竜の薬師は自立したい

篠原皐月

(5)真相

「アメリア。お前、誰になんと言って連れて来られたんだ?」
「リリアが、母様のお父さんのお誕生日祝いがあるから、3人とも呼ばれているって。母様と兄様は贈り物を一杯持ってくるから、先にアメリアを連れてくるようにリリアが頼まれたって。あれ? そう言えば、兄様。贈り物はどこにあるの?」
「……あのな、アメリア」
 まだ状況を把握しきれていないアメリアが、そこでキョロキョロと自分の周囲を見回したことで、サラザールは頭痛を覚えた。そして、簡単に丸め込まれるなと説教しようと口を開く前に、自分達の前に飛び出してきたリリアが、勢い良く頭を下げて謝罪してくる。

「アメリア、ごめんなさい! その話は嘘なの! 今日が王様の誕生日なのは本当だけど、送った招待状はボロボロに切り刻まれて送り返されてきていて! だけど今日は、どうしてもエマリール様とサラザール様にこちらに来ていただきたかったから、私がアメリアに嘘を言って騙して、二人に黙って連れてきたの! 本当にごめんなさい!」
 そんなリリアの必死さが伝わったらしく、アメリアは一瞬驚いた顔つきになってから、真顔で頷いた。
「ええと……、うん。リリア、分かった。じゃあ嘘をついたから、おでこをピシッとしてもいい?」
 大真面目に指を弾く動作をしながらの提案に、リリアの方が戸惑った表情になる。

「は? ええ、それは構わないけど……。本当にそれで良いのかしら?」
「うん。リリアは親切だったし、空を飛んでくるのは楽しかった」
「ありがとう。アメリア、本当にごめんなさいね」
 アメリアはあっさり実行犯を許したものの、当然保護者二人はそれで許す気など毛頭なく、首謀者に対して辛辣な台詞を繰り出した。

「そうだな。リリアは命令に従っただけだ。それくらいの罰が妥当だろう。おい、じいさん。若い奴に汚れ仕事を押し付けるなよ。そんな事をしたら、母上を余計に怒らせると分からないのか?」
「サラザール。“あれ”は、くたばりぞこないの耄碌ジジイで構わん」
「母上……。気持ちは分かるが、相手は一応この国の王で、他人の目もある状況だから。じいさん呼びくらいの必要最低限の気遣いは、茶番にしか見えなくてもしておいた方が良いと思うが」
「“あれ”にそんな気遣いは不要だと言っている」
 椅子に座っている老人を横目で見ながらの母と兄の会話を聞いたアメリアは、ここで素朴な疑問を口にした。

「母様。『あれ』ってあそこに座っている人で、ひょっとしてリリアが言っていたこの国の王様で、母様のお父さんの事を言っているの?」
「あんなものが父なものか。アメリア。あれは単なる耄碌ジジイだ。分かったな?」
「だから母上。指さしながらの耄碌ジジイ呼ばわりは、さすがにどうかと思うぞ?」
 能面のような顔つきに冷えきった口調で母から断言され、サラザールの呆れ気味の台詞も相まって、アメリアは混乱して困ってしまった。

「ええと……、もしかして、母様は王様と仲が悪いの?」
「それはちょっと違うわね。以前この人がエマリールを大層怒らせて、いまだに許して貰っていないだけよ」
「え?」
 エマリールが答えを発する前に、国王の隣に座っていた老婦人が立ち上がりながらアメリアの問いに答えた。そしてそのまま、笑顔で挨拶してくる。

「初めまして、アメリア。自己紹介をする間もなく、立て続けに騒ぎが起こってしまって申し訳なかったわね。アメリアが言った通り、私の隣のこのしょぼくれた年寄りが、この国の王でザルシュなの。私はその妻で、エマリールの母のラリサよ。お祖母ちゃんって呼んでね?」
「おばあちゃん?」
「だって、アメリアはエマリールの娘だし、エマリールは私の娘なのだから、アメリアは私の孫になるでしょう? それなら私は、あなたのおばあちゃんじゃない」
 真顔でそう言い聞かされたアメリアは、一瞬キョトンとしてから満面の笑みになってラリサに頭を下げた。

「そうか! そうだよね! 初めまして、おばあちゃん! アメリアです!」
「きちんと挨拶ができたわね。偉いわ、アメリア。ほら、あなたもご挨拶なさい。こんな小さな子どもがきちんと挨拶しているのに、恥ずかしくないの?」
「……あ、ああ。分かっている」
 先程から微妙に顔色が悪くなっていたザルシュは笑顔の妻に促されてゆっくりと立ち上がり、強張った表情でアメリアに声をかけた。

「その……、アメリア。私はエマリールの父で、サラザールの祖父のザルシュだ。今日はお前を騙して、こちらに来て貰って悪かった」
「それはいいよ。初めまして、おじいちゃ」
「アメリア。“それ”は私とは赤の他人だ」
「…………」
「母上。アメリアが困っています」
 笑顔で挨拶しようとしたものの、エマリールが鋭く制止してきたことで、アメリアはそのまま固まった。その場をとりなそうとしてサラザールが声をかけたものの、エマリールはそっぽを向いたまま微動だにせず、室内に重苦しい沈黙が漂う。子供ながらにこの状況をなんとかしなければと思ったアメリアは、目の前のザルシュに尋ねてみた。

