イリーガル・ガールズ

下之森茂

05-03:迷路に導かれて

地中から湧いた水や雨が集まり、
高いところから低いところへと流れる。

水流は長い年月をかけて
岩を砕き、大地を削り、川ができる。

その川の近くには文明の跡がある。

多くの生命は水を求め、
それから他の生命が糧を得た。

川の水質、流れ、大きさや深さは
地域によってそれぞれに異なるが、
よどみは等しく存在する。

視界を遮る濁った水で
生物は外敵から身を守り、
迷入したものは糧となる。

光を失っても優れた感覚を頼りに
糧を得られる種が、生存し、繁栄し、
やがて滅んだ。

水があふれれば生物は行き場を失う。

水がかれればが生命を失う。

古代から〈人類崩壊〉を経て、
現代に至るまでそれは変わらない。

――――――――――――――――――――

地下への入り口となる階段は細く、薄暗い。

置き石を詰めた手製の階段に、
壁はコンクリートブロックではなく
赤レンガが敷き詰められていて、
モルタルの亀裂からは水が漏れている。

螺旋を大きく描く階段を
時計回りにひたすら降りる。

足場は悪く、昇降機エレベータもない。

長い階段を終えても通路はまだ続く。

細い通路には細かな霧が撒かれ、
小さな照明が光を散乱させ道を照らす。

肌に水が張り付く感覚を覚えるほどの湿度。

「霧?」

「なんですか、ここ。」

「〈個人端末フリップ〉出してみ?」

イサムは首をかしげながら、ハルカの言う通り
個人端末フリップ〉を開き、〈個体の走査スキャン〉を試みる。
しかし反応しなかった。

隣に立ったマオさえ識別しない。

「変な場所ですね。」

「名府は〈ニース〉特区だから
 だれの情報でも見放題。
 それに悪いことをすれば、
 〈更正局〉に連行される。
 けどここだけは管轄外だって言われてる。
 『非合法地帯』なんて怪しい名前した
 ここは、社会の吹き溜まり。
 ようこそ、悪い子たちのたまり場へ。」

