僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿心刃

第十五話・9

いつになったら花音は、私の部屋から出て行ってくれるんだろうか。
私の部屋にいても、何もないはずなんだけど……。
花音を見ていると、なんだかモヤモヤしてしまう。

「ねぇ、花音」
「何? お姉ちゃん」

花音は、のほほんとした表情でそう言葉を返してくる。
まるで自分の部屋にいるかのような態度に、私はムッとなってしまう。

「いつまで私の部屋にいるつもりなの?」
「いつまでって言われてもなぁ。寝る時間になったら、ちゃんと戻るつもりだし」

花音は、そう言いながらテレビゲームをやっている。
時間はすでに22時半になっていた。
テレビ画面をチラッと見る限りでは、まだやめるつもりはないようだ。
私としては、バンドの新曲の確認をしてから寝たいんだけど。

「ゲームなら、自分の部屋でもできるでしょ? わざわざ私の部屋でなくてもいいんじゃないの?」
「お姉ちゃんは、私の部屋にはやってこないでしょ?」
「そりゃ、用がないからね。行ったってしょうがないじゃない」
「お姉ちゃんにとってはそうかもしれないけど、私にとっては違うもん!」

花音は、ゲームを一旦やめて、私に視線を向ける。
まさか花音が私の部屋に来てる理由って──。

「もしかして、楓のことを待ってるの?」

私は、思ったことを口に出した。
すると花音は、頬を赤く染めて俯く。

「そうだけど。それが悪いことなの?」
「悪いことではないけど……。私の部屋にいても、楓はこないよ」
「うそ。楓は、お姉ちゃんのところにちゃんとやってくるもん。それだけは、わかるんだ」

どうしてそんな風に断言できるんだろう。
楓はバンドの新曲の練習をしなきゃいけないから、来れるわけがないのに。

「今日に限っては、そんなことはないよ。楓は、家に帰ってやるべきことをやってると思うし」
「やるべきことって何なの?」
「それは……」

私は、言いかけて途中でやめる。
妹にはバンドのことは言ってないから、理解してくれるかどうかあやしい。
説明してわかってくれるんだろうか。
言っていいものか非常に悩む。
悩んでいると、花音は途端に不機嫌になり、口を開く。

「何よ? 私には、言えないようなことなの?」
「花音はその……。音楽とかには興味がないでしょ」
「それは……。隆兄ちゃんが、バンドを組んでるから多少は──」
「まぁ、そうだよね。隆一さんのところのバンドは、とても有名だからね」

隆一さんのバンドは、プロからも指名が来るくらい有名だ。
その事は、花音も私もよく知っている。
花音は、不思議そうに訊いてきた。

「その事と楓と何の関係があるの?」
「私が組んでるバンドの新曲にね。楓が深く関係してるんだよ」

これは言わないと納得しない。そう思った私は、はっきりと言うことにした。
案の定、花音はさらに訊いてくる。

「お姉ちゃんのバンドの新曲って……。お姉ちゃんは、隆兄ちゃんのバンドに入ってるんじゃないの?」
「私は、隆一さんのバンドには入ってないよ」

私は、キッパリとそう答えた。
花音は、驚いた様子で私を見てくる。

「え ︎ どうしてよ ︎ お姉ちゃんの実力なら、隆兄ちゃんと一緒にやっても問題ないじゃない!」
「実力があるかどうかはわからないけど、私にとってはそうじゃないんだよね」

私は、微苦笑してそう言った。
たしかに隆一さん本人からもスカウトがきたけど、私は丁重に断っている。

「意味がわからない」
「私が見る光景と隆一さんが見る光景は違うって言えばわかるかな?」
「さっぱりわからないよ……」
「そっか。それなら、言ってもわからないよね」

まぁ、花音に言ってもね。
しょうがないっていうか。
私は、軽くため息を吐いていた。

──翌朝。
やはりというべきか、花音は先に家を後にした。
もちろん、私が作っておいたお弁当を忘れずに持っていってだ。

「行ってきます!」
「気をつけていきなさいよ」

私は、花音の背に声をかける。
たまには自分でお弁当を作りなさいよと言っても、花音は聞かないだろう。
だって、花音は料理が下手だからだ。
ちなみに、お弁当はちゃんと私の分も作ってある。とは言っても、そのお弁当は楓と交換するから、私の口に入ることはない。
制服にエプロンっていうのは、アレな人にはウケるみたいだけど、楓にはウケないみたいだ。
私はちょっとだけ背筋を伸ばし、可愛くポーズをとってみた。

「私的に見ても、これは良いと思うんだけどなぁ」

そんな事を一人でやっていてもしょうがないと思いつつも、ついやってしまう。
楓が見たらなんて言うんだろうか。
やっぱり、可愛いよって言ってくるのかな。
きっとそうに違いない。
楓の本心って、よくわからないから……。

いつもどおりに楓の家の前で待っていると、隆一さんが先に出てきた。
隆一さんは、私の顔を見るなり気さくに話しかけてきた。

「お。香奈じゃないか。もしかして俺のことを待っていてくれたのか?」
「えっと……」

私は、なんて言ったらいいのかわからず、しどろもどろになる。
隆一さんは、私が持っていたお弁当に目がいったのか、そのままお弁当を指差した。

「そのお弁当は、俺のために?」
「あ、これは楓に…ね」

やっと口を開いて出た言葉はこれである。
私は、隆一さんの事が苦手だ。
恋愛感情を引き合いに出しても、本質的に隆一さんの事が苦手なのである。
たぶん、隆一さんは気づいていないんだろうけど。

