イリーガル・ガールズ

下之森茂

00-16:孤独の中で

孤立した私を救ったのは、
タヌキという名前を持つ種のイヌだった。

動物に興味が湧いたのは母の仕事の影響からか、
それとも叔母おばから貰ったぬいぐるみの影響か。

周囲から拒絶された私は
叔父おじの言う通りだったのかもしれない。
私が立ち直るのは難しかった。

そんな私が社会に復帰する為に
〈ALM〉が用意したのが動物の映像だった。

〈NYS〉によって絶滅を免れた人類だが、
他の動物は環境耐性を持てず間もなく絶滅した。

〈人類崩壊〉はそれほどの惨事さんじであった。

〈ALM〉が見せた動物の映像は、
過去に人類が保管アーカイブしたものだ。

幼い頃に母の仕事をマネしたことを思い出し、
治療予想通り私のストレスは徐々に軽減された。

それから動物に興味を懐き、
動物に関わる仕事をしようと考えたのは、
成人してもしばらく経った後だった。

私の人格が成長するには、
他の人よりも時間を要した。

そのため私には生活補助の為に、
同じ背丈の〈キュベレー〉を与えられた。

白い顔の大きな黒色の3つの目を持つ機械人形。

〈キュベレー〉は日常生活には欠かせない
パートナーとして一般に普及している。

食事や掃除などの家事全般はもちろん、
命じれば庭の手入れや車の運転まで自在にこなす。

HMDヘッドマウントディスプレイを使えば家人が外出しなくとも、
遠隔で手軽に代わりを務められる。

しかし一般的な生活を送ってこなかった私は、
目の前にあてがわれた機械人形の対処に困り、
壁を向いてじっとして貰うほかなかった。

それはむき出しの関節に
不安を抱いたという理由でしかなかった。

せめて服ぐらいは着ていてほしい。

部屋の隅に居座る〈キュベレー〉に
慣れるにも時間がかかった。

学生という身分と
学業という日課を失ってからは、
調子を崩すことも多かった。

そんな日は寝転がって
動物の動画を眺めるのが決まりとなる。

私は過去の動物を見ながら、
ひとつのことを考えついた。

機械動物を作ろう。

なんでもいい。
両親に会うきっかけが欲しかった。

両親には何通ものメッセージを送ったものの、
返事は一切得られなかった。

隔絶された治療部屋の中は息苦しく、
両親と面会もできない状態だった。

動物の動画から動きのパターンをいくつか出し、
骨格に人工筋肉を取り付けそっくりのものを作る。

それは中学校を卒業したばかりの私でも、
とても簡単なものに思えたからだ。

学校に通わなくなり時間はじゅうぶんにあるので、
計画を立ててじっくりと取り組める。

まずはそのためにイヌの資料を集めて
動きを調べたが、種類が多大で混迷こんめいを深めた。

まだ16歳の私が動物の行動を
解読するには極めて難題であった。

しかしイヌの仲間にあたる
タヌキという種族は、単純な動物だった。

ずんぐりとした体型で、
顔には特徴的な模様がある。

餌を求めてのそのそと歩き回り、巣穴で寝る。
およそ野生環境を生き抜いたとは思えない見た目。

イヌの仲間だがあまり人の命令を理解せず、
車のヘッドライトに驚くと擬死ぎしで硬直するなど、
非常に愉快な動きをする。

そんなタヌキの行動パターンを抽出して、
動物の動きに変換する。

またタヌキはイヌの仲間なので、
事前に集めた資料から作成した項目を転用した。

ラジコンのように遠隔で操作するのではなく、
自律した判断・行動・評価、
そして学習をさせるのが目標だ。

HMDヘッドマウントディスプレイで操作できる動物など、
〈キュベレー〉と変わらない人形になってしまう。

しかし自律させるには私だけでは限界があり、
適したのが〈キュベレー〉の計算能力だった。

放置していた〈キュベレー〉に、
私の収集したい数千項目にもおよぶ
イヌの習性や行動パターン、運動時の
肉体や内臓の動きなどの細かなデータを、
タヌキの動画や研究資料から集めさせる。

それと〈キュベレー〉には女中メイド服も着せた。
私の最初で最後の助手の完成。

私自身、様々な動物を見て
資料集めに1年かけたこの項目だが、
〈キュベレー〉はものの数分で終えてしまった。

私が想定していた以上に、
タヌキという動物が単純明快な動物だった。

事前にイヌで調べた必要な項目は、
タヌキではほとんどが空白に終わる。

〈キュベレー〉自身に、〈ALM〉の持つ
動物の情報が備わっていて処理も早かった。

しかし後に判明したことだが、
〈ALM〉にあるタヌキの情報は、
野生環境に比べて変化に乏しかった。

飼育環境に置かれたタヌキは、ストレスにより
常同じょうどう行動を見せる種であった。

天然の動物の動きに慣れた状態で見比べると、
観る人に不安を与えるでき上がりとなった。

組み上げたタヌキの骨格に
出力した光学センサや機関等を設置して、
対応した人工筋肉を張り巡らせる。

やや奇妙な造形でも〈キュベレー〉に
生産させた毛皮を融着させれば、本物の
タヌキそっくりの機械動物が完成した。

皮についた体毛もセンサになるので、
毛を1本でも引っ張ればタヌキは反応する。

何度かのテストや修正を繰り返して、
ようやく納得のいくタヌキの機械動物が
完成する頃には私は成人を迎えていた。

気づけば4年の月日が流れていた。

タヌキづくりに没頭すれば、
私のストレスは収まっていく。

長い長い治療期間を終えて、
タヌキの機械人形を抱えた私は生家に帰った。

まだ純粋だったこの頃は、
両親が私の帰りをきっと喜んでくれる
と期待していた。

タヌキの機械動物のできを、
褒めてくれると思っていた。

けれども、家は跡形もなくなっていた。

〈ALM〉に確認したところ、
成人した私に両親は親権を放棄していた。

足元に落とした機械が鳴いた。
私はまたひとりになった。

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