イリーガル・ガールズ

下之森茂

02-02:彼女はそれを『魔人』と呼んだ

マオから見ず知らずの先輩を経由して、
イサムは駐車場まで呼び出された。

そんな面倒事と頭痛にえながら、
裏門にあたる来客者用の駐車場に辿り着いた。

だがイサムは姉からの呼び出しを
無下にはできなかった。

駐車場は保護者の送り迎えでもなければ、
生徒が昼休みに利用する場所ではない。

車の出入りもなければ、
車も停まっていない殺風景な場所。

姉の姿を探し、駐車場を一周したが
それらしき姿は見えず、コンクリートの
輪止めに乗って背伸びもした。

頭痛で頭が回らなかったが、
個人端末フリップ〉で姉にメッセージを入れてみても
反応はなかった。

ついでに残高を再度確認する。

トースト代が引かれてから
残高は増えてはいない。
一番の頭痛の種がこれだった。

「頼むよ、ハルカさん…。」

今日振り込みがなければ
晩御飯もなしになる。

せめて亜光から貰った肉みそが
手元にあればよかったが、
クラスメイトに渡してしまい
取り返すことは難しかった。

悔やめば悔やむほどに頭は痛い。

頭皮を揉み、頭痛の緩和を試みる。
立っても歩いても、じっとしていても
頭痛はいっこうに治まりを見せず、
背中に冷たいものが走り身震いする。

途方に暮れてこのまま帰宅を考えたとき、
姉らしき姿を目の端にとらえた。

目を細めてその姿を凝視したが、
それは姉とは似ても似つかない人物だった。
そもそも姉が制服姿で校内をうろつくはずもない。

名府は『聖礼せいれいブーム』の影響で、
転府、聖礼せいれい市の芸能人やモデルをコピーする
〈デザイナー〉が街にあふれている。

個人端末フリップ〉で〈個体の走査スキャン〉をしても、
イサムの知らない人物だった。

「誰…ですか?」

「あれぇ、やっぱきょうだいだとわかるのぉ?」

女子生徒のやや濁った声質や間延びした口調が、
明確に姉とは異なっている。

マオが〈3S〉にいた〈ニース〉のことを、
魔人や魔女などと形容したその意味を実感する。

『ヒトを惑わすもの。ヒトを害するもの。』

青色の校章バッジで彼女が3年生だとわかる。

イサムの知る姉、ハルカは厳格な人物だった。

この学校に入れるために勉強を強いて、
ひとり暮らしになってもそれは変わらない。

無駄な買い物は許さず、月曜は朝食までも
名桜めいおうカフェ』での外食を指定し徹底した。

姉はモデルという職業柄、
ピンク等の奇抜な髪色をすることもあるが――。

卒業生であっても、制服を着て訪問するような
享楽的な性格の人間とは思えない。

この先輩は姉のパーツを寄せ集めた顔をしている。

〈3S〉によって他人の外見を
いくらそっくりにできたところで、
皮を被ったような違和感は拭えない。

足の開き方や、背中の曲がった立ち姿が
特に強い違和感を与える。

この先輩は明らかに〈ニース〉であり、
姉を模して日の浅い〈デザイナー〉。

厚く塗られたファンデーション。
粘膜に粘りつく甘いニオイの香水。

それから、鼻を突く獣臭が混じって、
イサムは耐えきれず咳き込んだ。

「ケイ!」

振り向くとそこにはライオンがいた。

正しくはライオン頭に
詰め襟の制服を着崩した生徒。

獣臭の正体はこのライオンだった。

「自己紹介しとくね。
 アタシ、荒涼こうりょうじゅん。」

一十いとおけいだ。」

ライオン頭が人間の言葉で喋った。

目も鼻も口もライオンだが、
異形の頭でも声帯を含む発声器官は
〈ニース〉の制約がかかる。

『ヒトの形の範疇カテゴリであること。』

胸元まで大胆に着崩した制服。
赤色のシャツからでも見える大きな筋肉の塊。

一十いとおは〈NYS〉の技術によって
頭部を変化させた〈デザイナー〉であると共に、
肉体は筋肉を増加させた〈パフォーマー〉の
いわゆる〈ハイブリッド〉であった。

「ユージくん
 『有事協定』拒否ったってホントぉ?」

「はい…。」

首肯してからイサムは首をかしげる。
荒涼の質問の意図を読み取れなかった。

『有事協定』は元芸能人であるイサムに対し、
不純異性交遊の禁止を呼びかけた校則の別称。

警戒心が高くなった女子生徒たちのおかげで、
教室内でイサムたち男子は孤立していた。

イサムへの接触を禁じられたことで
一部の女子生徒らが反発心を懐き、
今朝けさ方、不可解な行動に出た為に
イサム自ら勝手な決め事の破棄を申し出た。

それが昼休みの今になって
3年生にまで広まっている。

女子たちの伝播力は恐ろしくもあり
感心さえもするところだ。

「ユージくんってさぁ。
 芸能人のあのユージくんだよねぇ。」

「はぁ…。元ですけど。」

「『SPYNG』にもいただろ?」

「ちが…いや…まあそう、ですが…。」

歌手活動をしていたころの
ユニット名は現在とは異なる。

否定と肯定が混じったあいまいな返答に、
隈取られた金色の目がイサムを睨む。

「ユージくんさぁ。
 ジュンと付き合ってよ。」

「オレたち友達になろうぜ。」

香水臭い女と獣臭い男の板挟みになり、
ふたりの要求が理解できずに顔をしかめた。

「え? どうしてですか。」

「付き合うのに理由っているぅ?
 知りたいから付き合うんじゃん。
 お互いの相性ってやつ。」

「女に恥かかすんじゃねぇよ。ボケ。」

一十いとおに肩を強く叩かれた。

稽古で顔以外を叩かれるのは何度か経験がある。
痛みに対し顔で不満を示すことしかできなかった。

「ユージくんってひとり暮らしなんだよねぇ。
 今日学校終わったら遊びに行っていい?
 ねぇ。もちろんいいよね。」

「え!」

唐突な要求は度を越して、
イサムは驚き声を上げた。

一十いとおが今度は腹を強く小突く。
頭と腹の痛みに声も出せないままひざまずいた。

ふたりの理由と目的はわかったが、
もはや手遅れだった。

「帰り、教室まで迎えに行くから待ってろよ。
 逃げんじゃねえぞ。ユージくん。」

一十いとおがしゃがむイサムに肩を寄せ、
彼の毛深いタテガミが圧をかける。

「わかったよな?」

一十いとおに髪の毛を捕まれ、
強制的に首を縦に振る。

「素直でよろしぃ。いい子いい子。」

それから荒涼はイサムの頭を平手で叩いて、
満足したのか去っていった。

去りゆく荒涼の耳障りな高笑いを聞いて、
言い知れぬ気持ち悪さが喉から湧き上がる。

イサムの頭痛はピークに達すると、
平衡感覚を失いその場に倒れた。

排水桝はいすいますのグレーチングに、
淡黄色の胃液を吐き出した。

グレーチングに残る胃液の跡を見て、
頭痛に目から入る光さえも苦痛になり
まぶたを強く閉じても視界は真っ白に変わる。

脈打つような頭痛はやがて意識を奪い、
イサムはその場で寝入ってしまった。


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