定位置は右側

篠原皐月

それは呼吸をするように自然な事

 大学に入学して以来の友人同士である唯と千尋は、春休みに他の仲間と共に午後からボウリングの約束をしており、その前に二人で待ち合わせて昼食を食べようと、ある店に入った。

「お二人様ですね? それではカウンターにどうぞ」
「分かりました」
(え? ちょっと唯ったら、何するのよ?)
 店内のテーブル席は全て埋まっており、ウエイトレスに促されてカウンター席に進んだ二人だったが、何故か後ろにいた唯が自分を追い越し、奥の席に座ったのを千尋は不思議そうに見やった。そして待ち合わせてからここまでの経路や、普段の行動を思い返し、ある事に思い至る。

「あのさ、唯。右側が好きなの? それとも何かの癖なの?」
 椅子に座って注文を済ませてから千尋が尋ねると、右隣の唯はキョトンとしながら問い返した。

「え? 右側って、一体何の事?」
「並んで座って食べる時、必ず人の右側に座るでしょう? それに多分、並んで歩く時も。今、改めて気が付いたんだけど」
 それを聞いた唯は驚いたように何度か瞬きしてから、納得したように頷いた。

「あぁ……、言われてみれば、確かにそうかもね。知らず知らずの間に、癖になっていたのかな?」
「家族に左利きの人でも居るの? 食べる時にその人の左側に座ると、その人と腕がぶつかるから右側に座る癖がついたとか」
「左利きじゃ無いけど、妹は左耳が聞こえなくてね。話をする時は、右側にいる癖がついたのよ。よくよく考えてみると、並んで食べる時や歩く時もそうだわ」
「左耳が? 生まれつき?」
 意外な話に千尋が少々驚きながら問いを重ねると、唯は頷いて話を続けた。

「妹は零歳児の時に麻疹にかかったんだけど、その後遺症らしいわ。まだ言葉を喋る前だったから、右耳には異常がなくて幸運だったみたい。何だか反応が鈍いと親が気が付いたのは一歳過ぎてからで、そこで精密検査をして左耳が全く聞こえないのが分かったのよ」
「それは知らなかったわ。唯ったらそんな事、今まで言ったことは無かったし」
 千尋は半ば呆然としながら告げたが、唯は意外にあっさりとしたものだった。

「別に、取り立てて言うほどの事でも無いもの。本人も、それほど不自由はしていないと思うわよ? あ、ただ、教室で机は左側にして欲しいと頼むと大抵窓側になって、夏は暑いと文句を言ってたけど。それから試験の時のリスニングは、座る場所によって影響があるかもしれないわね。でもそれは、どうしようもないし」
「なるほど。そういう事も考えないといけないのか」
「ただ親がね。『右耳を大事にしなさい』とか、『ヘッドホンは止めろ』とか、『プールには入るな』とか結構神経質になっていて。それで私も結構耳掃除をしていたら、やり過ぎて傷を付けたらしくて、子供の頃、結構な頻度で外耳炎になっていたのよ」
「何をやってるのよ……。でも、妹思いの良いお姉ちゃんじゃない」
 脱力しつつも千尋は唯を誉めたが、本人は素っ気なく否定した。

「別に、そんなんじゃないわよ。今まで本当に意識していなかったから、さっき指摘されて初めて自覚した位だし。最近、益々生意気になって、『お姉ちゃんの服がダサい』とか駄目出ししてくるのよ? 可愛くないったらありゃしない」
 そこで少し考え込んでから、千尋が問いを発した。

「ところで……、その妹さんって、ひょっとして今度高三?」
「そうよ。どうして分かったの? 言ったことは無いよね?」
「……何となくよ」
(だって無意識に、入試の時のリスニングの心配をしてるじゃない)
 不思議そうに首を傾げた唯を見て、千尋は笑い出したいのを必死に堪えた。しかしそれは、微妙に唯の不興を買った。

「……何よ、ニヤニヤして気持ち悪いわね」
「思い出し笑いよ。早く食べましょ。朱里達を待たせると、後が怖いから」
「そうね」
 そして少し前に運ばれてきたプレートに手を伸ばしながら、千尋は無意識に微笑みながら(これからも唯が誰かと並んで歩く時は、無意識に右側を歩くのだろうな)と密かに考えていた。

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