「楓のやつなら、自分の分のお弁当は作っていたぜ。そのお弁当は意味がないんじゃないのか?」
「私のお弁当と楓のお弁当を交換しようと思ってね。それなら、問題ないかと思って──」
「なるほど…って、それって意味があるのか?」

隆一さんは、わからないと言った表情でそう訊いてくる。
たしかに意味はないかもしれないけれど。
それは私と楓の間で決めたことだから、他の人になんて言われようと関係ないはずだ。

「うん。楓とのお弁当交換は、私にとって意味のあるものなんだよ。お互いの愛情を確かめ合うことができるからね」
「ますます意味がわからん……」

隆一さんは、『う~ん……』と唸りながらそう言っていた。
さすがに私のお弁当を催促してくるような事はないだろうと思う。

「隆一さんも、やってみればいいんじゃないかな。お弁当交換」
「俺はその……。料理とかは苦手で……」

隆一さんは、言いにくさそうな表情になる。
まぁ、わかってはいるんだけどね。
楓と違って、隆一さんは料理とかは苦手な事くらいは……。
組んでるバンドは有名だけど、私生活ではグダグダな事は、私はよく知っている。
ちなみに隆一さんのバンド内で料理とかが得意なのは、高藤さんくらいじゃなかったか。
私には、関係のないことだけど。

「誰でも最初は、素人だよ。大事なのはやる気だよ」
「やる気…ねぇ」

隆一さんは、いかにもやる気無しといったような表情でそう言った。
これだから、隆一さんのことは好きになれないんだよなぁ。
最初はいいなと思っていたのだけど、段々とストレスが溜まっていって、やりきれなくなっていったのだ。
私は、思わずため息を吐いて言う。

「今時、家事もまともにできない男の人は嫌われるっていう話だよ。──改めて、私もそのとおりだと思う」
「しかしなぁ。人間、向き不向きっていうのがあると思うぞ」
「そんなのは──」

と、言いかけたところで、楓の家の玄関のドアが開く。
ドアを開けたのは、言うまでもなく楓だ。

「おはよう、香奈姉ちゃん。今日も、相変わらず元気だね」

楓は、微笑を浮かべて私のことを見る。
そんな顔をされたら、これ以上、隆一さんに何も言えないじゃない。
私は、笑顔を浮かべて楓の方に視線を向けた。

「おはよう、楓。こういう場合は、『綺麗だね』とかじゃないのかな」
「香奈姉ちゃんが綺麗で可愛いのは、もうわかっているから──」
「そっか。冗談でも楓にそう言われると、なんだか嬉しいな」
「冗談なんかじゃないんだけどな……」

私は、ちょっとムッとなりながらボソリと呟く。
私にとっては、『可愛い』だなんて聞いたら、つい照れてしまう。
傍にいた隆一さんは、私の仕草を見て面白くないと思ったのか、あきらかに不機嫌になる。
そして、楓をバカにしたような目で見て、言った。

「そういえば、今度、香奈のバンドで楓にボーカルを務めてもらうっていう話を聞いたんだが……。ホントのことか?」
「え……。あ、うん。ホントだけど……」

私のことをチラチラと見ながら、楓はそう答えた。
すると隆一さんは、可笑しかったのかバカにしたように笑いだす。

「お前みたいな音痴がボーカルって。──やめとけよ。お前が歌ったところで、恥をかくだけだって」
「そんなことは──」

楓は、何かを言おうとしたが、途中で押し黙ってしまう。
自分が音痴だってことを認めたってわけじゃなさそうだが。
カラオケボックスで楓の歌声を聴いたが、そこまでひどかったとは思えなかったし。
どちらかと言えば、上手な部類だ。
半分以上は、私の偏見が入っているのかもしれないが。

「隆一さん」
「ん? どうした、香奈? まさか、俺にボーカルを頼みたいっていう相談じゃないよな?」
「ううん。今回のボーカルの件は、楓で充分に間に合ってるよ。ただ──」
「ただ? 何だよ?」
「楓は、私たちや隆一さんよりもずっと努力している。そんな彼の努力を笑うのは許せることじゃないし、バカにするのも間違ってる。だから、今度やる私たちのライブで、それを証明してあげるよ」
「香奈がそこまで言うのなら……。楽しみにしてみようかな。楓がホンモノかどうかを──」

隆一さんは、ようやく普段どおりの笑みを浮かべてそう言った。
これは、確実に私たちに対する挑発だ。
隆一さんにとって弟の存在は、引き立て役くらいにしか思っていないのだろう。
楓にだって、良いところはたくさんあるのに……。

「うん、楽しみにしていてよ。私たちのバンドの新曲をね」

だったら私は、全力で楓を推すための引き立て役になってあげよう。
楓はというと、なんだか不安そうな表情で私を見ている。
──うん。
この際だから、楓のことは気にしないようにしよう。

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