僕の姉的存在の幼馴染が、あきらかに僕に好意を持っている件〜

柿心刃

第十三話・1

とある三連休の一日目。
香奈姉ちゃんは、いつもどおりに僕の家にやってきた。
僕の部屋に来るなり、香奈姉ちゃんは上機嫌な様子で僕に言ってくる。

「やぁ、楓。今、暇かな? 暇だよね?」
「あの……。えっと……」

香奈姉ちゃんの突拍子のない質問に、僕は返答に困ってしまう。
捲し立てるようにそんなこと言われても、答えられるはずがない。
なんか以前にも同じ質問をしてきたような気がするんだけど。気のせいかな。

「楓は、私とのデートには付き合ってくれるよね?」
「いきなりどうしたの? デートって一体……」
「実は、映画のチケットが手に入ってね。良かったら、一緒にどうかなって思って」
「映画館か……。いいんじゃないかな」

僕に言ってるんじゃないだろうなと思って、僕はそう言っていた。
しかし香奈姉ちゃんは、チケットを見せびらかして僕に迫ってくる。

「それじゃ、付き合ってくれる?」
「え……。まさか、僕が香奈姉ちゃんと映画館に行くの?」
「当たり前じゃない。他に誰を誘えって言うのよ。…楓なら、一緒に来てくれるよね?」
「別に構わないけど。何の映画を観にいくの?」
「恋愛ものの映画だよ。やっぱり、映画っていったら、恋愛ものでしょ」

香奈姉ちゃんは、意気揚々とそう言った。
香奈姉ちゃんの中では、映画は恋愛もので決まりらしい。
よくわからないけど……。

「まぁ、映画といっても色んなジャンルがあるからね。好みも人それぞれだよね」
「楓は、どんなジャンルの映画が好きなの?」
「僕かい? 僕は、これといったものはないかな。なんでも観るけど……」
「そっか。それなら、恋愛ものの映画も大丈夫だよね?」
「うん、大丈夫だよ。それで何時から?」

僕は、そう言って置き時計を見やる。
時間は、まだ午前の十時前だ。

「今から──」
「え……」
「今からだけど……。ダメ…かな?」

香奈姉ちゃんは、なぜか哀しそうな表情で僕を見てくる。
そんな顔をして言われたら……。
断れるわけないだろ。

「わかったよ。準備するから、少し待ってて」

僕の返答に、香奈姉ちゃんの表情がパァッと明るくなる。

「うん。なるべく早くしてね」

そう言い残すと、香奈姉ちゃんは僕の部屋を後にした。
映画館に行くだけだから、普通の格好でいいよね。
僕は、タンスの中から服を取り出した。
普通の格好とはいっても、地味にならないものにしよう。

周囲の人の視線が痛い。
やっぱり香奈姉ちゃんとデートをするには、このくらいの障害は乗り越えないとダメみたいだ。
ここで一番無自覚なのは、香奈姉ちゃんだよな。
周りに痛いくらい見られてもどこ吹く風で、むしろ上機嫌で腕を組んできて、歩いている。
今回の香奈姉ちゃんの服装は、白のチュニックにミニスカートだ。
服装選びとしては、十分に可愛い。