振り向いてプリーツスカートを指で摘むと、
お辞儀カーテシーをして見せた。

「それは大変、面白いところですね。」

マオは楽しそうに言った。

通路を進むと網目状に分岐している。

そんな分岐路でも先を行くハルカは、
迷うことなくこの迷路を突き進む。

方向感覚は階段を降りたときから失われていた。

「いまどっち進んでるんだろう。」

「前でしょ。」

「北北西ね。」

「よくわかりますね。」

五里霧中のイサムのひとりごとに、
マオはさらっと方角を答えた。

先頭を歩くハルカは
わざと見当違いのことを言ったが、
イサムは姉を相手にしなかった。

「なんでわたしにはなにも言わないのよ。」

「じゃあどこまで行くんですかー?」

「もうすぐ着くわよ。」

通路を曲がるたびにイサムはハルカと
同じやり取りを何度かしたが、
同じような景色が続き、帰り道ももうわからない。

人の気配がなく、他の人間に出くわすこともない。

「どうなってるんだろう。」

「八種くん、上。」

「あ…。」

通路の天井には人の気配に塗料が反応して
青色の光をほのかに発している。

分岐点には赤色、黄色、緑色、紫色など
目的地に合わせて塗料が付着していた。

「なるほどなぁ。動物園と同じか。」

扇状になっていた動物園の『歴史通路』の天井ほど
親切な案内表示ではなかったが、
ハルカが迷わず移動できた仕組みが理解できた。

「ちぇっ! もうバレたか。
 これならイサムひとりでも来られるでしょ。」

「そうまでして来たくなるところですか?」

「それはイサム次第よ。
 ほら。着いた。」

何度目かの通路を曲がると雰囲気は一変して、
寒々しい青色の照明が霧を照らす広い空間に出た。

青い霧の先に待っていた青色の髪の女。

「シバさん、おひさ。」

「あら、親の顔よりよく見た女の顔。」

「2年ぶりなのにその言い草。」

「あんたじゃなくて、そっくりさん。」

「有名だもんねぇ、わたし。」

シバと呼ばれた凍ったように
冷たい青色の髪をした女が、
しゃがれた声でハルカと親しげに会話をする。

「繁盛してるみたいでなによりです。
 わたしのお陰?」

「おかげで毎日忙しいったりゃありゃしない。
 しかしなんだい、その格好は。」

「どうよ、二十歳はたちの色気。」

「そんな顔する女はいても、
 そんな格好する二十歳いないわよ。」

シバはストライプのパンツスーツを着崩し、
暗い部屋に関わらず大きなサングラスで
長い足を組んで椅子に座っている。

「元気そうでなによりだわ。
 弟くんも月曜以来だわね。
 今日はちゃんと朝ごはん食べた?」

どこか見覚えのある女に
顔を向けられて、イサムは肩を驚かす。

「知り合い?」

マオに尋ねられたが、
イサムは首を横に振って否定した。

だが月曜について思い返すと、
ひとりだけ心当たりがあった。

「まさかカフェの?
 オープンカーの!」

「ご明察。」

月曜日の朝に安いトーストを
目当てに通う『カフェ名桜めいおう』、
その窓際の席。

その席からよく見かける、
青色のオープンカーから
いつも手を振る運転手が彼女だった。

「ハルカさんの知り合いだったんだ…。」

「あの店、月曜だけは賑わってるわよね。」

「えぇ…、トーストが安いですから。」

「お客はみんなあなた目当てじゃないかしら?
 ハルカはもうちょっと食費出してあげたら?」

「働いてもないのにお金あげたら、
 こういう不健全なお店で浪費するのが
 目に見えてるからダメよ。
 社会復帰する為のリハビリには
 なるかもだけどね。」

「あはは。社会復帰とは程遠い場所よ。ここ。
 こんなとこに通ってた不良のハルカに
 そんなこと言われたらおしまいね。」

シバは青く塗られた薄い唇を大きく開けて笑った。

「ここはなんのお店ですか?」

「あまり詮索せんさくしないことをおすすめするわ。
 いうなればここは器からこぼれた液体の場所。
 つまり普通のヒトが来るべき場所じゃないわね。
 お姉ちゃんに聞いてみな。」

向けられた視線に応えず、
ハルカは黙って周囲を見渡した。

入り口にも空間にも、
どこにも店の名を示す看板はない。

あるのは天井まで届くほどの大きな機械が十台程、
円形の部屋を囲むように等間隔に設置されている。

青色のくもりガラスの向こうに人影が見える。
人がいないところはガラス扉が開かれていた。

「よかった、空きあるじゃない。」

「その前に入場料。」

「〈個人端末フリップ〉が使えないのに?」

個人端末フリップ〉が使えなければ、
当然お金のやり取りはできない。

疑問が先立つイサムを無視して、
ハルカは自然と〈個人端末フリップ〉をかざすと
さっさと支払いを済ませてしまった。

「地下じゃ〈個人端末フリップ〉は使えないけど、
 店じゃ支払いはできるんだよ。
 悪い人が考えた抜け道には、
 別の悪い抜け道を用意してるもんよ。」

呆気あっけに取られるイサムを見て、
シバは再び口を開けて笑う。

「弟ちゃんはハルカなんかと違って真面目ねぇ。
 自分と同じく道を踏み外すなんて
 心配しすぎよ。過保護なんだから。」

「だからこうして悪いことを
 率先して教えてるんじゃない。」

「それ『教師』ってやつぅ?
 まぁそんな悪い子のお陰でアタシたちは
 こんなお仕事が成り立ってるけどね。」

「イサムはこういう大人に
 なっちゃダメだからね。」

「矛盾してる…。」

ハルカに人差し指をさされると
シバは肩を上下させて笑った。

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