イリーガル・ガールズ

下之森茂

04-02:道化を見る少年

いまこうしてふたり、動物園の入口前で、
ナノとゲルダを待っている理由が
イサムにはわからなかった。

あの日の朝、マオにはただ
ふたりと遊びに行く場所を
尋ねたに過ぎない。

「どうして、海神宮わたつみのみやさんまで来てるんですか?」

「ゲルダさんからお誘いいただいて、
 無下むげにもできませんし。
 八種くんは不満でしょうけど。」

「そこまで思ってませんよ。」

ゲルダはマオが海神宮わたつみのみや家の人間であることに
興味を持ったのか、熱心に誘った。

ゲルダはナノに比べて
他人に対する距離感が非常に近い。

「八種くんはふたりとはどういう関係なの?」

「知ってるじゃないですか。
 僕が歌手で活動してたときの――。」

「それは知ってるわよ。
 八種くんの華々しい過去の経歴なんて調べて、
 今更なにか価値があるのかしら。」

「それもメリットですか。」

彼女の行動原理になっている口癖を予想したが、
うなずくだけだった。

マオは立ち上がって麦わら帽子を被る。

「いまの八種くんから見たふたりはなに?
 昔の仲間って? 恋人? お友達?」

「小さい頃から見てますし、
 妹みたいな感じですよ。たぶん。」

姉ならともかく妹はいないので、
あいまいな返答となった。

マオとのこの問答は以前、
駐車場で交わしたものに似ている。

「それはどうかしら。
 いまでは彼女たちのが背が高いものね。」

マオが帽子を取り、遠くに大きく手を振った。
イサムもふたりの姿を見つけた。

「きょうだいに身長って関係ないでしょ?
 ふたりから見た八種くんは、
 お兄さんだって思ってるのかしらね。」

マオは口角を上げてイサムを見た。

マオの言う通り、イサムは歌手として
活動を辞めたいままでふたりにも会わず、
一切の連絡を断っていた。

ナノとゲルダを妹と愛でていても、
それはイサムの一方的な思い込みだ。

ふたりにとっては連絡の取れない相手を、
いつまでも兄と慕っているとは限らない。

「変な格好ね。」

マオがつぶやく。
イサムのあか抜けない服装を見てか、
ナノとゲルダの服装を見てか。

「仕事押してて遅れちゃった。」

「マオさん! ユズー!」

合流早々ゲルダはマオに抱きついた後で、
再会時と同じくイサムにも抱きつく。

イサムはふたりに〈個人端末フリップ〉を
かざさなくても本物だとすぐにわかった。

「明日『来名コンサート』なのに、
 抜けてきて大丈夫だった?」

「事前に午後だけは許可とったから大丈夫。」

「ユズ、ちっちゃーい。」

「…ゲルちゃんが大きくなったんだよ。
 それにその制服、どうしたの。」

「衣装さんに頼んで借りてきたの。」

「遅れた理由はそれ?」

「ふふーん。どう?」

ふたりが並んでプリーツスカートを
指でつまみ、左右に少し広げる。

背筋を伸ばしたまま片足を後ろに
交差させると、もう片方を小さく曲げて
お辞儀カーテシーをして見せた。

白地で長袖のセーラー服に、
桃色のリボンタイをしており
エナメルの靴を履いておそろいの格好であった。

学年を示すバッジはないが、
それはまさにイサムたちが通う学校の夏服だった。

「似合う? 先輩。」

ナノがからかいながらも照れくさそうに笑う。

平日でも学校行事でもないのに動物園で、
学生服を着る選択肢がイサムにはなかった。

思えば他所の学校の生徒とみられる
ブレザー姿も散見された。

「僕も制服にしたらよかったのかな。」

「大丈夫よ。
 八種くんのその格好見て、
 元芸能人だってだれも思わないでしょ。」

ナノとゲルダも得心してうなずいた。

――――――――――――――――――――

ゲルダがマオの二の腕を掴み、
動物園の先頭を歩く。

イサムは自らの服装に引け目を感じて
3人とは距離をおいていた。

動物園には復元された機械動物が、
自律行動をする様子を鑑賞できる。

入り口付近にはサイ、ゾウ、キリンなど
大型の草食動物が展示される。

来園客が動物を背景にして、
個人端末フリップ〉で撮影をする風景が見られる。

女子たちも例にもれず撮影を楽しんでいる。

ただし、マオとナノは険悪な雰囲気で、
マオが話を振ったところでナノ側からは
返事以外になにも話さない。

入り口で受け取った地図によれば
動物園は3つのエリアに分かれる。

動物の展示が最初のエリアに当たる。

肉食獣のクマ、ライオン、オオカミ、トラは
大きさと同時に素早く動いて見応えがある。
だが、こちらは女子たちには不評だ。

ウサギ、ペンギン、レッサーパンダ、コアラなど
小さな動物の方が女子たちには好評だった。

展示の横には見慣れた設備が並ぶ。

黒い円筒状の〈3S〉。
吸い込まれるように来園客が入っていく。

光も通さない真っ暗闇の出入り口。

そこから出てくる〈ニース〉は決まって、
展示された動物の頭で出てくる。

キリンの頭でキリンと並び記念撮影をする。