「どうしたの、楓? 私の顔に何かついてる?」
「いや、何も……」
「そう。それなら、いいんだけど」

どうやら、無意識のうちに香奈姉ちゃんを見てしまっていたようだ。
香奈姉ちゃんの手は、ギュッと僕の腕を掴んでいる。
それこそ、絶対に離さないって言わんばかりに。

「今回の映画はね。カップルで観るとご利益があるみたいなんだ」
「そうなの?」

ご利益って、神社じゃあるまいし。

「私も、友達から聞いた話だから詳しくは知らないんだけど、この恋愛映画を観たカップルは、相思相愛の仲になれるとかなんとかって聞いたんだよね」
「そうなんだ」

初耳だよ、それ。
なんか信憑性に欠けるんだけど……。
あくまでも女子たちの間で言われていることだと思うから、事実かどうかも疑わしいな。

「とりあえず、観てみようよ。感想なんかは、後でいいから」

香奈姉ちゃんは、そう言って僕の腕を引っ張る。
面白いのかな。
ちょっと不安だけど、香奈姉ちゃんが言うのなら大丈夫だろう。

「うん」

僕は、そう返事をしていた。

今回の映画の内容は、いかにもって感じのものだった。
端的に言うと、最初の辺りは離れ離れになってしまうものの、最後は好きな人同士で結ばれるというある意味王道的なものだ。
香奈姉ちゃんに、『映画はなんでも観る』と言った手前、最後まで観てしまったが。
実は、僕は恋愛映画とかはあまり観ない。
しかもデートで映画館とかは、特にも行かないし。

「あ~、面白かった」

香奈姉ちゃんは、軽く伸びをしながらそう言った。
香奈姉ちゃんにとっては、今回の映画は面白かったようだ。
僕は、そんな香奈姉ちゃんを見て、微笑を浮かべる。
香奈姉ちゃんは、笑顔で僕の方に向き直り、訊いてきた。

「楓は、どうだった? 面白かったかな?」
「うん。面白かったよ」
「ホントに?」
「うん。ホントに面白かったよ」
「それなら、よかった。気に入らなかったら、どうしようかと思ったよ」
「そうなの? 香奈姉ちゃんが選んだ映画だから、間違いないと思ったけど……」
「そんなプレッシャーをかけるようなこと言わないでよね」
「そうかなぁ。そんなプレッシャーになるようなことでもないと思うんだけどな」

むしろプレッシャーになってるのは、僕の方なんだけど……。
香奈姉ちゃんにデートに誘われる時、いつも気を遣って歩いているんだけどな。
たぶん、香奈姉ちゃんは気づいていないと思うが。

「まぁ、私にとっては、楓とデートをするのは楽しみの一つだからいいんだけどね」
「そうなんだ」

僕とデートをするのは、香奈姉ちゃんの楽しみなのか。
それなら、僕も嬉しくなっちゃうな。

「──さて。映画も観たし。次は、何しよっか?」
「え? 次って?」

僕は、思案げに首を傾げる。
まだ予定があるのかな。
そう思って見ていると、香奈姉ちゃんは腕を絡めてくる。

「暇なんでしょ? だったら、私と付き合ってよ」
「別に暇ってわけじゃ……。これから帰って、勉強でもしようかと思って……」
「勉強なら、私が教えてあげるわよ。──だからね。デートの続きをしようよ」
「そう言われてもさ……。うう……」
「ダメ?」

甘えた様子でそう言ってくる香奈姉ちゃん。
そんな顔をされたら余計に断れないじゃないか。
仕方ないので、了承することにした。

「僕でよければ……」
「楓。ありがとうね」

香奈姉ちゃんは、屈託のない笑顔を浮かべる。
次は、どこへ行くつもりなんだろう。
香奈姉ちゃんは、グイッと僕の腕を引いて歩いていく。
その間、周囲の人たちの視線が痛いくらいに突き刺さる。
うう……。視線が痛いなぁ。
こんなに見られてしまうと、かえって恥ずかしい。
香奈姉ちゃんは、どうなんだろう。

「ねえ、楓」
「ん? どうしたの、香奈姉ちゃん?」
「お昼、どこで食べようか?」

香奈姉ちゃんは、僕に視線を向けてきて、そう訊いてきた。
昼ごはんか。
そういえば、特に決めていなかったな。
この辺りに食事処はないかなぁ。
僕は、周囲を見回す。

「どこって言われてもなぁ。まぁ、テキトーに食事処を見つけて入るとか」
「う~ん。それでもいいんだけど。私、久しぶりにラーメンが食べたいな」
「ラーメンかぁ。なんか、いいね」
「でしょ? しばらく食べてないからね。楓も一緒にどうかなって思って」
「僕は、別に構わないよ」
「それじゃ、ラーメン屋に行こうか」
「うん」

僕は、香奈姉ちゃんに手を引かれ、歩いていく。
ラーメン屋か。
この辺りにあったかなぁ。

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