「ええと…………、その……、王様は、どうして母様を怒らせちゃったの? 泥棒しちゃったの?」
「は? 泥棒?」
「うん。前におうちに泥棒さんが来たの。そうしたら母様がとても怒って、泥棒さんを殴り飛ばして、泥棒さんがぶつかった壁と屋根と床に大きな穴が開いたの。それから半月位、泥棒さんは魔力封じの鎖に繋がれて、毎日『ごめんなさい』ってしくしく泣きながらおうちの修理をしてたの」
「…………」
 相当インパクトが強かった出来事だったらしく、アメリアが真剣な面持ちで告げた。それを聞いたザルシュが、なんとも言えない表情でエマリールとサラザールを見やる。

「うわぁ……、馬鹿だそいつ」
「人間が紛れ込む筈がないし、竜だよな。余程魔力が低い奴だったのか?」
「幾ら辺境で隠遁生活をしているからって、エマリール様の魔力を感じられないだなんて」
「なんて考えなしの奴なんだ」
 話を聞いた周囲が唖然としながら囁き合う中、ラリサは泥棒の疑いをかけられた夫の名誉を守るため、笑い出したいのを堪えながらアメリアに告げた。

「アメリア。この人は泥棒に入ったりはしませんよ? エマリールの結婚相手について、文句を言って反対しただけなの」
「母様の? それって、もう死んでいる兄様のお父さん? さっきまで、アメリアのお父さんだと思っていたけど違うよね?」
「そう。エマリールの夫のは30年ほど前、あなたが生まれる前に亡くなっているわ」
 そこでアメリアは、根本的な疑問に気がついた。

「……あれ? そう言えばアメリアは5歳って聞いてるけど、母様と兄様って何歳なの?」
「エマリールは235歳で、サラザールは102歳よ」
「そうか……、うん。色々分かった。じゃあおばあちゃん、王様はどんな文句を言ったの?」
 母と兄の実年齢を知って僅かに動揺したものの、アメリアはすぐに目の前の問題に意識を振り向けて尋ねた。するとラリサが、淡々と答える。

「その結婚相手は、エマリールよりもかなり年上だったの。エマリールの親の、私達よりも年上だったのよ」
「それで?」
「それだけよ」
「……え? どうして母様の結婚相手が、年上じゃいけないの?」
「そうよねぇ。お互いが好きなのだから、別に良いわよねぇ?」
 いかにも困ったものだと言わんばかりの口調と表情で、暗に妻に責められたザルシュは、反射的に喚いた。

「だっ、駄目に決まっているだろうがっ!」
「どうして駄目なの?」
 全く意味が分からなかったアメリアから不思議そうに見上げられたザルシュは、むきになって言い返した。

「アメリア、良く聞け! お前にはピンとこないかもしれんが、あいつは本当に凄く年上だったんだぞ!? エマリールよりもかなり早く死ぬのは分かっていたし、実際死んでしまったしな!」
「それでその人が亡くなった時にね、この人ったらお葬式中のエマリールに向かって『さっさとくたばるのは分かっていたからな。これで心置きなく戻って来れるだろう』と暴言を吐いたのよ」
 溜め息まじりのラリサの補足説明を聞いたアメリアは、何度か瞬きしてから控え目に意見を述べた。

「…………王様、それ、駄目だと思う」
「…………」
 アメリアから困ったように指摘され、ザルシュは無言でがっくりと肩を落とした。しかしラリサは、容赦なく夫を追い詰める。

「ほら見なさい。こんな子どもにだって、あなたの行為が褒められたものではないと、瞬時に分かるのですよ? いい加減、自分の非を認めなさい」
「分かっている!」
「王様、アメリアが謝り方を教えてあげる! こうするんだよ!」
 そこでラリサに怒られているザルシュが気の毒になってしまったアメリアは、彼の前で床に両ひざをついて座りながら説明した。

「こうやって『ごめんなさい、もうしません!』って言うの。これで泥棒さん、母様に許して貰ったから大丈夫!」
 床に座り込んだと思ったら、両手を前について床に触れんばかりに深々と頭を下げてみせたアメリアを見て、ザルシュの顔が盛大に引き攣る。
「…………っ、あのな、アメリア」
「うん! 王様が可哀想だから、アメリアが一緒に謝ってあげるからね!」
「まあ、アメリアは優しい子ね。あなた、お礼を言わないとね」
 善意100%でのアメリアの申し出に加えて、予想外の話の流れを面白がっている妻からの圧力を受けて、ザルシュは完全に進退窮まった。

(アメリアが優しい子どもに育ったのは良かったが、お人好しが過ぎる。これからの教育方針に一考の余地があるな)
(アメリアが同情して一緒に謝ると言っているのに、自分は人前で頭を下げられないとか口走ったら、今度こそ確実に母上から縁を切られるな。お祖母様にもかな?)
 自分達の国王が、エマリールとサラザールから冷ややかな眼差しを受けているのは分かっていたが、その場に居合わせた者達はさすがに口を挟むことなどできず、固唾を飲んで事態の推移を見守ることしかできなかった。

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