この奇妙な光景は〈3S〉を利用できない
16歳未満の観客たちを楽しませた。

〈3S〉では人気の芸能人や流行りのモデル、
好きな歌手の顔のコピーにとどまらず、
身長、体重、筋肉量に至るまで思いのままとなる。

ナノとゲルダの〈SPYNG〉をコピーしていた
〈ニース〉の来園客たちも記念撮影を済ませれば、
今度は動物の頭に変えて撮影を楽しむ。

この動物園での〈3S〉は、人間の頭を
滅んだ動物の頭に忠実に変えられる施設でもある。

動物は絶滅した。

〈人類崩壊〉と共にほぼすべての動物は、
記録のみの存在となった。

ここに展示されている動物は全て
〈キュベレー〉と同じく、
機械で構成されている。

転府で機械動物を作り出し、
『動物園』を開き財を築いたのが、
海神宮わたつみのみやに古く関わる人物であると
地図の来歴に小さく記されていた。

いまでは名府の〈3S〉によって
動物はファッションの一部となった。

動物頭の人は、動物頭の人と連れ歩く。
夫婦のようなふたりの姿は、
この名府では普遍ふへん的な光景だ。

転府出身のイサムは違和感を覚える。

かれらはいつ知り合い、どんな経緯で
付き合い始めたのであろうか。

顔を変えた〈ニース〉の住人たちは、
自身の本当の顔をどのように捉えているのか。
また、相手の本当の顔は気にならないのか。

虚像の顔をした相手。
それはマオが言っていた魔人にほかならない。
ヒトを惑わすもの。ヒトを害するもの。

猜疑さいぎに駆られぬ名府の住民たちの考え方が、
越してきてまだ日の浅いイサムには想像できない。

園内の大通りを歩くと
動物の頭に変更した〈ニース〉は、
他人に肩をぶつけてしまい
それを隣の人が見て笑う。

キリンやウサギなどの草食動物は
頭の左右に目がつくように離れており、
人間や肉食動物の目の位置とは異なる。

動物の頭に変えたところで、
視力がよくなるわけではない。

肉食動物からの捕食を逃れる為に
広く見渡せるように進化したのだが、
草食動物の頭になった〈ニース〉は慣れずに
前後の距離を捉える普段の感覚を失う。

講義ではこれを〈ニース〉症と呼ばれていた。

そんな頭でも見事に動き回る
〈ニース〉たちが大広場にいる。

こぶし大のボールをひとつ上へ投げては
反対の手で受け取り、さらにひとつ、
もうひとつ、と計4つのボールを
順に投げてジャグリングを見せるウマの頭。

2本の棒を両の手にして、
足元から跳ね上げた棒を地面に落とさず
右へ左へ動かして小気味よく叩いて浮かせ、
さらには素早く回転させるキリン頭。

頭サイズほどの小さな径の薄い輪をふたつ。
右の腕から左の腕へ、顔の前や後ろへ、
その細い体の上で上手に転がすウサギ頭。

大道芸を各々披露する〈ニース〉に人が集まり、
大広場は賑わいを見せる。

「八種くん、あれできる?」

「目が前についてても
 できないことってあるんですよ。」

「それもそうね。」

ジャグリングとなると、
ただのキャッチボールとは異なり
運動感覚が求められる。

〈ニース〉を駆使する大道芸人たちの横では、
よたよたと歩きや隣人にしがみつく人、
歩くのを諦めた人は地面に寝転がって
笑い続けている。

一見すると繁華街の酔っぱらいにも見える。

そんな〈ニース〉によってふらつく人に
ナノがぶつかりそうになったとき、
イサムは彼女の腕を引き、
腰に手をまわして避けさせた。

イサムの顔を間近に見たナノは、
顔を赤く染めて聞こえないほど小声で感謝した。

「どうやら、サクラみたい。」

マオがそっとつぶやいた。

「てれ、照れてないわよ。」

「貴女の話じゃないわ。」

マオはイサムに顔を紅潮させるナノを、
桜の花弁と形容したつもりではなかった。

「なんの話ですか?」

「八種くん。あれ、よく見てて。」

マオは大道芸のまわりに集まる
不慣れな挙動の〈ニース〉たちを指さした。

いくら目が横についていても、
また例え目を瞑っていても歩けないわけはない。

大道芸の手練であるなら目を瞑っていても、
道具を見ることなく感覚で動かせる者はいる。

来園客に混じって不慣れな〈ニース〉を装うのは、
おひねりを投じる偽客サクラであり
大道芸を演出する道化ピエロである。

マオに言われて、
イサムは意識して道化たちを観察した。

かれらは客にぶつかりそうでぶつからない、
ギリギリのところで衝突を回避する。

視界が広い分、周囲をよく見ている。

また道化同士で舌打ちの音を変化させて、
ぶつからないよう工夫した合図を送っていた。

「上手いもんだなぁ。」

マオがイサムの顔を一瞥いちべつした。

目で彼女になにか言われた気がする。

それは額にある絆創膏で覆われた〈サーディ〉に
心を透かされる気分だった。

ナノとゲルダのふたりと合流する直前に、
彼女が言ったことを思い返した。

「八種くんはふたりとはどういう関係なの?」

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