ま、待てよビィちゃん!」

「な、なんてスピードだ……」

「食が絡むと別人の様になるわね……」

 何か話している皆を置いて、私はいち早く目標のラーメン屋さんに向かいます。

「ここだ……!」

「この時間にちょうど店にいるとは限らないと思うけど……」

「とにかく聞くだけきいてみようぜ」

 竜乃ちゃんを先頭に店に入ります。店員さんの威勢の良い掛け声に迎えられます。

「へい、らっしゃいあせ―  五名様で?」

「いや、悪いんだけどアタシらは客じゃなくて聞きたいことがあって来たんだ。『伝説のレジェンド』のことなんだけど……」

「へい! 『伝説のレジェンド』一丁! って、えええっ 」

 店員さんが思わず尻餅をつきます。店内に何名かいらっしゃったお客さんたちが私たちの方に振り向いてザワつきます。健さんが身を屈めながら店員さんに尋ねます。

「その反応……ご存じなのですね?」

「い、いや、私は何も……!」

 店員さんは激しく首を振ります。健さんが重ねて尋ねます。

「必死になって否定するところが怪しいですわね……」

「た、大将!」

 店員さんが慌てて立ち上がり、カウンターの奥にいるタオルを頭に巻いた女性に助けを求めるように声を掛けます。大将と呼ばれたその方はゆっくりとカウンターの出入り口側まで歩いて来て、口を開きます。

「……お嬢さん方、何か用かい?」

「『伝説のレジェンド』のことで聞きたいことがある。この店には来ていないかい?」

「……心当たりがなくもないことはなきにしもあらず……」

「要はあるってことだな、さっさと教えてくれよ」

「あのね、ここはラーメン屋だよ……」

 大将さんが低い声で話します。

「そりゃ見りゃ分かるさ」

「アタシはラーメン一筋、二年と四か月……」

「それは一筋という程の期間かしら?」

「いいからアンタは黙ってなさい」

 健さんの疑問を聖良ちゃんが制します。大将さんは遠い目をしながら呟きます。

「アタシはラーメンを通じてでしか会話は出来ない女さね……」

「意味が分かんねえよ」

「アタシがラーメンを作る、お客がそれを食べる、それで初めて信頼関係っていうものが芽生えるんだよ……」

「つまりはラーメンを食べろってことか、分かった。そうだな……この『胃袋への挑戦状』ってのを一つ頼む」

「ええっ 」

 店員さんが驚きの声を上げ、お客さんたちが再びザワつきます。

「……本気なのかい?」

 目を細めながら尋ねる大将さんに竜乃ちゃんが腕を組んで答えます。

「ああ、その代わり食べたら、知っていることを教えてもらうぜ」

「空いている所に座りな……」

 私たちはカウンター席に並んで腰かけ、しばらく待ちました。

「はいよ、『胃袋への挑戦状』お待ち!」

 大将さんが出来上がったラーメンを私たちの前に置きます。

「こ、これは……!」

「量は予想出来ていたけど、この色合いよ……」

「ス、スープが真っ赤だべ……」

「辛そうですわね……『胃袋への挑戦状』とはよく言ったものですわ」

 四人がそれぞれの感想を口にします。

「言い忘れていたが、この挑戦は制限時間30分以内だ……少しでも時間をオーバーしたらお嬢ちゃんたちの負けだ。覚悟は……」

「いっただきま~す♪」

「  ち、躊躇なく 」

 私はラーメンを食べ始めます。健さんが静かに呟きます。

「本当に辛そう……何を使っているのかしら?」

「市販されている中では世界トップクラスの辛さを誇る『キャロライナリーパー』をふんだんに用いたスープだ」

 私たちの隣にいつの間にか、先程の洋服店で顔を合わせた黒ずくめの人が座っています。

「お、お前はさっきのライダース 」

「何故貴女がここにいるのよ 」

「そりゃ、アタシの行きつけの店だからな」

「なんだ、そうなのか」

「へ~それは不思議な偶然もあるものね」

「いんや、だからなしてそこをスルーすんの  その……」

「ごちそうさまでした~♪」

「  そ、そんな馬鹿な、5分も経たずに 」

「とても美味しかったです♪」

 私は笑顔で大将さんに伝えます。大将さんは黙って手紙を私たちに差し出してきました。

「なんだよ、またヒントだけかよ」

「食べるスピードもさることながら、無駄なエネルギーを消費しないスタミナのペース配分、箸と丼ぶりの間の絶妙な距離感とポジショニング! さらに美味しく食べるための麺や具へのスープの適切な絡ませ具合の見極め方とその判断力……こいつは噂以上だな」

 黒ずくめの人が何やらぶつぶつと言っています。隣に座る竜乃ちゃんが小声で囁きます。

「なんか、やべえ奴がいるな……さっさと次のヒント見つけようぜ」

「そうね、それが良いと思うわ」

「いんや、だから! そのやべえ奴……」

「エムスさん、出入り口で立ち止まったら皆さんのご迷惑ですわ」

「あ~もう!」

 何故か納得の行っていないエマちゃんを宥めつつ、私たちは店の外に出ました。

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