僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿心刃

第十九話・9

とりあえず、この女装姿をなんとかしたい。
自分の家に帰ってくると、僕はそそくさと二階に上がり、自分の部屋へと向かっていく。

「あ、弟くん。待ちなさいって!」

香奈姉ちゃんからそう言われるも、僕は聞かずに部屋へと向かう。
耳を傾けてしまったら、きっと説得されて引き止められてしまうだろうから敢えて聞かなかった。
それほど僕の精神状態は限界だったのだ。
コスプレのための女装ならまだ我慢のしようもあるが、私服まで女装となると精神的に保つはずがない。
幸いだったのは、自分の部屋にたどり着くまでに兄とか母親に出会さなかったことだ。
もし出会していたら、きっと大笑いされてしまうだろう。
自分の部屋に着くなり、僕はすぐに服を脱ぐ。
もちろん身につけていた下着類もだ。
女物なので、とにかくきつい。
香奈姉ちゃんがやってくる前に自分のパンツを穿いて、服を着よう。
まぁ、そんなことは不可能なんだけど。

「弟くん」

香奈姉ちゃんは、心配そうに声をかけてくる。
気兼ねなく僕の部屋に入ってくるのはしょうがないことだから、この際、何も言わない。
とにかく、香奈姉ちゃんがやってくる前に自分のパンツは穿いたので安心だ。

「ごめん……。限界だった」

着替え中に、僕はそう言っていた。
さすがに女装して街の中を歩くというのは、普通の男にはきつい。
いくら中性的な顔立ちをしているからって、女の子の格好をするというのは、かなり恥ずかしいものだ。
香奈姉ちゃんも、その辺りの事情を察してくれたのか僕に抱きついてくる。

「私の方こそ、ごめんね。いくら女装した楓が可愛いからって、無理させちゃって──」
「………」

その言葉は、ちょっと胸に突き刺さるな。
それって、僕が男らしくないって、はっきり言われているようなものだ。
僕にだって、男のプライドってものがある。
女の子からしたら、それは些細なものかもしれないが、それでもこれだけは守りたいと思えるものだ。

「でもね。他意はないんだよ。ただ純粋に、次のステージのために今回の衣装が必要になっただけで──」
「わかっているよ。そのために、僕にもあの衣装を着てほしいってことくらいはね」
「私がやっているバンドに一人だけ男がいるっていうのは、公式的にはどうしてもダメみたいなの。だから女装させてでも実行するしかなくて……」

公式的にって、どこかと契約でもしてるんだろうか。

「それって……」
「うん。弟くんもお察しのとおり、私たちのバンドは、ガールズバンドの分類になるらしくて……。それで弟くんには女装してもらうしか方法がなくて……」

それしか方法がないっていうけど。
毎回、ステージに上がる度に女装しなきゃいけないのは、苦痛でしかないよ。
たしかにラフな格好でステージに上がるのは、ちょっと考えものかもしれないけど。でも……。

「やってもいいけど、普段着るであろう自分の私服まで女装しなきゃいけないんだったら、僕はやりたくないな」
「それは……。無理にとは言わないけど……」
「こんな僕にも、プライドってものがあるからね。どうしても無理なら、僕は香奈姉ちゃんのバンドから抜けることも考えるけど……」
「それだけは、絶対にダメ! 私が許さない。弟くんは、私のものなんだから!」

香奈姉ちゃんは、そう言ってさらにギュッと抱きしめてくる。
僕を外したくない気持ちはわかるんだけど、女装なんて趣味が悪い気が……。
それに、いつか誰かにバレるような……。

「それなら、他に方法はなかったの? 僕的には、ライブをやる度に女装なんてとても──」
「弟くんの気持ちもわかるんだけど、私たちもライブハウスでバンドをやりたいっていう気持ちの方が勝ってしまって……。だからね。しばらくの間だけでいいから、お願いできないかな? なんでもするから」
「それは……」

香奈姉ちゃんの言う『なんでもする』って、まさか──。
僕とスキンシップをするつもりなんじゃ……。

「──それとも。今ここで、やってしまった方がいいのかな?」
「や、やるって何を?」

僕は、緊張のあまり生唾を飲み込む。
すると香奈姉ちゃんは、僕のことを意識しているのか、頬を赤らめて言った。

「仲良しのスキンシップだよ。二人っきりの時には、いつもやってるでしょ」
「スキンシップ……」
「あ、そうそう。奈緒ちゃんたちには内緒だよ。こんな事してるってバレたら、何を言われるかわかったもんじゃないし……」
「僕は……」

僕は、香奈姉ちゃんの肩を優しく掴み、ゆっくりと引き離そうとする。
香奈姉ちゃんは、僕の態度が気に入らなかったのか怒ったような表情を浮かべると体を密着させて言う。

「はっきり言うけど拒否なんかしても無駄だからね! ここでちゃんと確かめ合わないと、私たちが恋仲なんだっていうのがわからなくなるじゃない」
「大丈夫だよ。僕と香奈姉ちゃんの仲は、みんなが知ってるから──。わざわざこんなことしなくても──」
「わかってないなぁ、弟くんは──。女の子は、本命の男の子がモテてる時ほど不安になるんだよ。誰かに奪われるんじゃないかって思うと余計にジッとしていられないの。だから…ね」

そう言って、僕をそのまま押し倒してくる。
もう何度目だろうか。この騎乗位の状態は。
香奈姉ちゃんの顔を見ると、いつも浮かべている微笑が消え、不安そうな表情を浮かべている。
そんな顔をされたら、香奈姉ちゃんにすべてを委ねてしまいそうになるよ。

「香奈姉ちゃんがそうしたいなら。僕は抵抗しないよ」
「うん。そうしてくれると嬉しいな」

香奈姉ちゃんは、僕の頭を優しく撫でてきた。
それはまるで、自分にとって大事なものを愛でているかのようだ。
なんだか恥ずかしい気持ちになるんだけど、香奈姉ちゃんと二人っきりだと思うと、そんな気持ちも無くなっていく。
兄が見たら絶対に羨むようなシチュエーションだ。
──それにしても。
このアングルからだと、香奈姉ちゃんのスカートの中が丸見えなんだが。
香奈姉ちゃんって、ロングスカートとかって履かないから、こういうことをしてくる時って、目のやり場に困るんだよな。
本人は、まったく自覚なしだし……。
無防備もいいところだ。
何度言ってもきっと治らないだろうから、僕も言わないようにはしている。

「バンドのことは、よくわかったよ。香奈姉ちゃんがやりたいようにやればいいと思う。僕は、香奈姉ちゃんについて行くだけだから」
「うんうん。さすが弟くん。そう言ってくれると思っていたよ」

香奈姉ちゃんは、迷いなくキスをしてきた。
このキスは、たぶん僕を離さないっていう態度のあらわれなんだと思う。

「それじゃ、ライブの当日はよろしくね」

騎乗位の状態でそう言ってくる香奈姉ちゃんからは、少なくとも計算や打算などは見受けられなかった。
こんなあられもない香奈姉ちゃんの姿を見ていたら、断れるはずがない。

「う、うん。こちらこそよろしく」

僕は、微笑を浮かべてそう言っていた。

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