アタシをボランチしてくれ!

阿弥陀乃トンマージ

第13話(3) 衝撃

「いやいや上々の出来でしたよ、皆さん」

 ベンチに引き揚げてきた私たちをキャプテンが拍手で迎えます。

「思った以上に上手く行きましたわね、相手のキーパーソンを潰す作戦」

 健さんが豆さんに声を掛けます。

「パス回しのほとんどがポニーテールの彼女を経由しているんだもの。まあ、こちらとしては当然そこを狙うわよね~」

「傑出している選手にはについつい頼りたくなっちゃうものだよねー」

「逆転までもう一押しという感じですね……」

「残り約10分で2点差か、希望が見えてきたぜ」

 すると、豆さんがこう言いました。

「盛り上がっているとこ悪いんだけど、不二子ガス欠だわ~もう下がってもいいかしら?」

「「「ええっ 」」」

「私も疲れたんで下がりたいでーす」

 天ノ川さんも手を挙げて交代を申し出ました。

「い、いや二人がいたからこそ、ここまで相手を追い詰めることが出来たんですが……」

「お団子ちゃん!」

「は、はい!」

 豆さんが私の両肩に力強く手を置いて、こう言います。

「これから貴女たちの、いえ、貴女自身のプレーで彼女を魅了しなくてはならないわ」

「私自身のプレー……」

「そう、貴女の規格外のプレー、存分に見せて頂戴」

「しかし、そうは言われても一体どうすればいいのか……」

 尚も戸惑い続ける私に業を煮やしたのか、豆さんが肩を組んで、顔を近づけてきて何やら話してくれました。

「……それはつまり、そういうことですか?」

「そう、気持ちで負けるなってことよ!」

 ピッチに戻る私を豆さんが背中で押してくれました。横に座る天ノ川さんと何やら話をしているのが目に入ります。内容までは聞こえませんが。

「つまり精神論ですか?」

「精神論も勿論大事だけど~それが全てではないわよ~」

「じゃあ、何て言ったんですか?」

「このゲームを支配しろって言ったのよ~」

「支配……」

「そう、あのポニテちゃんを凌駕する存在感を示せって言ったのよ」

「それはまたなかなか大変なことを……」



「タイムアウト終了です!」

 審判が笛を吹き、後半残り時間がスタートです。私たちは後10分位で3点を取らなくてはなりません。豆さんがベンチに下がったことを確認した相手チームですが、鈴森さんのポジションを下げることはしませんでした。コート中央付近にポジションをとっています。私とはほぼ対面の位置になります。先程までではありませんが、やはり相手チームはパス回しの中心に彼女を据えています。つまり、もっとも近くにいる敵チームの私がボールを奪うことが出来れば大きなチャンスになります。前線に位置していた竜乃ちゃんが徐々にコート中央までポジションを下げてきています。私と前後で挟み込めば、ボールを奪いやすくなるのではないかという判断です。悪く無い考えです。しかし、私は竜乃ちゃんにこう指示を飛ばします。

「竜乃ちゃん! 前で張っていて! パスを出すから!」

 竜乃ちゃんはやや不満気でしたが、素直に指示に従ってくれました。そうこうしている内に、鈴森さんにパスが入りました。私は先程のイメージもあり、彼女の鋭いドリブルを警戒して距離を取りました。一呼吸置いてパスを選択、私の右側をすり抜けて、左サイド際を走る味方へのパスでしたが、池田さんが上手く体を寄せて、サイドラインにボールを出しました。1、2分程経って、また同様な状況に、ここも私はドリブルを警戒して距離を取った守備を行います。鈴森さんは再びパスを選択しました。今度は私の左側を抜けましたが、キャプテンがカットしてくれました。

「良いわよ~お団子ちゃん、その調子~」

 豆さんがベンチから声援を送ってくれます。キャプテンが近寄ってきました。

「無理にボールを獲りにいかずに、尚且つパスコースを限定した絶妙なポジションニングの守備……流石です。ですが攻めはどうしますか?」

「……相手には見えないように、彼女に伝えてもらいますか? 私がボールを持ったらそれが合図です」

「彼女? ……ああ、分かりました」

 再び鈴森さんにボールが入りました。彼女はドリブルを選択しました。私も距離を詰めて対峙します。彼女は長い脚を使った素早く細やかなステップワークを見せて、私の守備の間合いを外そうとします。一瞬動きが止まった後、彼女の右肩がわずかに傾きます。それを見て私は体の重心を左に傾けます。次の瞬間、彼女は私の右脇をすり抜けようとしましたが、私は右脚を伸ばしてボールを奪取します。先程抜き去られた時、そして豆さんに止められた時も、彼女は対面の相手の右側を抜けようとする傾向があるなと思っていました。読みが的中しました。

「 」

 バランスを崩しながら、何とか踏み止まった鈴森さんは驚いた様子を見せましたが、すぐに気持ちを切り替えて、守備にまわりました。相手チームの選手がもう一人寄ってきて、二人がかりで私を囲みます。

「ビィちゃん!」

 竜乃ちゃんが前方で手を挙げながら、パスを要求します。相手チームの意識が一瞬そちらに取られたのを私は見逃しませんでした。私は横パスを選択します。竜乃ちゃんや私がいるのとは逆のサイドです。味方が誰もいない位置にボールが転がります。

「! 何 」

 相手選手の驚く声が私の耳に入りました。そこにはキーパーである健さんが上がってきていたのです。

「そんな、ゴ―リー(キーパー)がここまで 」

「よし、スコッパ寄越せ!」

 左サイドに寄っていた竜乃ちゃんが右に寄ってパスを要求します。相手選手もそちらに体を寄せます。健さんは一瞬ニヤっと笑って、ボールを縦に蹴り出します。しかし、ボールが飛んだのは竜乃ちゃんが走り込んだのとは別のサイドです。

「おおい! どこ蹴ってんだよ!」

「ゴ―リー!」

「OK!」

 相手チームのキーパーが左手を挙げながら少し前に出て、目の前に緩やかに飛んできたボールを抑えようとします。しかし……

「  バックスピン 」

 そうです、ボールがワンバウンドしたその時、逆回転が掛かっていたボールが相手キーパーから離れるように弾みました。そこにはキャプテンが走りこんでいました。

「……ナイスパス!」

 キャプテンは丁寧に左足のインサイドでボールを浮かせる、ループシュートを放ちました。慌ててゴールに戻るキーパーを嘲笑うかのように、ボールはゴールに吸い込まれていきました。

これでスコアは4対5.とうとう1点差です。試合が再開されるわずかな間を利用して、私はベンチサイドで水分を補給します。すると竜乃ちゃんが天ノ川さんに尋ねています。

「教えてくれヨッシーカ! どうすればアンタみたいに点が取れるんだ 」

「うーん、左利きということ以外はあんまり似てないからなあ~」

「そこを何とか!」

「……龍波さんの場合は本能に従った方が良いと思いますよ~」

「は  本能 」

「分かりやすく言えば野生の勘ってやつよ~」

「いやもっと分かんねえよ、お豆さん!」

「竜乃ちゃん、戻って!」

 私は竜乃ちゃんに声を掛けます。竜乃ちゃんは首を傾げながらコートに戻ります。そこから数分が経過し、再びコート中央の鈴森さんがボールが入ります。彼女はパスではなく、ドリブルを選択します。私が止めに入ります。またもや私の右側を抜けようとします。

「もらっ…… 」

 これはフェイントでした、彼女はすぐさまボールをキープしていた足を切り替えて、私の左側にボールを持ち出して、抜き去ろうとします。

「しまっ…… 」

「 」

 しかし、そこにはキャプテンの姿がありました。更に池田さんまで寄ってきました。三人掛かりでのマークです。

「勝負所です……!」

「前にパスは出させないよー」

「~~っ!」

 鈴森さんは堪らず後方へのパスを選択します。ですが……

「 」

「読み通りですわ!」

 そこには健さんの姿がありました。なぜ敵陣の中央に味方のキーパーがいるのでしょうか。これには流石に味方の私たちも驚きました。私たちですらそうなのですから、相手チームはよっぽどです。敵味方も一瞬動きが止まりました。私は半ばやけになって叫びます。

「健さん、そのままゴール前まで運んで!」

 健さんはドリブルで進みます。相手も体を寄せてきましたが、それよりも早くシュートを放ちます。ボールはカーブが掛かった鋭い弾道でゴールに向かいましたが、惜しくもポストに弾かれてしまいました。

「ああっ……」

私たちは一瞬天を仰ぎましたが、次の瞬間驚きました。

「ごっつあんです!」

 竜乃ちゃんがスライディングしながら右足でこぼれ球を叩き込みました。彼女が自ら言ったように、所謂「ごっつあんゴール」というものに近い形ではありますが、彼女の反応の良さがゴールに結びつきました。これでスコアは同点です。こうなると勢いは完全にこちらへと傾いています。相手はこのままドロー(引き分け)でも良いと考えたのか、ゆっくりと自陣後方でパス回しを始めます。そこに……

「弥凪!」

「ほいきたー」

 キャプテンと池田さんが猛然とプレッシャーを掛けます。後半初めの10分間休んでいた彼女たちはこの時間になっても元気で鋭い出足を見せます。相手チームも上手くかわしていましたが、徐々に追い詰められていきます。

「残り30秒切ったよ~」

 ベンチサイドから豆さんがのんびりした声をかけます。それに呼応したのか、キャプテンが猛然とチャージを掛けます。相手は堪らず、キーパーまでボールを下げます。相手のベンチからも指示が飛びます。

「前に蹴り出せ!」

「!」

 相手キーパーがボールを前方に大きく蹴り出そうとしましたが、池田さんが懸命に脚を伸ばして、ボールが飛ぶのを防ぎます。ボールは左のサイドラインの方に飛び、ラインを割りそうになります。ここまでかと思った瞬間……

「まだだ!」

 竜乃ちゃんがボールを追いかけていました。その姿を見た瞬間、私の体は自然とゴール前に向かっていました。竜乃ちゃんはオーバーヘッドシュートの要領で、ボールをゴール前に送ります。そのボールに反応していたのは私だけでした。私はほとんど体を投げ出すような形で飛び込んでいました。ボールが私の頭に当たり、ゴールネットに吸い込まれていきました。ここで試合終了の笛が鳴りました。最終スコアは6対5。私たちの大逆転勝利です。



「負けたよ、正直脱帽だ……」

 相手チームのコーチが称賛の言葉を送ってくれました。

「こちらこそありがとうございました。ところで、鈴森さんの件なのですが……」

 返礼もそこそこにキャプテンが本題を切り出します。

「う、う~む、約束は約束だが……」

 コーチが渋い表情を見せます。それも当然のことだと思います。すると、鈴森さんが近づいてきました。

「……わだす」

「エマ?」

「わだす、和泉高校でサッカーやってみたいっちゃ! 何だか今まで見られんかった景色さみれそうな気がするんだ! コーチ、みんな、ごめんなさい! 今日限りでこのチーム辞めさせてけさいん!」

「「「ええっ 」」」

 私たちは色んな意味で驚かされました。

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